幕間「魔王軍」
「陽子に、“魔王の因子”を無事埋め込むことに成功したようだな、バートラ?」
それは、“ワールドシルヴァネア”にある何処かの場所、一つのやたら豪華な椅子以外の家具は何も無い殺風景な部屋の中に、三人の男と一人の女が集まっていた。
そのたった一つの家具である豪華な椅子に据わった男が、目の前に跪く三人の中の一人にそう言った。
「は!先程陽子をヨウイチの家に送り出す際に!」
そう答えたのは、陽子の父親、ではなく彼に変装して陽子に近付いた魔人、バートラだった。
次に、そのバートラの隣に跪く女、陽子の母親に変装して陽子に近付いた魔人、ダイアーナが口を開いた。
「陽子がすでにヨウイチと性交渉に近い行為を行い、彼の“加護”によって陽子の中の魔人の血が覚醒したことも確認しております故、後は引き金さえ引けば、“魔王の因子”が覚醒し、“新たな魔王”が誕生するのも時間の問題かと」
「その件に関しましては、“ワールドフラワレス”にて確認しております」
次にそう発言した男、ジャイビットに視線を向ける椅子に座った男。
その視線を受けて、ジャイビットは補足の説明をする。
「“ワールドフラワレス”にて、陽子が透明化したキングガロメの姿を、その魔力反応だけで捉えているのを確認致しました」
「なるほど、魔力を感じ取れるのは、同じ魔力をその身に宿した者だけ。
であれば、陽子の中の魔人の血が覚醒したのは疑いようが無いな」
「は!全てはビーシャス様の計画通りに進んでおります!」
椅子に座った男、ビーシャスは不適な笑みを浮かべる。
今、この場にいる四人は、元魔王軍の、特に魔王原理主義派とも言えるメンバーのトップ達だ。
魔王軍幹部ビーシャスを筆頭に、四人は数千年前より続く魔王派閥の魔人として、代々“魔王”の誕生と覚醒に携わってきた家系に連なっている。
特に、ビーシャスの一族には、“魔王の因子”に関する極秘の情報と、その管理を代々任されてきた。
魔王とは、単なる血筋だけではない。
勿論、血筋も魔王となる条件の一つではあるが、真に必要なのは“魔王の因子”と呼ばれる、“魔王の魂”そのものだ。
これを、魔王となるべく者に埋め込むことで、魔王となる下地が生まれ、その後、激しい憎しみや怒り、悲しみといったトリガーが引かれることによって、“魔王の因子”が覚醒し、魔王へと進化するのだ。
ビーシャス達は2000年前、“新たな魔王”候補として、ヤミという魔人の少女に“魔王の因子”を埋め込んだ。
そして、歴代最強の魔王へと進化させるべく暗躍し、史上最悪の魔王“魔王ヤミ”が誕生した。
そこで、ビーシャス達の役目は終わり、“魔王の因子”の管理は次代へと受け継がれるハズだったのだが、彼らはそれを望まなかった。
自分達が魔王を生み出し、育て、覚醒させることに、一種の優越感を抱くようになったのだ。
魔人達にとって特別な存在である魔王、その魔王を生み出す存在である自分達は、さらに特別な、魔人の頂点の中の頂点である、と。
そこで彼らは、一計を案じた。
魔王ヤミ以降の魔王も、自分達が選び、育て、そして覚醒させる、“魔王の導き手”として、未来永劫魔人達の頂点の中の頂点であり続ける、ために。
彼らはまず、自分達の魂に特別な措置を施し、肉体が消滅した後、その記憶や魔力などを維持したまま次の肉体に転生出来るようにした。
そうして、自らの魂を魔王ヤミに食わせ、魔人としての肉体を滅ぼした。
史上最強の魔人として、無限に近い魂を持つ魔王ヤミであっても、不死ではない。
何千年の後には魔王ヤミとて滅びる。
その滅びた瞬間、彼らの魂は解放され、新たな肉体へと転生する。
また、解放された“魔王の因子”は、その管理者の元に戻ってくる性質が付与されている。
その性質のため、ビーシャスの魂の宿った肉体の元に“魔王の因子”は必ず帰ってくる。
そうして、新たな“魔王の因子”の適合者を見つけては、その人物を新な“魔王”として覚醒させる…
彼らの計画は途中までは完璧であった。
しかし、魔王ヤミの“主魂”であるヨミの意志の強さまでは計算外で、そのヨミの策略のもと、魔王ヤミは2000年前に封印されてしまった、他ならぬ魔王ヤミの覚醒のトリガーとなった双子の弟のヨウ、その転生体によって。
