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≪2-5≫ 食卓に幸福を

【#2841


 全通信途絶から21日。

 今日、クレイスがもう一度、船の通信設備を確認したが問題無いと言っていた。

 ドラゴンたちが次元間穿孔暗号通信すら妨害する手段を手に入れたのだろうか?

 あるいは、考えたくもないが、この船から通信を受け取れる全ての施設が消滅したのだろうか?


 未だ、船の対認識迷彩マインドクローキングは有効であるようだ。

 しかしこの船は、もはや本来の役目を果たせない。

 神よ、どうか救いを。


 記録者:ジェイミー・ハッカソン】


 * * *


『人竜戦争は、ドラゴンにとっても古い話よ。

 自分の目では見ていないというドラゴンも多いわ。

 お父様がまだ仔どもだった頃だもの』


 一種類だけ生い茂った草を、カファルは爪と尾で薙ぎ払う。

 辺りを埋め尽くしていた植物は火の粉と共に吹き飛び、灰となって散った。

 その身に秘めた炎の力をカファルは使っているのだが、ここでブレスを吐くわけにはいかないので、出力を極限まで抑え、己の身体を触媒としているのだ。

 

 ここが『船』であるなら、生活のスペースだけではなく機関部や船橋ブリッジなどもあるはず。

 そこへ通じる道を、ルシェラとカファルは探していた。

 壁と天井は一見何も無いように見えたので、残るは足下、という事になる。


『当時、人族は……雛竜を狙った攻撃に注力したというわ。数百万人と一匹の雛竜を引き換えても、殺そうとした。長期的に考えればそれで人族の方が有利になるから』

『うん。人族の間にも伝わってる』

『私はその話ばかり聞いてきたのだけれど……そうして戦って死ぬ数百万の人族も、誰かの親だったり子どもだったりするの、当たり前よね』

『そう。だからどんな戦争も、悲劇なんだとわたしは思う』


 カファルの邪魔にならないよう、ルシェラは背中にしがみついていた。


 箱庭の掃除をしながらルシェラとカファルが話すのは、遙か昔の戦いのこと。

 人竜戦争は100年以上続いたが、それ自体1000年前の出来事だ。

 200歳あまりのカファルにとっては自分が生まれるより遥かに以前の事だし、老竜シュレイにとっても若かりし日の事。

 まして人族の世界では、エルフの古老などにとってさえ『祖父母が子どもだった頃の話』だ。


 それでも人族の中で記憶が受け継がれているのは、戦争記憶の継承と人竜戦争の再発阻止を、神殿勢力が掲げ続けているためだ。


 全ての人族は(少なくとも神殿勢力の目標としては)誰もが無償で、無条件で、神殿学校で学ぶことができる。

 読み書き計算に始まって、現代社会や歴史についての基礎教育を受けるが、その学習内容に確実に含まれているのが、千年前のドラゴンとの戦争についてだ。

 かの戦争が人族とドラゴン双方にとってどれほど悲惨だったのか……そして、その後どのようにして、人とドラゴンが住み分ける新たな世界秩序が築かれたか。それくらいの事なら誰もが知っているのだ。

