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シスターズアルカディア~転生姉妹とハーレム冒険奇譚~  作者: 藤本零二
第1章~ワールドフラワレス~
9/103

第8話「大切な家族」

*


 お兄様の言葉を信じ、わたくしはハルカさんを追って彼女が開けた天井の穴から出ました。

 穴は王国騎士団の本部の天井まで突き抜けており、ハルカさんはどうやらそこから市街地の方へと出ているようでした。


 外へと出たわたくしは、地上で右往左往している王国騎士団の女性騎士の一人(確かミナギさんでしたかしら?)に状況を尋ねました。



「現状はどうなっておりますの?」


「あ、イツキさん!

 それが、突然地下から人型のキメラのような魔獣が出て来て、それであちらの方へ飛んで行ってしまいまして…!」



 あちら、というとミハギノエリア辺りですわね。

 確かに、そのルートにかけて建物が破壊されたり火の手が上がったりしていますわね。

 幸い、飛んで行ったのがハルカさんであることはまだ気付かれていないようですわね。

 ならば、



「落ち着いて下さい、ミナギさん。

 その人型のキメラに関してはわたくしが対応いたしますわ。

 王国騎士団の皆さんは住民の避難を最優先にお願い致します」


「わっ、分かりましたっ!!」



 そう言ってミナギさんは無線を使って騎士団の皆さんに連絡を取り始めました。

 さて、これでやりやすくなりましたわね。

 ハルカさんがギラド化した、なんて騎士団の皆さんに言えるハズありませんし、何より今のハルカさんは生まれたままの状態!!

 そんなお姿をわたくし達兄妹(きょうだい)以外の不特定多数の人たちにお見せするわけにはいきませんわっ!!



「待ってて下さいませ、ハルカさん!!」



 わたくしは“炎化”したまま空を飛び、ハルカさんの元へと向かいます。



 ミハギノエリアは、王都小倉(こくら)タウンの都心部に位置し、エリアを横断するように上空をモノレールが走っています。


 そのモノレールの駅付近の立体歩道橋がクロスしている辺りに、ハルカさんがいました。

 完全に我を失っているようで、その付近の建物を破壊しております。

 幸い、まだ死傷者は出ていないようですが、このままでは時間の問題でしょう。



「ハルカさんに、これ以上罪を重ねさせるわけにはいきませんわ!『フレイムアロー』っ!!」



 わたくしは手始めに、ハルカさんの意識をこちらへ集中させるために『フレイムアロー』を軽く百本ほど放ちました。



「ガッ…!?」



 『フレイムアロー』は全弾命中し、ハルカさんは黒焦げになりながら地上へと落ちていきました。



「あら?やりすぎました?

 ギラドの肉体はなかなか強固と聞いていたので力を10分の1程度に抑えたハズなのですが…

 あ、そうでした、お兄様やカズヒさんとのキスで威力がパワーアップしているのを忘れておりましたわ」



 そんな心配をしていた束の間、ハルカさんは数秒後には回復して上空へと戻ってきました。



「…ちょっと、イツキ……、さすがに、やり過ぎ…よ……

 ギラドの、細胞が、なかっ…、たら、危なかった…、わよ」


「!?ハルカさん、意識が!?」


「今の、一撃…でね、少し、ギラドを制御……、出来るようになった、わ…

 いつまで…、もつかは、ぐっ…!?わ、分からないっ…、けど……!」



 ハルカさんは苦し気に呻きながら、必死にギラドの意思と戦っているようでした。



「イツキ…、お願いっ、が…、あるの……」


「お断りいたしますわ」


「まだ、何も…、言ってないん、だけど…」


「どうせ、今ギラドの意識を抑えている間に自分を殺せーとか言うおつもりなんでしょ?」


「ええ…、その通りよ……

 ギラドの…、魔獣の細胞を、取り込んだ今だから、分かる…

 魔獣には、生命を維持するための、組織が…、脳と、心臓以外に、もう一つ…、コアっていう、組織があるの…

 普通の、魔獣は、その内の、どれかを潰せば…、生命活動は停止する、けど…、ギラド、なんかの上位クラスの魔獣、は…、コアを潰さない、限り…、復活する…

 今の、アタシも、一緒……

 コアを潰さない限り、アタシは永遠に…、復活し続ける……

 だかっ…、ら……、」


「お こ と わ り し ま す わ」



 わたくしは、はっきりと拒絶の意思を示します。



「ハルカさん、あなたはわたくしたちの大切な姉妹なんですのよ!!

