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≪31≫ 兜の由来

 水没林に浮かんだ孤島。

 冷え固まった灰色の溶岩石の島は、少しずつ拡大している。島の外縁部はまるで血管のように、燃えながら溶岩が流れていて、それが少しずつ島の外に染み出して島を大きくする……

 島の周囲では水が沸騰し、湯気が立っていた。


 カファルは、竜命錫レガリアの暴走を迎え撃つ仕掛けの要だ。

 状況は大幅に変わったが、それでも彼女は己の炎をこの地と溶け合わせ、また力を蓄えているところだった。

 

「カファル、胡椒はある?」

「ルシェラのもってたぶんがある」


 そんな場所で留守番をするカファルとモニカは、料理にいそしんでいた。

 カファル本体は小さな溶岩島の真ん中でとぐろを巻き、じっと炎の呼吸をしていたが、その間も分身はモニカと共に活動している。


 テーブル状に盛り上がった溶岩の上で、モニカはぎこちなくナイフを使い、バゲットをスライスする。

 傍らには、魚の魔物の変異体。ルシェラが出がけに捕まえたものだ。小波を起こすだけで島に打ち上げられた弱い魔物である。

 これをモニカが島の周囲の、沸騰している水の中に吊してみると、見事に茹で上がった。

 これから身を削ぎ、ほぐして、塩と油で揉んでやろうとモニカは画策しているのだ。


「サンドイッチ、つくるの?」

「パンが少し生き残ってたから」

「つくりたくて、もってきたのね」


 話が噛み合わないようで噛み合っている。

 モニカは何かを否定しようとして、誤魔化すことを諦めた。人間語こそ不自由でも、カファルの洞察力は凄まじい。天より見下ろす神の目の如しだ。


 キャンプの用意は洪水で流され、残った食料は、コンパクトに携帯可能な冒険者向けの非常食がほとんど。

 そんな中でモニカがご立派なパンを持ち出しているのは、共通の荷物に放り込まず大事に自分で持って来たからで、その目的はカファルが見通したとおり、サンドイッチを作るためだ。具材は予定と違って、現地調達になったが。


「……サンドイッチを食べた時、初めて『美味しい』って思ったの。お姉ちゃんが作って、ルシェラが持ってきてくれたやつを。

 それまでは何を食べても、口の中を内側から突っつかれてるだけみたいに感じて……

 うっとうしくない、単純な味のものが好きだったんだけど……」


 モニカは観念して心情を述べる。

 と言っても、自分の気持ちを他人に説明した経験など、モニカはまだ乏しかった。

 それは意外なくらい難しく、もどかしい行為だった。


「だから……好きって言うのとは違うと思うけど……

 私が作っても同じ味にはならないけど……

 別にそれが食べたいわけじゃなくて、えっと……」

「ゆっくり、だいじょうぶ」


 言葉を絞り出そうと必死になっていると、カファルが微笑みかける。

 蕩けるようなビオラの笑顔とも、また違う。相手を安心させるための笑い方だ。


「つたわってる」

 

 『お前に何が分かるのか』という感情的な反発と、『自分が考えるようなことなど彼女には絶対見抜かれているだろう』という理性的な分析が、モニカの中でぶつかり合っていた。

 そしてひとまず、今のモニカは、カファルに八つ当たりしない程度には冷静だった。

 怒っても仕方が無いという気がした。カファルがドラゴンだからだろうか。自分より遙かに大きくて強くて……そんな相手だから。


「これ、お姉ちゃんとかルシェラに言わないでよね」

「どうして? きっとよろこぶ」

「どうしても何も……!」


 言い返そうとして、モニカはふと思う。


 ドラゴンの言葉は気持ちを伝えるという。

 ならばお互いに気持ちを隠すことなど、ドラゴンたちはしないし、できないのだろう。

 だからそもそも、隠そうと考えない。


「……ドラゴンの群れって、案外息苦しいのかも知れないわ」

「な、なんで、そう、おもう?」


 人間に生まれて良かったと、モニカは少しだけ考えた。


 * * *


 冒険者たちが帰ってきて、ベースキャンプは賑やかになった。


「美味しい」


 モニカが作ったという、ほぐし魚肉のサンドイッチをビオラは真っ先に食べて、言う。

 モニカは何も返事をせず、そわそわとスカートの裾を何度も握り直していた。相当嬉しそうだ。


「こっちも良さそうだ。

 ……意外だな、スピッターニュートってこんな旨えのか」

「変異体だからこその美味かも知れません。

 こうなると通常個体も食べてみたいですね」


 ここまで引きずってきたスピッターニュートは、とりあえず肉をぶつ切りにして、流れる溶岩の上に掛けた溶岩石の石鍋で焼いていた。

 ルシェラも味見してみた。あっさりとしていながら脂が甘い肉だ。


「ルシェラ、これは食えるか?」

「多分」

「こっちは?」

「大丈夫、だとは思います」


 腰まで水没した周囲の木々は、竜気の影響を受け、カラフルに変質した木の実を付けている。

 ウェインがそれを集めてきて、ルシェラは味見と毒味をしていた。既存の植物に似ているが、下手したら木の実一つ一つが違う性質を持っているかも知れないのだ。ルシェラ自身は大丈夫だろうが、特にモニカが食べても大丈夫か、ルシェラは慎重に判断した。


 その果実のヘタだけ抉って、魚肉(?)を炒めている鍋に入れて、潰す。

 染み出た果汁で魚肉と果肉が煮込まれて、甘い香りが立ちこめた。少し味見をしてルシェラは、塩を足した。クグセ山でのサバイバル生活の教訓から、とりあえず調味料は持ち歩くよう心がけているのだ。


