下
全く止まらない涙を見てまきさんは、子供をあやすように優しく寄り添ってくれた。
「まったく、どうしちゃったの?泣き虫さんになっちゃって」
近くの公園の屋根付きのベンチまで移動してきた。その頃にはやっと涙は落ち着いて、まともに喋れるようになった。
「…すいません。ご迷惑をお掛けしました。」
なんとも情けない話である。20にもなった男が思いを寄せる相手の前で泣いてしまうなど。恥ずかしくてしかたがない。
「ふふ、いいよいいよ。きにしないで。」
優しく笑う笑顔にやはりほっとした気持ちがわいてくる。彼女にそんな気はないのに、どうにもその笑顔を見て胸があつくなる。
「さぁ、話してもらおうか。ほんとにどうしちゃったの?なにかあった?」
もはやにげることはできない。これ以上逃げて現実から目を背けることも、まきさんに迷惑をかけることもやめなければならない。
「実は、先週の講義後1Dの講義室の前を通ったときにその、話が、聞こえてきて…」
どもりながら話を続ける。まきさんは、思いあたることがある様子で、あっとちいさく呟き少し顔をうつむかせる。
「その、まきさんたちが話してるときに僕の話題がでてたじゃないですか?それを聞いてしまって…」
まきさんは口をつぐんだまま。今日の彼の異常な状態を作り出した原因が自分にあることを暗に示されたからであろうか。
「その、もうまきさんもわかっちゃってるんですよ、ね?」
沈黙が答えであった。雨の音が今だけは癒しになる。
「連絡むししたのは、すみませんでした。もう僕に連絡とかしたくない…ですよね」
それしか言えなかった。相手は困っていた。告白されると言う想定をして困っていたのだ。それなら、答えはわかっている。これ以上好きでもない人間に近付かれるのは不快でしかなく、迷惑な行為だ。だから、ここですっぱり終わらせなくてはならない。
「僕の連絡先とかけしてもらっていいですからね」
まきさんは、うつむいたままで表情がわからない。ぎゅっと握りしめた手は震えていた。
「その、えっと…。あ、僕をふったこととかは言ってもらって大丈夫ですからね?まきさんモテますもね。僕みたいなやつがうろうろしてたら、迷惑ですもんね。」
まきさんはまだ顔をうつむかせている。
まきさんは優しいから、こんな自分にも手をさしのべいろいろわかんない大学生活を助けてくれた。そんな彼女を現在進行形で悲しませていることが何より辛かった。どれも改善のしかたがわからない。
「えーっと、あ、僕の方から、もうまきさんに近付いたり、連絡したりしませんから、安心してください」
「・・・・・・」
「今まで、うざかったですよね?ほんとにこれ以上僕がまきさんに干渉したりしないんで」
「そ、そういえば、僕があげた誕生日プレゼント、あのクマのぬいぐるみとかも捨てちゃって大丈夫ですから。ってもう捨てちゃってますかね、はは。キモかったですよね。その、急にプレゼントとか……」
「好きでもない人にいきなりもらったら、こわいですよ、ね?すみません、そういうのなんもわかってなく……。」
「僕があげたのとか、一緒に行ったとこの写真とかいろいろ消しもらって大丈夫ですから。あ、なんなら僕のも今ここで―――」
パチンッ。
頬を叩かれた。弱々しくて痛みはないけど、頬ではない場所が痛んだ。
「あ、え、あの。まき、さん?」
同様が隠せない。今まで一度も本気で怒ったとこなど見たことはなかった。
「……のよ」
「え?」
「なんで、私の気持ちも知らないくせにそんなひどいこというのよ!」
「え、え?」
「いつ私が君のプレゼント気持ち悪いっていったの!いつ私が君と一緒にいたくないって言ったの!いつ私が君と連絡とりたくないって言ったの!いつ私が…」
「まきさん…」
「いつ私が君のこと好きじゃないって言ったのよぉ」
ポツポツとベンチに雫の模様ができていく。外の雨の音が遠くなっていく。近くでふる雫にまたどこかが痛む。
「ねぇ?いついったのよ?」
うるんだ声で問いかけてくる。始めてみる表情に言葉がつまる。
「…っその、だから講義室で話してるときに」
「そのとき私そんなこと言ってないよ」
「でも、困った顔してましたし、その、周りの人もそういうことで嗤ってましたし……。」
「困った顔したのは当然だよ!どうしてあんな君のこともよく知らないような人たちの前で、君をバカにしてる人たちの前で、大切な気持ちを話さないといけないの?あんな私を自分の評価のために使ってる人たちに私の大切な気持ちを言うわけないじゃん!」
「え、それは、いったい…」
「好きなの!」
しんっと静まりかえった。いつの間にか雨はやみ遠くで電車の音が聴こえる。
さっと射し込む光がキラキラと落ちる雫を照らす。頬を伝う涙に悲壮感の色は消え、黄金色の淡い光を放っていた。
「え?いや、ん?それはだって、違うって。あれ?」
「もう!まだわかってないの?私は君が好きなの!ちょっと抜けててほっとけないとこも、できもしないのにみえをはってかっこつけようとするとこも、そのくせすぐ落ち込んじゃうとこも、誕生日にぬいぐるみとか選んじゃうピュアなとこも、全部!」
「え、ほ、ほん、とですか?」
「このタイミングで嘘なんか言わないよ!そんなに悪い子なの?君の中の私は」
「あ、いえ、そんなことないです!まきさんはいつも優しくて、キラキラしてて、僕にとっての太陽で、あ、えとその」
「へんじは?」
「へ?」
「だから、返事は?告白したんだよ」
「えっと、その」
「言っとくけど、この期に及んで、自分には…とか言ったら殴るからね」
ふふんっと可愛らしく怒る姿にみいってしまった。雨に濡れた草花が更々と揺れ雲の隙間から射し込む光を反射させている。
「その、こんな僕で、いいんですか?」
「いいから告白してるの!ほんと怒るよ」
もうっといった表情で言ってくる。でも、髪にかくれた耳がすこし赤いのは見間違いではないだろう。
心はもう痛まなくなった。
「で、どうなの?」
すねた感じで聞いてくるまきさんに言う言葉は1つしかなかった。
~・~・~・~
雨上がりの午後、公園の出口には仲良く1つの傘に入る二人の男女の姿があった。
もう雨はどこにも降っていない。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
もし面白いなっと思ったり、作者の他の作品も読んでみたいなっと思ったりしたら評価していただけると幸いでございます!
それでは。