第7話「不殺のダイダロと魔王ヤミ」
*
『いやはや、まさかあの最凶魔獣ジラスを倒すとは…!
キョウカの実力もさることながら、ハルカ君もやるのぅ!』
そう言ってモニター越しにキョウカさんとハルカさんを褒める初老の魔人。
今、わたくしことイツキと、カズヒさんは魔王城の中の一部屋にいます。
その部屋は執務室と呼ぶに相応しい作りをしていて、部屋の中央に天板がガラス製の机が置かれており、その長辺側に向かい合うようにして置かれた長ソファ、その長ソファの背後の壁には何かしらの資料や本、ファイルが収められた棚が並び、机の短辺側の壁に巨大なモニターが嵌め込まれていて、そのモニターに先程までキョウカさんとハルカさんペアとクレヘラスの戦闘の様子が映し出されていました。
わたくしとカズヒさんは並んで長ソファの左側(モニターのある方を正面として)に座っています。
そして、わたくし達の向かい側の長ソファに座っているのが、先程の初老の魔人、つまり六魔皇が一人、【不殺】と呼ばれる魔人、“ダイダロ”です。
しかし、その正体はとても意外な人物でした。
『じゃが、無邪気で天真爛漫な姿しか知らぬキョウカの戦う姿を見ると、なんとも感慨深いものがあるのぅ』
「あー、ダイダロさんにとってキョウカちゃんは育ての親、だもんね」
『年齢的には親というより祖父という感じだがの』
そう、ダイダロさんの正体は、わたくし達が“ワールドアイラン”で出会った、“喫茶妖獣メイド”のマスターであり、キョウカさんの育ての親でもあり、“ワールドダークネス”から時空間転移してきたカナンお姉様を助けた人物でもありました。
*
わたくし達が執務室のような部屋に転移してきた時、目の前に現れた初老の魔人を見た瞬間、カズヒさんはとても驚いていました。
まぁ、無理もないでしょう、何せ知り合いが六魔皇の一人だったわけですから。
『ルナ王女、いや、イツキ君は驚いておらぬようじゃの?』
「魔王ヤミと出会った時に、全てを思い出しましたから」
そう、わたくしはルナ・フラウだった時に、彼、ダイダロさんと一度顔を合わせていました。
そのことは記憶としてずっと覚えてはいたのですが、彼の顔や声だけはぼんやりとしていて、ハッキリと思い出すことが出来ずにいました。
なので、“喫茶妖獣メイド”のマスターとダイダロさんが同一人物であるということに気付くことが出来ませんでした。
今思えば、それは魔王ヤミの魔術的干渉によるものだったのでしょう。
ヨミさんと魔王ヤミが同一人物であると気付けなかったように。
「え、じゃあ、待って!?
あたし達、マスターと戦わなきゃいけないの!?
そんなの嫌だよあたし!?
いくら六魔皇だからって、お世話になったマスター相手に戦うなんて!」
『ああ、その心配はいらぬよ。
私は魔人以外の人間と、犯罪者以外の人間は殺さぬ主義じゃからの』
「ええ、そうでしたわね、【不殺のダイダロ】さん」
そう、彼は六魔皇、いや、魔人の中でも特に変わった魔人で、主に魔人専門の処刑人、ということです。
彼の主な役割は魔王ヤミの身の回りの世話及び、魔王ヤミの護衛であり、その忠誠は他の魔人や六魔皇達からも一線を画す程に厚い。
魔王ヤミの右腕であり父親のような存在、といったところでしょうか。
「いや、殺さないとは言ったが、戦わないとは言ってないよ!?」
『確かにその通りじゃな』
「ほらぁ!やっぱり戦うんじゃん!!」
『ははは!心配するでない。
私とて、大切なキョウカの姉であるお主らと拳でやり合う気はないよ』
「じゃあ足で!?」
「ちょっとカズヒさん少し黙っていて下さるかしら?
