第6話「決闘」
*
カオルとの決闘二日前の朝のことだった。
小倉サウス地区のシモソネエリアに、巨大な鳥形の魔獣ギャラスが複数出現したということで、王国騎士団予備騎士であるイツキにも出動要請が入った。
「小倉タウンなら、王国騎士団のお膝元なのですから、カオル様達だけで十分なのでは?」
めんどくさそうにそう答えたのは我が愛しき完璧妹のイツキである。
ちなみに、イツキは俺のお膝元ならぬ膝の上に乗っていて、今まさに日課となった朝食前のキスをしようとしているところだった(さらにちなみに、もう一人の駄妹であるカズヒは絶賛寝坊中)。
普段のイツキなら、その正義感からすぐにでも出動したところだろうが、今は魔獣退治より俺とのキスの方が大事なようだ。
そんな妹の心中を察したのだろうメイド服姿のメイさんは、申し訳なさそうにしながらも言葉を続けた。
「そうは思いましたが、何分相手があのギャラスです。それが複数ということですので」
確か、ギャラスというのはカラスを巨大化させたような不気味な雰囲気を持つ魔獣だ。
その攻撃方法は、口から超音波を放ち、相手の動きを封じてからその鋭い嘴で敵を串刺しにするというエグい戦い方をする。
おまけに頭もよく、集団戦においては、抜群のコンビネーションを発揮したりもする。
主な対策としては、腕利きの“風の精霊術師”が、周囲の空気を操って超音波を遮断(超音波というのは人が聴くことが出来ない音のことだ。音は空気を介して伝わるため、上手く対流を操作すれば超音波を無効化出来るというわけだ)しさえすれば、あとは各個撃破していけばいい。
あるいは、超音波が届く前に問答無用の火力をぶちこんで殲滅するか。
イツキの場合は完全に後者だろう。
単独でも余裕で殲滅出来るだろうが、俺が補助に入って『ホーリーシールド』を張り、超音波を防いでやれば(『ホーリーシールド』は物理魔術精霊術など関係なくあらゆる攻撃から身を守ることが出来る)、より確実に強力な術を詠唱出来、殲滅性能が飛躍的に上がる。
「ですが、王国騎士団には優秀な“風の精霊術師”もいますし、何よりカオル様なら無詠唱で『アイスホールド』を使えるのですから、それでギャラスの口を凍らせて超音波と嘴攻撃を同時に防いでしまえば、あとはどうとでもなるでしょう?」
ふむ、イツキの言うことはもっともだが、そんなにまで出たくないのか…
「イツキ様の仰ることはごもっともですが…」
困り顔を見せるメイさんに折れたのか、イツキが俺の膝の上から降り、一つため息をついた。
「はぁ、分かりましたわ。
ではさっさと片付けてきましょう。
…とは言え、わたくしが着く頃にはもうあらかた片付いているとは思いますが」
「なら俺も行くよ。
イツキの手助けは必要ないとは思うが、妹を守るのは兄の義務だからな」
「お兄様…!では早速向かいましょう!!」
その後、着替えた俺達は小倉タウンサウス地区のシモソネエリアへと向かうのだった。
ちなみに、カズヒは結局起きてこなかった。
元の世界だと、俺を(キスで)起こすために早起きしていたくせに、こっちの世界に来てからは逆にイツキに(キスで)起こしてもらうために寝坊するようになってしまったのだった…
*
イツキは『スピリット』で、俺は『フライ』でシモソネエリアへと飛んできた。
そこでは、すでにいくつかのグループに別れての戦闘が行われていた。
一つは深紅のビキニアーマーを身に纏った、我が優秀なる妹であるハルカ率いるグループ。
ハルカは“土の精霊術師”だから空中戦は苦手のハズだが、味方の“木の精霊術師”の少女の援護もあり、善戦している。
二人は、地上にいる“光の精霊術師”による『フライ』の効果を受けて飛んでいるようだ(他のグループの騎士団員も、自力で飛ぶ術を持たない者は彼女の力を受けているのだろう)。
「木の精よ、集いて我が手足となり、敵を捕らえ、彼のものの力を奪え!『ホールディングドレイン』!」
少女の詠唱により、地面から巨大な蔓が伸びてきて、ギャラスを捕らえようとする。
