第12話「魔王“ヨウコ”覚醒」
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6月22日土曜日は色々なことが起こり過ぎた。
午前中だけでも、“ワールドフラワレス”でイツキ達が魔獣四体を相手に戦闘を行い、“ワールドアイラン”ではレイヤ達を謎の“妖狸”の少女が襲ったという。
それと、直接姉妹達が関わったわけではないが、“ワールドシルヴァネア”には、ここ数日連続して魔獣が出現したらしい。
それらの話を、“ワールドアクア”で母さんと元六魔皇のヘラーナを含めたメンバーで集まっている時に聞いた俺達。
これら一連の事件の裏には、まず間違いなく魔王軍が関わっている、とヘラーナが言った。
「魔王軍、連中の目的はやっぱり、」
「うん、陽子ちゃんを“新たな魔王”として覚醒させる、それが奴らの目的」
「でも、陽子ちゃんは普通の人間なんじゃ?」
そう尋ねたのはサクヤ姉ちゃんだ。
その質問に対しては、陽恵母さんがこたえた。
「ええ、陽子さんも、その両親も普通の人ではありますが、
そもそも“藤原家”の遠い先祖に、かつて“ワールドダークネス”からこの世界へやって来た魔人がいたようです。
それも、王家の血をひく者が」
「な、なんだって…っ!?
じゃ、じゃあ、俺や母さん達、元魔人が“藤原家”に転生したのは、」
「いえ、それは本当に単なる偶然です。
そもそも、私は一郎さんと結婚したから名字が“藤原”になったのであって、旧姓は“南”ですし」
そういえばそうだったな…
「じゃあ、陽子ちゃんは魔王の血をひいてるってこと?」
そう質問したのはマイカ姉ちゃんだ。
それに対してはヘラーナが答えた。
「正確には“魔人達を束ねる王家の者の一人”だね。
少なくとも、この世界にやって来た陽子ちゃんのご先祖様は、“魔王”としては覚醒していないハズだから、“魔王”の血は継いでないよ。
“魔王”に覚醒する素質はあってもね」
そもそも“魔王”とは、“魔王の因子”と呼ばれる特殊な魂を宿した魔人のことで、この“魔王の因子”が覚醒することで、その者は“魔王”へと進化し、その意識は“魔王の因子”に乗っ取られる、そうだ。
「つまり、“魔王”の本質は、この“魔王の因子”と呼ばれる“魔王の魂”のようなもので、この“魔王の因子”に適合した肉体の主が“魔王”となるの。
ちなみに、本来の肉体の持ち主の魂は“主魂”と呼ばれてるわ。
で、この“魔王の因子”に適合する肉体として、新たに選ばれたのが陽子ちゃん、ってわけ」
「ふむ、しかしいまいち分からんのぅ…」
そう言ったのはセイラだ。
「まず、“魔王の因子”とやらじゃが、妾達が魔王ヤミを倒した時に、ヨミの魂と共に消えたのではないのか?
それから、なぜ新たな魔王候補が陽子お姉ちゃまなんじゃ?
“ワールドダースネス”そのものが滅んだわけではないのじゃから、もっと王家の血が濃い者とかじゃいかんかったのか?」
セイラの疑問に、再びヘラーナが答える。
「その辺は私もつい最近分かったばかりなんだけど、どうも“魔王の因子”というのは宿っていた肉体が滅びた後、“魔王の因子”の管理者と呼ばれる一族の元に返るようになってるらしいの。
そして、その返ってきた“魔王の因子”を、管理者が選んだ“新たな魔王”候補の体内に埋め込み、“新たな魔王”として覚醒させる、それが管理者の役目らしいの」
「なんじゃそれは…!?
