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≪18≫ 山の住人

 ルシェラは四人の冒険者を先導し、山を下る。


 カファルに拾われて以来、こんな下の方まで来るのは初めてだったけれど、地形は高いところから見下ろしてある程度把握している。

 特に川が流れている場所は分かりやすいので、それを辿るように歩いて行けばいい。


 常人であれば崖などを回避するため、回り道をしているうちに道が分からなくなったりするのだが、遭難者たちは曲がりなりにも冒険者。

 通り道さえ分かれば、そこを進むこと自体は問題無かった。


「この山、立ち入り禁止じゃないの?」

「今はドラゴンの巣に近いところだけよ。それ以外は平気になったわ。最近のことだけど」

「……ふうん。ドラゴンの住処と分かって入ってくるなら別に良いんだけどね」


 ナイフで枝葉を適当に払って、背後の冒険者たちのために最低限の通り道を確保しつつ、ルシェラは事情を聞いていた。

 確かこのクグセ山は冒険者さえ立ち入り禁止の魔境だったはずだが、いつの間にやらそれが解かれていたらしい。

 そして、乗り込んできた冒険者たちが案の定立ち往生して遭難したというわけだ。


「君は、何者なんだい? ドラゴンの養い子と言っていたけれど」


 吟遊詩人風の装備を身につけた優男が好奇心を抑えきれない様子で聞いてきた。


「文字通りだよ。山で死にかけていて彼女に拾われたんだ」

「ドラゴンがどうしてそんなこと……」


 ふと、ルシェラは足を止める。

 それは棚上げにしていた疑問だった。


「……分からない。気まぐれかも知れないし、そうじゃないかも知れない」


 クグセ山で死にかけ、カファルに拾われたのは去年の夏の終わり頃。

 もうしばらくで一年の付き合いになる。


 既にルシェラはカファルを信頼しきっていた。

 ただそれはあくまで、カファルが自分の『保護(ドラゴン)』であると確信できているだけで、その心を全て理解したとは言い難い。人とドラゴンでは物の考え方も違うだろうし、言葉さえ通じないのだから。

 カファルがどうして自分を拾ったのか、それさえ本当に理解しているとは言い難いものがあるのだ。


「でも、それじゃ……」

「静かに」


 尚も何か聞こうとする詩人。

 彼の言葉をルシェラは鋭く制した。


 彼女が出かけていようとも、山全体にカファルの気配が満ちている。

 そのせいでクグセ山の中では他者の気配を読むことが困難だ。

 しかし、それでも分かるものがある。


 草のざわめき、木々のさざめき。

 虫や鳥の声がいつもと違う。


「……なんだ?」


 やがて、その音は冒険者たちの耳にも届いたようだった。

 藪をしっちゃかめっちゃかにして、土を蹴り、枝を折り、近づく、近づく、その音は徐々に大きく!


「ゴアアアアア!!」


 力強い咆哮が山に響き渡った。


 新緑を掻き分けて姿を現したのは、灰色の毛並みを持つ巨大な熊だ。

 後脚で立ち上がれば、高さは3メートルを優に超える巨体。目は爛々と輝き、牙と爪はギロチンの刃のように鋭い。

 顔面と腹部をざっくりと斬られて、その毛皮は己の血で染まっていたが、しかし弱った様子は全く無かった。


 武器を手にしながらも冒険者たちは後ずさる。


「さ、さっきの……狂猛熊バーサーカーベア!」

「俺たち、こいつに襲われたんだ! それで道も分からなくなって、魔石もアイテムも尽きて……!」


 のちにルシェラが聞くところによれば、盗賊シーフのブラムが状況を整えて、詩人バードルーファスと魔術師ウィザードエメラルダの魔法による支援を受けた戦士ファイターガドンが一撃必殺、敵を粉砕するというのが“青旗”の必勝パターン。これを強みとして“青旗”は第四等級まで駆け上がってきた。

 言ってしまえば戦法は力押しだ。

 然るに。それでもなお及ばない、更に強力な『力押し』相手には勝ちようがない!


 退いた冒険者たちと対照的に、ルシェラは一歩進み出る。

 そして血に染む巨獣を見上げ、真っ直ぐその目を睨み付けた。


「……巣穴に帰れ。明日食う分の肉はあるんだ。お前を殺す必要は無い」

「グルルルルゥ、ウガアアアア!」

「ちっ……手傷を負って凶暴化してやがる。こりゃ死ぬまで大人しくならねーな」


 手負いの獣ほど必死になる。

 特にこの『熊』は、傷を負うほどに闘志を燃やし、命を削って底力を発揮するのだとルシェラは知っていた。

 こうなると興奮状態で見境を無くし動くもの全てに襲いかかる。

 止める手段を、ルシェラは一つしか持ち合わせて居ない。


 バーサーカーベアは隆々とした両前脚を振り上げ、大口を開け、全ての凶器を小さなルシェラの身体に突き立てんと襲いかかる。

 その動作は巨体に似合わず意外なほど素早い!