 殺せるわけがないじゃないですかっ!!」


「でっ、でも…、ギラド化した…、アタシ、は……、ぐっ、ア゛アアアアアアアアアアアアッ!!」



 右手で頭を押さえながら、ハルカさんは左手から黄色い引力を操る光線、『引力光線』をわたくしに向けて放ちました。

 まともに食らうと、身体の内と外が引力で引っ張られ、その力で強引に身体を破壊されてしまう技ですが、わたくしは炎を纏わせた右拳で無理矢理叩き落としました。



「な…ッ!?」


「お兄様を信じるのですっ!!」


「え……?」


「お兄様が、きっとハルカさんを助けてくださいますっ!!

 ですからっ!それまで耐えてくださいっ!!

 自身を保ち続けてくださいっ!!」


「ア…、アニィ……、う…、ぐぅうううっ…!!」



 ハルカさんが必死に抗っているのが分かります。

 ですが、ギラドの意識に操られる身体の方は、容赦なくわたくしに襲い掛かってきます。

 左手のかぎ爪を伸ばし、わたくしの身体を切り裂こうとします。


 が、“炎化”したわたくしには物理的な技は一切効きません。

 何故ならば、身に纏った炎が襲い掛かるかぎ爪をわたくしの身体に触れる前に溶かしてしまうから。



「ぐぅっ、アアアアアアアア゛ッ!?」


「ごめんなさいね、ハルカさん…!

 あなたを傷つけたくはありません、ですが、

 あなたの中のギラドを抑え込むために…ッ!!」



 わたくしは右手で溶けかけたかぎ爪を掴んで、ハルカさんを地面へと叩きつけました。



「グァアアアアアアアアッ!?」


「『ファイアボール』ッ!!」



 わたくしはバスケットボール大の火球を連続で放ち、ハルカさんを攻撃します。

 先ほどダメージを与えたことでハルカさんが意識を取り戻したように、常に適度のダメージを与え続けることで、ギラドに主導権を握らせないようにする。

 正直、攻撃を受けるハルカさんは相当に辛いでしょうが、ハルカさんを救うためにはこれしか…!



「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



 ハルカさんの、いえ、ギラドの咆哮が響き渡り、ボロボロになったハルカさんが『ファイアボール』の中から飛び出してきます。

 飛び出してくる間にも傷が少しずつ治って行くのが見えました。



「ふむ、やはりこの程度の術では、まともにあなたを傷つけることは出来ないようで、安心しましたわ」


「グルゥアアアアアアアアアアアア゛ッ!!」



 ハルカさんの口から、電撃を纏った光線が放たれます。



「『フレイムアロー』ッ!!」



 その電撃を百本の『フレイムアロー』をぶつけることで相殺し、大きな爆発が起こります。

 爆発の中から飛び出してきたハルカさんの電撃を纏った背中の翼が、刃のようにわたくしの首を斬り落とそうと迫ります。



「わたくしに、物理技は効きませんと言ったでしょう?」



 わたくしの纏う炎に、翼が触れた瞬間に溶けていきます。

 その間に、わたくしは右手でハルカさんの首を掴み、ハルカさんの全身をわたくしの炎で焼き尽くします。



「燃え尽きなさいっ!!」


「ぐっ…、アアアアアアアアアアアアアアアア゛ッ!?!?!?」



 もちろん、本気で燃やし尽くすつもりはありません。

 殺さない程度にダメージを与えてギラドの意識を抑え込む。



「ハルカさん、耐えてくださいっ!!

 もうすぐ、もうすぐお兄様がお姉様を助けてこちらに来てくれますからっ!!」


「うっ…、ぐぅうううううううううううううッ!!

