≪3-8≫ ブラフ
場所は再び、食堂兼酒場兼宿屋の一階。
「お遣いの魔物たちが!?」
二人が発見したものについて報告すると、拘束されている神官は、それが驚天動地の事態であるかのように驚愕した。
「はい、死んでいました。しかも身を隠すようにして」
「ガキどもの姿は無かった。代わりに蛇の這い跡が残っていた」
イヴァーが眼光を射掛けると、神官は一瞬、視線を泳がせる。
そんな彼の挙動を見逃さず、イヴァーは肩を怒らせて詰め寄った。
「何が起こったんだ。ガキはどこに消えた」
「知りません。知らないんです、私は……」
「本当か?」
至近距離で睨み付けられ、ドスの利いた声で問い詰められて、神官は狼狽える。
だが彼は、何かを探すように辺りを見回すと、やにわに立ち上がった。
「おい」
「シッ」
衛兵たちは色めき立つが、神官は手枷を口元に持っていって指を一本立てた。
そして二階の客室廊下への階段を見て、顎をしゃくった。
イヴァーと衛兵たちは目線だけで意思疎通し、小さく頷き合う。
衛兵の一人が神官の腰縄を持ち、二階へ引っ張っていった。ルシェラとイヴァーもそれに続いた。
「一階では話さない方がいいんです。ハプシャル様は、地より聞いていらっしゃると。
不実を戒める教訓話かと思っていましたが、よもや……」
客室が並ぶ二階の廊下で、神官は声を潜めて喋り始めた。
言いながらも彼はまだ、しきりに足下を気にしていた。目の前で神殿長が地に呑まれるのを見てしまったのだから、無理なからぬ話だ。
「先程も申し上げましたが、私は多くを知りません。
なのでこれは推測ですが、お遣いの魔物たちは自らの命をハプシャル様に返したのではないか、と」
「命を?」
「お遣いの魔物にはらわたを喰らわせるのが、我らの葬送。
これによって命と魂をハプシャル様に返すのです。それを連想しました」
なるほど、とルシェラは思う。
魔物に襲われ、殺された人々は皆、主に腹部を食われていた。
それが儀式であるのだとしたら、魔物が自らを喰らうことにも同じ意味があるという発想は妥当だろう。
「ただ、それが何を意味するかは分からないのです。過去に例がありませんので」
「話をまとめると、つまりだ。
お遣いの魔物に村人を喰わせて、さらに自分を喰わせて、何もかもを集めているように思えるな。ハプシャル様とやら。
腹を減らしてるのか? 冒険者を喰えなかったから」
「それ……は……」
ズバリと切り込むイヴァーの言葉に、神官は言葉を詰まらせた。
「お前らは上手く誤魔化したつもりで忘れてたんだろうが、忘れない奴も居るんだ。
何年も前の出来事だとしてもな」
「冒険者は、同時に二つの依頼を受ける場合もあります。
時にはギルドそのものから」
二人は、一般論を語った。
それをどう受け取るかは相手の自由だった。
「あなた方は、最初から……」
「生贄殺人は俗世でも重罪だ。
シラを切りてえ気持ちは分かるぜ。首がいくつか増えるだろ。
だがもう証拠は上がってんだ」
イヴァーは謎の洞穴で拾った冒険者証を、指の間に挟んでかざす。
それは窓から差し込む日差しに、キラリと輝いた。
神官は首でも締められたように苦しげな呼吸をしていたが、やがて、がっくりと項垂れた。
「間違いありません。それは……私どものしたことです。
魂は減りませぬが、命は注ぎ足さねばなりませんので……」
「最初、村人がお遣いの魔物に殺されたというのは」
「飢えをしのぐため命をお戻しになったと。そして生贄の催促でもあると、神殿長様は解釈しました。
それで神殿長様が、魔物討伐の名目で“黄金の兜”を呼んだのだと……
いえ、でも、ここまで注目を浴びた冒険者を呼ぶというのは少し奇妙でしたね。今までは、実力に比して知名度が無い冒険者を呼んで……捧げてきたので」
それはそうだとルシェラも思う。
こんなお粗末な手口でティム以外が罠に嵌まるとは考えられないが、仮に何かの間違いで彼らの企てが成功していたら、まずただでは済まなかっただろう。
“黄金の兜”はクグトフルムほどの都市でトップパーティーだったのだから今までも知名度があったし、まして今や、クグセ山北の戦いに関わったとして噂が広まり国中に名が轟いている。
そんな冒険者が死んだり、消息を絶ったとあれば、国がひっくり返るような大事件だ。まず冒険者ギルドが全力で調査に乗り出す。村の者らは知り得ぬ事だろうが、王宮もフォスター公爵家も黙っていない。
何が起きたか徹底的に調べられ、彼らの信仰は白日の下に晒されただろう。
そして、邪教徒たちはまず世間の目を避けねばならないのだから、そんな注目を浴びる展開は真っ先に想像し、避けたはず。
生贄のために“黄金の兜”を呼んだ、というのがまず不自然なのだ。
その真相は神官も知らない。決めたのは、地に呑まれた神殿長だ。
「ガキどもの行き先と、奴の思惑に心当たりはあるか」
「蛇の這い跡というのが気に掛かります。
蛇とは即ち、ハプシャル様。子どもらは、もしかしたら命と魂を召し上げられたのではなく……楽園へ迎えられたのやも知れません」
「楽園……」
「ハプシャル様より最初に啓示を授かった初代神殿長は、森の中で金色の大蛇に飲まれ、楽園へ至ったと言います。そこで教えを受け、帰ってきたのが全ての始まりだと」
努めて平坦に、神官は語った。
本来ならば輝かしく誇るべき神話を、静かに語る彼の姿には、苦悩と迷いが見て取れた。
奇妙な話だが神話としてはアリだろう。
神秘の領域では大抵の理不尽がまかり通る。神の威光に包まれて神々の世界を訪れた、と解釈すれば、それはそれで筋の通る話だ。
「しかしなんでまたガキどもが、楽園とかいう場所へ連れて行かれる?」
「分かりません……」
「んで、子どもたちを助けに行くなら、森の中でデカい金色の蛇を探して丸呑みしてもらえってのか?」
「分かりません……」
神官は言葉を詰まらせた。
何かを隠している風ではなく、彼も分からないのだ。邪教と定義されるものであれ、彼らと彼らの神は長く共存共栄の関係にあり、不変の巡りを繰り返してきた。
だが、今は過去に例が無い、理解のできぬ事が起きている。
疑うべきか、信じ続けるべきかも、分からない状況なのだ。
もっとも、それはあくまで彼の問題である。
冒険者たちの目的は、真実を知ることと依頼の達成だ。
「その神話を模した儀式場などは、どこかにありますか?」
予備調査を行うマネージャーの役目は、知識によって状況を解きほぐすこと。
信仰にも類型がある。
邪教と言えど、事情は同じだった。







