≪15≫ プロの誇り
寂しい音を立てて木枯らしの吹き抜けるクグトフルムの街。
冒険者ギルドの支部からはやや遠い表通りに、『マクレガー冒険支援事務所』の真新しくアーティスティックな建物があった。
そのオフィスにゲメルは居た。
「……高すぎだろ」
大きな机を挟んで巨漢のゲメルに睨まれているのは、スーツ姿の若い男だ。
髪をべったりと撫で付けた男は革張りの椅子に深く身を沈め、腕と足を組んでいた。
「高すぎる、だあぁ?」
スーツ姿の男は、いかついゲメルに睨み付けられても不遜で不機嫌な態度を崩さない。
「だから、そう言ってんだ!
うちでマネージャーを使ってたときの四倍だぞ!?」
ゲメルは机をひっぱたく。
最近この街で開業したこの『マクレガー冒険支援事務所』は、事務代行と情報収集によって冒険者を支援する……要するに冒険者のマネジメント業を行う。
珍しい仕事であるため理解を得るまで苦労したようだが、冒険者ギルドにも提携を承認され、ちらほらと仕事が舞い込み始めた所らしかった。
まだ立場も盤石とは言い難いだろう。
だというのに、大分お高くとまっている。
表通りに立派な事務所を構え、代表だというこの男も態度がデカく、仕事を依頼しに来たゲメルに提示された報酬額もべらぼうだった。
その全てがゲメルには気に食わない。
ゲメルは最近ずっとイラついていた。
全く思い通りに仕事ができず、パーティーの資産が減る一方だったからだ。
指名依頼は相変わらずほぼ皆無で、討伐依頼で糊口をしのぐのみ。となれば華々しい活躍からは遠ざかる。
最近、依頼人に対する態度が悪いとギルド側から注意され、時折、依頼の受諾を拒否されるようになったのも腹立たしい。払いの悪い依頼人にペコペコ頭を下げる必要など無いとゲメルは思っているのだが、ギルドは意見を異にするようだった。
パーティー“七ツ目賽”は、『素行は悪いが仕事はできるパーティー』でなく、『ただの素行が悪いパーティー』に落ちぶれつつあった。
その現状を打破するためにマネージャーが必要だと思ったわけではない。
ただ、雑務の煩雑さが苛立ちを加速させ、ゲメルは遂に我慢できなくなったのだ。パーティーの拠点としている貸家(そろそろ引き払ってもっと安いところに移る必要があるかも知れない)が散らかりっぱなしなのも、どうにかしたかった。
そんなわけでマネージャーを探しに来たのだが、彼らは実に不遜だった。
「『依頼の目利きをしてほしい』『指名依頼を取ってほしい』。
要するに、あんたの話をまとめると一流のマネージャーが欲しいってことになる」
この事務所の代表、イヴァー・マクレガーは、座ったままゲメルを見下ろすような所作で指を振った。
「だからこっちもそのつもりで紹介してるし相応の対価ってもんを要求してんだ。
そりゃ、この国じゃ冒険者のマネージャーなんて仕事はまだまださ。でも、だからこそ妥協はできねえ。
値切りてえなら他所へ行きな、安い仕事はしねえんだ。
ましてそいつに部屋の掃除をさせるって? 寝言は寝て言え、おととい来やがれ!」
剣を持ってきていたら抜いていたかも知れない。
イヴァーを殴り飛ばさず堪えられたのは奇跡だ。
「俺たち冒険者に寄生して金を吸い上げるしか能の無い雑用係が、図に乗りやがって……!
そんな調子じゃすぐに潰れんぞ、こんなとこ! そしたら掃除係としててめえを雇ってやらあ!!」
殊更大きな音を立てて扉を閉め、ゲメルは事務所を去って行った。
*
招かれざる客が立ち去ると、イヴァーは溜息をつく。
「お疲れ様でした、代表」
「あの程度で疲れてられるか。居るんだよ、ああいう手合いは。
ご立派な英雄よりも、腕っ節自慢のならず者が多いんだぜ。冒険者はよ」
オフィスの隅で固唾を飲んで見守っていた若い従業員が、まだ怯えた様子でイヴァーを労う。
「ゲメルのとこだよな、例のマネージャーが居たの」
「ええ」
「二、三度話をしたが本場仕込みって感じだったな……ったく、あの野郎、自分の仕事を安売りしやがって。そしたら俺らも安く見られんだっつーの」
イヴァーが思うのは、ゲメルに雇われていたという男のこと。
ゲメルが『マネージャー』なるものを低く見ているのは、マネージャーを彼しか知らないからだろうと見当を付けていた。
冒険者のマネージャーなんてのは世界的に見てもマイナーな地域の方が多いし、この国でもそうだ。イヴァーはそこにマネージャーという概念を持ち込んだ立場だった。
そんなイヴァーよりも先にこの街でマネジメント業をしていた『彼』とは、何度か会って話をした記憶がある。
「彼はマルトガルズの出身だったのでしょうか」
「じゃねーの? マネジやるための冒険者資格も向こうで取ったって話だったし。
マルトガルズは公が冒険者の仕事をだいたいやっちまうから、国はデケーのに冒険者ギルドが脆弱なんだよな。だからギルドが本来やってる仕事を代行するマネージャーなんて仕事が生まれた……」
こちらも本場仕込みのイヴァーは、もやつく気持ちをナイフにぶつけ、葉巻の吸い口を切り落とす。
「自分の価値を知らねえで安売りする奴は、詰まるところ無能だよ。結局な。
だがまあ時期が悪かったよなあ、あいつ。
冒険者のマネージャーって仕事が市民権を得た時代なら、あるいは……」
『火打ち壺』(突っ込んだものに火を付けるだけの小さな壺型マジックアイテム)で葉巻に火を付け、イヴァーは煙を一服吐き出す。
煙は儚く宙に解けて消えた。
「あーくそ、勿体ねえ奴ばっかり早死にしやがる。
何だっけ、あいつの名前」
「さあ、私は知りませんので」
「なんっか妙なんだよな……変な忘れ方してるっつーか……」
ばっちり整えた髪を掻き乱すわけにもいかず、イヴァーはただ手をわきわきさせた。
他人の顔と名前を覚えるのは、仕事柄得意なはずだ。
だと言うのにイヴァーの記憶からは、呼んだこともある筈の『彼』の名前がすっぽり抜け落ちていた。
 







