第9話「魔王ヤミの始まり」
*
「いいですか、魔王ヤミは、
お兄様にとっての、一番最初のお姉様であり、
お兄様の、初恋の女性だった、そうです」
触手に捕らわれていたウチらは、イツキちゃんのその言葉を聞いて皆一斉に驚きの声をあげた。
「ええっ!?」
「どういうこと、それ!?」
「えっ、だって最初の姉妹は、最初の妹であるイツキじゃないの!?」
「わたくしも、最初そのことを聞いた時は驚きましたが、ダイダロさんが語った以上、嘘ではありえません」
六魔皇は魔王ヤミに関わることでは決して嘘をつかない。
だからこそ、六魔皇の一人であるダイダロさんが語ったのなら嘘ではないのだろう。
ちなみに、そのダイダロさんの正体が、キョウカちゃんやカナン姉ちゃんを助けた人物だということにも驚かされた(ウチは直接会ったことはないけど)。
「ま、待ってよ!
それが本当だとして、一体魔王ヤミとヨウ君との間に何があったと…?」
「そのことを、今から皆さんにお話ししたいと思います」
そうして、イツキちゃんがダイダロさんから聞いたという魔王ヤミとヨウ君の過去のことを話し始めた。
*
“ワールドダークネス”、暗黒歴87年(“ワールドアクア”における紀元前170年頃)、魔人族の王家に男女の双子の姉弟が生まれた。
魔人族の王家において、双子が生まれることは珍しく、さらに双子の誕生は魔人族数百年の繁栄を約束すると言われてきた。
ただし、これまでの歴史上、生まれた双子の内の一人は必ず一週間以内に死に、残ったもう一人が魔王となり、その治世は500~1000年にも及び繁栄したとされている。
では、何故、双子の内の一人が確実に死ぬのか。
それは、魔人族の王である魔王となる者は一人だけでいいからだ。
魔王の資格を持つ者が二人もいては、後々の遺恨ともなりうる。
故に、片方の赤子は生まれてすぐに殺され、その魂をもう一人の赤子に移植する。
そうすることで、二人分の魂と魔力を持った魔王が生まれ、その圧倒的力故に、数百年の間魔人族達の頂点に立ち、世を統べるのだ。
当然、この時に生まれた赤子も、片方が殺され、その魂をもう片方に移植する予定となっていた。
しかし、魔王軍幹部の一人がこんなことを言った。
『どうせ殺すならば、今殺すのではなく、成長させてからの方がよいのではないか?』
基本的に、魔力量は先天的なものであり、生まれた時点でその量が決まっている。
魔人族の王家に生まれる者の魔力量は、一般魔術師の数十倍から数百倍とされる。
ちなみに魔王軍の幹部クラスで、一般魔術師の数倍程度と言われる。
だが、鍛え方次第ではその上限はどんどん上がっていき、一般魔術師から魔王軍幹部へと上り詰めた者もいる。
故に、双子の片方をすぐに殺すのではなく、ある程度成長させてから殺し、その成長した魂と魔力を魔王候補の片割れに移植することで、より強力な魔王を生み出すことが出来るのではないか、と。
しかし、それには様々なリスクがあり、成長した片方が果たして黙って死を受け入れるかどうか、などの問題点が浮上した。
『であれば、片方は生まれなかったこととし、一般市民、ないしは辺境貴族の里子として秘密裏に育てさせるのはどうか?』
表向きは生まれた赤子は一人で、もう一人は王家とは関係の無い人間として育て、来るべき時にその魂と魔力を“回収”する。
その案は幹部達による多数決によって可決され、元の潜在魔力がより高かった女の子の方が魔王候補として王家に残り、男の子の方が里子に出されることとなった。
ただし、里親が何処の誰かを知る者はごく数人の幹部のみに限られた。
その理由は、反対勢力が男の子に秘かに近付き、彼を担ぎ上げて新たな魔王軍を作りあげるというようなことが起こらないようにするためだ。
女の子の名はヤミ、そして男の子の名はヨウ。
生まれながらに別たれた二人の姉弟の運命は、ここから始まった。
*
ヤミは時期魔王として、幼き頃より英才教育を受けていた。
元々の魔力量に加え、天才的魔術センスもあり、その力はぐんぐんと伸びていき、10歳になる頃には、すでに一部の魔王軍幹部を除いて敵うものはいない程の実力を示すようになっていた。
そしてヤミが12歳となったある時、ヤミは自身の育ての親であり、家庭教師でもある魔王軍幹部の一人、ダイダロにこう言った。
「私は自由になりたい!!」
「ヤミ様?それは一体どういう…?」
「もう嫌なのよ!こんな生活!
毎日毎日、魔術の特訓に、一般教養、それに帝王学!
もううんざりなのよ!私は魔王なんかになりたくない!!」
所謂反抗期というやつだ。
数年前にも同じようなことを言って駄々をこねたことがあったが、その時はまだ幼かった故に、「王になればアイスクリームが食べ放題」と言えば大人しくなった。
しかし、さすがに12歳の少女にその動機は通じないだろう。
そこでダイダロは一計を案じることにした。
「ヤミ様がそう言うのであれば、一度自由を体験してみますか?」
「え?」
まさかそうくるとは思っていなかったヤミは一瞬呆けた。
「え、自由を体験って、どういうこと?」
「言葉通りです。
一週間程、休暇と称して何処か、辺境の土地にでも出向かれては如何でしょう?」
「え、そんなこと出来るの?」
「ヤミ様にも休暇は必要ですから。
それに、建前として、一般市民の生活を体験したり、観察したりするのも王の務め、と言えば上層部も納得するでしょう」
「ほ、本当に自由になれるの!?」
「一週間限定、ではありますがね。
ですが、その経験が今後の教育に活きると判断されれば、年に一回から数回程度は、自由になれる時間がとれるようになるかもしれません」
「本当に本当!?信じてもいいの!?」
「確約は出来ませんがね」
「やったー!!ダイダロ大好きよ!!」
「機嫌を直していただけたのなら、まずは本日分のノルマをこなしてください。
私はこれから休暇の件を幹部会にて提案して参りますので」
その提案は、ヤミを我が子のように愛し、将来仕えるべき主として敬うダイダロの、ヤミを思っての提案だった。
だが、その提案は、ヤミやダイダロの思惑外の所で、知らず利用されることになってしまう……
*
ダイダロに「自由が欲しい」と駄々をこねた一週間後、私は魔王城から馬車に乗り、王都(“ワールドアクア”で言う所の北九州市にあたる)の端の村にお忍びで向かうことになった。
“ワールドダークネス”は、魔人と呼ばれる人類と、魔獣と呼ばれる数百種類の獣達が住まう世界だが、その世界の九割以上は魔獣達が支配している。
私達魔人族は、ユーラネシア大陸(“ワールドアクア”でいうユーラシア大陸のこと)の東にある南北に細長い島、ジャポネスタ大陸(“ワールドアクア”でいう日本のことだが、この世界では北海道と本州、四国が一つに繋がっている)と、そのすぐ南にある小さな島、ダークキングダム島(“ワールドアクア”における九州のこと)の二島にのみ生存を許されている(厳密にはユーラネシア大陸にも魔人は住んでいるが、国としての機能を果たしていない)。
魔獣達を殲滅して、魔人達の生存域を拡大させようとしたこともあったが、その計画は幾度も失敗し、それならば他の世界、いわゆる“パラレルワールド”に生存域を広げた方が確実なのではないか、ということで、魔人達は“ワールドフラワレス”を始めとした様々な“パラレルワールド”に侵攻することになったのだが、それはまた別の話だ。
私達魔王軍は、ダークキングダム島の北部にあるカミノハラと呼ばれる地域を王都とし、魔人達を支配すると同時に、ユーラネシア大陸からやって来る魔獣から魔人達を守っていた。
カミノハラは、かつて魔人の神が降り立った地とされており、その周辺には自然の魔力、“マナ”と呼ばれる特殊な魔力で溢れており、魔術を扱う魔人、魔術師にとっては自身の魔力切れを恐れること無く無限に魔術が使える場所であることから、その一番中央にある神湖、その中心に魔王城が建てられたのだ。
ともあれ、一週間の自由時間をもらった私は、お目付け役のダイダロと共にカミノハラを離れて、モモヤマ村と呼ばれる王都の端の村、その中で山側の方にある、とある屋敷へとやって来ていた。
その屋敷は魔王軍の幹部の一人が別荘として使っている屋敷らしく、モモヤマ村の南側にそびえるトノウエ山の麓辺りに建てられていて、目の前には小さな川も流れており、自然あふれる土地となっている。
モモヤマ村を紹介してくれたのは、その別荘の所有者である幹部で、「自然もありますし、少し歩けば商店街もあるため、一般市民の生活を体験するという意味では適切な場所かと」ということだったが、なるほど、確かに言われた通り、モモヤマ村の北側には商店街や住宅地が広がっており、逆に山のある南側には貴族の別荘だったり、高級住宅がいくつか存在していて、それなりに活気のある村のようだった。
「ここで一週間自由に暮らせるのね!」
「はい、そうなります。
それと、改めて申し上げておきますが、今回の私はあくまで護衛役となりますので、ヤミ様ご自身の身の回りのことは全てご自身でしてもらうことになります。
なので、」
「買い物や食事の準備も全て自分で、ってことでしょ?
