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≪15≫ 上っ面

 翌日。

 宿の表まで馬車が迎えに来て、ルシェラはティムと共に王宮へと向かっていた。


 馬車を牽く逞しい白馬たちは騎士のような飾り付きの兜を被っていて、客車は砦の如く堅牢かつ威圧的な印象の黒。

 座席は触ったきり沈み込んで同化してしまいそうなほど座り心地が良かった。


「……つまりだ、王宮ってな色々と面倒なしきたりとか作法でガチガチになってんだが、ドラゴンをどうやって出迎えるかなんて事は全く分かんないわけでな」

「うん……それでまずわたしを呼んで、どうすれば良いか聞きたいって魂胆でしょ」


 鎧を着ていないと別人と見間違えてしまいそうなティム。

 彼は今日は、どこからか借りてきたらしい藍色の礼服を着ていた。……セトゥレウは『水の国』であることと、国を安んじる竜命錫レガリア『慧眼の渦嵐』にあやかって青系統の色を尊ぶのだ。


 対するルシェラは、ビオラが誂えた例の普段着だ。

 別にこれもみっともない格好ではないし、レッドドラゴンの『赤』を捨てるべきではないというビオラの主張は実際的を射ているように思えた。


 『今後のために礼服も用意しよう』というビオラの言葉には、また着せ替え人形にされるのかと危険な気配を感じないでもなかったが、ともあれ今日はあくまで打ち合わせなのでこのままだ。


 これからカファルは、セトゥレウ王との会談に臨むことになる。

 だがそれをどのような形にするか。

 話し合いの内容以外の部分がまず問題になっているのだ。そこを詰めないといけない状況だった。


「そもそもママは人の格好できるようになったばっかりだし、人の格好での振る舞いとかさっぱりなんだけど」

「だよなあ。

 ビオラとも話したんだが『礼儀よりも威厳』で、ちょっと横暴な方がサマになるんじゃないかって。

 どうせ今回は内々の話し合いで、諸々表沙汰にしたセレモニーはまだやらねえからな」

「それで良いと思うけど、王様の面子を潰さないようにしなきゃダメでしょ?」

「そらそうだ。だから王宮の意向も確認しつつ、その辺どうするかって話だな」


 面倒くさいことこの上無いが、その面倒くささがお偉いさん方の世界を動かすために必要なコストなのだという事もルシェラは理解している。

 なればこれもクグセ山を守るための戦いだ。切った張った焼いただけが戦いではない。


「後はお前の指輪の検査だ。王様にこいつを嵌めてもらうわけだが、変なもんを王様に着けさせるわけにはいかないからな。

 呪いが掛かってないかとか、そういうのを全部調べなきゃならん」

「ちゃんと返してくれますよね?」

「多分な。王宮の役人だってそこまで命知らずじゃねーよ。多分な」

「『多分』が微妙……」


 何のかんのと話している間に、のんびり走っていた馬車も王城の正門に到着していた。

 馬車はそこで止まって二人は降ろされる。


「荷物の検査をする。そこに立っているように」


 ふたり組の門卒は、片方がルシェラとティムの手荷物を検め、もう片方は重度に装飾された虫眼鏡みたいなものを通して二人を見る。

 そしてすぐに目を剥いた。


「な、なんだこれ? 全身マジックアイテムか?」

「ああ、それってただの魔力計測鏡(スキャナー)だろ?

 そんなんでルシェラを見ても濃すぎて分かんねえよ。身体の方が濃いからな」


 ティムは苦笑する。

 王城を初めとした重要施設の警備では、危険なマジックアイテムを持ち込ませないことが非常に重要だ。

 門卒は魔力を透視するアイテムによって、身につけた品の中にマジックアイテムが無いか確認していたようだが、あくまで人を基準に作られたアイテムであるためか、竜気をみなぎらせるルシェラはそれに反応してしまったようだ。


