≪13≫ 徒花
セトゥレウ王都・アルヒューラ……
『水の国』セトゥレウの王都に相応しく、その街は、空から眺めるのであれば巨大な噴水みたいにも見えるだろう。もしくは、石と水でできた巨大なケーキか。
小高くなった街の中心に王城が存在するのだが、その足下からどうどうと水が流れ出し、円形の滝となっていた。
それは、平時は王城に安置され、この国土を律する竜命錫……『慧眼の渦嵐』の力の表出だ。
水は街中に張り巡らされた運河を満たし、やがては街壁の排水口から吹き出しては、街を囲む堀川に流れ落ちる。
運河の燦然たる輝きそのままに、街の雰囲気は明るく、活気に満ちていた。
路や運河の岸は、石の艶めきが目立つのだが、実のところ建物はほとんどが木造だ。水の性を持つこの国では木材のコストが安く、多雨多湿の環境には木材の調湿効果が適するためである。
街壁の内側スレスレを45°分歩いたルシェラは、待ち合わせ場所とした北街門の前(裏?)にて、人だかりができているのを発見する。
近づいてもうちょっとよく見てみると、それはただ通りすがる人々がそこで少しばかり足を止めるため、渋滞が発生しているだけなのだと気付く。
その中心に居たのは……
「るしぇら!」
当然のようにカファルだった。
山脈の如き鎧を着たティムも、まあ目立つと言えば目立つのだが、王都の大通りともなれば武装した冒険者はそう珍しくもない。
それよりも目立つのは炎の如く華やいだ容姿のカファルだ。
遠くクグセ山に本体を置いてきて、ここに居るのは分身体だというのに、それでもカファルは石の河原に混じった大きなルビーみたいに、人並み外れた存在感で燦然と輝いていた。
彼女が肉体と共に魔法で編み出している炎のようなドレスは、最初に見たときはイブニングドレスみたいな造形だったはずだけれど、人里で人の姿を見て学んだのか、この場ではエプロンドレスめいたものになっていた。
外門脇に立って待っていたカファルは、ルシェラに気が付くなり太陽のように笑いながら駆け寄る。
周囲の人々は自然と道を空けた。
真っ直ぐやってきたカファルはルシェラに抱きつき抱き上げ、そのままぐりぐりと頬ずりをした。
「……ねえ、ママ。これはなに?」
「これは、はなれてたぶんの、るしぇら」
「往来の皆さんの視線が温かくブッ刺さるんですが」
ただでさえカファルが注目を集めていたところなので、人々の視線は二人占めだ。みんな微笑ましげに見守ってくれている。
勝手に事情を想像しているらしく、目に涙を光らせる人の姿もあった。離ればなれだった親子の感動の再会、とでも思ったのだろうか。
間違ってはいない。離ればなれだったのは半日未満だが。
「ウェインさんとビオラさんは?」
「諸々の手続きとかしに行ってる。
俺はこれから冒険者ギルド行きだな」
抱きしめられたままのルシェラに、ティムが答えた。
「なら丁度良いか。
こっちへ来る途中にトラブルがあったんです。
その事で冒険者ギルドに行きたくて」
「ほう、何があった?」
「それが……」
* * *
王都の冒険者ギルドは、セトゥレウ国内全ての支部と所属冒険者を統括する『本部』という立場だ。
小国とは言え、多くの職員が膨大な事務作業を行うその建物は、果たして砦か城塞か、という大きさだ。
冒険者ギルドの原則は『政治不介入』。
しかしそれは、あくまでも政治的対立にギルドとして関わるべきでないという原則であって、王侯貴族や行政機関から冒険者ギルドに依頼があることは少なくない。むしろ魔物対策などで行政と緊密に連絡を取り、歩調を合わせることもある(……それはしばしば、政治不介入の原則を腐らせる癒着をも生むのだが)。
そんなわけでセトゥレウ王国の冒険者ギルド本部は、王城からもほど近い、王都の中心部にあった。
依頼人や冒険者たちがやってくるロビーも広く、十人十色の出で立ちをした冒険者たちがたむろしている。中にはギルド向けに依頼をしに来た依頼人を捕まえて営業をかけ、自分宛の指名依頼にしてしまおうとしている者の姿もあった。
そんな中に三人が入っていくと、大振りな鎧を着た男が血相を変えて早足にこちらへやってくる。
「ティム! てめえいつの間に結婚して娘まで……!」
「馬鹿! 違えよ!
