≪9≫ 情報屋
翌日。
“黄金の兜”の三人とカファルは真っ直ぐ王都へ向かったが、その間にルシェラだけは少し別行動をすることになった。
出発前に通信局から、ルシェラを呼び出すメッセージが届いたのだ。
ルシェラは宿場町から隣街まで駆け抜け(途中で早馬を追い抜いた)、そこからはまた馬車に乗った。
装飾を排した、特徴がなさ過ぎて逆に不気味にも思える高速馬車には、ルシェラともう一人、男の姿が。
「やーれやれ、気楽に悠々自適のマネージャー業やる気でセトゥレウに来たってのに、血生臭い世界に逆戻りだぜ」
「それはまたご迷惑を……」
「いやいや、目の前でこんなわけわかんねー事が起こってんのに無視する方がありえねえって」
髪を撫で付け固めた、スーツ姿の男は、肩をすくめてニヒルに笑う。
その印象を一言で表現するなら『洗練されたチンピラ』だ。
イヴァー・マクレガー。
クグトフルムの街で、冒険者マネージャーの事務所を開いている男。
ルシェラを呼び出したのは彼だ。
ルシェラは同業の縁で彼とは顔見知りだ。
カファルに拾われる前の記憶を取り戻したルシェラは、王都へ向かう前にクグトフルムの街で、数少ない知り合いに挨拶回り事情説明をして来た。
イヴァーもその中の一人だったのだが、彼はルシェラの話を聞くと、しばらく考え込んだ後に情報収集への協力を申し出た。
そしてルシェラたちに先んじて王都へ向かっていたのだ。
「しかしまた随分と可愛くなって帰ってきたもんだよな、お前……」
「あははは……」
あらためてしみじみ言われると、ルシェラは恥ずかしいやら居たたまれないやらだった。
外の景色をチラリと見て、軽薄なチンピラめいた雰囲気もあったイヴァーの目つきが鋼の硬さを帯びる。
「さて、この場所なら良いだろ。
今一番ホットな情報は、ジュリアン・アンガスが非公式にこっちの王都に来るらしいって話だ」
「ジュリアン・アンガス?」
「クグセ山の北にはアンガス侯爵領がある。
先日のドラゴンハントを指揮したのはそこの侯爵様で、ジュリアンってのは長男だ。
現侯爵が死んだわけだから、ジュリアンはまあ、もうすぐ侯爵様ってわけだな」
「あいつの息子か……」
「気の早いことで、もうセトゥレウ入りはしてるらしい。
使ったのは転移魔法陣を乗り継いでタド山を超えるルートだ。通れるのはせいぜい一日に十数人で、しかもセトゥレウの同意が無きゃ使えない道だが、こっちへ来るなら一番早い」
セトゥレウとマルトガルズの往来は、クグセ山にカファルが住み着いてからの数十年、大規模なものは途絶えている。
正確には当初カファルは人間がクグセ山を通ることを特に気にしていなかったのだが、それをいいことにマルトガルズは事態の解決を先延ばしし、セトゥレウには対処能力が最初から無く、気が付けばクグセ山は『変異体』だらけで手の着けようがなくなっていたというのが歴史的経緯だ。
とは言え、二国間の往来が完全に途絶えたわけではない。
クグセ山を避けて隣のタド山を越え、南北を行き来するルートがあるにはある。
こちらは『変異体』が居なくても危険な険しい道で、一部の命知らずの商人たちが専門的にこのルートを行き来するほかは、山の各所に設けられた転移魔法陣を乗り継いで要人が往来するだけという状態だった。
ふと、もしかしたら“七ツ目賽”の連中もこの道を通ってマルトガルズ入りしたのかも知れないとルシェラは思った。
マルトガルズとセトゥレウは領土問題も抱えているし『敵の味方』『味方の敵』という関係だが、建前上は交戦国でないし国交もある。
マルトガルズ側がなんのかんのと理由を付けて誤魔化せば、セトゥレウ側も深く突っ込むことは避けるだろう。数人の冒険者を『亡命』させるくらい、わけはないはずだ。
「それでジュリアン・アンガスの訪問の目的は?」
「秘密裏の訪問だから何とも言えんが。
普通に考えんだったら、緊張緩和。事実上の詫び入れだ。
係争地であるクグセ山で軍を展開したのも緊張を高めるし、ドラゴンハントをしようとしたのは侵略の足場固めだろ。
だが失敗した。
次の攻め手が無ぇなら、ここで詫び入れて剣を収めさせるのが一番傷が浅い。今なら言い訳できるし、引き返せる段階だからな」
「マルトガルズ皇宮を差し置いて次期侯爵が?