分かってるわよ、そういう建前だもんね」
そう、私がここにやって来たのはあくまで、将来の王として、統べるべき国民の生活を観察し、体験するため、という建前がある。
なので、そのことに不満はない、というより願ったり叶ったりだ。
城内では常に周りに誰かいて、一人でいる時間なんてほとんど無かった。
だから(護衛のダイダロがいるとはいえ)、完全に一人になれるこの機会を思いっきり満喫しよう!と、そう思っていた。
「さて、じゃあまずは商店街に行って買い物をしましょう!
何はなくとも食料の確保は大事よね!」
というわけで、私はモモヤマ村の北側にある商店街へと向かうのだった。
そこで、私は運命の出会いを果たすことになる。
それが、仕組まれたものとも知らずに………
*
初めての出会いは平凡だった。
モモヤマ村商店街は、コマツ地区からベツイン通り辺りまで広がるかなり大きな商店街で、個人商店からチェーン店まであり、八百屋に魚屋、肉屋、文房具専門店、アパレルショップ、ペットショップ、簡易スーパーにファーストフード店など、様々な店が並んでいる。
そんな中を、私は物珍し気に眺めながら歩いていた。
「さて、まずは何から買おうかしら?」
これだけ店が並んでると何処で買うかも迷ってしまうわね。
ちなみに、買い物の仕方はダイダロから習っていたので問題はない。
とりあえず今日は食料品の確保を最優先として、まずはお肉屋さんに顔を出してみようかしら?
「らっしゃい!らっしゃーい!今日は豚肉が安いよー!」
と、ちょうどその時近くのお肉屋さんから威勢のいい声が聞こえてきたので、そちらをのぞいて見ることにした。
ガラス張りのショーケースの中に並んだ様々な種類の肉の中、豚肉のコーナーの所だけ、『本日特価品』の囲いPOPがしてあった。
通常の値段がどれ程のものか分からないけど、周りにいた人の話を聞く限り、確かに激安、とのことだった。
「ふぅん…、じゃあとりあえずここで豚肉買っちゃおうかな。
肉ならとりあえず炒めれば食べられるでしょうし」
お金には余裕があるけど、あまり無駄遣いするのも良くないしね。
というわけで、私は店主に声をかけたのだが、
「「すいません、このお肉下さい!」」
なんと隣にいた少年と見事に声が被ってしまったのだ。
「「え?」」
私達は同時に顔を見合わせて、さらに驚いた。
なんと、その少年の顔は私と瓜二つだったのだ。
顔こそ女の子のような顔立ちだったが、体格からかろうじて男の子と分かるような美少年。
いや、私と似た顔立ちの少年を美少年と言うと私自身の自慢になりかねないけど、まぁ、私は私が美少女であることを自覚してるからいいんだけどね(?)。
それが、彼との初めての出会い。
運命の恋の、始まり。
*
あまりの衝撃にしばらく彼の顔を見つめてしまっていた私。
当の少年の方も同じように、私の顔をじっと見つめている。
その数秒が永遠にも続くかのように思えたその時、肉屋の店主から声がかけられた。
「はい、まいど!
おや?二人はきょうだいかい?」
「「あ、いえ!違います!」」
またもハモってしまい、お互いに顔を見合わせる。
「そうなのかい?にしても二人とも仲良しみたいだね!
二人の仲の良さにおじさん気分良くなっちゃったから、特別におまけしちゃうよ!」
そう言って、少し多めに肉を包んでくれた店主。
「そ、そんな!こんなにいただけませんよ!?」
「そ、そうです!俺もこんなには、」
「なーに、気にするな!おつかいを頑張ってる二人へのサービスだ!
その代わり、ウチの店を贔屓にしてくれよな?」
「あ、ありがとうございます…」
「すいません…」
そんな感じで、私とその少年はお金を払うと、その肉屋を離れた。
離れてしばらくした所で、私は改めてその少年に声をかけた。
「あ、あの、あなたのお名前は…?」
って、初対面でいきなり名前を尋ねるのは失礼だったかしら!?
と思ったのも後の祭り、少年は私の方を見ながら、笑顔で答えてくれた。
「俺の名前はヨウ。君は?」
「あ、私はヤ、じゃなくて、ヨミ!ヨミよ!」
と、本名を名乗ろうとした所で、一瞬口をつぐみ、咄嗟に偽名を名乗った。
「ヨミちゃんだね、よろしく!」
「あ、うん、よろしくね♪」
少年が右手を差し出してきたので、私も右手を差し出し握手を交わした。
「それにしても驚いたよ、君、俺とそっくりな顔をしてるよね?」
「え?あ、うん、私もびっくりしちゃった!
世の中には似た人が3人くらいいるって話だけど、実際に会ったのは初めてだよ!」
「だよね!
だけど、君みたいにそっくりな子が近所にいたなんて知らなかったよ」
「あ、あー、うん、実は私ん家はこの辺じゃなくて、今日から一週間だけ知り合いの家にお世話になることになってて…」
「あ、そうなんだ!」
「うん、それで、お世話になるお礼におつかいに来てたんだけど、
良かったら他にオススメのお店とかあったら教えてくれないかな?」
「ああ、いいよ!俺もおつかいの途中だし、良かったら一緒に行こう!」
「うん♪」
初めて同年代の、しかも異性の子と話したというのに、自然とすらすらと言葉が出てきた。
何故だか、ずっと昔からの知り合いだったかのように、私達は自然と一緒に歩いて、一緒に買い物をしていた。
それこそ、まるできょうだいであるかのように…
そうして、私達は商店街を巡って買い物をあらかた済ませた所で、私のお腹の虫が鳴いた。
ちょうどそのタイミングで昼を報せる金の音が商店街に鳴り響いた。
「そういえばもうお昼だね」
「あ、そ、そうね…」
私はヨウ君にお腹の音を聞かれたのではと思い、恥ずかしさから顔を真っ赤にしていたと思う。
そんな私に気を使ってか、ヨウ君は特に何事も無かったかのように、これまで通りに話しかけてくれた。
「俺は商店街でご飯食べる予定だけど、君はどうする?」
「え、あ、そ、そうね…
じゃあ、私も商店街でお昼食べようかな?」
そしてヨウ君に案内されるまま、商店街にあるうどん屋さんにやって来た。
その道中、ヨウ君が「荷物持つよ」と言って、私の買い物袋を持ってくれていた。
「ここがオススメのうどん屋さんなんだけど、ヨミちゃんはうどん大丈夫?」
「うん、多分大丈夫、だと思うけど…」
「ひょっとして嫌いだった?」
「ううん、そうじゃないの!
