≪11≫ 完璧だった襲撃
巨人型のゴーレムは、黒光りする巨大な棍棒をゆるりと振り上げる。
ゆるりと? いや、巨体故にゆっくりとした動作に錯覚するが、それは意外なほど早い。
振り下ろされた棍棒は、大地を揺るがせる!
しかしルシェラはひらりと回避していた。
一瞬の判断だ。
棍棒で背後の少女諸共薙ぎ払うつもりなら、迎え撃って受け止める気だったが、ゴーレムの踏み込みは浅く、ルシェラだけを狙って叩き潰そうとしていた。
――ん? こいつ、あの子を攻撃に巻き込まないようにしてる?
何故かは分からないが、そんな甘い攻撃なら反撃の隙を晒しているも同然。
棍棒の上にするりとよじ登ったルシェラは、それを足がかりに跳躍すると。
「せいっ!」
ゴーレムの腕を駆け上がり、アゴに当たる部分を蹴り上げた。
重い手応え、金属音!
首を捻りきるつもりの蹴りだったが、ゴーレムは頭を天に向けた格好のまま、まだ動く。
「キキキ……ギギギギ…………」
「こっちだこっちだ!」
歯車の軋みのような声を上げ、ゴーレムは首を巡らせる。
ルシェラが少女から離れるように動くと、ゴーレムは少女を無視してルシェラを狙う。今度は棍棒を両手で持ち、地を薙ぐように水平に振るった。
轟と唸って薙がれたそれを、ルシェラは軽く飛んで躱す。
だが、それと同時!
「ギカァッ!」
バカリ、と口を開けたゴーレムは、そこから火の玉を吐き出した。
おそらくは魔力投射砲と同様の絡繰り。炎は跳躍したルシェラ目がけ、跳躍の軌跡さえ偏差し、狙い違わず!
「うわっ!」
炸裂!
爆圧と猛火がルシェラを打ちのめし、ルシェラは煙の尾を引きながら蹴鞠のように飛ぶ。
一度弾んで、二度目で受身。両足で地面を削りながらブレーキを掛けた。
「あっぶな……相手が火だったから助かった!
そっか、射撃がある敵に対してはヘタに飛ぶのも危ないか」
なお、ルシェラはほぼ無傷だった。
ルシェラの肉体は火と魔法に対して異常な抵抗力を持ち、火属性の魔法ではそれこそ髪の毛一本焼けないのだ。
ゴーレムは驚いた様子も無い。
そんな感情は持っていない。
しかし状況判断はできるようで、もう火を吐こうとはせず再び棍棒を振り上げる。
「ったく、本当に無茶苦茶しやがる!」
どうやって川を渡ってきたか、イヴァーまで姿を現した。
「イヴァーさん、危ないですよ!」
「死にゃしねぇよ、気にすんな!
それよりこいつは見とかにゃならんだろ! 分かってるな? 多分ゴーレムだ。
何かある!!」
既にイヴァーも気が付いていたようだ。
ゴーレム。つまり使役者が居る。
これは、うろつく野生の魔物に偶然出くわしたような『事故』ではない。
『事件』、あるいは『陰謀』だ。
それを見極めるのが彼の仕事だ。
「ならイヴァーさん、その子の傍に! おそらく狙われません!」
「了解!」
イヴァーが馬車の残骸の影に身をかがめたのを見て、ルシェラは再びゴーレムと立ち会う。
細く鋭い呼吸を一つ。
ルシェラは身体の中に巡る竜の力を、地に流し込む。
「燃えちゃえ!」
大地がひび割れ、炎が噴出!
紅蓮の輝きは意志を持つ波となって、ゴーレムに襲いかかった!
巨体が揺らめき、ゴーレムは火だるまとなる。
しかし、その動きからはダメージが見て取れない。
燃え落ちた革と毛皮の隙間から金属骨格が表出する。
「シューッ…………」
「……全然威力が出てない。ファイアブレスを使うのは、ここじゃキツイか」
内部機構を焼き潰しながら打ち据えるつもりだったのに、全く力不足だった。
ルシェラは本物のドラゴンと違って、ブレスを生成する器官を体内に持たないが、自然界の因子を発現させる形で擬似的にブレスもどきを放つことができる。
だが相性最悪なことに、セトゥレウは『水の国』だ。
休火山であるクグセ山が例外なのであって、ここではルシェラのファイアブレスは凡百の火魔法程度にしか威力を発揮しない。
「ギギギ、ギ……」
「きゃっ!」
戦いを見ていた少女が押し殺した悲鳴を上げる。
炎を突き抜けたゴーレムは、突進しつつ棍棒を叩き付けた!