 アニぃ…っ、アニィイイイイイ…っ!!」



 ハルカさんの燃え尽きる皮膚が、その都度新しい皮膚に再生していきます。

 その様子が痛々しく、我ながら酷いことをしているものだと思います。

 わたくしにはこうするしか、彼女を救う術がないのが悔しくて…


 噛み締めた唇から、鉄の味がしました。



「イ…、イツキ…、だい、じょうぶ…?」


「この状況で、わたくしの心配をいたしますか、あなたは…」


「だって…、あなたは…、アタシの、新しい、お姉ぇ…、だから…」



 なんて優しい我が妹なんでしょう…

 愛しい、とても愛しいですわ。


 わたくしは燃えるハルカさんの背中に両腕を回し、そっと抱きしめます。

 


「大丈夫ですわ、あなたは何も心配しないで…

 今は、自分の意識をしっかり保つことだけを考えてくださいませ…

 そうすれば、きっと、きっと…!」



 と、その時、わたくし達の待ち望んだ、愛すべき方の声が聞こえました。



「イツキッ!!ハルカーーーーーッ!!」


「お兄様ッ!!」


「ア…、アニぃ…ッ!」



 声の方へ振り返ると、背中から魔人の翼を生やしたお兄様と、『スピリット』で風化したカズヒさんと、カズヒさんに抱えられながら、水の精霊力をため込んでいるサクお姉様の姿が目に入りました。


 一瞬、魔人化しているお兄様に何故、という疑問が湧きましたが、ハルカさん以上にボロボロな身体(全身血管が浮き、至る所から出血しているのが見えました)と、必死な形相から、今はそれどころではないと思いとどまりました。



「イツキッ!!そのままハルカを!

 ハルカを姉ちゃんの正面に投げ飛ばしてくれッ!!」



 なるほど、理解しましたわ!



「ハルカさん、ごめんなさいっ!!」



 お兄様に言われた通り、わたくしはハルカさんをお姉様の正面あたり目掛けて投げ飛ばしました。



「姉ちゃんっ!!」


「ええっ!

 千の水精よ、集え!『シャインアクアトルネード』ッ!!」



 水の精霊術、最強の術『シャインアクアトルネード』。

 巨大な水の竜巻を起こし、その中央に敵を閉じ込めて相手の動きを封じる術。

 水の中には精霊力が満ち満ちているため、その中では魔獣、魔人は魔力を使えず無防備になる。

 そのスキに別の術師がとどめを刺すというのがセオリーですが、恐らくお兄様も、ハルカさんを水の中に閉じ込めて、そのスキにハルカさんを救う何かをするということなのでしょう。



「ぐっ…、ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 お姉様の放った『シャインアクアトルネード』がハルカさんをその中に閉じ込めました。

 思惑通り、ハルカさんはその水の中に閉じ込められ、魔力が抑え込まれ…、



「ゴボッ…、ゴボボボッ!!!!」


「ちぃっ、ギラドのやつ、あの中でも魔力を扱えるのかよっ!!」



 驚くべきことに、ハルカさん、いえギラドは左手に魔力を込め、『引力光線』を放とうとしていました。



「お兄ちゃんっ!!」


「イッ君、どうするの!?」


「変わらないっ!!このまま俺が中に飛び込んでハルカを捕まえて、そのまま契約する!

 だから、俺がハルカを捕まえたら姉ちゃんは術を解除してくれっ!!」



 お兄様が加速してハルカさんの元へと飛んでいきます。

 そして両手を広げ、水の竜巻の中に飛び込もうとした直前、



「ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 ハルカさんの放った『引力光線』がお兄様の右腕を肩の下から吹き飛ばしたのです…!



