≪17≫ 遭難者
冒険者パーティー“青旗”は大ピンチだった。
冒険者は四人。
姿を消すマジックアイテム『裏影の外套』は、一枚失い残り三枚。
動力源である魔石も浪費してしまい、『裏影の外套』を使って麓まで行くならおそらく一人分。
現在の居場所は魔獣だらけの魔境・クグセ山の七合目。
つまり、どうしようもなく絶体絶命だった。
「磁石は?」
「まだダメだ、完璧に狂ってる」
「だから魔力で動く磁石はやめとこうって言ったんだよ!」
「理論上はクグセ山でも大丈夫なはずだったんだよ、そう言ってみんな一旦は納得したじゃんか!」
冬が終わり、残雪も消え、山には命の息吹が満ちる季節。
藪の奥に隠れるようにして冒険者たちは残った荷物を確認していた。
「静かになさい。魔獣に聞きつけられたら、死ぬわよ」
「……ドラゴンに聞きつけられたら?」
「惨たらしく死ぬわ」
パーティーリーダーである女術師、白マントに白い三角帽子という白魔女スタイルのエメラルダは冷たく現状を分析する。
「なあ、やっぱ一か八かで信号弾打とうぜ」
髭面をした中年の盗賊、ブラムが、広げた荷物の中から信号弾の打ち上げ筒を手に取った。
「そんなことしたらドラゴンに見つかる方が先でしょ、絶対に」
「だだだって、気付かないかもだろ?」
「やるならドラゴンが寝てるかも知れない夜中だ。あれは光るから夜に打ち上げる方が遠くから分かりやすいし」
「俺ら……夜まで生きてられんのか?」
「仮に気が付いてもらえたとしても、誰がクグセ山まで救助に来るっていうの?」
岩塊のような鎧を着たドワーフの戦士、ガドン。
舞台衣装めいたカラフルな(しかし今は泥まみれの)軽装鎧を着ている優男、歌より剣が得意な詩人、ルーファス。
普段は緊張感が足りない彼らも、命の瀬戸際に追い詰められたこの状況とあらば緊張の度合いはいや増す。
――まずいわね。みんな状況に呑まれてる。このままじゃ次に魔物と遭った時が最期だわ。
パーティー“青旗”は所属者全員が第四等級。つまり、並みの仕事なら何でも任せられる一人前の冒険者だ。
ここまで等級を上げるまでには死線の一つや二つくぐっている。
だが、そんな場馴れも魔境には通用しない。動揺する“青旗”はもはや戦う前に負けており、後は死ぬのがいつになるか。
しかし、幸いにも彼らの悪運は尽きていなかった。
「誰だ!!」
「わあっ! 助けてくれ俺食ってもマズいよぉ!」
突然誰何の声が飛び、冒険者たちは腰を抜かしかけつつ身構える。
そこに居たのは山の魔物ではなかった。
何かの毛皮を身に纏った10歳くらいの女の子だった。
「…………女の子?」
「な、なんでこんなところに女の子が……」
炎のように赤い長髪は腰の下ぐらいまであって、まるで獣のたてがみか何か。
身体は白くほっそりとしているが、まるで柔弱さが感じられぬ。その白さはむしろ鋼の輝きを思わせた。こんな場所で腕も足も剥き出しにして裸足で活動しているのに、奇妙なことにその身体には擦り傷一つ見当たらない。
顔立ちはあどけなく可愛らしいが、透き通るような茶色の目が変だ。猫のように瞳孔が細い。状況も相まって、少なくとも常人には思われず、エメラルダは警戒する。
何より、彼女の奇妙な気配はどうだ。
山に満ちた竜気のせいで、このクグセ山では周囲の気配を伺うことが難しく、接近されるまで気が付かなかったのだが……
この少女は竜気の流れを掻き乱すほどに強烈な気を放っている。
エメラルダは馬車酔いしたときのように吐き気すら覚えた。
「冒険者?」
謎の少女の方も驚いた様子で、エメラルダたちを見ていた。
だがそれも僅かな間の事で、すぐに血相を変えて険しい顔になる。
「この山は危険だ。カファルがお前たちをどうするか分からない!
早く山を下りるんだ!」
「カファル?」
「……この山に住むレッドドラゴン。山の女王だよ」
“青旗”の面々は顔を見合わせる。
クグセ山はドラゴンの住む山だ。そうと分かってここまで来たのだから今更驚きはしないが、そういう少女は何者か。
だいたい何故彼女はドラゴンの名前を知っているのか。そんなものは誰も聞いていないはずだ。
「君は?」
「俺は……」
奇妙な少女は寸の間、言葉を詰まらせた。
それから、ほんの少し照れたような調子で言った。
「ルシェラ。
山の女王の、養い子」
「って……ドラゴンの?」
あまりにも理解しがたく、四人は唖然となった。
ルシェラと名乗った少女の端的な返答は、彼女に関する謎の一割程度しか説明できていない。
「カファルは今、珍しく狩りのために山を離れてる。
だけど、戻って来たら侵入者をどうするか分からないんだ。
何のために山に入ったか知らないけれど、今のうちに帰る方がいい」
「……帰りたいけど、道に迷ったんだ」
「ああ……もしかしたらと思ったら、やっぱそうだったのか」
ガドンの答えを聞くと、ルシェラはやれやれと首を振り、四人に背を向けて歩き始めた。
「ついてきて。途中まで案内してあげる」