話が一向に進みませんわ」
「イツキちゃん辛辣っ!!
あ、ごめんなさい、分かりました、黙りますから、その目やめて下さい、本気で心折れそう…」
『本当に仲の良い姉妹だのぅ。
本当ならば我が魔王も…、いや、それよりも勝負の内容だが、ギャンブルでどうだろうか?』
「ギャンブル、ですか?」
『ああ、これから、他の部屋にて他の姉妹達と我ら六魔皇との戦いが始まる。
その勝敗を予想して、予想をより多く当てた方の勝ち、ということでどうじゃ?』
「そんなの勝負になりませんわ。
わたくし達は姉妹の勝ちにかけますし、そうなるとわたくし達の全勝で終わってしまいますわ」
『ははは、大した自信だな、我らが六魔皇を相手に』
「単なる事実ですから」
『それ程までに姉妹達を信用しておると。
では早速最初の戦いから見ていこうか、まずはマコト君とモトカ君の戦いから、対戦相手は【改造魔人】クロノッソス君のようだな』
ダイダロさんがそう言うと、モニターにマコトさんとモトカさん、そしてクロノッソスの姿が映されました。
『では、勝敗予想だが、私はクロノッソス君の勝ちに賭けるが、』
「当然わたくし達はマコトさん達の勝利に賭けますわ」
『よろしい、では勝負スタートじゃ』
こうして、わたくし達は他の姉妹達と六魔皇との戦いの様子をモニター越しに観戦することになったのでした。
*
『いやはや、まさかあの最凶魔獣ジラスを倒すとは…!
キョウカの実力もさることながら、ハルカ君もやるのぅ!』
ここまで姉妹達と六魔皇との戦いが四戦終わり、わたくし達の四戦全勝、三勝した時点でわたくし達の勝利はすでに決まっていたのですが、『残りの試合も気になるだろう?』と言われ、結局五戦全てを見ることになるのでした。
「ダイダロさん、一つ聞いていい?」
『ん、なんだね、カズヒ君?』
「この勝負、最初から勝つ気なんてなかったでしょ?
そして、それはダイダロさんだけじゃない、他の六魔皇の人達も。
まぁ、ローザンヌは怪しかったし、クレヘラスの爺ちゃんも底が見えなくて不気味な感じはあったけど」
『…そうじゃな、少なくともローザンヌ君は本気でお前さん達に勝ち、何かしらの実験台にしようとしていたのは事実じゃろう。
クレヘラス殿に関しては私も分からぬことが多くてな、真意は分からん』
「しかし、ジラスなんていう最悪の魔獣を召喚なんてした以上、殺意はあったのでは?」
『いや、あれは彼の意思ではないだろう、というより、クレヘラス殿の力ではジラスなど到底召喚出来るハズはないのだが…』
「そうなのですか?」
『ああ、ジラスを召喚することが出来るものとなると、それこそ無限の魔力を持つという君達の姉、カナン君か、我が魔王くらいしか考えられぬが…』
「じゃ、じゃああれは魔王ヤミが干渉したってこと!?そんなの反則じゃん!?」
『いや、我が魔王に限ってそのようなことせぬハズじゃ。
それに何より、あそこで二人を殺してしまっては我が魔王の目的に沿わぬ故、ジラスなどという化物をこの場に召喚するハズが無いのだ』
「魔王ヤミの目的、ですか。
それは、わたくし達への復讐、つまりわたくし達を殺すことなのでは?