「ぐああああっ!?」


「お兄様ッ!!」


「お、お兄ちゃんっ!!」


「イッ君ーーーーっ!!」


「ぐっ…、まだだ…っ!!絶対、ハルカを助けるんだぁああああああッ!!」



 右腕を吹き飛ばされながらも、お兄様は止まらず、水の竜巻の中に飛び込み、ハルカさんを片腕でしっかりと抱きしめました。

 同時に、お姉様が術を解除し、水の竜巻が崩れ、大量の水がその場に滝のように地面へと落ちていきます。



「ぐッ…、ア…、アニぃ、ごめんなさ…、ごめんなさい……っ、ア、アタシ……!」


「大丈夫だから…、だから、俺を信じてくれ…っ!」



 そう言うと、お兄様はハルカさんにキスをしました。

 いえ、ただのキスではないようです。



「ん…っ、んんっ…!?」



 ハルカさんの顔が真っ赤になり、全身が痙攣したかのように震えています。



「あ…、あれは…?」


「お兄ちゃんの魔力をハルカちゃんの体内に送り込んでるんだよ」


「魔力を?」



 いつの間にかわたくしの隣に来ていたカズヒさんが教えてくださいました。



「あたしも詳しくは分からないけど、魔獣を“使い魔”にするための魔術『魔獣隷属術』。

 それをお兄ちゃんが今ハルカちゃんに対して使ってるんだよ」


「『魔獣隷属術』…」


「私も、それでイッ君に助けられたの。

 ビランテの魔力自体が無くなったわけじゃないけど、イッ君の魔力でビランテの魔力が抑え込まれてるから、こうして意識もハッキリしてるし、普通の人間の姿も保っていられる。

 だから、ハルカちゃんも大丈夫よ!」


「お姉様…」



 カズヒさんに後ろから抱えられる(さりげなくお姉様の胸を手で揉みしだいているカズヒさんがうらやまけしからんですわ)形でお姉様が太鼓判を押してくれます。

 よく見れば、お姉様の首には先ほどは無かった、ハート型のアクセサリのようなものが付いた首輪が巻かれていました。


 お姉様はわたくしの視線に気づいたのか、手を首輪に当てて答えてくれました。



「あ、これ?

 これはイッ君の“使い魔”になった証の“隷属輪(リング)”なの」


「お兄様の“使い魔”になった証…」



 な…、なんという背徳的な響き…!

 う…、うらやまけしからんですわっ!!



「あ、お姉ちゃん、イツキちゃん、もうすぐ終わりそうだよ!」



 カズヒさんに言われ、視線をお兄様とハルカさんの方へと戻すと、ハルカさんの全身からはすっかりと力が抜けており、ピクピクと痙攣しており(よく見れば、太ももから足先にかけて黄色い水が流れているような気がしますが、ハルカさんの名誉のためにも気のせいということにしておきましょう)、お兄様の方も魔人の翼が消え、頭から生えていた角も消えていくのが見えました。


 そしてハルカさんの首に、お姉様の首に巻かれたのと同じ“隷属輪(リング)”が巻かれるのが見えました。

 その後、ゆっくりとハルカさんの全身から鱗や翼、尻尾といったギラド化した部分が元の人間の姿へと戻っていきました。


 しかし、ホッとしたのも束の間、二人はまるで糸の切れたマリオネットのように、地上へと落ちていきます。



「お兄様っ!!」


「ハルカちゃん!!」



 二人はどうやら気を失っているようです。

 カズヒさんが咄嗟に『ウィンド』を唱え、二人を上昇気流で包み込み、地上への落下速度がゆっくりとなっていきます。

 わたくし達は二人の落下地点へと先回りし、わたくしがお兄様を、カズヒさんがお姉様を地上へと下ろした後にハルカさんを受け止めました。


 お兄様は右腕からの出血だけでなく、全身からの出血も相当なものでした(後から聞いたところ、人間の肉体で魔人化し、魔力を纏い魔術を行使した反動により、肉体がかなりのダメージを受けていたとのこと)。

 文字通り血の気が失せていくのが分かります。

 しかし心臓は動いており、呼吸もまだしています。

 これならばメイさんの『パーフェクトヒール』で回復は可能でしょう。さすがに腕の欠損まではどうしようもないでしょうが…


 一方のハルカさんは外見的なダメージは無く、単に気絶しているだけのように見えました。

 お兄様と違って、血色はかなりよく、ふむ、どうやら彼女はお兄様とのキスで軽く絶頂してしまわれたようですわね。



「イイイっ、イツキちゃん、お姉ちゃんっ、どうしよう!?