それじゃ、魔王とやらは管理者に操られる傀儡のような物ではないか!?」
「まぁ、似たようなものかもね。
ただ、管理者はあくまでも“魔王”を選び、覚醒させるまでが役目で、魔王を操って何かを企んだりはしてないみたいだけどね」
「それはどうじゃかな…」
「それから、何故次の魔王候補が陽子ちゃんなのかは、はっきりとした理由が分からないわ。
そもそも、陽子ちゃんは確かに魔王として覚醒する要素はあるけど、最適解では無いハズなのよね…」
「それはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ。
もっと言えば、セイラちゃんの言う通り、“ワールドダークネス”にはより魔王として覚醒するのに相応しい適合者がいるハズなのよ…」
「…何か、陽子さんでなければならない理由があったのでしょうか?」
「あるいは、管理者と呼ばれる者の気紛れ、か…」
「…考えても分からぬなら、今その議論をするのは無駄じゃろう。
それよりも、連中の正体や人数なんかは分かっておるのか?
分かっておるなら、其奴らに対する対応策や、陽子お姉ちゃまを魔王に覚醒させぬ方法などを講ずる方が先じゃろう」
「セイラちゃんの言う通りね。
じゃあ、今分かってる敵に関する情報を教えたいんだけど、
他の姉妹達にも一緒に伝えた方がいいだろうから、今夜の夕食の時にでも話そうと思うわ」
「え?ヘラーナ、夕食までいるつもりなのか?」
俺がそう尋ねると、さらに予想外な答えが返ってきた。
「というか、しばらくこの家に厄介になるつもりだけど?」
「はぁっ!?」
「いやー、夏コミも近いから、そらそろ準備しないとなーって思っててさ♪」
「夏コミが理由かよ!?」
先日の会話からなんとなくそんな気はしてたが、すっかりオタクに染まってんじゃねぇかヘラーナ!
「勿論夏コミだけじゃなくて、陽子ちゃんの件もあるしね」
「いや、そっちがメインだろ…」
「まぁ、部屋はいっぱいあるし、家族が増えるのはいいことじゃない♪」
「まぁ、サクヤ姉ちゃんがそう言うなら…」
「ちなみに、私もしばらくこちらにいますよ」
「え゛っ!?母さんも!?」
「…なんですか、その反応は?私といるのがそんなに嫌ですか?」
ゴゴゴゴ!と謎の黒いオーラが母さんの背中に見える!
嫌というか、母さんが元六魔皇のアルテスだって分かった今だと、なんとなく気まずいというか、なんと言うか…
「ち、ちなみにヘラーナさんのことは何と呼べばいいのですか?」
と、空気を読んでくれたのか、ナナカ姉ちゃんが話をヘラーナの方へと戻してくれた。
「一応、こっちの世界でのペンネームが“藤原零菜”だから、レイナとでも、レナとでも好きに呼んでくれていいよ!
勿論、ヘラーナのままでも構わないけど!」
ペンネームでちゃっかり藤原姓名乗ってんのかよ!
「じゃあ、レナちゃん、ようこそ我が家へ!」
サクヤ姉ちゃんがそう言って、とりあえずこの場はお開きとなった。
*
『…というわけだから、しばらくウチの陽子を預かってもらえないかしら?』
その日の夕方頃、突然陽子の母親から電話があり、陽子の父親の出張の関係でしばらく二人共海外に行くから、陽子をウチで預かって欲しいという電話があった。
あまりにも急な話ではあるが、幸い、部屋には余裕があるので、陽子をウチで預けることにした。
それに、陽子を“魔王”へと覚醒させようとしている連中の動きを考えると、陽子は俺達の側にいた方がいいだろうという判断もあったため、断る理由は無かった。
その話をヘラーナにすると、
「…ふーん、そう来たか……」
と呟いた後に、こう言った。
「とりあえず、陽子ちゃんには自分が“新たな魔王”候補だってのは伝えない方がいいかもね。
変に意識させて、覚醒が早まっちゃう可能性もあるし、そうなると対応が取りにくくなるから」
「そうなのか?
魔王に覚醒するには“魔王の因子”が必要なんだろ?