 その甲斐もあってか、幸いにも、()()()人竜戦争は起こっていない。起こりかけたことは当然あったが。


『ねえ、ルシェラ。もしかしてこれじゃないの?』


 草ぼうぼうだった地面が概ね焼け野原になった辺りで、カファルが何かに気が付く。


 地下への入り口らしきものは地面の上には無かったのだが。

 家の傍らには可愛らしい屋根の付いた、なんだか妙に立派な井戸があった。

 その屋根をカファルは鷲づかみにして、外した。……壊したとも言う。


 果たして、そこは桶を下ろすための穴など存在せず、土埃が積もって薄く草の生えた螺旋階段が井戸内の空洞にすっぽり収まっていたのである。


「これって、地下の隠し部屋……じゃなくて単に下の階へ行く階段か」


 ここはあくまで、人工的に外の環境を再現した箱庭だ。

 水の供給手段が他にあったなら、井戸など実質的に不要で、ただのインテリアだったのかも知れない。

 しかしだからと言って階段のカモフラージュにするというのは、なかなか尖った趣味だ。

 よく見ると井戸に入るための踏み台らしきものも設えられていた。


 ルシェラはカファルの背中から飛び降りて、階段を下る。

 カファルの大きな身体はもちろん入りようがないが、彼女は人型の分身を生みだし、ルシェラの後を付いてきた。


 日光を模した箱庭の照明に比べると、かなり暗く思えたが、少し目が慣れると、階下に無機質な明かりが存在するのだと分かった。

 階段には、箱庭から侵入したと思しき土埃が積もっていたが、それは途中から徐々に薄くなっていく。


 階段を降りた先にあったのは、白銀色の扉だった。

 鎧のパーツみたいに艶めいた扉は、開けるための取っ手も見当たらなかったけれど、ルシェラが近づけば勝手に開いた。


「わっ。全然雰囲気が違う」


 扉の向こう側は、素朴な農村みたいだった箱庭とは全く印象が異なる空間だった。


 魔法で整形した石のようにつるりとした廊下があって、部屋がいくつも並んでいた。

 塵がうっすらとだけ積もった廊下を、等間隔に天井に埋め込まれた原理不明の照明器が照らしている。

 草のずれ合う音がした箱庭と違って、ここは耳が痛くなるほどに静かだった。


 並んだ部屋の扉は、開きっぱなしのものと、固く閉ざされているものがあった。

 箱庭からの入り口と異なり、ルシェラが近づいても、閉じた扉は閉じたままだ。


『まずは扉が開いてるところを調べてみましょ。私から入るわ』


 カファルが調査の先陣を買って出た。

 彼女の分身は、傷付けられて消滅しようと、いくらでも作り直せる。危険な場所だとしても踏み込むリスクが低いのだ。


 もっとも、ルシェラとカファルが最初に調べた部屋は、特に危険ではなかったが。


『ここ、もしかしてキッチン?』


 部屋の中を眺め回して、拍子抜けした様子でカファルは言った。

 ルシェラもキッチン(仮)に入ってみたが、確かにそこはキッチン(推測)だった。


 大きな銀色の長机が二つあって、蛇口付きの流しらしきものや、鍋を置くスペースがあって。

 壁際には冷蔵庫と思しき扉付きの巨大な棚だの、食器を収めたケースだのが並んでいた。

 概ね綺麗に整頓されていたけれど、置きっぱなしの鍋の中には、かつて食物だったと思しきカピカピに乾いた何かの残骸が少し入っていた。


『だと思う。

 さっきの家に調理の設備が無かったから変だと思ってたんだけど、こういう事か』


 つまり、あの箱庭の家はただ、自然の中に居る気分を味わうための場所で、実質的な生活機能はこちらにあったのだとルシェラは推測した。


『不思議な容れ物ね』


 カファルはその辺に置かれていた、銀色で円柱状の奇妙な容器を調べていた。

 おそらく缶詰ではないかと思われるが、ルシェラには破壊以外の開け方が分からなかった。


『人竜戦争の前の人族って、すごい技術があって……

 食べ物なんか魔法無しで100年は保存できたんだって。

 まあ、1000年くらい前のものだから、それを食べるのはどっちみち無理だと思うけど……』

『普通の人には無理でも、ルシェラなら食べて大丈夫じゃない?』

『最終手段としてはね……

 問題はそこじゃなくて味と、食べる側の尊厳の問題だと思うから、どうしてもお腹が空いたら試すよ』


 古代の缶詰を破壊して、内容物を味見する気にはなれなかった。

 もし、この船から脱出できないまま飢えかけたら、その時選択肢に入れれば良い。


『とにかく! ママのお腹が空く前に脱出法を見つけなきゃ』

『心配性なんだから、もう』


 ここにある食料を掻き集めてもカファルにとっては物足りないはずで、それを当然ルシェラは心配したのだが、カファルは『この子はなんて可愛い事を考えるのだろう』とばかり、猫でも撫でるみたいにルシェラの頭を掻き乱して鼻から頬ずりをした。


