≪43≫ 親子
「かわいこぶりやがってー。このこのぉ」
カファルと話をしてきたルシェラを、ビオラが手荒く出迎えた。
彼女はルシェラの髪をわしゃわしゃと撫で掻き回す。
「な、なんですか、いいじゃないですか。
って言うかドラゴン語分かったんです?」
「そこは会話のニュアンスで」
ビオラはしっかり盗み聞きしていたらしい。
「元の姿に戻してもらわなくていいのか?」
ティムが聞いた。
ルシェラが記憶を取り戻したとき、彼らには今までの経緯を全て話してある。ルシェラが元は少女の姿でなかったことも知っているのだ。
「んー……名前を返せば元に戻せるけど、そしたら今の強さも消えちゃうって話だから、やめときました。
もしわたしが最初から今みたいに強かったら、あんな奴に殺されかけることもなかったはずです。あんなのはもう御免だ」
「そうか」
「それに、この姿はママに名前を貰った証だから、それでいいかなって」
ルシェラが言うと、三人は温かく微笑んだ。
「……『ママ』ときたか」
「この甘ったれ!」
「いいじゃんかよぉ!」
勢いでそう呼んだ時には何とも思わなかったのに、茶化されてルシェラは急に恥ずかしくなり、顔から火が出るかと思った。
とは言え彼らも意地悪をしているのではなく、祝福している調子だった。
「ふっふっふ……そうと腹を決めたならルシェラちゃんが立派な『娘』になれるよう不肖ビオラさんが色々とレクチャーを」
「やめとけ、碌でもない予感しかしねえ」
眼鏡を輝かせるビオラをウェインが小突き、悪の企みは事前に阻止された。
だが人が人である限り、歴史はまた繰り返すのかも知れない。
「これから、どうすればいいんだろう……」
「ひとまず山に入り込んでた連中は壊滅させたが、マルトガルズが本気なら次が来るかも知れん。
ドラゴンと話す手段も手に入ったんだから、ひとまずは当初の予定通り、セトゥレウと交渉する感じでいいんじゃないか?」
「うん、それもですけど、そうじゃなくて」
目の前に迫っていた脅威がひとまず過ぎ去って、ルシェラはこれからのことを考えていた。
『人として、しかしドラゴンの子として』生きるというのがどういうことか。
そのためにはどうすればいいのか。
まだまだ分からないけれど、一つ、考えた事はある。
「ティムさん。わたしを雇ってみる気はありませんか?」
「なん……て?」
ティムは完全に想定外だった様子で、彼にしては最大限に間抜けな顔をしていた。
驚いたのはウェインとビオラも同じ事だ。
「ちょちょちょ、どういう風の吹き回しだよ!」
「い、一応、冒険者マネージャーの経験ありますし」
「そういう話じゃなくて! なんで急に働き口を探そうとしてるの!?」
「……人族社会での身分があった方が良いと思ったんです。それに皆さんには、わたしとママを助けてもらった恩もありますから、それを返せたらなと」
山の中で二人静かに暮らすだけではダメだ。
何の努力もせずに平穏を手に入れることはできない。
一人と一匹の穏やかな生活を守るためには、自らの意志で人の世界を歩かなければならないのだ。
ドラゴンの養い子であり、人であるルシェラだからこそ、レッドドラゴンの力でも太刀打ちできない脅威からカファルを守れるのかも知れないのだと……結局その考えは変わらなかった。
そのためには無法者では居られない。しかして自分が常識の枠に収まる存在ではないのだとルシェラはちゃんと分かっている。
冒険者マネージャーは勝手知ったる仕事であるし、それをもう一度始めるというのは悪くない選択肢であるように思われたのだ。
「あー…………
とりあえず、恩だなんだって考えは忘れてくれ。俺も親切心だけでお前を助けたわけじゃないからな。
その上でもし、俺らのパーティーに加わりたいなら大歓迎さ。
賢い冒険者はやすやすと美味い話に飛びつかないもんだが、本当に美味い話は遠慮しねえ」
ティムはしばらく考えてから、金メッキの兜の面覆いの所から指を突っ込み、頭をかきながら言った。
義理人情だけで冒険者はやっていかれない。
ティムはあくまでパーティーのリーダーとして、ルシェラを引き入れるメリットと、そのせいで抱えかねない厄介事を天秤に掛け、割り切れぬ部分のみ己の誇りに照らして判断したはずだ。
それでも尚、仲間に入れてくれるというなら、ルシェラにとっては光栄で喜ばしい事だった。
「では、よろしくお願いします」
「おうとも!
そしたらパーティーは一蓮托生だ。お前の母ちゃん、絶対俺たちが守ってやるぜ」
「ありがとうございます!」
がっしりと、ルシェラはティムと握手をした。
二人の握手はなかなかに急角度のアーチを描いた。
「ありがと、ござます」
そこに更に重なる手があった。
カファルの分身だ。本体はティムたちが巣の周りに集めてしまった『変異体』を追い払いに行っていたはずだが(この時間から山を下るのは危険だ……つまり三人を巣に一晩泊める必要があるのだ)、いつの間にか分身だけこちらに来ていた。
「お、おう……ドラゴンに礼を言われるってのはなんか、勿体ねえ気分になるな」
どことなく貴婦人めいた雰囲気のカファルが屈託の無い笑顔で礼を言ったものだから、ティムはちょっと照れた様子だった。
「るしぇら。
かふぁる、にんげん、の、ことば、おぼえる、もっと」
便利な指輪があるというのに、今のカファルはわざわざ人の姿で出てきて人の姿で喋っている。
それはつまり、そういうことであるらしい。
「指輪は使わないの?」
「るしぇら、と、おはなし。ひつよう、わかった。
ゆびわ、たよる、ゆびわ、ない、とき、こまる」
「そっか……そうだよね」
ジゼルの指輪があるお陰で、幸いにも今、ルシェラとカファルはちゃんと話すことができる。
それに頼るのは、きっと、別にズルくも悪くもないのだけれど。
気持ちを伝えられないもどかしさを知っているから、一つでも多く、伝える手段が欲しくなる。
それはルシェラも同じ事だった。
「うん。わたしもドラゴン語、頑張って覚えるから教えてよ」
「がんばる!」
一緒に勉強すると決めたことが、なんだか無性に嬉しくて、ルシェラはカファルに抱きついて、そのままカファルは一回転した。
「本物の親子にしか見えねえな」
「本物ですよ。少し前まで他人だったってだけです。
……ね、ママ」
カファルは、ここに居る。ルシェラは抱きついたまま離れなかった。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます。
第一部はこれにて完結です!
近日中に第二部連載を開始しますので、引き続きそちらをよろしくお願いします。なるべくお待たせしないよう頑張ります。
総合評価30000ポイント超え&月間ハイファン5位達成しました!
皆様のおかげです。ありがとうございます。
未評価の方はよろしければ↓の★★★★★をクリックして応援していただけますと万事助かります。