「……うーむ。なら仕方ない。所持品にマジックアイテムなどがあれば自己申告するように」

「えっと、この指輪だけかな……王宮の人から持ってくるように言われてます」

「ああ、その件は既に聞いている」


 マジックアイテムの次は武器などを隠し持っていないか、服の上から一通り確認される。

 と言っても、熟練の武人ともなれば肉体(魔法も含む)そのものが恐るべき兵器なので、そういう意味では武器を持っているかどうかはあまり問題にならないと言える。

 人を管理する方が大切なのだ。


「よし、通れ」


 王城に入るにしては、だいぶ簡易な検査を終えて、二人は城壁から流れ落ちる水音を聞きながら門をくぐった。


 * * *


 セトゥレウ王宮は、それを囲う城壁こそ堅牢であるが、これは宮殿を守る魔法的防御機構でもあるためだ。戦闘用の城塞ではなく、城壁の中身は木と漆喰による壮麗典雅な宮殿と、清水流れ季節の花が咲き誇る庭園から成る。


 特に案内の者も無く、ティムはずかずか踏み入っていき、ルシェラを庭園の片隅の東屋へ連れて来た。

 天蓋みたいな屋根の下には、繊細な細工のされた椅子とテーブルがあって、もしかしたらここでお茶会など催されることがあるのかも知れない。


「ちっと待っててくれ、担当の人呼んでくる」

「分かりました」


 ティムはそこにルシェラを残し、宮殿の方に行ってしまう。


 ルシェラはしばし、庭園を眺めていた。

 整えられた木々の合間を流れる、人工の小川は燦めきを湛え、東屋の前には紫陽花の小道が築かれている。

 足を止めて見ているだけでしばらくは退屈はせずに済みそうだ。


 その庭園に、人影一つ。

 生け垣の影から姿を現した彼は、ルシェラの姿を見て、こちらにやってくる。


「おや、奇偶ですね。このような場所でお会いできるとは」


 二十代半ばほどの凜々しい青年だった。

 上背があり、キビキビとした所作はいかにも武人的。飾りボタンの沢山付いた上着は目の潰れるような純白だ。確かこれは最近、マルトガルズの上流階級で流行っている服装だったかとルシェラは記憶している。

 この季節のセトゥレウは蒸し暑いだろうに、マントをそのまま首に巻き付けたような襟巻きを身につけていた。


 彼は軽く会釈をする。


「貴女がルシェラですね?」

「は、はい。……あなたは?」

「申し遅れました。私はジュリアン・アンガスと申します」


 ジュリアンは柔和に微笑みかけるが、ルシェラはその名を聞いた瞬間に血が逆流したように感じた。


 ――こいつが……!!


