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≪4≫ 青の激憤

 青の貴公子は、深渕の色をした目を険しく歪め、つかつかと向かって来る。


『ベルマールの竜王は貴様の父だ。情けもあろうが、こちらは違うぞ。

 ……何が真実の愛だ! 馬鹿が二匹揃ったら四倍馬鹿になるのか!?

 お互いに初めてのつがいだというのに群れを飛び出しおって!

 挙げ句……』


 突如。

 彼は顔を巡らし、ぎろりとルシェラの方を見た。


 恐怖の暇もなく、彼の手がルシェラを掴む。


「わああっ!」

「るしぇら!」


 ルシェラの細い首に彼の手が巻き付いていた。

 そしてそのまま、貴公子はルシェラを吊り上げる。


 今のルシェラの肉体は、人よりもドラゴンに近い強度を誇る。

 だが、その男の手はとんでもない怪力だった。

 脊椎が軋み、『死』という言葉がルシェラの脳裏にちらついた。


 シュレイは特にそれを止めようともしない。静かに見ているだけだ。


「くっ、う……」

『ルジャの仔さえ貴様の手抜かりによって命を落とし、彼の生きた証は喪われた。

 そして……なんだ、この卑小な生き物は。これが貴様の『娘』だと!? ふざけるな!!』

「ひゃう!」


 幸いにも、青の貴公子はルシェラが死ぬ前に、苛立ち紛れにルシェラを投げ落とす。

 無様に尻餅をついたままルシェラは咳き込んで、カファルは跪いて寄り添った。


 二人を見下ろし、青の貴公子は冷たく睨む。


『……我らの群れは同盟関係にある。

 同盟者が人の獲物となるのは看過できぬとも。それが貴様であろうと、我らの沽券に関わる。

 故に我らは、ベルマールの竜王の要請を聞き入れた。

 しかし、それは貴様が行いをあらためればの話だ。貴様の愚行の尻拭いまではできん!』

『どうしろと……言うのですか』

『そのペットを始末しろ』

『!!』


 侮蔑のみを込めて、彼はルシェラを見ていた。


『そも、この山の『変異体』が減ったのも、()()に食わせたためと言うではないか。

 『変異体』どもは所詮けだものだが、我らの血肉を分けたも同然の財産。

 その『変異体』を渡すというのは、己の指を切って渡すようなものよ。浪費されるわけにはいかん』


 あんまりな言い方にルシェラは唖然とした。

 しかしそれは、言いがかりとも無茶な要求とも言えない。

 ルシェラはもうこれ以上『変異体』を減らす気は無いし、カファルも同じ考えだろうけれど、傍からはその心のありようが分からぬのだから、不安になるのも致し方ないことではある。


『この条件はベルマールの竜王にも同意を頂いている』

『お父様……!』

『仕方がなかろう』


 シュレイも、特に無念ではなさそうに首を振った。


ぬしが道楽で養っている()()()まで、守れというわけにはいかぬ。

 そやつを捨てて山を守るか。群れに帰るか、二つに一つよ。

 なに、儂らの山は広いでな、そのように小さきものを住まわせるくらいはわけないぞ。

 ……生き延びられればな』

『ならば、私は……この山には留まりません。

 この子と共に生きられる場所を探します』


 ルシェラを庇うように抱いて、カファルは迷うことなく言い放つ。


『何を世迷い言を……!』

『それは命懸けの旅になるぞ。分かっておるのか?』


 聞き分けの無い幼子を咎めるような視線がカファルに向けられた。


 人によって()()()()()()()()()土地は、土地の持つ力が弱く、ほとんどはドラゴンが住まうに適さない。

 クグセ山のように人里近くで……つまり群れの支配圏を離れてもドラゴンが住める場所は貴重なのだ。

 そして一度この山を捨てれば、おそらく山はマルトガルズに占領されて二度と帰ること叶わない。


 帰る場所をなくした放浪のドラゴンは、さて、人に狩られるか、衰えて死ぬのか。


 ――それくらいなら、わたしが山を離れればいい。


 ルシェラはすぐに、そう考えた。

 ドラゴンたちが納得してくれるかは分からないが、交渉の余地はあるように思われた。

 離ればなれになろうと永遠に会えないわけではない。当面の危機をしのぐまでの間だけでも、ルシェラがカファルの下を離れていれば、また、いつかは……


『…………待って下さい』

『ぬん?』

『あん?』


 しかし気が付けばルシェラの口は、違うことを言おうとしていた。


 青の貴公子は、そもそもルシェラが言い返すなどと思ってもいなかった様子で当惑していた。

 ルシェラは、己の口ぶりが暴力的にならない範囲で、声を張り、胸を張る。


『『変異体』は血肉を分けたも同然の財産であると言ったのは、あなたではないですか。

 ならそれを喰らって力としたわたしを、活用しようとは思わないのですか。

 どうして処分しなければならないんです?』

『小賢しい! 口を閉じろ、人間!

 我らには守るべき秩序があるのだ!』


 貴公子は端正な細面を不快げに歪める。

 取り巻きの二人もルシェラを睨み付けていた。


 彼らは犬にでも咆え掛かられたとしか思ってない様子だ。

 ドラゴンにとって実際、人などゴミのように小さな存在だろう。

 だが、その言葉に理があるとなればなんとするか。


『『変異体』は忠義無き番犬でしかありませんが、わたしには知恵があります。

 そしてママのためなら……ううん、一緒に生き延びるため、戦い抜く覚悟があります。

 この山とママを人間から守るなら、わたしの存在を排除することこそ、ためになりません!