だが、不幸中の幸いにして、彼ら四人の魂は、魔王ヤミが封印される直前に、ヨウ達の手によって解放された数百の魂の中にあった。
そうして、魔王ヤミから切り離された彼らは、新たな肉体に転生することになったが、肝心の“魔王の因子”は、まだ封印されたままだ。
そのため、彼らは待つことになった。
魔王ヤミの封印が解け、彼女が完全に滅ぼされ、“魔王の因子”が再び彼らの手に帰ってくる時を…
「陽子の方はいいとして、他の姉妹達の方の対策はどうなっている?」
ビーシャスが三人に尋ねると、まず最初に答えたのはジャイビットだった。
「は!まず、この“ワールドシルヴァネア”の方ですが、各地に魔獣を散発的に出現させることで、
一部の姉妹達をこの世界に止めざるを得ない状況を作っております」
続いて答えたのはバートラ。
「“ワールドアイラン”では、我らの同士である者が、姉妹達に直接接触し、彼女らを牽制させております」
「ふむ、“ワールドアクア”と“ワールドシルヴァネア”、そして“ワールドアイラン”の三世界に姉妹達を分散させることで、戦力を少しでもそぐ、か…」
ビーシャスのその発言に、ダイアーナが補足で説明をする。
「はい、それでも厄介な姉妹は多いですが、最も厄介なイツキは“ワールドアクア”では本領を発揮出来ませんし、
キョウカは“ワールドアイラン”で足止めすることで魔王覚醒の妨げにはなりません。
そして、セイラに関しましては、」
「この私自らが相手をすれば、よい、だな?」
そう言って不敵に笑うビーシャス。
「は!“吸血殺し”の力を手に入れたビーシャス様であれば、いかに彼女が伝説の真祖であろうとも、ビーシャス様の敵では無いでしょう」
ダイアーナのそのセリフに、満足気に頷くビーシャス。
たが、その笑みも一瞬で、次の瞬間には険しい顔に戻っていた。
「…ところで、我らをこそこそ嗅ぎ回っているという鼠に関してはどうなった?」
ビーシャスのその問いに、三人はビクリと体を震わせた後、互いに顔を見合せると、代表してジャイビットが答えた。
「…それに関しては、全く尻尾を掴めず……、正体に関しても、行方に関しても、何も分かっておりません……」
「そうか、ならば、正体に関してだけは、この私が教えてやろう」
「「「…え?」」」
三人が驚いた表情を見せる前で、ビーシャスが右手を前に出すと、空中に空間の歪みが生じ、そこから二人の人間が現れ、床に落下した。
「彼らは…!」
「私達が入れ替わるために捕らえていた、陽子の両親…?」
床に倒れているのは、バートラとダイアーナが捕らえ、異空間に閉じ込めておいた本物の陽子の両親だった。
「…いや、違うぞ、こ奴らは、偽物、魂なき肉体であるぞ!?」
「「な、何だと(ですって)!?」」
ジャイビットの発言に、バートラとダイアーナは驚き、彼らに触れてみるが、確かにそれは、本物の人間によく似せて作られた、ただの肉の塊であった。
「そ、そんな…!?」
「た、確かに我らが捕らえた時は本物だったハズ…!?」
驚きを隠せないバートラとダイアーナに、ビーシャスが静かに答える。
「私が、最初にこ奴らが偽物だと気付いた時には、仮初めの魂も入っていて、所謂“ゾンビ”のような状態だった。
恐らく、本物の彼らは、件の鼠の手によって解放され、今は別の何処かに匿われているのだろう。
そして、本物の彼らの代わりに、偽物のこいつらを置いていった…、そんなことが出来るのは、」
「史上最も優れた【死霊術師】、ヘラーナ…、ですか」
ジャイビットの答えに、ビーシャスが頷く。
そして、こう続けた。
「ヘラーナが動いているとなると、こちらの作戦はすでに割れていると思っていいだろう。
であれば…、」
「作戦決行を早めるべき、ですな?」
「ああ、そういうことだ」
ビーシャスのその言葉を受けて、三人の魔人達は立ち上がると、足下に“転移魔法陣”が浮かびあがり、直後姿を消した。
後に残ったビーシャスもまた、不敵に笑いながら、足下に浮かび上がった“転移魔法陣”を起動させた。
「さて、今度の“新たな魔王”は、どんな悲劇を我らに見せてくれるかな…?」




