≪12≫ 存在しない少女
イヴァーの通報を受けてやってきた冒険者たちにその場を任せ、ルシェラたちはそのまま自分たちの馬車で王都へ向かうことにした。
襲われていた少女を速やかに安全な場所へ連れて行く必要があると思われたからだ。
「別に私、助けてなんて言わなかったわよね。
貴方たちが勝手に飛び込んできてお節介をしただけ。
だからお礼は言わないわ」
ただ、当の少女はあまり感謝していなかった。
――こいつ、安全になったら急に態度がデカく……
高速馬車の客車に三人。
ルシェラとイヴァーと、謎の少女。
少女はお出かけ用のドレスで行儀悪く足を組み、碧空の色をした目でジロジロと二人を見据える。
艶やかな金髪も、よく手入れされた肌も、高価そうなドレスも、どれを見ても彼女は明らかに『いいとこのお嬢様』なのだが、そんな見た目の印象を彼女自ら台無しにしている。
――って言うか、この子誰かに似てるような?
なんだか記憶のどこかに彼女の面影が引っかかっている気がして、ルシェラはそれが気になっていた。
「助けなければ死んでいたように見受けられましたが?」
「そうね。死んだ方が良かったかも。
悲しむ人より喜ぶ人の方が万倍多いはずだから」
流石にちょっとイラついたらしいイヴァーが慇懃無礼なツッコミを入れたが、少女は虚無的に笑ってそっぽを向く。
『死んだ方が良かった』。
彼女は最初からこの世界に何も期待していない。
その言葉ある種の自己防衛のようにも聞こえた。そっとしておくべきなのかも知れないけれど、ルシェラは、聞き捨てられなかった。
「そんなこと言っちゃダメです」
「なに? 説教するつもり?」
ルシェラの反駁に、少女は刺々しい視線を向けた。
威圧、とは少し違う。
『触るな』『近づくな』と彼女は言っている。
石と棒で人に追われ続けた野良犬は、きっとこんな目をして威嚇するのだろう。
「私に価値があるかどうか決めるのは、私でしょ」
「でも!
……あの魔物に追い詰められたとき、あなたは怖がってました」
「怖がってなんかないし!」
「怖いっての、悪い事じゃないですよ。死ぬのは怖くて当然なんですから。
本当に自分にできること全部やりきって、残りの全部を諦めた人は……何も怖くなくなって、静かに死ぬんです。
どうして死ぬのが怖かったのか考えたら、やるべき事が分かると……思います」
ルシェラは必死で訴える。
ルシェラは、死を受け容れた人を知っていた。ジゼルと見比べれば、眼前の少女が己の死を受け容れてなどいないことは明らかだ。
本気で死を考えて、『死にたくない』と思ったからこそ、少女はあんな言い方をしたのだ。
きっと今の彼女は崖っぷちで下を覗き込んで踏みとどまっているだけで、いつかそこへ飛び降りてしまう。そんな破滅の予感が漂っていた。
「……生意気ね、貴女」
少女は、何も言い返せないのか。
気勢を削がれた様子で呟いた。
「ところで、そろそろお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
しかしイヴァーが名を問うと、またちょっと調子を取り戻した様子で嫌みったらしく肩をすくめる。
「あら、私の顔を知らないの? 田舎者かしら?
名乗る義理も無いわ」
「しかし、あなたがどこの誰だか分からぬままでは、送り届けることもできませぬが」
「だったら街壁の門番に私を引き渡しなさい。それで充分だから」
馬車の行く手は、もう王都が見えていた。
深く清い堀と、堅牢でそれ自体砦のような高い街壁が街をぐるりと取り囲んでいる。
街道は、その出入り口たる門塔へと吸い込まれていく。
「ほらね」
少女は門塔前を指差す。
門卒ではなく、えらく豪勢な鎧を着た騎士たちが門前にて待機し、出迎えの態勢を取っていた。
* * *
少女は自ら馬車を降り、騎士たちの方へ向かう。
出迎えの騎士たちは、無言。奇妙なほどに無言。
だが少女の方もそれを気にした様子など無い。
暗黙の了解で全てが進んでいるかのようだった。
「ご苦労。そなたらは冒険者か?」
兜で顔を隠したまま、騎士の一人が威圧的に問う。
「ええ、一応は」
「わたしも!」
イヴァーとルシェラは揃って冒険者証を提示した。
冒険者マネージャーとして仕事をするため、イヴァーは便宜的に冒険者の地位を得ているのだ。
ルシェラの方も同じ理由で、もともと冒険者の資格を持っていた。その後、大分ややこしい状況になっているが、本人確認ができてしまったので、ひとまず臨時のものとして冒険者証を再発行されている。
だがその冒険者証を見て、騎士は唸る。
「なんだ、この冒険者証は? 壊れているのではないか?」
「いえ、その……」
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名前 ルシェラ
Lv40
HP 812/871
MP 2219/2433
ST 720/720
膂力 58
魔力 75
敏捷 60
器用 20
体力 52
抵抗 93
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あり得ない数字が並んだ冒険者証を不審に思ったらしい。
実際の所、このステータス値は全て、事実を忠実に表現しているだけなのだが……
「そいつらよ。そいつらに助けられたの。間違いないわ」
「あ、うむ……」
意外にも、謎の少女が助け船を出し、騎士はそれで引き下がった。
「そなたらの働きに報いよう」
そして騎士は有無を言わさぬ様子で、金貨袋を二人に押しつける。
袋の大きさはルシェラの手に乗るほどだが……
もしこの中身が全て金貨だとするなら、ちょっと驚くくらいの金額だ。
「ご苦労であった。では、街に入るのであれば所定の手続きをするように」
それきり、騎士たちは返事も待たず、背を向けて去って行く。
謎の少女はちらりとルシェラの方を振り返って、そして、それっきり。騎士たちと共に門の奥へ消えていった。
「こいつは、口止め料……いや、『詮索無用料』とでも言えばいいのかな?」
「なんなんでしょう、あの子……」
袋の中身を検め、イヴァーは特に嬉しくもなさそうに金貨の枚数を数えていた。
あんなの、『ワケアリだ』と大声で触れ回っているようなものだ。
「まあいいや、あんなん調べりゃいくらでも分かる。なんか分かったら教えるわ。さっきのゴーレムの件もな」
「ありがとうございます。
……じゃ、わたしは皆とママのとこへ」
「おう。まあ頑張れよ」
お互いに消化不良という気持ちのまま、二人は手続きのため門塔の検問所へ向かう。
謎の少女の姿はもう、見えなくなっていた。