『ここ一年あまり食べていなかったけれど、狩りに来て沢山食べたから、半年くらいは絶食しても大丈夫よ』

『……もしかしてドラゴンの身体ってわたしが思ってるより大雑把?』


 どうやら、自分のすぐ近くに居る生き物に関してまだまだ知らなければならない事があるらしいとルシェラは思い知った。


「この船に住んでた親子は……ここでどんな料理を作って、どんな風に食べてたのかな」


 カファルに解放されたルシェラは、キッチンの設備や調理台の引き出しの中身を調べ、1000年前に想いを馳せる。

 冒険者、もしくはそのマネージャーという視点で言うなら、この場所はギルドと学者に売り渡すべき貴重な技術の塊だ。

 だが1000年前の人々にとっては、当たり前の生活の場だったのだ。

 そこには人々の想いが……


 ――いや、ちょっと待って。明らかに何人分もまとめて料理を作れる大型設備、だよね、これ。

   どうしてベッドは二人分しか無かったんだろう……?


 1000年前の人々の生活を思い浮かべてみて、ルシェラは違和感を抱いた。

 かつて人々がどんな料理を作っていたかは知らないが、人の大きさが同じである以上、食べる量は……調理する量は変わらないはず。

 置かれたままの大鍋二つ。大小取り混ぜて、ざっと数えるだけで四十枚はある皿。この『船』の大きさからしても、それなりの人数が居そうなものだ。

 設備を用意はしたけど使われなかったのだろうか。それとも乗組員が沢山いて、賓客の二人だけが趣味の良い箱庭暮らしをしていたのだろうか。


『ルシェラ、来て! 向こうに何か()()わよ』


 ルシェラが考えている間に、カファルは他所を見に行っていた。

 廊下から声がして、ルシェラはキッチンから顔を出す。


 意外なくらい長い廊下の奥に、確かに何か居た。

 突き当たりの扉を塞ぐように立ちはだかっているのは……まるで飾り物の鎧のような、くすんで曇ったメタリックな人影。


『あれってゴーレム?』

『だと思う。古代人もゴーレムは使ってたそうだから』


 廊下の奥に存在するそれを、ルシェラとカファルは廊下の両側に分かれ、扉の陰から観察する。

 人手が足りない場所や、人を使いにくい状況で警備ゴーレムを使うのは、古代人も現代人も同じだ。だが朽ちた銀色の人形は、誰何してさえこず不動。警備の役目は果たしていない。


『千年も放置されてたら流石に壊れ…………』

【××××。××××××××××。……××××】


 否。

 突如、古代ゴーレムは抑揚の無い口調で未知の言語を呟いたかと思うと、兜のような横長のスリットアイに、青白い光を灯した。


【×××××××××。××××××××××××××】

『……てなーい!!』


 ゴーレムが、動き出した。

 謎の金属で構成された身体を僅かに軋ませ、理想的な走行フォームで廊下を駆け抜けて迫ってくる。


 そして、ゴーレムの腕から噴き出した光が刃を模る!

 まるで羽虫が飛翔する音のような耳障りな低音を上げ、光の刃が一閃。

 刃は咄嗟にしゃがんだルシェラの頭上、さっきまで首があった場所を正確に通り抜けた。

災ドラ二巻の書籍化作業でちょっと更新遅延しておりました。

近々割烹で正式に告知しますが、今回もweb版からだいぶアップグレードしてます。お楽しみに!

コミカライズも近日開始予定です。

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コミカライズ版
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書籍版
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― 新着の感想 ―
[一言] これ絶対よく切れるやつだ( ˘ω˘ )
[一言] >半年くらいは絶食しても大丈夫よ 運動量からすると超低燃費 そしてレーザーブレード装備のロボットが 人竜戦争時代の代物だから当然竜を殺しうる能力持ってるんだろうなぁ
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