≪34≫ 冒険装束
ティムがライナー医師とやらを探している間に、他の者たちは『アダマント・ソーイング』へ向かうことになった。
頼んでいたルシェラの装備が完成したと連絡が入ったのだ。
冒険者は、良くも悪くも常識の範疇に収まらない、はみ出し者や異端者が多い。
ドラゴンの力を手に入れてしまったルシェラも、冒険者の格好をしていれば、違和感を多少誤魔化せるだろうというのがティムの意見だった。
それで、山から持ってきた『変異体』の毛皮を材料に装備製作を依頼したわけだが。
「……………………ひぁ」
引き攣った悲鳴を上げたきり絶句するルシェラ。
頭を抱えるウェインとビオラ。
そして、独りご満悦の変態。
完成した『防具』を身に纏ってみて、ルシェラはあまりの衝撃に凍り付いた。
それは全体的に言うなら、カファルの分身が身につけているドレスと似たような雰囲気のある、深紅のワンピース、あるいはミニドレスだった。
露出した肩の下、ピッチリとした胴部は胸の下に飾り帯が締めてあって、それは背に翼を広げたかのように大きなリボン結びになっている。
大げさなフリルみたいなスカートは硬めの質感で、かなり短い。少なくとも正面からルシェラを見たときに下着が露出しないことだけは保証している。
指ぬきの長手袋みたいなアームガードは二の腕にフリルの花を咲かせ、太もも丈のトレンカレギンス(※踵と爪先を露出したタイツのような形状の衣類)みたいな脚部防具はガーターベルト状に吊ってある。
そしてセットになっているのが、ファンシーでカントリーな雰囲気のヘッドドレス。
燃える赤毛と相まって、炎の花が咲いたような印象だ。
それは、子どもっぽく、女の子っぽく、そして露出は少なめなのにどこかいかがわしいという、匠の技が斜め下の方向に輝く逸品だった。
「そうだった……忘れてた……
『目立たない普通のデザインで』って言うの忘れてた……」
「こういうとき極東の人間とかドワーフにデザイン任せたら酷いことになるって知ってたのに……」
「そそそそそぉんな冒涜的なことができますか!?
これが! 一番! 可愛いと思いまぁす!!」
「確かに可愛いですけど弁護不可能な領域に足を突っ込んでますよ!?」
冒険者は自らをアピールするため、しばしば奇抜な格好をする。
が、これはおそらくその中でもかなり奇抜で特徴的な、恥をいくらか捨てなければ着られない部類の装備品だった。
鏡の中には、可愛いけれども何かが心配になる格好の女の子が立っていた。
「まあ。このはずかしいかっこうをしたかわいいおんなのこはだれだろう」
「現実を直視してください……!」
「恥ずかしいとはご挨拶じゃねえですか。これが最先端なんですよ」
外見年齢だけならルシェラと大して変わらない女ドワーフは、鼻息も荒く装備の状態を確認する。
「いいですかウフフフフ冒険者は自らをアピールするためアーティスティックなデザインの装備をドゥフフ身につけるものでしてこの程度は充分に普通の範囲ウヘヘヘヘなんですよ」
「その怪しい笑顔と怪しい笑いが無ければ信じたかも知れない」
「でも可愛いでしょ?」
直球の問いに、ルシェラは返す言葉に困った。
問題点は別の場所に存在するのであって、これを可愛いか可愛くないかで論ずるのであれば、確かに、可愛い。
鏡の中の美少女が顔を赤くした。
「か、かわ……あの、こんなスカート短くする必要あるんですか?
ヘタしたらちょっと跳ねるだけで見え……」
「え? 見えること前提ですよ?」
「おかしくないです!?」
「いいですか? 大人の女性がその格好をしたらどこかやらしい雰囲気になってしまいます。
でも子どもなら『可愛い』で済むんですよ!」
ミドゥムが理解不可能なことを言ったのでルシェラは別方面からの抗弁に切り替える。
「露出の分だけ防御力が低下……」
「素材が強すぎるんで身体を閉じ込めちゃって、むしろどこかで露出作らないと生体魔力のサイクルに悪影響出るんですよ。弱っちい身体の素人が着るなら変わらねえですが、ルシェラちゃんは防具に見合う力があるんでしょ?
急所が多い胴体と、傷つきやすい手足はがっちりガード。となると頭はともかくとして下半身にもどこか大きめの露出作りたくて、比較的安全なのが太ももになるんで。
野郎なら二の腕でも出しとけってばオッケーって話になりますが、女の子は生体魔力の流れ方が違うんでねえ」
「…………そ、そうか、そういうレベルの防具かこれ……」
「ダルめの服にすれば構造上どうにかなるんですが、前衛向きじゃねえですね」
機能性の面でも合理性を突きつけられたルシェラは、二の句が継げなくなりただ絶句する。
トップ層の女性冒険者は、大抵、足の露出が多い。その理由は機能面にあるのだ。
「いやでもやっぱりもう少し大人しいデザインにすることは可能……」
「るしぇら、かわいい」
「かわっ……あう」
「ほらあ! 親御さんにもご好評でしょう!?」
カファルが喜んでいるものだからミドゥムは、これぞ免罪符とばかりに大得意だ。
――基本的に裸で生きてるドラゴンの基準では羞恥心の閾値が……
『可愛い』という評価には一応ルシェラも異存ないが、それ以外の問題点に関してドラゴンや変態は人族と共有不可能であるらしい。
「ストックの素材で何枚か下着も用意しましたんで、お渡ししましょう。お代は毛皮の端切れで支払ったことにしときます。
見た目はヤワですが鉄より丈夫で、火でも酸でも穴が空かねえって代物です」
「アリガトゴザイマス……」
ちなみに一旦はドロワーズに落ち着きかけた下着問題だが、この服でドロワーズは完全に見えてしまう。
ミドゥムから渡された、防具と合わせるための下着は当然のように『密着的で』『面積が少ない』ものだった。そのくせレースを模した装飾や可愛らしいリボンが付いている辺り禍々しい。
「おーい、お前ら……うおっ」
そこで丁度工房に入ってきたティムは、ルシェラを見て、オーガの棍棒でぶん殴られたかのようにのけぞった。
「今『うおっ』て言った! 絶対『うおっ』て言った!」
「大丈夫だ、似合ってるし可愛いぞ」
「目を合わせてください!」
鎧男は問題点に関してノーコメントを貫いた。
「と、ところで見つかったぞ、チャールズ・ライナーさんとやら」
「見つかったんですか」
「へえ、早かったな」
「そりゃ、居るかどうかも分からんドラゴン語通訳と比べたら、店じまいしたとは言え元医者だからな。噂を辿ればすぐさ」
ティムは巧妙に話題を転換する。
しかし彼は例によって、渋い顔を苦く歪めた。
「だが、どうも悪い意味で有名なんだ。
何かきっかけがあって医者を辞めたらしいんだが、それからずっと酒浸りで……一度は自殺に失敗してるらしい」
トレンカレギンスという名称は、この形のスキーパンツを考案したルイス・トレンカーなる人物に由来するとのことですが、異世界にルイス・トレンカーは多分居ません。
トレンカレギンスと同じものを指す異世界語が日本語訳されているものと考えてください。
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