こんなデカい娘がいつの間にか生まれててたまるか!」
鶏のトサカみたいな髪型の彼は、どうやらティムの知り合いらしい。
「済まん、ルシェラ。このクソ馬鹿は“小夜啼き時雨”のマーティン。
王都で活動してる、頭は悪いが腕は良い冒険者だ」
「うるせえ、お前よりは頭良いぜ!? お前、炎色反応って知ってるか!?」
「マーティン、こいつはルシェラ。うちの新メンバーだ」
「はじめまして。“黄金の兜”にマネージャーとして加入しました者です」
事情の大半を省略してルシェラが挨拶すると、マーティンは握手をしながらも首をかしげた。
「マネージャー? なんだそりゃ」
「あ、ええと、事務仕事などの支援を……」
「……それと、こっちはカファル。ルシェラの母ちゃんで、王都に来る用があったんで俺らと一緒に来たんだ」
マーティンはカファルを見て、何か違和感を覚えたらしく一瞬訝しむようでもあったが、その辺を深くツッコミはせず会釈をした。
カファルの人ならざる気配を察知したのかも知れないが、まあ、ティムが一緒にいるなら怪しい者ではないだろうと判断したのかも知れない。
「なあマーティン。ちとルシェラが気になるもんを見たそうなんだが……」
ルシェラはここに着くまでに、街道での出来事をティムに伝えている。
ティムがそれをそのままマーティンに話すと、マーティンはそれを聞いてしたり顔で頷いていた。
「ああ、その事ならもう噂になってんぜ。
気晴らしで遠乗りに出たモニカ殿下がヤベえ魔物に襲われたって」
途端、ティムの顔が渋さを増した。
「……そうか、ルシェラが会ったのはモニカ様だったか……」
「って、誰です? 有名な人? わたし知らなくて……」
マーティンも、ティムも、その名前だけで全てが伝わったという様子で、ルシェラは置いてきぼりだ。
ティムは語るべきか否かを寸の間迷ったような様子を見せた。
「セトゥレウ来てせいぜい二、三年じゃ知らなくても無理ねえよ。
国内じゃ有名な話だけどな。
十何年か前、正室に当たるお妃様が浮気して、蟄居させられたんだ」
「……政略結婚した王侯貴族が、金と暇に任せて愛人を囲うなんて、よくあることだと思ったけど……」
「ところが問題があった。お妃様も王家の血を引いてて、高い『竜命錫』適性の持ち主だったんだ」
「うわ……それはダメだ」
あちゃー、とルシェラも顔を覆った。
人族の国々は竜命錫の力によって国土を維持し、また竜命錫は有事に際して戦争の切り札とも言える力を持つ。
しかし、誰もがその制御を行えるわけではない。
大抵の国においては、王家の血筋のみが竜命錫を扱いうるのだ。
これは別に、各国王家の血筋に特別な力があるわけではない。
ただ竜命錫は何故か、製造時に使用可能者を『血』によって指定する必要があり、それは普通、王族のものとされているのだ。
これを書き換えることはほぼ不可能であり、各国王家は竜命錫に適合する血筋が絶えぬよう、しかし無秩序にその血が拡散しないよう砕心しているのだ。
「どこの王家も、竜命錫が使える者の血筋は厳重に管理してるだろ。お妃様はその対象だった。
……だったのに間男との間に子どもができてしまい、話がややこしくなったんだ。
相手は王家の血筋じゃあなかったが、産まれてきた子は母親の才能をしっかり受け継いでた。お陰様で大騒ぎだ。王家にとっちゃ、竜命錫使いは足りなくても困るが、外に増えちまったら統治の正統性が揺らぐからな。
そんでお妃様は蟄居。産まれてきた子は一生飼い殺し。
お妃様にはちゃんと王様との間に生まれた長女も居たんだが、こっちまで血筋の正統性を疑われ、諸々の縛りを掛けた上で王宮を出た」
「ドロドロじゃないですか」
「更に気が滅入る情報をやろうか?
お妃様は間男と幼なじみだったんだが、血筋の管理の都合上で王様と結婚したんだ」
「ドロッドロじゃないですか!」
人間というのは、衣食足りて暇もあると、人間関係を複雑にしたがるのかも知れない。
まして、その舞台が前提からして歪んでいるのだから尚のことだ。
一般的に言えば浮気は良くない、と、ルシェラも思う。
だが、だからどうした。こんなのもう全員が被害者ではないだろうか。
「その後、側室が王子を産んで、王妃様は本格的に用済みだ。
でな、もう分かったろ。その王妃様と間男の子がモニカ様さ」
ようやく話が繋がった。
モニカという名前だったあの少女は、もはや生まれたときから存在そのものに呪いを掛けられていたと言っても過言ではないだろう。
『殿下』という敬称も皮肉めいて聞こえてくる。実際、それは正式なものではなく皮肉かも知れない。
「存在自体が公然の秘密ってか……腫れ物扱いで、どこへ行っても『居ないこと』にされてる。
でも皆知ってるんだ。彼女を。
知ってるんだ。彼女がどう生まれたか。
辛いだろうよ……俺だったら頭おかしくなるね」
ティムの口調は苦い。
ルシェラはモニカに対して少し申し訳なく思っていた。
飢えた者にいきなり飯を食わせると死ぬと言われる。ルシェラは事情も知らぬままモニカを励ましたつもりだったのだけれど、その言葉は、毒になっていたかも知れないと。
同時に、思うことがある。
存在自体が厄ネタとさえ言えるモニカを、誰が何故狙ったのか?
……理由はいくらでも考えつく。だが、最大の問題は、それが何故『今』なのかということだ。