ただ、うどんって食べたことなくて…」
「え、そうなの!?
それは人生の半分くらい損してるよ!!」
え、そんなに!?
知識としてうどんという麺を扱った料理があることは知ってたけど、魔王城ではそういった料理は一切出てこなかったからな~…
「ノースキングダムの人間ならうどんは絶対食べとかないと!
何せノースキングダムはうどん発祥の地だからね!」
ノースキングダムというのはいわゆるダークキングダム島の北側の地域全体のことで、“ワールドアクア”で言う所の福岡県と佐賀県の一部と大分県の一部の地域を指す。
うどんがノースキングダムの郷土料理で、それがジャポネスタ大陸に伝わり、そのセチウト地区のカッガーワに定着し、“うどん国”として独自にアピールして観光客を誘致しているというのは有名な話だ。
「というわけだから、ぜひうどん食べてみてよ!
絶対好きになると思うからさ!」
「う、うん、ヨウ君がそこまでオススメするなら…」
さすがに断るわけにもいかず(元々断るつもりもなかったけれど)、私はヨウ君の後に続いてお店に入った。
そのお店は“カクさん”というノースキングダムの中でも特に北側の地域(いわゆる“ワールドアクア”で言う北九州市)に根付いた有名チェーン店だそう。
店内に入ると、まず目に入ったのがレジ横の冷蔵棚に並ぶ“ぼた餅”だった。
「え、ぼた餅とか売ってるの!?」
「そう、そのぼた餅もカクさん名物だよ!」
「へー、うどん店だけど、こういうのも売ってるんだね~」
「でも、さすがにぼた餅扱ってるうどん店はカクさんくらいだけどね」
「あ、そうなんだ…」
それから厨房の前にはおでんが並んでいるのが見えた。
「わ、おでんまであるの!?冬でもないのに!?」
「カクさんでは常設されてるんだ。
オススメは大根、玉子、椎茸かな」
「へー…」
おでんのいい香りが空きっ腹に響く!
「カクさんでは、とりあえず先にうどんを注文しておいて、待ち時間におでんをセルフで取ってきて、それを食べながらうどんを待つ。
うどんを食べ終わったら、締めにぼた餅を食べる、というのが通な食べ方かな。
あ、うどんのおかずにジャンボいなりとか、かしわ飯を食べるのもいいけどね!」
うどんのおかずにご飯!?
ご飯はおかずになるの!?
一般市民の常識を甘くみてたわ…
なおも、色々とオススメを教えてくれるヨウ君の笑顔を見ていると、心臓の鼓動が高鳴ってくるのを感じた。
この心臓の高鳴りは、間違いないと思う。
私だってもう12歳の少女だ、この高鳴りの正体が分からぬ程鈍感ではない。
私は、ヨウ君に恋をしているのだろう。
今日初めて出会った少年。
それも、たまたま同じタイミングで肉屋にいて、たまたま同じタイミングで同じ安売り肉を買おうとした、という平凡で、全然ドラマチックな展開じゃなかったけれど、得てして恋というのはそういうものなのかもしれない。
などと考えながら、私はヨウ君のオススメだという肉ごぼ天うどんと、おでんの大根と椎茸と玉子、そして牛スジを注文して、うどんが出来上がるまでの間、おでんをつつきながらヨウ君と他愛のない話をして楽しんだ。
程なくして注文品が届くと、ヨウ君に言われた通り、まず備え付けのとろろ昆布をうどんにかけ、七味を少々振った。
ごぼ天が入ってるので、天かすはいれなかったが、ヨウ君はさらに入れる派だという。
そうして食べた人生初のうどんは、確かに絶品だった。
モチモチとした麺の食感に、鯖やうるめ、昆布・椎茸などから丁寧に絞った出汁は、やや濃い目の味つけと甘さがある。
そして甘辛味付けの牛肉に、細長く縦割りされたごぼ天はカリッとしていて食べ応え抜群。
さらに、追加で足したとろろ昆布が程よい塩気でもってうどんの甘さを引き立てる…!
世の中にこんなにおいしい食べ物があったのか…!
これを食べられただけでも、魔王城を出て良かったと本気で思えた。
これがノースキングダムのソウルフード…っ!
ちなみにヨウ君が注文したのはカツとじ丼のミニうどんセットだった。
「散々うどんのこと力説してた割に、ヨウ君はカツとじ丼なんだ…」
「いや、そうは言うけどね、ここのカツとじ丼は最高においしいんだよ!
カツにとじた卵が絡んでいて、それが絶妙なんだよ!
さらに、個人的にはこの上から備え付けのつぼ漬けを乗せて一緒に食べるともう本当に最高で!
あ、あと、ちゃんとミニうどんも頼んでるから!」
「まぁ、いいけどね」
「本当においしいんだよ!一つ食べてみてよ!」
そう言って卵とじの乗ったカツの一切れを箸で掴んで私の目の前に差し出したヨウ君。
勢いのままに、私はその差し出されたカツを口に含んだ。
…うん、確かに卵の甘さがカツを包み込んでいて、たまらなくジューシーな……、というか、今更だけど、今のは恋人同士がやる「あーん」というやつなのでは!?
それにお互い気付いたのか、二人して顔を真っ赤にして、お互いに咄嗟に目をそらす。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはヨウ君だった。
「ご、ごめん…、その、気付かなくて……」
「う、ううん…、こちらこそ、その…、気付かなくて……
あ、でもカツ、おいしかった、よ…?」
「だ、だよね!良かった…!」
「うん、ふふ♪」
それからうどん(カツとじ丼)とおでんを完食した私達(あ、おでんも勿論おいしかったです、特に椎茸はこれまで苦手意識があったんだけど、甘い出汁の染みた椎茸は最高に美味でした)は、お土産に持ち帰り用の二個入りぼた餅を購入して店を出た。
うん、カクさんには魔王城に戻る前にあと何回か絶対来よう。
店を出てから、ヨウ君に声をかけられた。
「あの、俺は今日これから用事で家に帰らなきゃいけないんだけど…、その、あ、明日も、会えたりする、かな…?」
一目惚れした男の子から、そんな風に誘われて、断れる女の子が果たしているだろうか、いや、いない。
私は二つ返事でOKを出すと、ヨウ君は最後に飛びきりの笑顔を見せて、家へと帰っていった。
一人残された私は、その後もしばらく商店街をぶらぶらした後に、夕方頃に屋敷へと戻った。
すると、余程ニヤけていたのか、ダイダロに「何か良いことでもあったのですか?」と聞かれ、私はありのままに今日のことを話した。
普通、こういう話は恥ずかしくて家族には話し辛いという話を聞くが、私にはそういう感覚は無く、特にダイダロには私にあったことはなるべく包み隠さず話すようにしている。
だって、隠し事をして何かあった時にダイダロや他の周りの人に迷惑をかけてしまうようなことがあっては手遅れだから。
報告、連絡、相談、ホウ・レン・ソウは大事なことだと、小さな頃から口酸っぱく教育されてきたからね。
「…なるほど、では明日もその少年と会われる約束をしたのですね?」
「うん、そうなの!会ってもいいよね!?」
「私に止める理由はございませんので」
「やったー!!」
「…しかし、ヤミ様とその少年とでは、」
「身分違いだって言うんでしょ?
そんなの関係ないもん!お互いに愛さえあれば、誰にも文句なんて言わせないし!」
この時点で私は、ヨウ君も私のことを好きでいてくれていると勝手に思っていた。
「ヤミ様でしたらそう言うと思ってました」
「私達の仲を割こうとしても無駄だからね!?」
「いえ、そんな気はございませんよ?