 ハルカちゃん目覚まさないし、お兄ちゃん血が止まらないよっ!?」


「カズヒちゃん、落ち着いてっ!

 とにかく急いで近くにいる騎士団の人の中に光の精霊術が使える人がいないか、」


「いえ、それでは遅いですわ!

 カズヒさん、あなたの超能力でお兄様とハルカさんをわたくしたちの家へ!

 そこでメイさんに『パーフェクトヒール』を使ってもらいますわ!」


「そそっ、そうか!

 気を失っている今ならあたしの超能力でテレポートさせられる!」



 カズヒさんの超能力は、カズヒさん自身が触れているものを別の場所に移動させられたり、カズヒさんが認識として知っているものを別の場所から手元に移動させられるというもの。

 ただし、生物に関しては、意識のないものに限られるという条件付き。

 なので、今のお兄様とハルカさんであればテレポートでわたくしたちの家に移動させられるハズです。


 カズヒさんはまず抱えていたハルカさんをテレポートさせると、続いてわたくしの抱えているお兄様に手を触れ、お兄様もテレポートさせました。

 その間に、わたくしは携帯電話でメイさんに連絡を取り、お兄様に『パーフェクトヒール』を施すようお伝えしました。



「ふぅ…、これで、お兄ちゃん達大丈夫だよね?」


「ええ。

 …とはいえ、さすがにメイさんの『パーフェクトヒール』でも欠損したお兄様の腕を復元することは難しいでしょうが、命に関わるようなことはないハズです」


「そっか…」


「さて、とりあえずわたくし達も戻りましょう。

 状況の後始末は騎士団の皆さんがやってくださるでしょう」


「…うん、そうだね!」



 メイさんに任せておけば大丈夫だとは言え、やはりお兄様達のことが心配です。

 それにお姉様は服を着ていない状態でずっといます。

 お姉様の美しい肢体を他の皆様に見せるわけにはいきませんから、野次馬共が集まる前に早くこの場から去りたいというのも本音でありました。


 しかし、その当のお姉様から待ったがかかりました。



「待って、向こうから魔獣の気配が…、こっちに向かってくる!」



 お姉様の指さした方向、それは王国騎士団の本部がある方向でした。



「…何だか、嫌な予感がいたしますわね」



 わたくしの嫌な予感は、当たらなくてもいいのに当たってしまいます。



『ギャオオオオオオオオオオオオオッ!!』



 それは、人型のキメラ魔獣、二枚の翼と二本の尻尾、全身を金色の鱗で覆われたギラドのキメラと化したカオルさんでした。




*


 お兄ちゃんとハルカちゃんをイツキちゃんの家にテレポートさせたあたし。


 ハルカちゃんの方は、呼吸はしっかりしてたし外傷的なダメージもほとんど見られなかった(ギラドの再生能力のおかげというのが皮肉だけど)から、お兄ちゃんからの魔力供給による一時的な絶頂感(サクお姉ちゃん談)で気を失っているだけ(よく見れば失禁しちゃったような跡も見れた。そんなに気持ち良かったのかな…)みたいだったから、心配はないとは思う。


 だけど、お兄ちゃんの方は、ただでさえ魔人化した反動で全身ボロボロだったのに、右腕を吹き飛ばされてかなりの血を流してた。

 メイさんの『パーフェクトヒール』で傷は治せるみたいだけど、失った右腕までは治せない…

 だけど、あれだけの血を流して、本当に…、



 いや、ダメだ!

 あたしが弱気になってどうする!

 お兄ちゃんを信じないでどうする!!


 2000年の歴史を持つ最強のシスコン兄貴が、現世の妹だけでなく前世の妹と姉と再会して、まだ見ぬ姉妹もたくさんいるって言われたんだぞ!

 あの程度の傷で死ぬわけがないんだっ!!