なら、陽子に“魔王の因子”を取り込ませようと魔王軍の連中が近付いて来ないよう警戒させる意味でも、教えておいた方が、」
「いや、恐らく陽子ちゃんの中には、もう“魔王の因子”が取り込まれてると思うよ」
「え!?」
ヘラーナがサラッととんでもないことを言いやがった。
「おま…っ、それどういう、」
「その辺の話は今晩、陽子ちゃん以外の姉妹全員が揃ってる時に話すよ。
だから、まだ誰にも話さないでね、特に陽子ちゃんには」
「…分かったよ、だけど陽子に危険が及ぶような真似は、」
「大丈夫、最終的には丸く収まるハズだから!」
「最終的には、ってどういう意味だよ!?」
「まぁまぁ、その辺も含めて後で説明するからさ、とりあえずは今から来るっていう陽子ちゃんを歓迎しようじゃない!」
この場でのこれ以上の詮索は無理だと思った俺は、これから再びやって来る陽子にヘラーナのことを何て紹介するべきかで頭を悩ませることにしたのだった。
*
昨日ぶりにヨウ兄ちゃんの家にやって来ると、また一人変な女が増えていた。
「初めまして、陽子ちゃん!
私はヨウイチのお父さんの従兄の叔母の再従弟の孫の友達の藤原零菜だよ!
レイナとかレナ、とか呼んでね♪」
わけが分からないよ…っ!!
「…ちなみに、ヨウ兄ちゃんとはどういう関係なんですか?」
「ヨウイチとは、いっぱいヤりあった仲、みたいな?」
「ヤ…っ!?よ、ヨウ兄ちゃんっ!?」
「かっ、勘違いするなよ、陽子!?
ヘラっ、レイナとは殺りあった仲、だからな!?決してそっちの意味じゃないからな!?」
「ええ、そうですわよ、陽子さん、ヘラっ、レイナさんはわたくし達“シスターズアルカディア”のメンバーではありませんから、お兄様が彼女に恋心を抱く道理はありませんわ」
「ええ、イツキちゃんの言う通りです。
あくまでもヘラっ、レイナさんは私達の親戚筋の知り合いということで、しばらく預かることになっただけですから、陽子ちゃんが気にする必要はありませんよ?」
「わーお、ハルちゃんまで言い方が辛辣~」
イツキちゃんや陽恵伯母さんがそこまで言うのなら、そうなのかな…?
━━━本当に、そう思うか?
…え?
今の声、何!?何処から!?
━━━あの女に、ヨウイチを取られてしまうかもしれんぞ?
私の頭の中に、直接誰かの声が響いてくる…!?
というか、レイナさんにヨウ兄ちゃんを取られるって何!?
すでにヨウ兄ちゃんは20人以上の姉妹とすでに、
━━━姉妹でもないあの女に、取られてもいいのか?
そ、それは…っ!?
そもそも、あなたは一体誰!?
━━━私は、“お前”だ
何を、言って…、
━━━お前の望み、この“私”が叶えてやろうか…?
私の…、望み……?
「………ぅこ、陽子?大丈夫か?」
「えっ!?あ、う、うん、大丈夫、大丈夫!
またヨウ兄ちゃんのハーレムが増えたのかと思って、呆れてただけだから!」
「だから、レイナは違うからな?」
「もー、ヨウイチってば、とぼけちゃって~♪
本音で言えば、女の子なら誰でもいいんでしょ~?」
「なわけ、」
「そんなことあるわけないですわ!」
「むしろ、そんなことあった方が良かったのかもしれないけどね…
姉妹しか愛せないなんて、一般的には病気だからね…」
「そういうウチらも病気なんやけどね…」
と、カズ姉ちゃんや、ツキヒちゃんも加わって、いつものやり取りが繰り広げられる。
そうだ、これがヨウ兄ちゃん達の新しい日常。
ヨウ兄ちゃんを前世の頃から愛する姉妹達とのハーレム生活。
私は、その中の一人に加えられるだけで、十分なのだ。
━━━本当に、それでいいのか………?
悪魔の囁きには耳を貸さない!
私に、皆が悲劇的な前世の頃より勝ち取った今の幸せを壊す権利は無い!
━━━そうか…
━━━だが、覚えておけ。
━━━お前が望めば、いつでも私が力を貸してやる。
━━━“私”は、“お前”なのだから………!