私はいつでもヤミ様の味方ですから、ヤミ様の望むことでしたら出来る限りの援助はいたしますよ」
「ありがと、ダイダロ!
本当に大好きよ♪」
本当に、私はダイダロにだけは足を向けて寝られない。
味方と呼べる人間は大勢いても、それはあくまで私の次期魔王としての地位に味方しているだけであって、私個人の味方と言えば、ダイダロくらいしかいない。
そもそも、魔人には家族としての愛情に乏しい者が多く、私の両親も私個人に興味がなく、ただ次期魔王としての扱いしかしてくれない。
だから、ダイダロのことは信用出来たし、信頼している。
ダイダロだけは裏切らないし、絶対に嘘はつかない、そして、私が隠し事をしないのと同様、ダイダロも私に隠し事はしない、と。
だから、その時点でダイダロはヨウ君の正体について知らなかったのは間違いない。
知っていたら、聡明なダイダロであれば、魔王軍幹部の一部勢力が企んだ計画にこの時点で気付き、今の私、“魔王ヤミ”は誕生することはなかっただろう……
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それからの一週間、私は毎日ヨウ君と会い、色んなことをした。
商店街を巡ったり、山に登って虫取りをしたり、川遊びをしたり、などなど…
魔王城で過ごしたこの12年の中で、間違いなくこの一週間が一番充実していた。
そんな中で、私はヨウ君のことを少しずつ知ることになった。
ヨウ君は私と同い年で、なんと誕生日も同じ8月12日!
まさに私達は巡り会うべくして巡り会った運命の恋人同士に違いないわ!
家は商店街の近くの住宅地にある一軒家で、それなりに裕福な家計らしい。
きょうだいはおらず一人っ子で、親が教育熱心のため二日に一度魔術の習い事に通っているとのこと(初めて出会った日の用事というのが、その習い事のことだったらしい)。
その甲斐あってか、ヨウ君は魔術師としてかなり優秀らしく、もうその辺の大人程度では敵わないレベルらしい。
両親との仲は、魔人にしては珍しく良いらしく、自慢の息子として可愛がられているようだ。
一度家にも招待してもらって、実際に両親にもお会いしたけど、確かに優しそうな二人で、ヨウ君を次期魔王(私のことなんだけど)の役に立てる魔術師として育てあげたいのだそうだ。
そして、夢のような一週間はあっという間に過ぎ、とうとう自由時間最後の日となってしまった。
最後の日、商店街の中にある公園で、ブランコに乗りながら私とヨウ君は沈み行く夕日を眺めていた。
ヨウ君には、すでに私が今日ここを離れることは伝えている。
「また、会えるかな…?」
ヨウ君の寂しそうな声が聞こえた。
「…うん、きっとまた会いに来るよ!
ううん、会うだけじゃない、手紙だって出すよ!
だから…!」
「…そっか、うん、分かった!
じゃあ、俺も手紙書くし、会いに行けるのなら会いに行きたい!
ヨミちゃんは、普段何処に住んでるの?」
私の正体について、ヨウ君には黙ったままだった。
隠し事はしない主義な私だけど、私が次期魔王であることが周囲にバレてしまうと、この一週間の自由時間が無くなってしまうと思ったから隠していた(魔王軍幹部の人達からも正体は隠すよう言われていたし)。
だけど、それも今日で終わり。
ヨウ君との、これからの関係のことを考えると、ヨウ君には私の正体のことを知っておいてもらわないといけない。
その結果、ヨウ君が私から距離を取ってしまったら…、って考えると胸が痛くなるけど、でも、きっとヨウ君なら受け入れてくれると、根拠なんて無かったけど、そう思えたから、私は正直に打ち明けた。
「あのね、実は私…、魔王の娘、なんだ…」
「………」
「次期魔王ヤミ、それが私の本当の名前、ヨミっていうのは偽名で…、その、今まで騙しててごめんなさい!あの、でもね、悪気があったわけじゃなくて、」
「分かってる、何か事情があるんだよね?」
「え?」
思った以上にあっさりとした答えが返ってきてびっくりする私。
「あの、でも…、怒って、ないの?」
「そのくらいじゃ怒ったりはしないよ。
それに、なんとなく高貴な身分の子なんだろうな、って思ってたし。
君の滞在してる別荘のある辺りはかなりの高級別荘地だから。
それに魔力も、結構隠してるみたいだけど、かなりの力を持った魔術師だろうなってのも感じてたから。
だけど、まさか次期魔王のヤミ様本人だとは思ってなくて、少し驚いたけど」
「え、あ、そ、そうなの…?」
「あ、ひょっとしてヨミちゃんは、自分が次期魔王だからって俺が気後れするとでも思った?」
「えっと、う、うん…」
「でも、そんなの関係無ぇし!
ヨミちゃんが魔王になるなら、俺だって魔王に負けないくらい強くなればいいだけだし!
そうすれば、身分とか関係なくヨミちゃんと結婚出来るよね!」
「けっ、結婚っ!?」
突然ヨウ君の口から出てきた結婚という言葉に、私の顔は真っ赤になった。
「え!?あ、ちっ、違っ…、わ、ないけど…!?待って待って!今の無し!今の無しで!」
どうやらヨウ君も無意識、というか勢いで口走っちゃったみたいで、顔を真っ赤にしながらブランコを飛び降り、頭を抱えて地面にしゃがみこんでしまった。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった私。
そんな私の様子を見て、ヨウ君もまた笑い出した。
しばらく二人して笑い合った後、改めてヨウ君が立ち上がって、ブランコに座る私の前に立ち、夕日を背にしながら、こう言った。
「ヨミちゃん!