 もちろん、メイさんの『パーフェクトヒール』だってスゴイ術だ、死者を蘇らせたり、完全に失ってしまった部位の復元は無理でも、ありとあらゆる傷や病気を治せるっていう奇跡の術だ!

 お兄ちゃんは絶対に助かるっ!!



「さて、とりあえずわたくし達も戻りましょう。

 状況の後始末は騎士団の皆さんがやってくださるでしょう」


「…うん、そうだね!」



 とりあえず、今あたし達がここにいても仕方がないから、早くあたし達の家に戻ろう!

 それに、サクお姉ちゃんの裸を集まってくる野次馬共に見せるわけにはいかないしね。


 なんて思っていたら、当のサクお姉ちゃんが待ったをかけた。



「待って、向こうから魔獣の気配が…、こっちに向かってくる!」



 向こう…、って言うとさっきまであたし達がいた王国騎士団の本部、だよね?

 …そう言えば、アイツ、結局どうなったんだっけ?

 確か、ギラド化したハルカちゃんに、尻尾で殴られて地下室の壁に叩きつけられて……、



「…何だか、嫌な予感がいたしますわね」



 イツキちゃんの感じた嫌な予感は、あたしの感じてるものと同じものだろう。

 …本当に、アイツは最後の最後まであたし達の邪魔ばっかしやがって!!



『ギャオオオオオオオオオオオオオッ!!』



 上空に現れたのは、二枚の翼と二本の尻尾、全身を金色の鱗で覆われたギラドのキメラと化したカオルだった。



「うげげ…、あれってやっぱり…」


「キメラと化したカオルさん、ですわね。

 自ら望んでギラドの細胞を受け入れたのか、事故でギラドの細胞を取り込んでしまったのかは分かりませんが…」


「どうする?ここは私とイツキちゃんで、」


「いえお姉様、あの程度であればわたくし一人で十分ですわ。

 むしろ、お姉様たちは巻き込まれないようわたくしから離れていて下さいませ」


「え、でも、」


「わたくし、これでも怒っていますのよ?

 大切な姉妹を弄ばれ、あまつさえお兄様にまで酷い怪我を負わせる原因を作ったあの男に対して…」



 一瞬、周囲の温度が下がったような感覚があった。

 周囲の温度とは逆に、イツキちゃんの纏う炎はより一層激しく燃え上がる。



「い、イツキ、ちゃん…?」


「大丈夫です、町に被害が及ばぬよう、海上まで奴を誘導して、そこでケリをつけますから」



 次の瞬間、イツキちゃんの全身を覆っていた炎が深紅から蒼白く変わり、“カオルギラド”の元まで飛んでいった。


 そして、カオルギラドが咆哮をあげようとした瞬間、イツキちゃんの回し蹴りが後頭部に炸裂し、そのままカオルギラドは物凄い勢いで関門海峡(こちらの世界でも同じ名前らしい)の方へと吹き飛ばされていった!



「ゆ、誘導するって、思いっきり物理じゃん!!」


「あ、あれが【精霊姫】の本気の力、なの…!?」



 蹴り飛ばしたカオルギラドを追って、イツキちゃんも物凄いスピードで飛んでいく。

 あたしはお姉ちゃんをもう一度背後から抱えると、『スピリット』で“風化”して空を飛び、イツキちゃんを追いかけた。

 

 空を飛びながら、お姉ちゃんがあたしに話しかけてきた。



「そう言えば、カズちゃんは私達とは違う世界の人、なんだよね?」


「え?あ、うん、そうだよ。

 あたしとお兄ちゃんはいわゆるパラレルワールドからこの世界に転移してきたんだ」


「であれば、何故、精霊術師が魔人や魔獣相手に互角以上に戦えているのか、分かる?」


「え?うーん、そう言えば…」



 精霊術師は、自然界に存在する精霊の力(精霊力)を術師が集めて、詠唱をすることにより精霊力を精霊術として形にし、放つ。

 一方で魔人、魔獣は、自身の持つ魔力を、詠唱無しに魔術として形にして、放つ。


 これだけ聞くと、精霊術師の方が魔人や魔獣に比べて一つ一つの動作に時間がかかり、それだけ戦いにおいては不利に思える。



「それは、あれかな?