それでしたら、あの場でジラスに二人を殺させるというのもありなのでは?」
『いや、ありえん。
そもそも、我が魔王の目的は、君達を殺すことではないのだ。
むしろ、君達には生きていてもらわねばならないのだ』
「それは、どういうことですの?」
『…その話は、最後の戦いを見てからにしよう。
最後はヨウイチ君とツキヒ君、対戦相手はヘラーナ君じゃな。
かなり長期戦になっておるようじゃから、最初の方はカットして、リアルタイムの映像だけにしよう』
すると、モニターにはお兄様とツキヒさん、そして全身をフードで隠した女性、【死霊使い】ヘラーナさんが映りました。
「おお、フードを被ってても分かる美少女オーラ!」
さすがはカズヒさん、一目見ただけでヘラーナさんを美少女と見抜きましたか。
わたくしも前世で一度だけフードの下の彼女の素顔を見たことがありましたが、色白で、美少女を擬人化したかのような(美少女というのが人を表す言葉なので、それを擬人化というのはおかしいですが)顔立ちをしてましたね。
「そういえば彼女もお兄様のことを好いていらっしゃいましたわね」
「えっ!?」
『何っ!?』
カズヒさんとダイダロさんが同時に驚いた声をあげました。
いや、カズヒさんは分かりますが、ダイダロさんまで?
「ダイダロさんは気付いていなかったのですか、ヘラーナさんの気持ちに?」
『いや、そもそもヘラーナ君とはそこまで深い話をしたことはなかったのでな…
第一、彼女は常にフードで顔を隠しておるし…』
「表情が見えなくとも、彼女のお兄様への態度からバレバレでしたけどね。
…まぁ、当のお兄様はまっっったく気付いておられなかったようですが」
「お兄ちゃん、本当に無意識で女の子をたらしこむ上に、自覚の欠片も無いから…」
『まるでラノベの主人公のようじゃな』
「ダイダロさんからラノベという単語が出てきたことに驚きを禁じ得ませんわ…」
『これでも、3000年近く生きておるし、その内1000年は人間界で過ごしておるからな』
と、そこでダイダロさんが『そう言えば』と続け、ヘラーナさんとお兄様の話は一旦棚上げとなりました。
『まだカズヒ君の質問に答えていなかったな』
「え?えーっと、何だったっけ?」
『我々六魔皇が、君達に最初から勝つ気などなかったのでは、という質問だよ』
「ああっ!そうそう!
ダイダロさんとクロノッソス、そしてアポロニアとアルテスの二人も、本気であたし達姉妹を倒そうと思ってないように感じたんだよね!」
『そうだな。
クロノッソス君は、少なくとも戦いそのものは本気であったように思う。
ただ、仮に二人に勝ったとして、彼の信条的にも命までは奪わなかったろうな』
「クロノッソスさんは人類種の生命そのものに興味があるが故に、人間、魔人、亜人、妖獣関わらず一切の殺生を行わないのでしたわね。
しかし、まさかその正体が地球外生命体、“侵略宇宙機械生命体”だったとは知りませんでしたが…」
『彼の正体を知る者は、我が魔王以外では、我ら六魔皇の中でも私くらいしかおらなんだろうな。
彼は誰に対しても、半魔人半機械の【改造魔人】だと名乗っておったし』
「じゃあ、じゃあ、アポロニアとアルテスの二人は!?
あの二人、本気だしたらメチャクチャ強いんじゃないの?
なのに、あっさりとカナンお姉ちゃん達に敗けを認めてたみたいだけど…」
『あの二人は、カナン君達の実力を試していたという感じだったな。
我が魔王に対するに相応しい実力をもっているかどうか、のな』
「何故、そのようなことを?
それではまるで、二人が魔王ヤミを倒して欲しいみたいに聞こえますが…?」
『これ以上の話は、ヨウイチ君達の勝負が終わってからにしよう。
さて、我々の勝負そのものは私の敗北で決まっておるが、せっかくなので最後まで賭けをしよう。
私はヘラーナ君の勝利に、お前さん達は、』
「「当然、お兄様(お兄ちゃん)とツキヒさん(ちゃん)の勝利に!」」
『では、勝負スタートじゃ』
*
『『キャアアアアアアッ!!
さすがヨウイチ!!やるじゃない!!私の思った通り、いえ、思った以上の強さやね!!
惚れ直したっちゃん!!大好き!!結婚して!!』』
『え…、えっ、えええええええっ!?!?』
『あっ!?あ゛ぁあああああああっ!?