俺は君のことが好きだ!だから、付き合って欲しいっ!!」
そう言って差し出された手を、私はブランコから降りて優しく握り返した。
「はい、喜んで♪」
「…!!」
そして、私達はお互いに初めての口付けを交わした。
ファーストキスはレモンの味、なんて聞くけれど、私達のファーストキスは、お昼に食べたカクさんのうどんの味がした♪
*
魔王城内部には、魔王軍幹部達の私室がいくつかある。
実際にそこに住んでいる者もいれば、普段はカミノハラの神湖周囲に住んでいて、仕事のためだけに使っている幹部もいる。
魔王軍幹部の一人、ビーシャスという男は、その私室に居を構える者の一人で、生まれたばかりのヨウを生かし、ある程度育てさせてから次期魔王ヤミに回収させる案を提案した者の一人だった。
今、そのビーシャスの部屋に、他の幹部達が三人集まっていた。
ここに集まった四人の幹部は、ヨウがモモヤマ村にいるということを知っている数少ないメンバー達だ。
逆に言えば、彼ら以外にヨウの住んでいる場所を知るものはいない、ということになる。
「計画は順調のようだな?」
ビーシャスが、集まった幹部の中の一人に声をかける。
「はい、無事にヤミ様はヨウと接触し、親しくなられたようです」
そう答えた幹部は、ヤミとダイダロに、モモヤマ村の別荘を提供した人物、ジャイビットだった。
「しかし、ビーシャス様、果たして本当によろしかったのでしょうか?」
そう尋ねたのは女性の幹部で、ヨウを引き取った人物であり、ヨウの母親を名乗る人物、ダイアーナだった。
「というと?」
「ヨウとヤミ様の仲が、あまりにも近付き過ぎている、と申しますか…、」
「二人は愛し合っているのでは、ないかと…」
そう付け加えた男性の幹部は、ヨウを引き取ったもう一人の人物、つまりヨウの父親を名乗る人物、バートラだった。
ちなみに、バートラとダイアーナの二人は魔王城において、ヤミと一切顔を合わせたことがなく、そのため二人がモモヤマ村でヨウの両親としてヤミと会った時でも、ヤミに正体を見抜かれることはなかった。
「ふむ、それならそれで構わない、むしろ好都合、と言えるな」
「好都合、ですか…?」
「うむ、二人が恋仲になったのならば、もう一つの魔王ヤミ覚醒計画であるプランBを実行するまでのこと」
「ビーシャス様、そのプランBとは?」
プランBという言葉に首を傾げるダイアーナとバートラの二人。
二人の疑問に答えたのはジャイビットだった。
「そう言えば、お二人にはプランAが上手くいかなかった場合のことを話していませんでしたね。
そもそも、ヤミ様にヨウを殺させてその魂と魔力を吸収させ、魔王として覚醒させるのがプランAです」
「ええ、そのために、辛い境遇のヤミ様と、幸せに暮らすヨウとを出会わせ、
さりげなくヤミ様にヨウが双子の弟であることをバラし、同じ双子でありながら楽しく暮らすヨウに嫉妬したヤミ様がヨウを殺す、というのがプランAの大まかな流れ、でしたよね?」
「ええ、その解釈で間違いありません、勿論、状況に応じて細かい調整はしていくつもりです。
現時点ではプランB路線が濃厚ですが、場合によってはプランAの流れに戻すことになるかもしれません。
しかし、元々私とビーシャス様はプランBの方が、望ましいと考えていましたので、むしろ二人が愛し合うという展開は願ってもない理想的展開と言えます」
「そ、そうだったのですか!?」
「二人には黙っていてすまなかったな。
しかし、ヨウの保護者であるお前達にプランBのことを事前に話すわけにはいかなかったのだ。
というのも、こと恋愛感情となると、下手に他人が介入すべき問題ではないからな」
「いえ、ビーシャス様の仰る通りだと思います」
「我々が下手に意識させると、年頃の子供は、逆に意固地になってしまう可能性もありますから」
「理解してくれて助かるよ」
「しかし、ビーシャス様、結局そのプランBというのは一体どのような内容なのですか?」
「うむ、すでに二人の間に恋愛感情が芽生えた今ならば、もう話してもよいだろう、プランBというのは……、」
ヤミとダイダロ、そしてヨウの知らぬ所で、ビーシャス達の計略が秘かに進んでいた……
*
その後、ヨウ君とは一週間に一度、文通で近況を報告しあうようになり(ヨウ君からの手紙は直接魔王城に届けるわけにはいかないので、ダイダロの部下に頼んでカミノハラにあるとある住所から転送してもらっている)、実質ほぼ毎日一緒にいるような感覚だった。
ヨウ君が私と結婚するために日々の魔術特訓を頑張ってくれていると知ると、私はこれまで以上に日々の特訓や魔王になるための勉強などに身が入るようになった。
結果、(動機はともかく)自由時間を与えたことは、私の成長に利を与えたと魔王軍幹部の中で判断され、三ヶ月に一度、一週間の自由時間をもらえるようになった。
そのことをヨウ君に手紙で伝えると、ヨウ君もとても喜んでくれた。
三ヶ月ごとにヨウ君と直接会い、会えない日々は文通でお互いにやり取りしながらの生活が四年も続いた。
そして、気付けば私達は16歳となり、あと数ヶ月もすれば17歳の誕生日を迎える。
その当時の“ワールドダークネス”では、17歳となる年に成人を迎え、魔術師志望の子供達は、その年の魔力量や魔術技能、魔術適正などに応じて、魔王軍への入軍が認められるかどうかが決まる(これはあくまで当時の制度であり、今の制度とは少し異なっている)。
当然、ヨウ君は私の夫となるべく厳しい特訓を受けてきていて、彼の実力ならばまず間違いなく魔王軍に入軍し、そして新人ながら近衛術師(王家直属の魔術師)にもなれる可能性はあった。
私はそうなることを信じていたし、その後の人生設計についても青写真を描いていた。
そんなある時だった。
私はその日、たまたま夜中に目が覚め、不意に尿意を催したので、お手洗いに行こうと寝室を出た。
お手洗いは王家の者も魔王軍幹部の者も同じ所を使っているのだが、私の寝室からだと、いくつかの幹部私室の前を通らなければならない。
その日も、私はいつも通りに寝室を出て、廊下の窓から差し込む月明かりを頼りに歩を進め、廊下の角を曲がり、その先の幹部私室が並ぶ廊下を通ってお手洗いに行こうとした時に、目の前の廊下を歩く二人の男女の姿が目に入った。
その男女の正体に気付いた瞬間、私は咄嗟に後戻りし、廊下の角に隠れた。
(い、今のって…、ヨウ君のお父様とお母様!?)
こんな場所で会うはずのない二人だったから、私は驚いてしまって咄嗟に廊下の角に隠れてしまったのだ。
そして、廊下の角から少しだけ顔を覗かせて、二人の様子を隠し見た。
幸い、向こうはこちらに気付かなかったらしく、何事もなかったかのように廊下を進み、とある部屋の前で立ち止まると、扉を静かにノックした。
(…あの部屋は、確かビーシャスの私室?)
だが、扉が開き、二人を出迎えたのは別の男だった。
(あの人はジャイビット?
何故ジャイビットがこんな夜中にビーシャスの私室に?
いや、それよりもヨウ君のご両親がなんで魔王城にいるの!?)
尽きぬ疑問に、私は良くはないも思いつつも『盗聴』の魔術を使った。
『盗聴』の魔術は、割とポピュラーなイメージがあるように思えるが、かなり複雑な術式の上にかなりの魔力を必要とする。
なので、一般の魔術師では使うことすら出来ず、魔王軍に所属する魔術師レベルで、魔法陣を用意し、そこに数人の魔術師の魔力を流し込んでようやく使用可能なレベルだ。
幹部クラスともなれば、一人の魔力でも使用可能となるが、大魔術師と言われるクレヘラスやダイダロ、そして私を含めた王族を除いては魔法陣が必須となる。
しかも、魔王城の壁や窓は特殊な対魔土で作られており、『盗聴』を含めたあらゆる魔術が通じないため、城内の情報が外に漏れることや、外部からの不法侵入及び魔術的攻撃は一切通じない。
だが、魔術が使えないというわけではなく、対魔土に魔術が吸収されて無効化されるだけで、魔術の対象を人や、壁以外のものに設定すれば普通に効果を発揮する。
ただ、壁越しの魔術は対魔土の影響を受けて発動しない、というような感じだ。
唯一の例外が王族で、王族だけが魔王城に使われている対魔土を無視して魔術を行使出来る。
故に、私の『盗聴』魔術は発動し、ビーシャス達の部屋の中で行われている会話の内容を聞くことが出来た。
今話しているのはヨウ君のお母様だ。
『ビーシャス様、いよいよヨウ様の17の試練が近付いて来て参りました』
17の試練というのは、魔術師志望の17歳となる予定の新成人達が受ける試練のことだけど、それよりも“ヨウ様”、ですって…?
実の息子に様付けっておかしくない?
『ああ、もうそのような時期となったか。
それで、バートラ?ヨウ様の実力はいか程までに育った?』
『はい、今のヨウ様の実力であれば、確実に近衛術師にはなれるかと』
バートラと呼ばれたのは恐らくヨウ君のお父様のことだろうけど、ビーシャスにしてもお父様にしても、何故“ヨウ様”呼びなのだろう?
そもそも、なんでビーシャスがヨウ君の存在を知っているの?
『なんと!齢17にして近衛術師クラスとは!
さすがはヨウ様と言うべきか、あるいはお二人の育て方が素晴らしかったと言うべきか』
『なかなかやるではないか。
とはいえ、ヨウ様も王族の一人、王家直属の訓練を受けていないとはいえ、それだけの実力は備えておいてもらわねばな』
え…?
ヨウ君が、王族の一人…?
それって、どういう…、
『何せ、ヨウ様はヤミ様の双子の弟君であらせられるのだからな』
ヨウ君が、私の双子の弟…!?
