≪5≫ 夢見る卵
その夜、ルシェラは不思議な夢を見た。
何か、堅くて狭くて温かい場所で、ルシェラは身体を丸めていた。
目を閉じて身体を丸めているはずなのに、不思議と、周囲の様子がルシェラには分かった。
まあ、夢とはそういう理不尽なものかも知れない。
『今日は変なものを着けてるのね、ルジャ』
『ああ、人間が身につけているのを見て、こういうのも面白いかと思ったんだよ』
大きな洞穴の中で蹲るレッドドラゴン。
その前に、一人の青年が立っていた。
鮮烈に青い髪が特徴的な男だ。
他所行きと言うよりも事務仕事でもするような出で立ちで、顔には眼鏡を掛けている。
そのためか、学者めいた雰囲気だ。
『クグセ山まで来てくれるのは嬉しいけれど、人の姿の貴方は、なんだか小さくて物足りないわ』
『しょうがないよ。カファルが卵を抱いている今、人族を刺激するわけにはいかない。
……もっと早くからドラゴンの姿でクグセに来て、周りを慣らしておくべきだったかな』
その青年……ルジャは、大きなレッドドラゴンを見上げて親しげに笑いかけた。
『これだけ人里に近いと面倒だけれど、その価値はあるね。やっぱり。
セトゥレウは水の性が強い土地だ。その中にあってクグセ山は休火山であり、火の匂いも色濃い』
『ええ、貴方が見つけてくれたここでなら、私たちの血を引く仔は最高の力を授かって生まれてくるでしょう』
蹲るカファルは、首で巻き取るように抱いていた卵を、こつんと鼻先で突いた。
ルシェラの世界がゆらゆらと揺れた。
『でもね、大切なのは……どんな仔が生まれようと僕らが愛してあげることだよ。そうだろ?』
『そうね。本当にそう』
『むしろ才能なんか無い方が幸せなのかも知れないな……
僕らの仔を二つの群れが取り合うことになる。
うちの群れはベルマールの竜王にいくらか借りがあるから、そっちへ行くことになるかも知れないけれど、若い雌が少ないことはみんな気にしてるから諦めないかも知れない……
うちは純血にこだわらず、強い血を取り入れる方針だし』
ルジャの細面が愁いを帯びる。
強大な力と長すぎる寿命を持つドラゴンだが、引き換えに繁殖力は極めて低い。そのため繁殖は全ドラゴンにとって重大な関心事だった。
二匹の仔は、どちらの群れの預かりとなるのか。
まさかそのために群れ同士の戦いになるとまでは思わないが、対立の狭間に置かれることが産まれてくる仔のためになるとは思えない。
ルジャはそれを憂いているのだ。
『……名前は、もう決めたのかい?』
ルジャはカファルまで沈んだ様子になっているのを見て、話題を変えた。
努めて明るく、という調子で彼は聞く。
『いいえ。あなたの考えも聞きたいもの』
『僕はそういうセンスがさっぱりなんだ。君に任せる方が良くなると思う。
そうだな……じゃあ今度、僕が狩りから戻るまでに考えておいておくれ』
『分かったわ』
二匹は、ただそれだけの会話が嬉しくてしょうがない様子だった。
ルジャは卵の傍らに跪き、それを撫でる。
『我が最愛の君と、生まれくる僕らの宝物に……
天地の祝福があらんことを』
彼の手は悲しいほどに優しくて。
目覚めと共に夢の情景が露と消えても、その手の感触が残っていたように思われた。







