≪27≫ 待ち伏せ作戦
ラテール領城の一室、本来は遊戯室である部屋にて。
「戦場のど真ん中で回収、というのはできれば避けたいです。
……わたしはもちろん、ママだって不死身じゃない」
「そりゃそうだ」
ルシェラたちは地図を囲んで作戦会議をしていた。
気が遠くなるほど広いマルトガルズ帝国の、およそ三割ほどを占める旧王国領は、地図の端っこに見えるセトゥレウ王国が妖精のお弁当に見えるくらい広い。
地図の上には、盤上君主の駒が置かれていた。
白の君主は現在地。
青の君主は現在東進中の暴走竜命錫。
国境の戦場では槍兵が向かい合う。
その戦場の東側に、ウェインが七本の画鋲を刺した。
ありがたみが感じられない駒だが、グファーレ側の竜命錫のつもりらしい。
「問題は、マルトガルズ軍の陣の裏側までどうやってグファーレの竜命錫を持って行くのか、って話だよな」
「お祖父様によればグファーレの反応は概ね予想通りです。
竜命錫のための攻勢は難しい。マルトガルズの陣営が暴走に巻き込まれて混乱した隙を突く。そして打撃を与えると同時に竜命錫の回収を画策する。
それが最悪中の最善手だと……」
ビオラはフォスター公の言葉を伝えながら、一応部屋の中を見回して警戒する様子を見せた。
聞かれているのは彼女も承知の上だろう。一時的に共闘関係を築いたと言え、本質的にはラテール候もカイン皇太子も味方ではない。そしてこの場所は彼らの懐だ。
「そう上手く行くもんかね」
「とは言え他にやりようもないですから」
良く言えば正攻法。
悪く言えば、見通しの立たぬ血みどろの戦いに全てを賭けるという事だ。
ルシェラはその中に飛び込んでいかなければならない。
皆が揃って唸るような声を上げたところで、口を挟む者あり。
「ねえ、ちょっといい?」
モニカだった。
彼女は図々しくも地元の高級焼き菓子を要求し、柔らかい狐色の物体を囓りながら、行儀悪く遊戯台に座って話を聞いていた。
我関せずという風を装っているが、彼女が真剣なのをルシェラは分かっていた。
「ルシェラは旅の間、離れた場所からちょっとずつ、『慧眼の渦嵐』の力をそいでたでしょ。
あれと同じ事、グファーレの竜命錫にはできないの?」
「それは、まあ……理論上できるとは思うけど、流石に遠くないかな……」
「できても、むり。
いまは、もっとつよいから、とどかない。まんなかへいくひつよう、ある」
カファルの分身は首を振る。
ルシェラも『慧眼の渦嵐』を追いかけて旅行しながら、どうにか一度止めたのだ。実際、戦場をまたぎ超して同じ事ができるかというと、単純に距離的に怪しい。
しかも暴走は、遙かに勢力を増している。直接中心部に乗り込まなければならない、というのがカファルの見立てだった。
「鎧着てるようなもんか」
「そしたら嵐が戦場に来るのを待って、敵味方全員で嵐に飛び込んで竜命錫大戦争か?」
ティムが渋い顔をさらに渋くする。
単純にそれで勝てるのか、そこに乗り込んでいくルシェラとカファルが無事に帰れるのか。何より、その戦いでどれほどの人が血を流すのか……
何も見通せないデタラメな戦いになることだけは確かだ。
「待って。それ。
使えそうな手を思いつきました」
ルシェラもそう諦め、覚悟を固めようとしていたが、同時にひらめきの端緒を掴んだ。
「やっぱり、待てば良いんですよ。
暴走しながら東へ動いてるなら、待ち構えていれば嵐の中心とかち合うでしょ」
「あの馬鹿みてーな嵐の中で?」
「待てるようにすればいいんです」
* * *
そこはグファーレ戦線と、『慧眼の渦嵐』の現在地の、ちょうど中間ぐらいだった。
水の性を持つ土地であるため、平地でありながら清らかな急流が存在し、それによって削られた大地には複雑な裂け目が刻まれている。
大地のクレバスみたいな谷間を覗き込んでみれば、ウツボに似た異形の大魚が悠々と泳ぎ回っていた。
あるいは、かの大魚こそがこの地の主だったのかも知れないが、ルシェラと一緒に谷川を覗き込むカファルの巨影を見るや、即座に深い水底へ逃げていった。
「ペラい資料だな。マジで帝国のギルド、体制が貧弱すぎだ」
冒険者たちは周囲の状況を確認しつつ、転写羊皮紙数枚分の資料と情報を突き合わせていた。
マルトガルズは王国時代から伝統的に、冒険者に仕事をさせないスタイルだ。公権力が『退治人』を抱え込んで必要に応じて働かせる他、公的な魔物退治サービスを供給している。
フリーの冒険者も存在するが、仕事が少なければ数は増えないし、それをバックアップするギルドも小さくなる。
だからこそ冒険者マネージャーという文化も生まれた。もっとも、マネージャーを雇えるような一流冒険者以外、冒険者としてやっていくのが厳しい環境でもあるのだが。
この土地に関する情報も詳細な記録は無く、それを吐き出させるのも苦労した。
マルトガルズの冒険者ギルドと付き合うことに慣れたルシェラが居なければ、たった数枚の資料を貰うだけで数日はかかったかも知れない。それでは手遅れだ。
「でも必要な情報は分かりました。
竜命錫の予想進路上。
人里離れ、交通の便も悪く、居住も開発も放棄された土地。
ここならば大丈夫でしょう」
一行はカファルの背中に乗ってここまでやってきた。
実際に来てみて、少なくとも問題は無いとルシェラは判断した。
必要な条件は満たしている。
ここでなら、暴走する竜命錫とも戦える、かも知れない。獣の通り道に猟師が罠を置くのと同じだ。
『クグセ山に初めて来た時を思い出すわ。
あの時は静かで、まだ何も無かったのよ』
カファルは意外なくらい乗り気で、楽しそうだった。
楽しんでいるのは本当だろうけれど、これからカファルには無理をさせることになる。気遣わせないようにしているのかも知れないとルシェラは感じた。
ならば力を尽くそう。
カファルには自分が居る。いつぞやのように一頭きりで無茶はさせない。
本物のドラゴンには至らずとも、ルシェラはドラゴンの娘。カファルの子であるのだから。
「ここを別荘にしよう、ママ」
ルシェラが言うや、地が揺れた。
そして直後、空が赤く染まる。
迷路のように裂け目が走り、急流の行き交う大地に、新たな裂け目が生まれていた。
そこから吹き上がるのは川の水ではない。
地の底で忘れ去られ、眠り続けていた原初の炎が吹き上がったのだ。







