≪8≫ 騙し騙され
セトゥレウは『水の国』の名にふさわしく、多くの川が国中を流れている。この土地は元来、水の因子が強いのだ。
そのせいで、面積的にはそんなに大きな国ではなくとも、移動には時間が掛かる。
川を通して物を運ぶには便利なのだが、早馬や高速馬車で一直線に駆け通すのは難しいのだ。
一行はその日、川を望む宿場町にて宿を取った。
夕飯も済ませたが眠るには早い、気怠い時間。
ルシェラはカファルと二人、ババ抜きに興じていた。
『これかしら?』
カファルはルシェラが手にしたカードの中から、自信満々に悪魔の描かれたババを抜き取った。
『ざんねん! はずれ!』
『ええっ? 今、嬉しそうな顔をしたから×××これだと思ったのに!』
『あれは、えんぎ。ごめんね』
『……喜んだり悲しんだりするルシェラが可愛かったから許すわ』
前言通り、ルシェラはカファルの練習に付き合っていた。
だがカファルは、ちょっと引っかけようとすれば引っかかるし、逆にルシェラがカードを引く側になるとポーカーフェイスができない。
思うにカファルはまだ、人の姿の分身体を手に入れたばかりで、対人コミュニケーションで小技を使えないのだろう。
最初はルシェラも面白がっていたが、だんだんと、これでは交渉事に不利なのではないかと思いはじめていた。これから王様に会いに行くというのに、一抹の不安がよぎる。
『人は、遊びでまで騙し合うのよね』
カファルはちょっと憮然とした様子でルシェラを抱き寄せた。
『そうとも、いえる』
『どうして、人は騙すのかしら。
ドラゴンは契約を大切にして、それを××ことはしないのだけれど』
負け惜しみめいた言い草だが、カファルはそこそこ本気で嘆く。
実際の所、ドラゴンたちの精神性は不明な点も多いが、彼らが伝説や物語において人と契約を交わした例は聞く。そしてそれをドラゴンの側から破ったという話は寡聞にして聞かない。
それもまたドラゴンの本能みたいなものかと思っていたが、単に人とドラゴンの種族差によるものだろうかと、ルシェラは、ふと考えた。
『……どらごんは、つよい。ひとは、よわい。
どらごんは、だます、とく、すくない、そん、おおい。
ひとは、ちがう』
『そうね……これは、ドラゴンの××だったかも知れないわ。
人が××なのではなくて、そうやって生きることの××が大きいだけなのかも』
ルシェラは人の常識を越えた力を手に入れた。
そうなってみれば、心持ちとして分かることもあった。
おそらくドラゴンは他のドラゴンを騙すことによる利得も少ない。
個々が強大な力を持ち、長き時の尺度の中で生きるドラゴンは、その場しのぎの嘘で得られるものより失うものの方が多いだろう。だからこそ彼らは契約を重んじる。
思えばカファルが言う通りで、人が騙し合うのは愚かさ故ではなく、人という種の構造的欠陥なのかも知れない。
『ドラゴンだって……騙し合わないけれど、過ちを××××わけじゃないものね』
カファルの抱擁は悲しみの色をしていた。
かつて卵を失ったことを言っているのだろうか。それとも群れを出た選択のことか。
『わたしも、なんども、だまされて……すこし、だました』
慰めを口にするのも少し違う気がして、ルシェラはそう言った。
『そう……
でも私が居る限り、あなたにそんなことはさせないわ』
『ままはだまさない。ぜったい』
『うふふ……ありがとう』
『げーむなら、べつ』
『もうっ』
カファルはルシェラを抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。
おサイフが温かかったもので、ちょっと良い部屋を取っている。そのためかベッドのスプリングがなかなか良い手応えだった。
『セトゥレウの王様は、どんな人なのかしら』
『いいひと、だと、たすかる』
『そうね……』
“黄金の兜”の面々はセトゥレウの王宮をだいぶ信頼している様子。
信頼に足るだけの理由があるのだろうと推測できるけれど、直接会ったことが無い以上、ルシェラはまだ警戒していた。
願わくば、騙し騙される関係にならずに済むなら、ありがたい。
総合評価が50000pt超えました。ありがとうございます!
まだランキングの割と上位に居るので、ポイント稼ぎを考えたらちょっと早いかなと思いましたが、実際どの程度影響があるのか実験するつもりでサブタイトルを削除してみました。







