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≪36≫ 真実

 それはまだ、ジゼルと■■■■■がクグトフルムに流れ着く前のこと。


「ドラゴンと話せるって?」

「うん。ま、そう大したことじゃない。ちょっとコツがあるだけさ」


 二人旅の最中、ある時、街道脇の大きな木の陰で休憩を取りながらジゼルはそんな話をした。

 白と亜麻色のまだらという、奇妙な色の髪を彼女は摘まみ上げる。それは徐々に……少なくとも■■■■■がジゼルと出会った頃よりは、白の割合がより多く侵蝕しているように見えた。


「私は一時期、マルトガルズ軍属でね。この隠し芸でドラゴンとの交渉を受け持ったことがあるんだ。

 ところがあいつら、ドラゴンを騙し討ちにしやがって……そりゃ恨むよね、ドラゴンは。私を。

 そのせいで私はこの身に呪いを受けているんだ。身体は徐々に蝕まれ、先は長くはないだろう。

 しかもこのザマじゃ二度とドラゴンにゃ信用されない。それでお払い箱になって、今じゃしがない冒険者ってわけ。まあ私ももう、あいつらに協力するなんて御免だけどさ」


 不思議なことにジゼルの言葉には、恨みも、悲壮感も無かった。

 彼女はただ、面白い話ができたことで得意になっている子どもみたいに無邪気で、それが■■■■■には不思議だった。


 * * *


 全ては明らかになった。


 追い求めていた『彼』の正体は、かつてのルシェラだった。

 どうしてルシェラがクグセ山に居たのかも、分かった。


「そうか。ドラゴンの通訳ってのは……」

「はい、ジゼルのことです」


 冒険者ギルド支部の貸し会議室。

 人が居ないとかえって威圧的にも思われる、机と椅子ばかりの空間に、ルシェラとカファルとティムは居た。


 ジゼルは冒険者だった。そして同居人である■■■■■……つまりルシェラも、マネージャーとは言え冒険者だった。

 そのためジゼルの遺品はひとまず冒険者ギルドの預かりとなっていたのだ。とは言え、形見となりそうな一部の品などを除いては既に処分されていたが。

 今、ウェインとビオラがギルド職員と共にジゼルの遺品を探している。


 ルシェラは自分が思い出したことの全てを話した。

 ティムたちに。……つまり、一緒に居たカファルにも。


 カファルは俯きがちで消沈していた。

 娘として可愛がっていたルシェラが、実は本当の娘を狙ってきた卵泥棒だったと知って、驚き失望し、怒り狂うのではないかとルシェラは思っていたが、そうではなかった。

 彼女が何を思っているかは……分からない。


「ジゼルは恐ろしく強い冒険者でした。

 でも長く呪いの病を患っていて、この街に辿り着いた頃にはもう剣も握れなくなってた。

 それで俺は……彼女のために働いてて……でも、もちろん良くなる見込みは無くて、それで……」


 ティムは歯を食いしばり、机に拳を叩き付ける。


「ゲメル、あの野郎……!

 どうしようもねえ奴だとは思ってたが、これほどのクズとは思わなかった!!

 奴め、お前と会った日からパーティー諸共もろとも、行方をくらましてやがる。

 俺らがルシェラのことを……つまり元のお前、名前を失った『彼』の事だが、『彼』について調べてると知って逃げたんだろうな。事が露見したら身の破滅だ」


 ティムは義憤に燃え、我が事のように憤っていたが、ルシェラには怒る元気も無かった。

 ジゼルのことを思い出し、その死を知ったショック。彼女を助けられなかったという無念。死に目に会えなかった後悔。

 そしてカファルのことを、出会う前から裏切っていたという烈火の如き罪悪感。

 いっそルシェラは、カファルに引き裂いてほしかった。


「リーダー! ルシェラちゃん!

 ジゼルさんの遺品見つかりましたよ!」


 葬式めいた雰囲気の会議室にビオラが飛び込んできた。

 彼女が持ってきた小さな箱を開けると、そこにはちょっとした小物や装身具、そして封筒に入れた手紙が。


「何故か遺書の一枚目だけがどこかへ消えてしまったそうですが」

「手紙の一枚目……宛てた相手の名前が書いてあるよな、普通は。

 そのせいで消えちゃったのか……」


 ひとまずルシェラは、残っていた分の遺書を手に取った。


======


 まあ、私のつまらない身の上話はこれくらいにしておこう。


 君に出会ってからの人生は、それまでの私の人生とは全く違うものになった。

 私はもう何もかも諦めて余生を生きているだけのつもりだったのに、君が居たお陰でそれは存外に楽しく、思ったより長いものになった。

 その事は本当に感謝している。

 君と一緒に居た時間はドラゴンの財宝にも勝る、私の宝だった。


 正直に言うなら最初は鬱陶しいし危なっかしいと思ったよ。

 こんな仕事をしていると人の命を助けることも一度や二度じゃないから、私には君も大して特別な存在じゃなかった。

 でも君は本当にしつこかった。

 どこまでも私についてきて、マネージャーの資格まで取って私を助けてくれた。

 いつからか私はそれが嬉しくなって、やがては、『君がしてくれること』ではなく『君の気持ち』そのものが嬉しくなっていた。


 本当にありがとう。


 君がこの手紙を読んでいるということは、君は無事に帰ったけれど、私はそれまで生きていられなかったということだ。もう一度君に会えなかったのは残念だけれど、君が無事だったのはとても嬉しい。

 でももう『忘れてくれ』なんてことは言わないから、せめて私から自由になってほしい。

 君の人生は君のものだ。私は死んだのだから、もう私に縛られている必要もない。

 もし君にその気があるならマルトガルズへ戻り、シュンという男を探すといい。

 私の名前を出せば悪いようにはしないはずだ。君は冒険者のマネージャー業で充分に生きていけるだろう。


 最後にひとつ、お礼がしたい。

 君にも秘密にしていた『ドラゴンと話せるコツ』……

 それを君に贈りたいと思う。

 初めてこの街に来た時の二人の思い出の場所にそれを隠した。君なら見つけられるだろう。

 どう使うも君の自由だ。


 さようなら。

 君と別れるのは寂しいけれど、いつかこうなるのは分かっていたことだ。

 君は優しいから、きっと悲しむんだろうね。

 悲しみを乗り越えて強く生きてくれることを祈ってる。



  愛をこめて ジゼル

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