「鍋をもう一つ作って貰えますかルシェラちゃん。

 こいつの皮下脂肪から採油しようと思うんです」

「了解です。揚げ物ができそうですね」

「それも良いですが他にも使えそうですよ」


 ビオラはサンドイッチを囓りつつ、巨大な変異体の脂身を煮込みだした。

 染み出してくる油に魔法を掛けて反応を調べ、ビオラはニヤリと笑う。


「やっぱり。

 強力な水の付与魔法エンチャントに近い性質があります。防具に塗れば戦いの助けになるでしょう」

「生臭そうだが……我慢するしかねえか」


 竜気を吸って変質した魔物の体組織は、総じて強力な力を持つ。

 本当なら、即席の防具強化素材としては勿体ないくらいの代物だ。


 食事が終わる頃には、油もなみなみ採れていた。

 ウェインとビオラは外套に油を塗りつける。乾かして、また重ねる。これだけで、ただの雨具が堅固な防具となるのだ。


「手伝うぞ」

「おう、すまん」


 ティムは鎧全体に油を塗っていた。

 流石に一人だけ作業量が違いすぎて、ウェインが手伝い始めた。


 ティムは、まるで山脈のように巨大で厳つい、アダマント製の鎧を使っている。

 透き通るような青色の鎧は、油を塗るとサファイアのように輝いた。

 ……もっとも、兜だけは美しい青を金メッキで覆い隠しているのだが。


「ティム。かぶとは、どうして、きんいろ?」

「ん、こいつか?」

「やすくみえて、よくない」

「う……容赦ねえなあ」

「流石ドラゴンの審美眼」


 作業を観察していたカファルが、憤懣やるかたない様子で言った。

 ドラゴンは、平たく言えば『お宝』が好きで、カファルもそうだ。アダマントの鎧はとんでもない高級品だというのに、そこにありふれた金メッキを施す感性が、カファルには我慢ならなかったようだ。


 実際ティムも、痛いところを突かれたという顔だった。

 全身黄金の鎧ならまだしも、兜だけ金メッキのアダマント鎧は、どこかアンバランスでパチモノ感が否めない。

 そも、黄金よりアダマントの方が遙かに価値が高いのだ。わざわざ金メッキでアダマントの輝きを隠したら、それはもう、ドラゴンだって怒る。


「金色の理由か。

 『黄金の兜』は、この辺の地方に伝わるお伽噺ってか、伝説ってか……まあ、人竜戦争の後の人族復興期の話なんだが。

 でかい国も無いし、何もかもぶっ壊れちまって、人族はみんな魔物に怯えてコソコソ生きてた頃だな」


 己の兜を手にして、それと向き合い、ティムは物語る。

 パーティー名の由来はルシェラも最近になって聞いた。かなり地域限定的な伝説であるらしく、ティムに謂われを聞くまではルシェラも知らなかったのだ。


「魔物に狙われて絶体絶命!

 そんな力無き人々のところに颯爽と現れ、恐ろしいほどの強さで魔物をなぎ倒して去って行く、黄金の兜の騎士が居た。

 どこの誰かも分からないが、どこにでも現れる。やがて黄金の兜は、人々の希望の証になった。皆が生きる希望を得たんだ。

 最初は誰かのホラ話か、何かの見間違いだったんだろう。だが噂が広まるにつれて、黄金の兜で正体を隠し、人々のために戦うお節介どもが現れた。

 ……実在しないのさ、黄金の兜の騎士は。いや、実在はしたか。みんなが黄金の兜の騎士だったわけだ」


 現代より遙かに、人族の生存が厳しかった時代。

 それでも己の身を危険に晒し、見返りなど気にも掛けず、ただそれが正義であるからという理由で、誰かのために戦う者があった。

 それは、希望だ。人は気高く在ることができるのだという証明だった。


「俺は所詮、金貰って戦う冒険者だからよ。黄金の兜の騎士とは違う。

 だとしても誰かの希望になりてえじゃねえか」

「わかった。

 わたしは、ちがうこといった。かぶとは、やすくない」

「ありがとな」


 ティムの語りを聞き終えて、カファルは黄金の兜の価値を認めたようだ。

 ドラゴンは稀少な物や、価値ある物を好む。

 逸話や思い入れも価値の形。冒険者のパーティー名は、それぞれの誇りの形。

 安っぽく見える金メッキの兜でも、これがパーティーの魂なのだ。


「そう言えば、エメラルダさんとこの“青旗”って、あれも何か由来が……?」

「ああ、あれか。

 あいつら全員、とんでもねー酒飲みだろ」

「特定の地方で酒屋を意味する言葉なんです」


 もっとも、全てのパーティー名が大層な由来を持つわけではない。


「……ワタシモウ、夜ノ酒場ニハ近ヅカナイト決メマシタ」

「うん。

 あん時はまあ、可哀想だったな。ご愁傷様」


 ルシェラは、忘れたい一夜のことを思い出してしまった。

 静かに書を嗜む白魔女のお姉様は、酒で火が付く爆弾だったのだと、あの日ルシェラは思い知った。

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コミカライズ版
i595655

書籍版
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― 新着の感想 ―
[一言] みんなで変異種食べまくりだけれどもステータスが常人よりも爆上がりしたりしないのでしょうか。
[一言] ほのぼのとしてるが周囲は……
[一言] >案外息苦しいのかも知れないわ 持って生まれた機能絡みで重度のストレスを感じるわけもなく >防具に塗れば戦いの助けになるでしょう ルシェラは生身に塗、っても意味ねぇか 効果あってもリップク…
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