≪2≫ 勝利の宴
日も、とうに落ちたクグセ山。
岩のかまくらみたいなカファルの『家』の前で、盛大に火が焚かれていた。
枝だの鉄串に突き刺された肉が火に掛けられて、かぐわしい香りを立てながら油を滴らせている。
「こんなにいただいちゃっていいんです?」
「もちろん! みんなパーティーの仲間で、ママの命の恩人だもん」
供されているのは、ルシェラがせっせと蓄えていた燻製肉だ。
マルトガルズ軍は追い払ったわけだが、日は暮れて、今から人の身で山を下りるのは危険過ぎる。
そこでカファルは“黄金の兜”の三人を巣に招き、一晩泊めることになった。
炙られる肉を見てビオラは感激し、メガネを輝かせていた。
「うひゃー! 『変異体』のお肉の食べ比べなんて信じられない贅沢!
全て味を記録して後世に残さなければ!」
「残したところでなんか意味あるのかそれ……?」
「その考えは甘いですよウェインさん。個々の学問に価値があるかなんて世界が終わるまで分からないんですからなんでも研究して記録するべきなんです」
ティムは、ほどよく熱くなった肉を串から外しては携帯用の皿に盛って、荷物から出したスパイスを振りかけていた。
渡された肉を一つ食べてみて、ルシェラは目を丸くするしかなかった。
ほどよい塩気が肉の旨味と油の甘味を引き立て、更にパンチの効いた香草の風味が後味を添える。
「すごい、全然味が違う。ずっと焼いただけで食べてたから新鮮だ……」
「スパイスは色々あるぞ、全部試してみろ。
冒険中なんて、下手すりゃ一ヶ月ずっとギルド指定の携帯食料だったりするからな。目先を変えるために用意してるんだ」
「そう言えば、あの携帯食料に入ってる謎の肉って何の肉をどう加工してるんだ」
「知った者はギルドの隠密部隊に消されるともっぱらの噂ですねえ」
馬鹿話をしながら冒険者たちはすごい勢いで肉を食い始めた。
ルシェラもハードな修行をした分だけよく食べていた……つもりなのだが、少女の肉体では物理的にたかが知れている。それと比べれば唖然とするほど爽快な食べっぷりだった。
「……酒が欲しいな」
「さすがにお酒は造ってないですね……」
「≪酔月≫の魔法なら掛けてあげますよ」
「遠慮しとく。飲めなきゃ意味ねえ」
そう言えばカファルは酒を飲むのだろうかと考えるルシェラ。
水の性を持つドラゴンたちは財宝だけではなく酒も好きだそうで、酒好きが過ぎて罠に嵌まり酔い潰れたところを討たれた古代の邪竜の神話的伝説なども、どこかで聞いた覚えがあった。
「えっと……」
ルシェラはほどよく焼けた肉を取り分け、それをカファルの所へ持っていく。
彼女の本体はかまくら状の『家』の中で蹲って傷ついた身体を休めているが、その分身は皆と共に焚き火を囲んでいた。
ルシェラは先程、ジゼルの指輪を使ってドラゴン語で会話したときの感覚を想起して言葉を紡ぐ。
『おにく。ままのぶん』
『あら、××××。私×一昨日××××食べたばかり××、みんな×××足りなく×××××××じゃない?』
カファルもドラゴン語で応えた。
人の言語にはあり得ない別次元の濃度で、意味の奔流がルシェラに叩き付けられる。
聞き取った言葉を頭の中でリピートして、ルシェラはようやくカファルの喋った内容を半分ほど理解する。
『でも。いっしょ、たべる、だいじ』
『もう……!』
カファルはデレデレに蕩けた笑顔でルシェラを抱きしめた。
「いやあ、微笑ましい」
「ですねえ」
冒険者たちも優しい笑顔を浮かべていた。
「だが、これも束の間の休息ってやつだな。マルトガルズがこれで諦めてくれるならいいんだが」
「諦めさせるんですよ。
攻め入るのは無理だと思わせなきゃ。そのためにはまず……」
『みんな、×××××! 何か来る!!』
突如、だった。
カファルの分身体は夜空を見上げ、本体の方もさっと顔を上げて鋭く警戒する声でいななく。
「なんだ?」
「何かが来るって、ママが……」
カファルが警戒の声を上げてから、ややあって。
ルシェラもそれに気が付いた。
夜空が悲鳴を上げている。
――なに、この感覚……! まるで空気が重くなったみたいな……
天よりの重圧。
その正体はすぐ明らかになった。
ドラゴンのものよりも幾分控えめな、しかし充分に威圧的な羽音が、夜風を斬り裂く。
ルシェラは夜目も利く。
刺々しいフォルムをした翼竜が夜天を舞い、こちらへ向かって来るのも。
その背中に乗る人影があるのも。
ルシェラにはしっかり見えていた。
「劣種竜の『変異体』?」
劣種竜……それは種族としてドラゴンの力の断片を手に入れた、竜もどきの魔物たちだ。
遙か昔、ドラゴンが自らの下僕として生みだしたか、はたまた狂える錬金術師の手によるものか。
今となっては知るべくも無いが、ただ、それらは本物のドラゴンに及ばずとも一般的な魔物とは別格の強さを持つ。
劣種竜の変異体ともなれば、恐るべき強さを持つはずだ。
よりによって、その背に騎乗する者は何か。
世界が歪んで感じられるほどのプレッシャーは、騎乗者より放たれていた。
翼竜は鋭く滑空する。
よもやこのまま襲いかかってくるかと思ったが、そうではなく、地面に近づいたところで背に乗っていた者が飛び降り、翼竜の方はまた高度を上げた。
彼が地に降り立ったとき、大地を砕くほどの衝撃があったようにルシェラは錯覚した。
実際にはその所作は、舞い踊る炎のように軽やかであった。
厳めしい顔つきの老爺だ。
禿頭であるが、隠者の如きローブと長い髭は炎のように赤い。
体つきはまるで、鋼によって編まれた太縄のようだった。
眼光は溶鉱炉の炎じみて炯々としている。
「どうやら一騒動あったようだな。だが片付いたか。結構結構。
しかし聞いていたよりも人間の数が多いな」
彼は鷹揚に手を広げ、カファルに語りかける。
『おっと、×にはドラゴンの言葉×××方が良い××?』
『お父様!』
「ええっ!?」
酒で身を滅ぼした八岐大蛇パイセンは水害の象徴だというのが、異説あれど主流の解釈だそうで