 精霊術が魔人や魔獣に対して効果抜群で、魔術が精霊術師に対して効果がいまひとつ、とか、そういうこと?」


「はい、大正解です♪」


「やった!ご褒美は三ぱふぱふで!」


「今も私のおっぱい揉んでるじゃないの」


「揉むのとぱふぱふは違うんだよ!」


「はいはい、分かりました、全てが終わってから、ね♪

 話は戻すけど、精霊術は一発放つのに時間はかかるけど、一発だけでも魔人や魔獣に対しては致命的になりかねないダメージを与えられる。

 一方、魔力は精霊の力によって浄化されちゃうから、精霊力を纏った精霊術師には致命的なダメージが与えづらい。

 そういう関係だからこそ、精霊術師は魔人や魔獣相手に互角に戦えてきたのよ」


「なるほどね~」


「あと、これは余談だけど、魔人化したイッ君が精霊術を使えなかったのは、このことが関係してるのかもね」


「あ、そうか!

 魔力は精霊力によって浄化されちゃう。

 だから、魔人が精霊術を使うのは自殺行為…」


「そう、だから魔人としての生存本能的なものが働いて、精霊力を集められなかったのかも」



 と、そこでお姉ちゃんは一息ついた。

 目の前、遠くの海上では蒼白い炎がいくつもいくつも炸裂しているのが見えた。

 恐らく、イツキちゃんがカオルギラドを痛めつけているのだろう。

 ここからでも「これはハルカさんの分!これはお姉様の分!!そして…、これがお兄様の分っ!!」というセリフが聞こえてきそうだ。

 などと考えていると、再びお姉ちゃんが話し始めた。



「さて、もう一度話を戻すけど、何事にも例外は存在する。

 例えば幹部クラスの魔人や上級クラスの魔獣ともなると、魔力の量も魔術の威力もけた違いで、精霊力をもってしてもかなりのダメージを受けてしまう。

 前世で私が戦った魔人ザルガスや、魔獣ビランテなんかはその例ね」


「ふむふむ」


「そして、もう一つの例外、それは魔人や魔獣を圧倒出来る精霊術師の存在。

 例えば、私とか」


「え、お姉ちゃん?」


「そう、これでも私、前世では超強かったんだからね?

 まぁ、ビランテには後れを取っちゃったけど」


「いやいや、もちろん知ってるよ!お姉ちゃんの話はイツキちゃん達から聞いてるし!」


「そう、それなら話は早いかな。

 何故私が魔人や魔獣を圧倒できたか、それは無詠唱で術を使えたから」


「あ、例の精霊剣!」


「そう、私が使ってた精霊剣“マリンセイバーロッド”。

 下位術限定ではあったけど、詠唱無しで術を使えたことで、魔人や魔獣が精霊術師に対して、詠唱無しで術を使えるという利点が相殺され、純粋な相性で彼らを圧倒できた」


「うん、分かったよ、お姉ちゃんの言いたいことが」



 お互いに詠唱無しなら、精霊術師と魔人・魔獣では精霊術師のが圧倒的に有利というわけだ。

 下位術に限って詠唱無しで使えるお姉ちゃんでさえ、魔人・魔獣を圧倒できたという。



 それならば、全ての術を詠唱無しで使える【精霊姫】のイツキちゃんなら…?



 ようやくイツキちゃん達の姿が見える所まで飛んで来られたあたし達。

 一目見ただけで分かった。

 イツキちゃんとカオルギラドでは、全く相手になっていないということが…



『ガッ…、ア゛……、ナゼ…、ダ……、サイキョウの、チカラヲ…、テニイレタ、コノ……、ワタシガ……』



 これは、後にギラドの力を手に入れたハルカちゃんから聞いた話だけど、凄まじい再生力を持つが、そもそもその耐久力が高すぎて生半可な力では傷つけられないというギラドの鱗。