ギャラスは必死に逃げようとするが、ハルカが『サンドエッジ』を威嚇に放つことで逃げ道を塞いでいく。
必死の逃走むなしく、ついに蔓に捕らわれたギャラスは、断末魔の叫びをあげる。
『ギャオオオオオオオオオオオオッ!?!?』
『ホールディングドレイン』は、相手を捕えるだけでなく、その蔓から相手の体力や生命力を奪う術だ。
生命力を奪われて行くギャラスは徐々にその身体がやせ細って行く。
そこへとどめを刺すべくハルカが術の詠唱をする。
「土の精よ、集え!『グラウンドジャベリン』!!」
ハルカの周囲に出現した無数の土の槍が、ギャラスの全身を貫き、ギャラスを絶命させた。
そこで、俺達に気付いたのか、ハルカが一瞬笑顔を見せたが、その後他の団員のいる前だからか、顔を引き締めて軽くこちらに手だけを振って挨拶をした。
「ハルカさん達は問題ないようですわね」
「だな」
と、そこへイツキの背後から一匹のギャラスが迫ってきた。
どうやら、別のグループが相手していたギャラスがこちらへ逃げてきたらしい。
ギャラスが口を開き、超音波を放とうとしたが、その直前、ギャラスの開いた口に何処からか飛んできた氷の塊が突き刺さった。
『ギャオオオオオオオオオオオオオッ!?』
「『アイスホールド』」
そして全身を氷漬けにされたギャラスは、そのまま地上へと落下していき、粉々に砕け散ってしまった。
「お怪我はありませんでしたか?イツキ君」
俺たちの目の前に現れたのは、王族が纏うことを許された騎士服に身を包んだ金髪碧眼の美青年、王国騎士団第203代団長カオル・ヴィンヤード6世だ。
先ほど無詠唱で『アイスエッジ』による氷の塊と『アイスホールド』を放った張本人だろう。
そんな彼の手には水色の水晶玉が先端に着いた杖が握られていた。
イツキは、右手に準備していたバスケットボール大の火球『ファイアボール』を、遠くの方で別のグループが相手していたもう一匹のギャラスに無造作に放り投げてあっさりその個体を燃やし尽くすと、不機嫌そうな顔を隠しもせずにカオルさんに向けた。
「ええ、危うくアナタの『アイスエッジ』で怪我をしそうになりましたが、この通り無傷ですわ」
「はは、これはまたご冗談を。
“炎化”しているアナタには『アイスエッジ』程度では傷一つつかないでしょうに」
「ところで、これはどういうつもりなんですの?」
「どういうつもり、とは?」
「アナタを始め、これだけ優秀な騎士団員が揃っていて、まだギャラスを殲滅できていないとは、どういうことですか?」
「これは手厳しい。
今回出現したギャラスは、特に数が多くてですね、
それで各個撃破するために彼らを分断するのに時間がかかってしまったのですよ」
「…まぁ、そういうことにしておきましょう」
「やれやれ、これ以上イツキ君に幻滅されるのも私のプライドに関わりますので、ここからは一気に決めましょうか」
そう言ってカオルさんは俺たちから離れ、ちょうど戦場の中心付近で立ち止まると、持っていた杖を正面に構え、目を閉じ、精神を集中させ始めた。
その様子に気付いたのか、ギャラスと戦っていた騎士団員たちはその場から離れるように遠くへ飛んでいった。
戦っていた相手がいなくなったギャラスたちの視線は、自然と残ったカオルさんに向けられた。
そして全ギャラスが同時にカオルさんに向けて口を開き、超音波を放とうとするが、
「『アイスエッジ』!」
無詠唱で放たれた氷の塊が彼らの口を塞ぎ、超音波を放てなくなる。
口を塞がれたギャラスたちは、ならばと全員でカオルさん目掛けて突貫を仕掛ける。
だが、ギャラスたちの攻撃がカオルさんに届くことは無かった。
「氷の精よ、集いて嵐となり、我が敵を凍て!『ブリザードタイフーン』!!」
カオルさんを中心に氷の竜巻が巻き起こり、それに巻き込まれたギャラスたちは全身を凍り付かせ、さらに凍った者同士が竜巻の中で激しくぶつかり合い、粉々に砕け散って粒子となって周囲にまき散らされてしまった。