……いや、でも、ありと言えばありか。皇宮の意向じゃなく、あくまで侯爵個人の行動でしたよってセンで行くなら」
「じゃあないかと俺も睨んでる。そうすりゃ一番穏便に事態を収められるからな。
皇宮からケツ叩かれて詫びにきましたって体で、裏では示し合わせてるんじゃないかと」
自分がジュリアンならどう思うか、ルシェラは考える。
あくまでマルトガルズとしてではなく一諸侯の暴走という形で処理するなら、国家間の決裂は避けられるだろう。確かにセトゥレウは小さな国だが、泥沼の戦争を続けているマルトガルズはこれ以上敵が増えることを避けたいはず。
本格的に戦いに巻き込まれないようコソコソと後方支援をするに留めているセトゥレウが、マルトガルズに配慮する理由を無くし、完全にグファーレ連合と手を組んだら……破滅とは言わないが、面倒にはなるはずだ。
そのために汚名を被るというのはアンガス侯爵家にとって貧乏くじもいいところだが、何しろ当の侯爵様が既に死んでいる。
死人に口なし。
全ては先代のやったことで自分は違うのだという態度を取るなら、ジュリアンが受けるダメージは最小限で済むだろう。
それは確かに、全てを丸く収める一手であるようにルシェラには思えた。
「だからもう、実は全部解決してるのかも知れん。
だとしても次に備える必要はあるだろうけどな」
「そっか……」
「俺が自発的に王都まで出張ってんのは、マルトガルズ側の諜報網がどの程度動いてるのか探るためさ。これが分かれば、連中がどこまで本気なのか、まだやる気なのか、多少は察せるから」
「協力してくれて本当に助かりました」
「お、おう……」
まさに八面六臂の活躍だった。
ルシェラは素直に感心して感謝したのだけれど、イヴァーは調子が狂った様子で目を逸らし頭を掻く。
「くそったれ、ガキに懐かれるのは中身がお前だと分かってても悪い気がしねえ」
「あはは……それは何とも……」
「まあ俺は、出すもん出してくれるなら文句はねえよ」
ルシェラは財布を取り出し、そこから金貨を二枚取り出して指で弾いた。ちなみにこれは『変異体』の毛皮を売って手に入れた資金だ。
輝かしいアーチを描いて飛んだ金貨を、イヴァーの手が掴み取る。
「毎度」
「こちらこそありがとうございます」
「ったく……情報屋って人種を信用すんなよ?
敵の情報を味方に売れる奴は、味方の情報だってしばしば敵に売るんだ」
「そんなことしてると、いつか刺されますよ」
「上等だ。俺はそいつが刺しに来るのを三日前には知ってる。
でなきゃ今頃、生きてねえよ」
誰かに守られることなど考えていない、一匹狼に特有の獰猛な笑みをイヴァーは浮かべた。
ルシェラもこうなって初めて知った事だが、イヴァーはマルトガルズで冒険者マネージャーになるよりも更に前、裏社会に両足をどっぷり突っ込んだ情報屋稼業をしていたのだとか。
その経験と、ちょっとだけ残っていた人脈を、今イヴァーは使っているわけだ。
「後は……セトゥレウの王様ってのが、話の分かる人なのかってことなんですよね。
協力するって言ったって、向こうがママを利用することしか考えていなかったりしたら、流石に願い下げですし」
「あ? そりゃ心配しなくていいだろ。なんたって“黄金の兜”には……」
その時。
突如、轟音。
何か大きなものが破砕されるような音と共に、突き上げるような揺れが、振動軽減されているはずの高速馬車の客車を見舞った。
「ひゃっ!」
「なんだ!?」