いや、そんなわけがない…、と否定したかったが、私達の容姿がそっくりだったことや、生まれた年も日にちも同じだったことなど、むしろ肯定する要素しか思い浮かばない…!
でも、じゃあ、なんでヨウ君は城内ではなく、カミノハラから離れたモモヤマ村で育てられていたの?
『王家には双子が生まれた場合、片方を殺さねばならないという掟があり、
それ故にヨウ様も本来は生まれた直後に殺されるハズだったところを、ビーシャス様の提案で生かして育てるようにしたのは正解だったようですな』
『ああ。
次期魔王の弟であるならば、育てれば最強の魔王の右腕となりうる、と。
私の考えた通り、ヨウ様は立派に育ち、ヤミ様の近衛術師として、やがてはヤミ様のパートナーとして、我らが魔王軍を導く存在となるであろう』
そう言えば、確かにそんな話を聞いたことがあった。
王家では双子の赤ん坊は忌み嫌われているため、双子が生まれた場合には必ずどちらかを処分しなければならない、と。
じゃあ、まさか本当にヨウ君は私の双子の弟なの…?
呆然とする私の脳裏に、それ以上の会話は入ってこず、そのまま自分の部屋に戻ろうとしたところで、お手洗いに行こうとしていたことを思い出し、ゆっくりとした足取りで廊下を進んでお手洗いへと向かうのだった…
*
「……ヤミ様はもう私室へ戻られたようですね、『盗聴』の魔術もすでに切られています」
「そうか、ご苦労だった、諸君、特にジャイビットと、その“使い魔”よ」
「…は!」
ビーシャスがバートラ、ダイアーナ、そして汗だくになっているジャイビットを労うのとほぼ同じタイミングで、彼の私室の開いた窓から一羽のカラスのような見た目をした魔獣“ヤミガラス”が入ってきて、ジャイビットの肩に止まった。
ジャイビットは特殊な魔術を使う。
それは、“使い魔”であるヤミガラスと視界や聴覚を共有できる『共感覚』という魔術で、使える者は彼以外には大魔術師であるクレヘラスくらいしかおらず、その存在を知る者すら少ないという超特殊な魔術だった。
『共感覚』は、魔力だけでなく体力の消費も大きい(ジャイビットが汗だくなのはそのせいだ)が、その効果は対魔土の影響を受けないという特殊性がある。
だからこそ、ビーシャスはその能力を使って、わざとヤミに自分達の会話を『盗聴』させる作戦を立てた。
まず、予めヤミの夕飯に利尿作用のある成分を多く含ませた料理を作り食べさせ、夜中にトイレに起きるよう仕向けた。
その様子をジャイビットのヤミガラスに、城の外から窓越しに監視させ(窓は透明なため、『透視』を使わずとも、近距離からならば、外から中の様子が伺える)、ヤミが廊下へ出るタイミングを見計らって、バートラとダイアーナに、ビーシャスの部屋へと入ってくるよう命じた。
そして、ヤミが二人に気付き、『盗聴』の魔術を発動させたのをヤミガラスの視覚で確認してから、先程の話をした、というわけだ。
「しかしビーシャス様、本当によろしかったのでしょうか、ヤミ様にヨウが弟である、ということをバラしてしまって」
「むしろ、知らせない方が良かったのでは?
プランBを実行するには、二人が恋仲である方が良く、実の姉弟だと知ってしまえば、ヤミ様の気持ちがヨウから離れてしまうのでは…?」
ダイアーナとバートラがビーシャスに尋ねる。
「まぁ、普通ならそうかもしれないが、ヤミ様の場合はそうはならないだろう」
「と、言いますと?」
「姉弟同士だからこそ、燃える恋というものもあるのだよ」
「は、はぁ…?」
「それはつまり、禁断の恋というやつですか…?」
「そういうことだ。
二人の仲が恋人同士であり、同時に姉弟であると知った時、ヤミ様のヨウへの想いは今以上のものとなり、そしてプランBの成功率により近付くことになるハズだ」
自信たっぷりにそう断言するビーシャスだが、バートラとダイアーナは半信半疑といった顔をしていた。
普通の人間であれば、後者の反応の方が正しいだろう、まして家族への愛情が薄い魔人にとってみれば、姉弟愛などと言われてもピンと来ないのは無理もない。
しかし、ジャイビットだけはビーシャスの考えに賛同しているようで、半信半疑な二人に補足の説明を加えた。
「お二人が信じきれないのも無理はありません。
しかし、ビーシャス様の言うことは正しいのです。
何故ならば、ビーシャス様もまた、かつて禁断の恋に身を焦がせた張本人だからです」
「「ええっ!?」」
ジャイビットのまさかの告発に、驚きの声をあげるバートラとダイアーナ。
「そう言えば、ビーシャス様には姉君様がいらっしゃったと存じましたが、まさか…!?」
「あぁ、うむ、公にはしていないが、私は姉さんと結婚し、子供ももうけている」
「なっ…!?」
ビーシャスの告白に二の句が次げないバートラとダイアーナ。
そんな二人に、ジャイビットがさらに説明を加える。
「だからこそ、ビーシャス様には分かったのでしょう、ヤミ様やヨウから同じ香りがする、ということに」
「ジャイビットの言う通りだ、ヤミ様には間違いなくブラコンの素質があり、同じようにヨウにはシスコンの素質がある!!」
大真面目にコメディのような話をされて、文字通り「開いた口が塞がらない」バートラとダイアーナ。
「まぁ、確信に至るまでに数年かかってしまったがな、しかしタイミング的にはちょうどよい頃合いだろう」
「ええ、魔力量は鍛えれば鍛える程に伸びていきますが、齢17前後でその限界を迎えます。
まぁ、中にはダイダロ様やクレヘラス様のように未だに魔力量が増え続けているような怪物もいますが…」
「ああ、ヨウの魔力量はヤミ様よりわずかに少ないとはいえ、すでに我々を越えている。
回収するには今が最も最適な時だろう」
「で、では、いよいよ…?」
「ああ、プランBの決行だ!」
*
私とヨウ君は実は血の繋がった姉弟だった。
そして、それはつまり私達は姉弟同士で愛し合ってしまったということにもなる。
いわゆる禁断の恋、というやつだ。
そのことを考えていたら、その日の夜は全く眠れなかった。
(私とヨウ君が姉弟同士!
私がお姉ちゃんでヨウ君が弟!
きゃあああああっ!!マジかマジかマジか!!
あんなにカッコ良くて可愛くて強くてカッコいいヨウ君が私の弟で恋人で将来の近衛術師でお婿さんなんて!!
そんなん最高過ぎるやろぉおおおおおおっ!!)
禁断の恋?だからなんだ!
そもそもが身分違いの恋だったんだ、そこに今さら血縁関係が出てきたところで、大した壁ではない!
むしろ、偶然出会って恋に落ちた二人が、実は生き別れの姉弟だったなんて、そんなのもう運命以外の何ものでもないじゃないか!
世間的にどう思われようと関係ない、私の愛した男の子が弟だった、それだけの話だ。
私個人の想いに、誰にも文句は言わせない!
(…あ、でもヨウ君はどうなんだろう?
私が実のお姉ちゃんだって分かれば、ヨウ君は私から距離を取ろうとするかな…?
ううん、ヨウ君に限ってそんなことはしないハズ…
でも、少なくとも、もう恋人としては見てくれないかも…)
ヨウ君には、真実を話すべきかな…?
それとも、黙ったままこれまで通りに付き合うべきか…?