騎士団員達はカオルさんの腕前に黄色い歓声をあげているが、イツキだけは不機嫌そうな顔のままだった。
「最初っからそうしていれば、そもそも分断する必要すらありませんでしたのに。
…大方、わたくしをこの現場に呼べば、きっとお兄様も付いてくると踏んで、その上でお兄様にご自身の実力を見せつけておきたかったのでしょう」
…なるほど、そう言われてカオルさんを見ると、確かにその表情はどや顔をしているように見える。
無詠唱による術の発動はかなり厄介だ。
事実、まともに相手をすればそれなりに手こずるハズのギャラス相手に、何もさせずに完封している。
だが、ある程度予想はしていたが、実際にこうしてカオルさんの実戦を見ることが出来て、カオルさんが無詠唱で術を放てるカラクリの正体に確信が持てた。
「ならば、逆にそれを利用しない手はないよな…」
*
いよいよ明日決闘を迎えるという日の夜、俺は夢の中で前世の記憶を見ていた。
イツキとの記憶でもなく、ハルカとの記憶でもない、カズヒを含めて四人目の姉妹、前世の“姉”との記憶だった。
その時代において、俺と姉ちゃんは王国騎士団の団長と副団長を務めていた。
姉ちゃんが団長で俺が副団長。
俺たち姉弟はかなりの実力者で、王国騎士団史上最強の団長と副団長ペアとまで言われていた。
そんな俺たちはある日、今までに見たことのない厄介な植物型の魔獣と戦っていた。
団員たちが次々に倒れていき、とうとう戦えるのは俺と姉ちゃんと、もう一人の副団長(ミラという名の少女だった)だけの三人になってしまった。
不安がる俺を、巫女装束のような衣装に身を包んだ姉ちゃんが優しく励ましてくれる。
『大丈夫、いつだってアナタにはお姉ちゃんがついてるんだから!』
『…ああ!そうだよね、俺と姉ちゃんは二人合わせて、』
『『最強なんだ(から)!!』』
『…あの~、一応ボクもいるんですけどね、まぁ、いつものことなんでいいですけど』
『ふふ、大丈夫よ、ミラちゃんのことも忘れてないから♪』
『忘れられてたら困るんですけどね』
『つまり、俺達姉弟だけだと最強だけど、ミラも含めた三人なら無敵!ってことだ』
『はいはい、そういうことにしておきますよっと』
三人で普段通りの会話を交わし、お互いの精神を落ち着かせると、俺達は植物型の魔獣に向かって行った。
厄介な魔獣ではあったが、三人の息の合ったコンビネーションで、確実に魔獣を追い詰めつつあった。
だが、あと少しが攻めきれない。
何故ならば、
『ダメ!ヤツの再生能力は普通じゃない!』
『ちくしょう…、脳を破壊しても心臓を破壊してもダメ…!
一体ヤツの再生能力はどうなってんだ!?』
『はぁ、はぁ…、くっ、ボクがあの伝説の【雷神】みたいに“雷化”を使えていれば…!』
『ミラちゃん、無茶言い過ぎ。
『スピリット』は誰だって使えるわけじゃないんだから』
『ですが…、』
『姉ちゃん、ミラ!ヤツの攻撃が来る!!』
次第に、俺達の体力と気力は尽きていき、追い詰めていたハズの魔獣に、逆に追い詰められる形になってしまった俺達。
そして、その時は訪れる……
最初に限界を迎えたのはミラだった。
ミラは、植物型魔獣の触手に右足を掴まれ、宙に吊るされてしまった。
『しまっ…!?』
『ミラーーッ!!』
植物型魔獣の薔薇のような見た目の顔が真ん中から真っ二つに開き、巨大な顎となり、触手で捕らえたミラを飲み込もうとする。
『…ッ!!』
だが、ミラが飲み込まれる直前、精霊剣“マリンセイバーロッド”を右手に構えた姉ちゃんが飛び上がり、ミラを捕えていた触手をその精霊剣で切り裂いた。
触手から解放されたミラを左手で抱き抱え、着地する姉ちゃん。
『ミラちゃん、無事?』
『は、はい……、あっ、団長、後ろッ!!』
『え?』
直後、姉ちゃんの背後から、先端に牙を生やした人間を丸呑みできるほど巨大な触手が迫ってきた。
俺はそれに気づき、姉ちゃん達を助けようと駆け出していた。
だが間に合わない、詠唱する時間も足りない…!