 ゲメルの案内でクグセ山に攻め寄せた、あの将軍の息子だ。

 詫びを入れに来たのではないか、というのがイヴァーの見立てだったけれど、警戒するなと言う方が無理な話。

 まさかこんな所で何かしてくるとは思えないし、ルシェラも何かしようと思っているわけじゃないが。


「どうしてわたしを知ってるんです?」

「おや、何か不思議ですか?」

「ええ、まあ……」

「父の雇った冒険者たちが、貴女の話をしていたものでしてね」


 ――あの野郎(ゲメル)か……


 かつては仲間であった者らの顔を、ルシェラはやりきれない想いと共に思い浮かべる。


「貴女はクグセ山のレッドドラゴンの養女である、そう聞き及んでおりますが、事実でしょうか」

「…………はい」


 既に知っていることを念押すような聞き方に、特に否定する必要も感じられず、ルシェラは肯定した。

 するとジュリアンは滅入ったような顔で嘆息する。


「ならば私は、父のことを貴女に詫びなければならぬでしょう」

「あ、え? はい」

「息子として面目次第もありません。どうか父の過ちをお許しください」


 そして彼は胸に手を当て、頭を下げる。


 言い訳無しの、身を投げ出すような謝罪。

 その謝罪は予想通りでも、予想外でもあった。

 王侯貴族というのはメンツや体面だって商売道具だ。彼らの謝罪は重い。

 その行為を、彼は何とも思っていない。躊躇いが無い。

 捨てることを何とも思っていないと言うか……捨てるほどのものを何も持っていないと言うか。


「私が望むのは恒久の平和です。セトゥレウとも、クグセ山とも、末永く良き隣人たれと願っております」

「……こちらこそ、そうあることを祈っています」


 ジュリアンはにこやかに手を差し出す。

 条件反射的にルシェラは握手をした。


 その握手が、違和感だった。

 ジュリアンはルシェラの動きを全く考慮せず、自分のペースで腕を揺すった。

 ただそれだけだ。ほんの些細な事。

 しかしルシェラはそれを見逃さなかった。姿だけなら子どもであるルシェラに対し、無意識レベルの配慮すら感じられない。


 依頼人との交渉に慣れたマネージャーのカンだろうか。

 この男は自分の事しか考えていない、と。

 そうルシェラは思った。


 柔らかな物腰、真摯な謝罪……

 その全てが上っ面だけの建前だとしたら、この男を満たす空虚は、何だ。


「では、私の方も予定がありますので……これにて失礼致します」


 品良く礼をして、ジュリアンは辞去する。半ば呆然と、ルシェラはそれを見送った。


 *


 庭園を歩くジュリアンは、誰にも気付かれぬよう静かに笑う。


 ――『どうしてわたしを知ってるんです?』か……

   やはり、奴は何も知らぬか。

   まあそうだろう。もし全てを知っているなら、とうにセトゥレウ王宮に伝えているはずだ。


 クグセ山を越えるルートが閉ざされても、『セトゥレウ番』はアンガス侯爵家の仕事だった。

 セトゥレウには侯爵家に協力する者も居るし、密偵も潜り込んでいる。

 全ては見えずとも、王宮の動きさえある程度は知る事ができた。

 モニカの気晴らしのための遠乗りも、一週間前には既に予定が組まれていて、ジュリアンはその情報を掴んでいた。その予定に合わせて自らの旅程を組んだのだ。


 警備の態勢もおざなりだった。国内の政情が安定しているセトゥレウで、要人の令嬢だの竜命錫レガリア使いの血筋とは言え、殊更に警備を固められることはない(……竜命錫レガリア使いの血筋は、ある事情から、国外よりも国内から狙われるのだ)。

 むしろモニカが死ねば、醜聞の証が消え去って清々した気分になる者は多いくらいだろう。


 だがゴーレムを用いたモニカの略取は失敗した。そもそもルシェラを含む“黄金の兜”一行は、北から真っ直ぐ王都へ向かうルートを取っていたはず。

 それが(後から分かった事だが、自分の足で単身街道を駆け抜けるという信じがたい手段で)いつの間にか王都北東側に回っていて、襲撃を阻止したのだ。どこからか情報が漏れていたかと疑いもした。

 しかし、この計画はアンガス侯爵家の側でもごく一部しか知らなかったはずだ。


 ジュリアンは襲撃が失敗してすぐ情報収集に当たった。それで分かったのは、セトゥレウ王宮は冒険者ギルドから一報を受けてようやくモニカの迎えを用意し始めるような有様だったということだ。

 そして王宮どころか当のルシェラすら何があったか把握していないらしい。まあ、知っていたなら王宮と連絡を取っていただろうから、王宮の動きももっと速かっただろうし、これは予想通りだ。


 つまり襲撃は全く意図されずに阻止されたという事だ。

 それは不幸ではあったが、しかし、まだジュリアンの狙いが露見していないのであれば作戦は続行できる。

 ただ少し、予定が変わるだけだ。


 ――未だ、全ては我が掌中なり。あんな不幸な偶然、二度は起こらぬ。


 ここでルシェラと会ったのも、今日ここにルシェラがやってくるのだという情報を手に入れたため、偶然を装って出会ったのだ。

 ジュリアンは、自分の目には多くのものが見えていて、制御下にあると思っていた。


 *


 ……実のところ、ルシェラが襲撃の場に居合わせたことは全くの偶然とも言えない。

 イヴァーはジュリアンが王都への旅程上、宿泊した宿に自らも泊まり、ジュリアンの情報を集めていた。そこへルシェラを呼んで王都へ向かったので、同じ道を進むことになったのは必然だ。

 襲撃に遭遇したことはもちろん、ルシェラもイヴァーも意図していなかった事だが。


 ジュリアンは確かに優秀だった。

 だが彼の精神にはいくつかの問題があった。

 その問題の一つは『自分こそが世界一賢いと思い込んでいて、同等かそれ以上に賢い者が居る可能性を考えない』ということだった。

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コミカライズ版
i595655

書籍版
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― 新着の感想 ―
[良い点] わざわざルシェラに会おうとさえ思わなければ成功したかもしれないのにねぇ こう言う策士気取りの粗はなぁ 大好物ですw
[一言] 頭のいいバカってやつですな
[一言] なるほ。 目の前しか見えぬ者と3日後が見える者、これはざまぁですわ
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