きさん、なんしよかちゃあっ、ウチのヨウイチに乳押し付けよって!?
くらすぞ、きさん!?』
モニターには、お兄様の顔をその胸(サイズ的に80くらいでしょうか?)に押し当てるヘラーナさんと、ヘラーナさんに対してブチ切れるツキヒさんの姿が映っていました。
「えぇ…」
「これは…、お兄様達の勝ち、ということでいいのでしょうか?」
『…あ、ああ、うむ、そのようだな。
しかし、ヘラーナ君のあのような姿を見たのは初めてだな…
彼女もまた、恋する乙女の一人だった、ということか…』
姉妹達と出会う前のわたくしであれば、お兄様のハーレムの一人としてヘラーナさんを迎えても良いと思っていたかもしれませんが、姉妹ハーレム“シスターズアルカディア”となった今は、ヘラーナさんの存在は正直厄介ですわね…
いえ、心配する必要はありませんわね。
あのお兄様に限って、姉妹以外の女性に浮気をするなどあり得ませんし。
…それはそれでヘラーナさんが可哀想に思えますが、まぁ、ヘラーナさんにはお兄様のことは諦めてもらって、新たな恋を見つけてもらうしかありませんわね。
それはそれとして、ヘラーナさんとは趣味の面で気が合いそうですし、友達付き合い程度なら考えてもいいかもしれません。
魔人と言っても、わたくし達と敵対しないのであれば、同じ人類として仲良くなれるハズですから(実際、カナンお姉様や、クローン姉妹のモモコさんも魔人ですし)。
『さて、これで全ての戦いが終わったな。
我々の勝負は、五戦全勝でお前さん達の勝利じゃ、おめでとう』
ダイダロさんが手を叩きながらそう言いました。
「では、話してくれますか?
アポロニアさん達やダイダロさんの真意と、出来れば魔王ヤミの真の目的について」
『うむ、そうだな、だが、その前に…、魔術『時空間切断』発動』
ダイダロさんがそう言うと、執務室のような部屋が、周囲真っ白の何も無い空間に変わりました。
何も無い空間、と言いましたが厳密にはわたくし達とダイダロさんの座る長ソファと間のガラステーブルだけは残っていましたが。
『この空間は、周囲の空間から時間ごと切り離された空間でな、
ここで何時間過ごしても現実世界では一秒も経っていないということになる』
このような魔術を使えるなんて、やはりダイダロさんはとてつもない魔術師なのでしょう。
まともにやり合えば、わたくしでも勝てるかどうか…
「何故、そのような空間にわたくし達を?」
『うむ、少し長話になるでな、我が魔王を待たせぬためにも、この空間で話をしようと思ったまでじゃ』
『さて、何から話すか…、そうだな、やはり最初から話すべきだろう、我が魔王が、魔王になる前の話から……』
そこでダイダロさんが一息つくと、長い長い、魔王ヤミの誕生からの話をわたくし達に聞かせてくれるのでした。
*
『……話は以上だ』
ダイダロさんの話が終わると、周囲は再び執務室のような部屋へと戻りました。
しかし、初めに来た時と違う点が一ヶ所だけあり、それはモニターの向かい側の壁に、先程までは無かった赤い扉が現れていました。
「魔王ヤミと、あなた方の考えはよく分かりました」
「正直、本当にそれでいいのか、って思わなくもないけど、でも、それしか無いのなら、それがあなた方達の望みなら、あたし達は全力でやるだけだよ!」
『ああ、お前さん達ならきっと出来るだろう。
さぁ、その扉の向こうで我が魔王が待っている。
心して進みなさい』
「「はいっ!」」
こうして、わたくし達はダイダロさんに別れを告げ、赤い扉の向こうへと進むのでした。
『頼んだぞ、諸君。
きっと、我が魔王を、』
『滅ぼしてくれ』