でもでも、結婚した後で姉弟だって分かれば、ヨウ君は…
そんなことを悶々とベッドに横になって考えていたら、気付いたら朝になっていた。
「…結局結論は出なかった……」
私の想いは決まっている。
ヨウ君のことが好き。
弟としても、一人の男の子としても大好き。
だから迷いは無い。
ブラコン上等なのだが、ヨウ君も私と同じように想ってくれるとは限らない。
こういう時、普段ならダイダロに話してどうすべきかアドバイスを貰うところなのだが、さすがに身分違いならいざ知らず、血の繋がった姉弟同士の婚姻となると、全うな立場の人間であるダイダロは絶対に否定するだろう(否定されたところで私の想いは変わらないけれど)。
…結局、全てはヨウ君次第なのだ。
ヨウ君が、姉弟同士では結婚出来ない、と言えばそれまでなのだ。
「…やっぱり、正直に話すしかないか」
本当は今すぐにでも直接会って話したいけど、私がモモヤマ村に行けるのは一ヶ月後だ。
「さすがに、手紙に書くのははばかられるよね…」
結局、直接会った時に話そうと思い、その週の手紙には当たり障りのないことを書いて出すことにした。
だが、その週のヨウ君からの手紙の返答は無く、翌週になってもヨウ君から手紙が届くことは無かった。
最初は、17の試練に向けて忙しいのかなと思ったけど、さすがに二週続けて手紙が来ないのはおかしいと思い、ダイダロに頼んでヨウ君の様子を秘かに調べてもらうことにしたら、モモヤマ村において予想外の事態が起きていたのだ…
*
モモヤマ村で起きた謎の連続殺人事件。
平民、貴族、老若男女関係なく無差別に、二週間の間に10人もの村人が殺された。
殺された人達は、皆一様に鋭利な刃物、もしくは魔術によって身体を切り刻まれていたため、殺人犯はいつしか村人達の間で“リッパー(切り裂き魔)”と呼ばれるようになり、恐れられているとのこと。
このことが公になっていないのは、箝口令が敷かれているかららしく、王家である私達にすら知られていないのは、モモヤマ村のとある性質から、らしい。
というのも、これはその時にダイダロから聞いて分かったことなのだが、モモヤマ村には反王家派の魔術師達が約4割程いるらしく(今のところ表だって王家を批判するなどの活動をしているわけではないが)、今回殺害された10人は皆その反王家派に属する魔術師達で、そのことが公となれば、カミノハラや幹部内にもいる反王家派の魔術師達を刺激し、そうなれば反王家派によるクーデターが起き、そのまま戦争となりかねないため、箝口令が敷かれているとのこと。
とはいえ、すでにモモヤマ村内の反王家派に属する者達の間では、“リッパー”の正体は王家派の者達による粛清だとして、王家派に対しクーデターを起こす準備をしている、などの情報もあり、余談を許さない状況だとのこと。
そういう状況であるため、現在モモヤマ村への出入りは厳しく制限されており(表向きには未知の感染症発生による緊急措置ということにされている)、当然手紙のやり取り等も出来なくなっている。
私は、反王家派によるクーデターもそうだけど、ヨウ君が“リッパー”の犠牲にならないかの心配をしていたのだが、それらの心配はおよそ最悪の形で的中してしまうのだった……
*
それからさらに一週間後、私がモモヤマ村に訪ねる予定となっている週の前の週、事件は起きた。
その日の深夜、眠っている私の元に、今まで見たことが無いほどに慌てた様子のダイダロがやって来て、私をたたき起こすと、こう言った。
「モモヤマ村で大規模なクーデターが起こり、ヨウ様のご実家が…っ!」
その瞬間、私はベッドから飛び起き、着替える間も惜しんで自室の窓から外へと飛び出し、空中で『転移魔術』を使って(城内だと“対魔土”の影響で『転移魔術』が使えないため)、モモヤマ村のヨウ君の実家へと転移した。
着いた瞬間、私を出迎えたのは燃え盛る炎の海だった。
「なっ…、なんなのこれは…!?
一体何が起きてるの!?」
燃え盛る屋敷の中、私はただヨウ君の無事だけを祈り駆け出した。
すると、前方から誰かの声が聞こえてきたのでそちらの方へ行くと、数人の杖を持った魔術師の男女がそこにいた。
彼らは私を見ると、指差しながらこう叫んだ。
「ああっ!あれは魔王女ヤミ!!」
「ここにヤミがいるということは、やはりヨウは魔王直系の者だったんだ!!」
「間違いない!!
“リッパー”の正体はヨウで、我ら反王家派を潰そうとしていたんだ!!」
何!?何なのコイツら!?
なんでコイツらがヨウ君のことを知っていたのか分からないけど、要はコイツらが反王家派で、“リッパー”の正体をヨウ君だと疑い、自分達が殺される前に殺しに来た、みたいなこと!?
「しかし、ここで魔王女であるヤミと出会ったのは好都合!」
「ここでヨウと共にヤミを殺せば、王家派は一気に弱体化する!」
「そうなれば、我ら“新生魔王軍”の天下だ!」
「お前達!今こそヤミを討てぇえええええっ!!」
反王家派の魔術師達が私へ向けて様々な魔術を放つ。
放った魔術は私に直撃し、大爆発を起こす。
「はははは!!やったぞ!!ヤミを倒した!!」
「これでこの世界は、我らのものに!!」
「…なめられたものね」
「なっ、何!?」
確かに、なかなかの力を持っている魔術師達のようだが、この程度じゃ私を殺すにはあと百人は足りないわね。
「馬鹿なっ、無傷だとぉっ!?」
「そんな馬鹿なっ!?魔獣であれば一撃で葬りされるだけの術をぶつけたのに!?」
ぎゃーぎゃー五月蝿いわね…
「とりあえず、あなた達は邪魔だから、そこを退いてもらえるかしら?」
そう言って私は『シャドゥボゥル』をたった一発、連中に向けて放った。
その一発は、連中の中心にいた男の魔術師に当たり、直後周囲一体を吹き飛ばす大爆発を起こした。
さて、これで障害物は無くなった。
私は燃え盛る炎の中、ヨウ君を探すために屋敷の中を走った。
まず真っ先に向かったのはヨウ君の寝室だ。
深夜の時間を考えれば寝室にいるのは普通だろうと考えた結果なのだが、どうやら正解だったらしい。
ヨウ君の部屋の中から、数人の男女の勝鬨をあげるかのような熱狂が聞こえてくる。
ドアは開いており、中へ入ると、そこには床に倒れたヨウ君を持っていた刃物で滅多刺しにする数人の男女がいた。
「あ?なんだてめ、」
私は問答無用で『シャドゥボゥル』を放ち、ヨウ君に群がるゴミ共だけを処分した(威力と爆発の方向を調整したので、ヨウ君には一切傷を付けていない)。
ゴミ共を片付けると、私は一目散にヨウ君に駆け寄り、抱き起こした。
「ヨウ君!?ねぇ、ヨウ君、しっかりして!!」
ヨウ君の身体には腹部に大きな穴が空いており、それ以外の部分には無数の切り傷が付けられており、一目でもう助からないと、分かってしまった…
だけど、そんなヨウ君が、私の声を聞いて目をうっすらと開けると、にこりと微笑んだ。
「やぁ、ヤミちゃん…、いや、ここではヨミちゃん、と呼ぶべきかな…?」
「そんなのどっちでもいいよ!ヨウ君、待っててね!すぐに魔王城に連れて帰って腕のいい魔術医に看せるから!
だから、」
私は焦る意識を集中させながら、『転移魔術』を起動させようとするが、それを遮るようにヨウ君が私の手を握ってきたので、私もその手を握り返した。
「いや、無駄だよ…、さすがにこの傷じゃ、もう助からない…」
「そんなこと、」
「それより、聞いて…、ヨミちゃん…
俺達、本当は姉弟だったんだってね…?」
「し…、知ってたの…?」
「うん、なんとなく…ね……、ゴホッゴホッ!?」
「あ、も、もう喋らなくていいから!」
「いや、これだけは…、伝えておきたいから…」
ヨウ君は、吐血しながらも、最後に再び私に笑いかけて、こう言った。
「血が繋がっていようと、関係ない…
俺は、ヨミちゃんが好きだ…!