傍目にはルシェラが叩き潰されたように見えたかも知れない。
だがルシェラは棍棒が振り下ろされる刹那、自らゴーレムの懐に飛び込んで股をくぐり抜けていた。
そして。
「とりゃーっ!」
ルシェラの手が、ゴーレムの右膝関節裏の僅かな隙間に差し込まれた。
そして、とにかく掴めるものを掴んで、ルシェラはその手を引き抜いた。
なんだかよく分からない、棒状のものが繋がった丸いパーツが、ミスリルの配線を千切りながら出てくる。巨人のゴーレムがガクンと体勢を崩し、目に見えて動きが鈍くなった。
ゴーレムは手を振り回して、虫を払うようにルシェラを狙う。
しかしその所作はルシェラにとって余りに重鈍だった。
ひらりひらりとゴーレムの身体の上を飛び渡り、ルシェラは関節に手を突っ込んでは力任せに何かを引っ張り出して破壊していった。
「す、すごい……」
「本当に無茶苦茶だ」
少女もイヴァーも唖然と、ルシェラの戦いぶりを見ていた。
しかし、感心されているルシェラの方はもどかしく感じていた。
――しぶとい……
壊せることは壊せるけど、デカすぎてなかなか核心に至れない。
ゴーレムの動作はかなりぎこちなくなった。
だが、まだ動く。
そも、いくらルシェラが怪力であろうと、この巨大なゴーレムの重装甲をぶち抜くのは並大抵ではないのだ。なにしろ己の肉体を武器として考えたとき、重さが足りない。効率的に怪力を振るうための道具も持ち合わせていない。
――内側! どうにか内側から壊せれば……!
小さな身体を掴み取ろうとする手をすり抜け、巨人の肩に飛び上がったルシェラは、その首を巻き込んで肩車状態でまたがった。
「『輝かしきは叡智∥我は胎動を破却する者∥無謬の極点/硝子の大河/その手は届かず金輪果つる∥』……!」
「げっ……
おい、やべえ、伏せとけ嬢ちゃん」
「あっ、は、はい?」
「耳塞いで目ぇ閉じて口は開けろ!」
こちらへ旅立つ前にルシェラは、いくつかの魔法をまともに勉強していた。
叩き潰そうとするゴーレムの手の平を、ルシェラは細腕で突っ張って押しとどめる。
そして詠唱を結ぶ刹那。
ゴーレムの口の中に片腕を突っ込んだ。
「『叫喚せよ、恩寵の子』! ……≪焼尽爆破≫!!」
一瞬の浮遊感。
そして脳髄を揺るがす轟音!
ルシェラが放った爆発の魔法はゴーレムの腹の中で解き放たれ、ゴーレムの装甲は内側から吹き飛んで、焼け焦げた歯車と機械部品が四散した。
殺しきれぬ爆圧はクレーターを作り、術者であるルシェラをも空高く打ち上げる!
クルクル回りながら降ってきたルシェラは、不格好に突っ伏す形で着地した。
ほぼ無傷で。
「あれ」
「馬鹿野郎! 自分が『危ねえ』って言っといてやることがそれか!
目の前に非戦闘員が居んのにそんなヤベえ魔法フル詠唱でぶっ放すんじゃねえ!」
イヴァーが街道脇の木陰から立ち上がり、唾を飛ばして怒鳴った。
「ご、ごめんなさい。ぶっつけ本番だったんで加減が分からなくて」
「まあお陰でトドメは刺せたけどよ……
あーあグチャグチャ。これ残骸で、どこ製か分かるかあ?」
イヴァーは溜息をついて千切れたゴーレムの腕を蹴飛ばし、その辺の残骸を拾って検め、首を振る。
「……とりあえず俺の通話符で、通信局を介して冒険者ギルドと連絡取っといた。
こいつぁ、なる早で調査しなきゃならねえ案件だな」
「ありがとうございます……」
謎のゴーレムはもう、ピクリとも動かなかった。
しかし、おそらく、事件はこれから動き始めるのだ。
*
その、戦いの場から大分離れた丘の上にて。
「ハァッ……はぁあっ……なんだあれはっ! 化け物め、何故こんな場所に居るっ!?
おのれ、おのれ、おのれぇっ! こんな事があってたまるかっ!」
伏せていたジュリアンは立ち上がり、魔動双眼鏡を投げ捨ててそれを踏み潰した。
極秘裏にセトゥレウ入りした『侯爵一行』は、セトゥレウ王宮と打ち合わせ、旅人に扮して王都へ向かっていた。
もちろん、こんな場所でこんなことをするというのはセトゥレウ王宮には内緒だけれど。
作戦は順調だった。
だが、予想外の乱入者によって全ては台無しになった。
ジュリアンは全て見ていた。対軍戦闘用のゴーレムが、たった一人の少女によって木っ端微塵にされるところを。
「こ、侯爵様! お気を確かに!」
「やかましい!」
「ぎゃっ!」
諫めようとした近衛騎士(こちらも旅人姿だ)を殴り飛ばし、ジュリアンは肩で息をする。
「フゥ……はぁ……私の計画は完璧だ……完璧だった……愚かな父上とは違う……
こんな偶然を想定できるか……おのれ……」
奥歯をギリギリ噛み合わせながらジュリアンは頭を掻き毟った。
とにかく何でもいいから殺したいくらいの怒りがジュリアンの身体の中に渦巻いている。
だがそれを堪えるだけの理性は持ち合わせていた。
「ハァ……私は完璧だ。計画を変える……次はもっと確実にやろう。
思い知れ。ふ、ふふ。フフフフ……」
ジュリアンは独り笑う。
従者たちが恐れ戦く様子も、目に入っていなかった。
相手を名前で呼ぶのは冒険者絡みで仕事をしてる皆さんの慣行みたいなものです。
冒険者の中には名字が無い人や偽名・通り名で活動している人も居るので、ギルドの管理官(受付)は冒険者を一律に名前で呼んでおり、そこから波及してみんな名前呼びをしてます。
ルシェラとイヴァーが特に親しいわけではありません。







