≪10≫ 完璧な襲撃
大河の堤の上を走っていた馬車から飛び出し、ルシェラは物音が聞こえた方を見る。
惨劇は、川の向こうで起こっていた。
対岸の土手を越えた更に向こうで、箱形の高速馬車が、その客車の倍くらいある巨大なものに襲われていた。
遠目には巨大な魔獣の毛皮を被った巨人のように見えた。
それがまるで庭園の植木みたいな大きさの棍棒を振り回している。
「魔物!?」
「でけえっ!」
馬車の周囲には武装した護衛が居て、決死の抵抗をしていた。
しかし、馬車の周りをちまちまと駆け回る彼らは、謎の巨人の棍棒によって払い飛ばされる。
さらに巨人は一瞬動きを止めたかと思うと、大口を開けて火の玉を吐き出した。それは大爆発を起こして護衛を吹き飛ばし、さらに馬車も横転させた。
さっきルシェラが聞いた音はこれだったようだ。
「くそっ!」
ルシェラは考えるより先に、雨合羽みたいな外套を放り出し、駆けだした。
自然な旅装用の上着に見せかけた外套で、隠していたのは深紅のワンピース、あるいはミニドレスだった。
露出した肩の下、ピッチリとした胴部は胸の下に飾り帯が締めてあって、それは背に翼を広げたかのように大きなリボン結びになっている。
大げさなフリルみたいなスカートは硬めの質感で、かなり短い。少なくとも正面からルシェラを見たときに下着が露出しないことだけは保証している。
あまり人目に晒したくはない姿だが、これはクグセ山の『変異体』の毛皮を匠の手によって加工した冒険装束。
ルシェラのために作られた、この世界最高の防具の一つだ。
助走は三歩。大地を踏み割り、ルシェラは跳躍する。
耳元で風が唸った。
大河を一跳びに跨ぎ超し、着地と共に全力疾走した。
ジオラマめいたサイズにも見えていた馬車と、それを襲う魔物がみるみる大きくなる。
――なんだ、この魔物……?
猛スピードで走りながらも、ルシェラは奇妙に思っていた。
充分に細部まで観察できる距離に近づいたはずなのだが、この魔物が何なのかピンと来ない。
かつて冒険者のマネージャー業をしていた経験から、魔物知識は冒険者以上に身につけたはずなのだけれど。
奇妙な点はもう一つ。
この魔物は、いわゆる『巨人種』の特徴に該当するところが多いように思えるが、そういった魔物の居住域はセトゥレウに無かったはずだ。
また巨人種も魔族のうちであり、魔族の王国にはそれなりに住んでいるはずだけれど、セトゥレウは魔族の国からも遠く、はぐれ者の魔族が一匹で徘徊しているなんてことはそうそうあり得ない。
つまり、こんな場所にこんな魔物が居るのはおかしい。
だが、この魔物が何であれ確かなのは、対処すべき脅威であるという事。
毛皮を被った謎の巨人は、既に護衛を殲滅し、今まさに横転した馬車に手を掛けていた。
そして、まるでプレゼント包装を破る子どものように、馬車の客車を破壊し始めたのだ。
「あ、あああ…………!」
馬車の中に居たのは冬至祭りのプレゼントならぬ、13,4歳ほどの人間の少女だった。
華奢で可愛らしい、人形めいた容姿。輝くような金髪碧眼。
彼女が着ている白と桃色をしたドレスは装飾が控えめで、お出かけ用のものに見える。
何者かは不明だが貴人の子女という雰囲気だ。
あれだけ派手に馬車を転がされたのに、馬車が乗客を保護する構造になっていたのか、彼女は擦り傷程度しか負っていない。
しかし彼女は巨大な魔物を前に逃げる事もできずへたり込んでいるだけだ。
巨人は少女の姿を確認すると、巨大な手をゆっくりと彼女に……
「……っりゃああああああああ!!」
その手に!
ルシェラは全力疾走の勢いを乗せて、跳び蹴りをかました!
いくら勢いを乗せようと、小さなルシェラの身体では『砲弾』としての威力が低い。
巨人はバランスを崩し、よろめいただけだ。
蹴りつけた瞬間、堅すぎる感触をルシェラの足に残し、金属音を鳴り響かせて。
「……これは、ゴーレム!?」
状況が噛み合った。
こんな場所に一匹だけ巨人がいるのは何故か。
何の魔物だか今ひとつ分からないのは何故か。
これは毛皮を着せ、皮膚のように加工した革で骨格を覆った、魔法動力で動くカラクリ人形……単なる人型の戦闘用ゴーレムだ。
どうしてこんな場所に『兵器』と言えるレベルの大型ゴーレムが居て馬車を襲っているのかは結局謎だが、ゴーレムは使役者が居れば動くのだから、はぐれ巨人がうろついているほどは不思議でない。
蹴り飛ばされたゴーレムは、しかしすぐに体勢を立て直し、何者かの命令を忠実に執行するべく身構えた。
ルシェラを、脅威であり障害であると認識したようだ。
「なら……徹底的にぶち壊す!」
ルシェラは少女を庇って立った。