*
それから、“ワールドフラワレス”のイツキちゃんの屋敷に移って、皆で夕飯を食べた後、お風呂に入ったりして過ごした。
それから再び“ワールドアクア”のヨウ兄ちゃんの家に戻ってきて、金曜日に出された学校の宿題でも終わらせようと思い、私の部屋用に貸された部屋に入ったところで、急に眠気が襲ってきた。
時計を見ると、まだ9時前で、寝るには早い時間だと思ったのだが、今日だけで色々あったから疲れていたのかもしれない。
結局、私は眠気に逆らえず、そのまま用意された布団に潜り込んで眠ってしまった。
次に私が目覚めた時、深夜の12時を回っていた。
そのままもう一度寝ようと思ったのだが、喉が渇いていたので、キッチンで水でも飲もうと部屋を出た。
すると、ヨウ兄ちゃんの部屋の明かりが襖の隙間から漏れているのに気付いた。
ヨウ兄ちゃんはまだ起きてるのか、と思いながら素通りしようとしたところ、部屋の中からヨウ兄ちゃんと女の人の声が聞こえてきた。
…ひょっとして、ヨウ兄ちゃんと姉妹の誰かがエッチなことしてるのかな?
そう思うと、早くその場から立ち去ろなきゃという意思とは別に、中の様子が気になって覗きたくなる衝動に駆られた。
「…うぅん、ダメダメっ!
いくら家族でも、他の子達とのそういう場面を覗くのはいけないことだよ、うん!」
理性を総動員して、その場を立ち去ろうとした時、部屋の中からこんな声が聞こえてきた。
『…まぁまぁ、いいじゃん、………じゃなし!
たまには姉妹以外の………を………悪くない………わない?』
『いや、でもな~………、ヘラーナのことは………だし…』
この女の人の声、姉妹の子達じゃない…?
ところどころ声が小さくて聞き取り辛いけど、この声は、レイナさん……?
え?なんでレイナさんとヨウ兄ちゃんが、深夜に同じ部屋に…?
『私とヨウイチの仲………!ね、だからさ、………しよ♪』
『ちょっ!?そんな強引に…っ!?くぁ…っ!!そ、そこ、は…っ!』
まさか…!?
悪いとは思いつつ、私は襖の隙間に指を入れ、隙間を広げて中を覗いてみると、そこには、裸になったレイナさんが、ヨウ兄ちゃんの上に跨がっていた…!!
「『なっ、何してるのっ、ヨウ兄ちゃんっ!?』」
その瞬間、私の中の“誰か”が、目覚めるのが分かった。
「あっ、陽子!?」
「陽子ちゃん!?」
「『私だってまだなのに…ッ!!
部外者のお前が…、ヨウ兄ちゃんに近付くなっ!!』」
私の全身が、黒く深い闇の魔力で纏われていく。
着ていた服は弾け飛び、その代わりに魔力で編まれた深紅のワンピースドレスに変わった。
頭や背中、お尻の付け根辺りから、これまでにない器官が生えていく感覚と共に、胸も大きくなっていった。
「陽子、お前…っ!」
「魔王に、覚醒した…っ!?」
ヨウ兄ちゃんヨウ兄ちゃんヨウ兄ちゃんヨウ兄ちゃんっ!!
私の、“私”だけのヨウ兄ちゃんっ!!
「『ヨウ兄ちゃんは、“我”のものだ…っ!!』」
“我”が放った魔術『シャドゥクロゥ』で、ヨウ兄ちゃんとヘラーナの体から血渋きが上がり、二人の体から魂が離れていく。
その二つの魂を、“我”はこの身に吸収した。
「『クククっ、再び“我”と一つになれたな、ヨウイチ、いや、“我が弟”ヨウよ…っ!!』」
直後、“私”の中から膨大な魔力が外に吹き出し、ヨウ兄ちゃんの部屋とその周囲一帯を吹き飛ばした。
同時に、この“私”の意識が深く暗い闇の底に沈んでいくのだった………