「危な……」


 だが。


 ルシェラはバーサーカーベアの一撃を掻い潜って肩に飛びつき、一閃。

 その頭部をただ力任せに蹴りつけて捩じ切り、刎ね飛ばしていた。

 悲鳴すら上がらなかった。


「…………い?」


 捩じ切られた首が地面に落ちて転がった。

 立ち上がっていた身体も、ぐらりと傾き、そして地響きと共に倒れ伏す。


「ま……丁度良かったか。

 こいつの血のニオイに惹き付けられて、しばらくは別の魔物に遭わなくてすむ」


 死体を見下ろしてルシェラは呟き、そして振り向くと、四人の冒険者は全員が驚愕を顔に貼り付けて凍り付いていた。


「ん? どしたの?」

「い、いち、一撃で……」

「だってこいつは、この山の魔物の中じゃそんな強い方でもないから」


 このクグセ山には、ドラゴンの力を受けて異常な突然変異をおこした『変異体』の魔物が多く生息する。

 が、そうではない普通の魔物も居るのだ。

 今ルシェラが倒した『熊』は、あくまでも普通の魔物で、クグセ山の基準で言えば取るに足らないのだ。


「そ、そりゃ、そうかもだけどバーサーカーベアだぞ!?

 推定脅威度5ってことは、第五等級の冒険者がパーティーを組んで討伐するのが適切って……!」

「俺らじゃ四人居ても逃げるしかなかったのに……」

「なるほど、これがバーサーカーベアだったのか」

「は?」

「いや、こっちの話……」


 大げさなほど驚く冒険者たちを見て、ルシェラはなんだか悪い事をしたような気分になった。

 バーサーカーベアという魔物の話は聞いた事があった気がする。恐ろしい強さの魔物だと。まさか、この貧弱な『熊』がそれだとは思わなかった。


「『変異体』ですらない、ただの魔物も倒せないって、よくそれでクグセ山に登ろうと思ったよな」


 ルシェラは誤魔化した。


「い、いや、だって戦うことは考えてないし。ほら!」

「あれ!?」


 詩人はうっすら虹色に輝くマントを取り出し、それを自分の身体に巻き付けた。

 途端、彼の姿は煙のように消える。


 そして彼がマントを外すと、また姿が見えるようになった。


「……すごい。これって珍しいアイテムじゃないの?」

「これで姿を隠しながら山に忍び込んで、薬草を採ってくるだけって依頼だったんだ」

「そうそう。『全員分のアイテムが貸し出されるから安全だし、報酬もべらぼうだぞ』ってこいつが……」

「実際上手く行ってたじゃんか! お前がよりによって、奴の目の前でオナラなんかするから!」

「だ、だって生理現象だろ!?」

「静かに」


 言い争いを始めたドワーフの戦士と詩人。

 それを白魔女が諫めた。


 ドワーフの戦士は首の周りに、千切れた虹色マントの残骸を巻いている。

 巧く姿を隠しながら山の奥へ入り込んできた彼らは、これを失ってしまったことで窮地に立たされたらしい。


「収納用のアイテムとか持ってない?」

「あるけど……」

「じゃあ、はい」


 白魔女が大きな肩掛け鞄を取り出す。

 亜空間に繋がり、見た目以上に多くの物をしまうことができるアイテムだ。

 彼らが持っているランクのアイテムなら、容量はせいぜい外見の三倍かそこらだろう。


 ルシェラはバーサーカーベアの腕を引き千切り、それを白魔女に差し出す。


「お土産。よかったら持って行って。こいつの手、美味いよ」

「あ、ありがとう」

「ちゃんと入れといてね。血のニオイが漏れたら、それを追ってくる魔獣も居るし」


 若干引きながらも彼女は熊の腕を受け取り、バッグに収めた。


 * * *


 四合目の辺りでルシェラは冒険者たちと分かれることにした。

 というのは単に、日が暮れるまでに巣へ帰るにはここが限界だと思ったからだ。

 夜にしか活動しない『変異体』の魔物も多く、そいつらは得てして強い。カファルは夜は絶対にずっと巣にいるし、その間ルシェラが巣から離れることは許さないほどだ。

 今のルシェラでも夜のクグセ山を歩くのは危険すぎる。

 冒険者たちもどうなるか分からないが……まあ、そこまでは責任を持てない。


「後は川を下っていけば街に着く。

 ここから下も安全ってわけじゃないけど、さっきので多少は安全になってると思うから、後は運次第かな」

「本当に助かったよ、ありがとう。オナラで死んだ冒険者にならずに済んだ」


 ドワーフの戦士ファイターは岩のように硬い大きな手でルシェラと握手をした。


「何かお礼ができればいいんだがよ……」

「お礼かあ……ナイフはまだ使えるし、山用の装備はもう要らないし、食べ物とか……

 あっ!」


 久々に人と会ったルシェラが求めるべきもの。

 それは食べ物ではなく、山の外の情報だった。


「ここ一年くらいにクグセ山で行方不明になった『誰か』の()()()()()()()人の話とか……

 心当たり、ない?」


 ルシェラは静かに聞いた。

 心臓が冷たい脈を打った。


 四人の冒険者は少し考えてから、答える。


「……聞いたこともないな」

「ここ一年ってなると……どうかなあ」


 記憶の底まで浚っても思い浮かばない様子で、皆は首をかしげる。

 ルシェラは少し、ほっとした。

 誰かが自分の帰りを待って辛い思いをしている可能性は、ちょっと小さくなった。そう思いたかった。


「ありがとう。

 じゃあ、気をつけて」

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― 新着の感想 ―
[一言] その『待ってる人』も記憶が無くなってればねぇ……
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