姉さんとしても、恋人としても…、ヨミちゃんを……、いや、ヤミちゃんを愛してる…!」
その言葉を最後に、ヨウ君は息を引き取った。
「あ…っ、ヨ…、ウ君……?」
呆然とする私。
握りしめたヨウ君の手から、温もりが消えていくのと同時に、私の中にヨウ君が入ってくるような感覚がした。
直後、私の中の“何か”が目覚めた。
「…許さない、何もかも……
全て、滅ぼす………」
そこから先の記憶は、酷く曖昧だ。
気付けば、モモヤマ村を含む周囲の村が地図上から消えていた。
*
「“魔王ヤミ”として覚醒したヨミさんは、モモヤマ村とその周囲の村人達を、反王家派など関係なく全て殺し尽くしたそうです。
そして、その殺した人々の魂と魔力を全て吸収し、歴代最強の魔王としてさらなる覚醒を経て、今の状態になったようです」
イツキちゃんが、そこで一息ついた。
魔王ヤミは、元はウチらと同じ普通の、ちょっとブラコンな女の子だった、ということが分かり、なんとも複雑な気分になった。
少し間が出来たところで、ハルカちゃんが確認の質問をした。
「じゃあ、魔王ヤミが無限に近い魂を持つっていうのは、その吸収した人々の魂の数だけある、ってことなの?」
「ええ、ハルカさんの言う通りですわ」
続けてサクヤ姉ちゃんが口を開いた。
「ビーシャスの言ってたプランBっていうのは、つまり、イッ君に“リッパー”としての濡れ衣を着せ、
復讐心に駆られた反王家派にイッ君を殺させ、その魂をヤミちゃんに吸収させて“魔王ヤミ”として覚醒させ、あわよくばその怒りと悲しみから暴走した“魔王ヤミ”に反王家派を殺させ、彼らの魂までをも吸収させて、さらなる魔王としての覚醒を狙ったものだった、ってこと?」
「さすがはサクヤお姉さま、その通りですわ。
ただ、さすがにモモヤマ村を含む周囲の村全ての人々をも巻き込むことまでは想定外だったようですが」
「ついでに言うなら、“リッパー”の正体はお兄ちゃんの両親のふりをしていたバートラとダイアーナで、
お兄ちゃんが魔王の直系という噂を流したのもその二人なんだって」
カズヒちゃんが補足の説明を加えた。
と、そこまで話を聞いたところで、ふとウチが疑問に思ったことをイツキちゃんに聞いてみた。
「ん?待って、それっておかしいっちゃない?
ヨウ君の魂が魔王ヤミに吸収されたんなら、今のヨウ君と魔王ヤミの弟のヨウ君は別人ってことやない?」
魔王ヤミの中にヨウ君の魂があるのなら、ヨウ君の魂は転生出来ないハズだ。
「ええ、そのハズだったのですが、あまりにも多くの魂を吸収し過ぎたせいで、魔王ヤミの中でいくつかの不具合が起きていたようなのです」
「不具合?」
「ええ、それは、魔王ヤミの中で、魔王ヤミとしての意識とは別に、ヨミさんとしての意識が別人格として残ってしまったそうなのです」
*
魔王ヤミとして覚醒した私は、その圧倒的魔力でもって反王家派連中を従わせていった。
結果として、私に逆らうものはいなくなり、全ての魔人族が私のものとなった。
魔人族を従えた後は、魔人達の住める土地を増やすために、魔獣達の支配するユーラネシア大陸や、魔獣達のいない他のパラレルワールドへの侵攻を開始した。
それらは全て魔王ヤミとしての意識の下行ってきた。
そうして一つの侵攻を終えた後、特にパラレルワールドへの侵攻を終えて帰って来た時には、一時的に魔力が激減し、魔王ヤミとしての意識が途絶え、私、便宜上ヨミと呼ぶことにするが、ヨミの意識が浮上することがあった。
そして、ヨミの意識が戻ったある時に、私は魔王ヤミの時に常に傍にいてくれたダイダロに、ヨウ君のことも含めた全ての経緯を話したことがあった。
すると、ダイダロは静かに頷きながらこう言ってくれた。
「大丈夫ですよ、私は魔王様の、いえ、今はヨミ様の味方ですから。
いついかなる時も、ヨミ様を裏切ることはありません」
やはり、頼りになるのはダイダロだ。
そこで、私はヨミとして、秘かにダイダロにとある任務を与えた。
それは、ヨミである私の味方を作ることだ。
そのためのポストとして“六魔皇”を作り、いざという時にヨミのために動いてもらう者達を集めてもらった(その際、下手に怪しまれることのないようローザンヌのようなヨミとは関係の無い魔術師も加えたのはダイダロの考えからだ)。
幸い、ヨミとしての私が表に出ている時は魔王ヤミの意識が無く、その間の記憶も残らないらしく、私の企みが魔王ヤミにバレることは無かった。
それと、私が裏にいる間、何もしていなかったわけではない。
“魂を分離させ、転生させる魔術”の開発。
皮肉なことに、魔王ヤミとして多くの人間の魂をその知識ごと吸収したことで、私の中の魔術的知識も広がり、ありとあらゆる魔術を作り出せるようになっていた。
私は、私とヨウ君の魂を分離させて転生させることで、もう一度この恋をやり直したいと考えていた。
世界の支配なんか望んでいない。
私はただ、ヨウ君と一緒に幸せになりたかっただけ。
もう一度、ヨウ君と出会って、恋をして、幸せに暮らしたい。
ただそれだけを願っていた。
そして、さらに数年をかけてその魔術は完成した。
だが、複雑に絡み合った魂の中から一つの魂を選んで分離させ、転生させるには一人が限界だということが分かった。
というのも、魂の選別に大量の魔力が必要だからだ。
まず、前提として私の意識が表に出ている時でないとこの魔術は使えない。
私が表に出ているということは、魔王ヤミが魔力を大量に消費している状態であるということ。
その状態から、さらに魔力を大量消費してヨウ君の魂を分離させ転生させる、ここまではギリギリ出来るが、ヨウ君の魂が魔王ヤミから消えることにより、ヨウ君の分の魔力が大量に失われる。
そうなると、次に私の意識が表に出てきた時には、私の魂を選別し分離させるだけの魔力が足りないのだ。
さすがに、私が転生するためだけに、さらなる犠牲者を出すわけにはいかない…
悔しいけど、一旦私の転生は諦めるしかない。
そして、私の意識が表に出た時に、ヨウ君の魂を分離させ、転生させることに成功した。
ただ、転生した魂には、基本的に前世の記憶は残らない。
次に会うことがあっても、彼は私に気付かないだろう。
だけど、それでも良かった。
私は、私だけは彼のことを覚えている、それだけで十分だった。
それからの数百年は、ヨミとして表に出ることはほとんど無くなり(ほとんど出なくなった、出る理由が無くなった、というべきだろうか)、ただこの命が尽きるのを延々と待つだけだった。
無限に近い命とはいえ、不死ではない。
何千年、何万年かかるか分からないが、いつかは魔王ヤミの魂は完全に滅びる。
そうなった時に、あわよくば何度目かの転生を迎えたヨウ君に出会えればいい…、そう考えていた。
しかし、彼との再会は思いがけずすぐに訪れた。
“ワールドフラワレス”の精霊術師として転生していた彼は、私の敵として私の前に現れたのだ。
その時程、私は運命を呪ったことは無かった。
愛した人を目の前で失っただけでなく、今度はその愛する人から刃を向けられるなんて、と。
…いや、そうじゃない、これはチャンスかもしれない。
彼ならば、私を殺してくれるかもしれない、と………