 それをイツキちゃんは(ハルカちゃんの意識を保たせるために)何度も何度も炎で燃やし尽くしていたらしいが、ギリギリ再生が間に合うレベルに加減していたんだろう。


 今のカオルギラドの全身は、生きているのが不思議なくらいにボロボロで、両手両足の先が消し炭になり、二本の尻尾が根元から黒焦げになっていて、翼は半分以上が焼失しており、胸から股関節にかけては蒼白い炎がまとわりついていて、絶えず身体の細胞を焼き尽くしていた。



「おや、ギラドの意識が弱まり、自身の意識を取り戻しましたか」



 一方のイツキちゃんは全くの無傷。

 蒼白い炎を全身に纏い、余裕の表情でカオルギラドを見下ろしていた。



『ナゼだッ!?最強のワタシガ!!

 最強のギラドの力ヲ手に入れたンダゾ!?

 ナノに、何故ッ!?ナゼ貴様なんかニ…ッ!?』


「最強の私に最強のギラドの力?笑わせないでくださいませ」



 そう言うと、イツキちゃんは右手を高く掲げ、そこに直径20メートルはあろうかという超巨大な元気玉、じゃなくて蒼白い炎の塊を作り出した。



『ナ…ッ!?』



「マズい…っ!!カズちゃん、逃げてっ!!」


「う…、うん!!」



 お姉ちゃんに言われるまでもなく、あたしは一目散にその場から離れた。



「この世で一番強いのは…、最強を名乗るに相応しいお方は、お兄様ですわっ!!

 『インフェルノバースト・アンフィニ』ッ!!」


『ヒ…ッ!?』



 イツキちゃんの放った超巨大な蒼白い火球は、カオルギラドごと関門海峡の中心を瞬間的に蒸発させ、世界の海面水位を一時的に下降させたらしい。



「イツキちゃん、ヤバすぎ…」


「さすがは伝説の【精霊姫】、と言いたいところだけど、私たちが歴史で知る【精霊姫】はここまでとんでもなくなかったわよ…」


「じゃあ、前世では一度も本気を出したことがなかったってこと?」


「…そういうことなのかしら?」


「ふぅ…、疲れましたわ」


「あ、イツキちゃん、お疲れ~」



 爆心地からかなり離れたところで関門海峡が蒸発していく様を見ていたあたしたちの所へイツキちゃんがやって来た。



「さすがは【精霊姫】様ね、まさか炎の最強術『インフェルノバースト』よりさらに強力なオリジナル術『インフェルノバースト・アンフィニ』なんて、私初めて見たわ」


「お姉様にお褒めいただき光栄ですわ、ご褒美に三ぱふぱふしていただけますか?」


「カズちゃんと同じこと言ってる…

 まぁ、私は別に構わないけれど」


「やりましたわ!!絶対ですわよ!?約束しましたからね!?」


「はいはい、お姉ちゃんは妹には嘘つかないから、安心して♪」


「お姉様最高ですわ!!愛しております!!」



 そう言ってお姉ちゃんに正面から抱き着くイツキちゃん。

 今、あたしが背中側からお姉ちゃんを抱きかかえている格好だから、お姉ちゃんは妹にサンドイッチされていることになる。

 それにつけてもやっぱりイツキちゃんは、あたしと思考回路がそっくりだ。

 さすがは魂の姉妹(ソウルシスターズ)



「はぁ、頑張った甲斐があったというものですわ」


「にしても、あれがイツキちゃんの本気ってことなんだよね?

 あたし達とのキスでパワーアップしたのもあるとはいえ、とんでもない力だね~…」


「いえ、全然本気ではありませんでしてよ?」


「「え?」」



 まさかの告白にあたしもお姉ちゃんも、目が点になる。

 


「あれでも精一杯力の加減を頑張った方ですのよ?」


「頑張った、ってそういう意味!?」


「ええ、あのまま怒りに任せてうっかり本気など出してしまえば、今頃フラウ王国はどうなっていたことか…」



 教訓:イツキちゃんは絶対に怒らせちゃいけない



 そう胸に刻み込んだあたしたちは、イツキちゃんと共に、お兄ちゃん達の待つ家へと帰るのでした。


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