 どうあってもわたしを始末するというなら、その後で考えても遅くはないでしょう!』


 一歩も引かず、ルシェラは言い返す。


 ――ここは押すところだ! 赤の竜王は青いドラゴンたちと違って、わたしをそれなりに買ってるみたい。ならあと一押しで認めてくれるかも知れない!

   それに、青のドラゴンたちの本音はきっと、ママへの戒めと身内が溜飲下げて納得するためにわたしを殺したいってところ。それに無理やり屁理屈付けてるだけなんだから、ここは理詰めで突けば崩せる!


 交渉術もまた、冒険者マネージャーの自家薬籠中。

 相手が強大なドラゴンであれ、全く通用しないということはないはずだ。

 彼らが物事を考える尺度は、確かに人より大きいだろうが、それは理解を超えた異次元の思考ではない。


『貴様、そのような口八丁で……』

『もしも!』


 薄っぺらな胸に手を当て、ルシェラは叫ぶ。


『もし私の力と覚悟に疑いあらば、如何様にもお試しください。

 確かにわたしは、あなたがたドラゴンには遠く及びません。ですが!

 このわたしは本当に、一顧にも値しないのでしょうか!?』


 その半分はルシェラの立場から合理的に考えた結果。

 もう半分は、意地だった。


 取るに足らぬものとして扱われることは我慢がならない。

 そんな立場に甘んじていることはできない。

 元は人の身であるがカファルの娘になると決めた。ならば身の程知らずであるべきだ。

 少しでも対等の立場に近づこうとしなければ『ペット』としか見られなくなる。


 啖呵を切ったルシェラに対し、ブルードラゴンの化身たちは絶句する。

 こんな小さなものに口答えされたためか、驚きと呆れと怒りと屈辱がその表情をよぎった。


 口を開いたのは、赤の竜王だった。


『……よくぞ吠えた』


 シュレイが、()()()()()()()()

 ルシェラは何故だかそう思った。


 破顔一笑。しかしてぞっとするような凄みのある目で、シュレイはルシェラを見ていた。

 我が子を千尋せんじんの谷に突き落とす獅子は、きっとこんな顔をしている。

 先程までよりも余程恐ろしい何かを感じた。


『どうかね、青の。

 儂は彼女の言葉にも一理あるものと思われるがな』

『あなたまで!』

『儂の顔に免じて、というやつよ。逆鱗までは懸けられぬがな』


 意外なほどにあっさり、シュレイはルシェラの提案を受け容れる。

 青の貴公子は信じられないという顔だった。


『ありがとうございます!』

『礼は早いぞ、小さきものよ』


 反射的に礼を言ったルシェラだが、シュレイがルシェラを見る目は恐ろしく鋭い。

 思わずルシェラはたじろいだ。


『こちらは借りを作る立場だ。儂の顔も軽くはない。

 なればぬしには、それだけの矜恃を示してもらわねばならん。

 ……カファル。山を借りるぞ』

『は、はい!』

『七日だ。それだけ掛けて場を整える。

 然る後、ぬしに試練を与えよう。

 願わくば儂だけではなく、彼らをも納得させてほしいものだな』


 睨むより怖い微笑みがあるのだと、ルシェラは思い知った。


 * * *


 諸々、方針の変更があったからか何なのか。

 ひとまず今夜の所はドラゴンたちも引き上げていった。


「……ションベンちびるかと思った」

「それで済むなら上出来だな。俺は内臓まで吐きそうだったぜ」

「確かにクラクラするほどの竜気でしたね。お酒飲んでたら全部吐いてましたよ。

 さすがに私も面白がるどころじゃありませんでした」


 エース級の冒険者と言えど、このような状況では“黄金の兜”の面々も蚊帳の外で見ているしかない。

 ドラゴンたちが去ってようやく、彼らは口を利く余裕を取り戻した。


 自分の本体の尻尾の先を椅子代わりにして座ったカファルは、その膝の上にルシェラを乗せている。


『ルシェラ……ごめんなさい、私の事情に巻き込んでしまって……』

『……大丈夫。その……ちょっとびっくりしただけ、だから』

『あんな風に言ってくれて、嬉しかった』


 カファルはひどく消沈して、ルシェラを抱きしめていた。

 その手を離しはすまいと、ただ願う様子で。


『私のことを聞いてくれるかしら。

 何があったのか。何をしてしまったのか……』


 そしてカファルは語り始めた。


 ブルードラゴンと恋に落ちたこと。

 それぞれ群れを飛び出して人界近くに居を構えたこと。

 ついに卵を宿したこと。

 だがその矢先、つがいであったブルードラゴンを人間に殺されたこと。

 そして卵の孵化に失敗したこと……


 いつの間にか焚き火は消えて、辺りは夜闇に包まれていた。

 炙った燻製肉は誰も手を付けないまま冷めてしまっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公最強(ママはもっと)のタグは外した方がいいんじゃないです? 別にママ最強でもなんでもないし
[一言] もう一度遠赤外線で炙ればワンチャン(そこ?!)
[一言] シュレイさんはルシェラの見定めに来てたんですねぇ。 しかし、青のが群れでどの程度の立場かわかりませんが、赤の長と一緒にくるくらいならやはりそれなりでしょうし、それがうらみつらみがあるにせよ…
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