≪7≫ ババ抜き
晴れ渡る初夏の空の下。
二頭立ての箱形馬車が、街道を南へ向かっていた。
一般に『高速馬車』と呼ばれるそれは、車輪の抵抗や客車の揺れや客車の重量そのものを魔法的な加工によって減らしたマジックアイテムであり、馬車でありながら普通に馬が走るのと大して変わらない速度で走行することが可能だ。
こんなもので移動するのは王侯貴族か大商人か、はたまたドラゴンを連れた一流冒険者たちか。
三人掛けの座席が向かい合って配置された車内に、“黄金の兜”の三人と、カファルの分身体とルシェラが乗っていた。
向かう先はセトゥレウ王国の王都・アルヒューラ。
「緊張してるか?」
狭い馬車の中でも、あの山脈のような鎧をしっかり着ているティムが、口数も少ないルシェラを案じて声を掛ける。
「そりゃ……これから王様に会うってなったら……」
「今日いきなりってわけじゃないんだ、落ち着け」
「だーいじょうぶですよお。王様だって取って食うようなことしませんからあ」
一行が王都へ向かうのは、クグセ山の守りに関して王宮と交渉するためだ。
シュレイが指定した『試練』の日まではまだ間があるし、クグセ山を守るつもりならばこちらとも話を付けておかなければならないのは間違いない。
何をどうやったのか、ティムは王宮に話を通して面会の約束を取り付けたのだが、そこから先はルシェラの仕事。緊張するのも当然だ。
冒険者マネージャーとして仕事をした経験はあるが、一国の王族と話をした経験などは無いわけで。
「るしぇら、は、まもる」
「う、うん。多分大丈夫だから過激なことしないでね」
ルシェラを膝に抱いたカファルは、決意に燃える目をしていた。
そしてまた、静かになる。
窓の外の景色は飛ぶような速度で流れているが、高速馬車の客車内は驚くほど平和だ。
轟々たる風の音と、挽き潰される道の悲鳴なくば、馬車に乗って走っているのだということすら忘れてしまいそうだった。
「暇つぶしに何かやりません?
色々持ってきてますよ」
沈黙に耐えかねたらしいビオラが、壁に折りたたまれていたテーブルを展開し、その上にゲーム盤やカードなどを広げ始める。
“黄金の兜”は亜空間に収納可能なマジックアイテムをいくつも持っているようだが、だとしても容量には限界があるわけで、コンパクトに収納して持ち運び可能なものが多かった。
「わ、こんなに」
「馬車移動も多いからな俺ら。暇なんだよ」
「じゃ、定番ですけどババ抜きとか」
とりあえず自分に分かるものを、とルシェラがトランプを手に取ったところ、ウェインが肩をすくめて首を振る。
「やめとけやめとけ。ティムは全部顔に出るんだ。こいつとカードやってもつまんねえ」
「何だと!」
「まあまあやるだけやってみましょうよ。それ含めて楽しめばいいんじゃないです?」
ビオラは笑ってカードを切り、慣れた手つきで配った。
カファルもカードを受け取って、物珍しげに観察する。
「ねえママ、ババ抜きは知ってる?」
「しってる。ひとのすがたで、あそぶ、どらごん、みた」
「へえ! ドラゴンもトランプをしますか。やあでも人の姿で生活してるドラゴンはそりゃ人の娯楽に手を出しますよね」
ペアになったカードを捨てて残りを構えたカファルは、ちょっと申し訳ない感じに笑う。
「……にんげん、かてる、おもわない。いい?」
「上等だ。人間は剣を取って戦えばドラゴンにゃ勝てねえだろうが、ゲームでまで負けるわけにはいかねえぜ」
「おい待てティム。なんでお前が人類代表して自信満々なんだ」
ティムの渋い顔が凛々しさを増して、広くもない客車の中には火花が散った。
* * *
十分後。
「…………まさか、こうなるとは」
「だって、この二人からババ引く方が難しいだろ……」
激しい戦いだった。
運悪く最初にババを持っていた(そしてそれが表情で丸分かりだった)ティムは、ババが引かれそうになる度に若干嬉しそうな顔になるため、ババが引かれることはなく延々それ以外のカードが回り続けるというゲーム展開となった。
だがその均衡をカファルが破る。
遂にティムからババを引いてしまったカファルは、あからさまに目を見張る表情で他の三人にババの在処を伝えた。
そしてカファルもまた、ババが引かれそうになる度に若干嬉しそうな顔になるためそれ以上ババの移動が発生しなかったのだ!
そうこうしている間にルシェラ、ウェイン、ビオラは手札を消化し、残ったのはティムとカファルのみとなった。
場に残ったカードは三枚。
手番は、ティム。
「彼女はこの戦いの中で急成長を遂げている……さっきババを押しつけられたのはまだ『人の表情を読む』事に慣れていなかったからだ……!
おそらく俺が今度ババを引いてしまえば次は返せないだろう。つまり、この状況で追い詰められているのは俺の方。ここで上がれなければ負ける!」
『ドラゴンの誇り……!』
「リーダーここ一年で一番シリアスな顔してません?」
「一瞬格好良く見えたけど、これババ抜きヘタクソ最低王決定戦だよな?」
ティムはマッチョな石膏胸像の顔みたいに厳めしい目つきでカードを睨み、カファルは世界中の苦い薬をフルコースで飲んだかのような珍妙な顔のまま表情から何も悟られぬよう硬直していた。
ティムの指が虚空を揺らめき、一流冒険者とドラゴンの間で目に見えぬ鍔迫り合いが繰り広げられる。
表情、呼吸、空気の流れ、気配。
意識の中では一瞬で数百通りの戦闘が発生する息詰まる読み合い。
そんな、低レベルなのに無駄に高度で不毛な戦いは、唐突に終止符が打たれる。
「こっちだ!」
「あっ!」
追いすがろうとしたカファルの指をすり抜け、ティムが抜き取ったカードは……ババではない、翼を広げたドラゴンのシルエットがハートを模っている、ハートのエースだ!
「よぉおし!」
最後のカードを捨ててティムは拳を突き上げる。
カファルは最後に残ったババを見て肩を落とした。
「まけた…………」
「れ、練習しよう! 練習すれば強くなるから!」
「……ババ抜きの練習するって発想、27年生きてて初めて見た」
ウェインは呆れているのか感心しているのかよく分からない顔で、カファルを慰めるルシェラを見ていた。