『イッ君、ミラちゃんをお願い…!!』
『団長!?』
『姉ちゃん!?』
姉ちゃんは俺の方へミラを放り投げるように渡すと、そのまま背後から迫る巨大な触手に頭から飲み込まれてしまった。
『団長ーーーーーッ!!』
『姉ちゃーーーーーーんッ!!』
姉ちゃんを取り込んだ魔獣は、やがてその姿を変えていき、全身から触手を生やした姉ちゃんの姿をした魔獣へと進化を遂げた。
『だ…、団長の姿になるなんて…』
『ちくしょう、ふざけやがってぇええええええッ!!
俺の姉ちゃんを返せぇえええええええええええッ!!』
そこから先の記憶は、ほとんど覚えていない。
気づいたら、目の前には氷漬けになった姉ちゃんの姿をした魔獣がいた。
姉ちゃんを失い、泣き叫ぶ俺の頭を、ミラがその胸に抱き寄せて慰めてくれている。
そんな俺の脳内に、姉ちゃんの声が聞こえた気がした。
『泣かないで…、お姉ちゃんは、ずっとアナタの傍にいる、から……』
*
「…ぃ様!お兄様!大丈夫ですか!?」
俺が目を覚ますと、目の前に心配そうなイツキの顔があった。
「お兄様、良かった、目を覚まされて…
うなされているようでしたので…」
「…ん、ああ、大丈夫、ちょっと前世の夢を見ていただけだよ」
「前世の?それって、わたくしとの、ですか?それともハルカさんとの?」
「…ああ、えっと、どっちだったかな、思い出せないや」
なんとなく、二人ではない別の“姉”との前世の夢というのは、今は黙っていた方がいいような気がした。
…恐らくは、この思い出した前世の記憶が、今日行われるカオルさんとの、イツキとハルカをかけた決闘の切札になるだろうからな。
*
午後になり、俺とイツキとカズヒは王国騎士団からの迎えの車に乗り、王都小倉タウンセントラル地区の端の方にある王国騎士団訓練場(驚いたことに、ここは俺達の世界で言う所の北九州市役所のある場所だった)へと連れてこられた。
訓練場はいくつかのトレーニング施設からなり、それらの中心部に半径10メートル程度の大きさのドーム状の決闘場が設けられていた。
俺達が決闘場に入ると、王族が纏うことを許された騎士服に身を包んだ金髪碧眼の美青年、カオルさんが腕を組んで待ち構えていた。
「やぁ、待っていたよ、【建国の王子】、もしくは【雷神】と呼んだ方がいいかな?」
「そのどちらも遠慮しておきます。
今の俺にはその当時ほどの実力はないので…」
「それが謙遜でないことを祈るよ。
では、イツキ君たちは決闘サークルから外に出ていてくれたまえ」
「ええ、分かりましたわ。
ではお兄様、頑張ってくださいませ」
「お兄ちゃん、ファイトっ、だよ♪」
カオルさんに言われ、白いサークルラインの外に準備された観覧用のベンチへ座るイツキとカズヒ。
ちなみに、ハルカはカオルさん側のサークルライン外に準備されたベンチに、他の女性団員数人(聞けば、団員の全員がカオルさんの婚約者なのだという) と共に座っていた。
ハルカと視線が合うと、「アニぃ、頑張って!」と口パクで伝えてきた。
立場上、カオルさん側の人間だから堂々と俺の応援は出来ないのだろう。
イツキ達がベンチに座るのと同時に、決闘場の奥の扉(俺達が入って来た扉とは反対側の扉)から、いくつかの剣と二つのコインを乗せたテーブルを二人の女性騎士が運んできた。
剣は形や色の違う九種類がそれぞれ二本ずつあった。
「決闘のルールはもうイツキ君から聞いていると思うが、改めて説明させてもらうよ。
まずお互いにこのコインを胸につける。
そして相手のコインをこちらに用意した剣か己の術で斬ることが出来れば勝利だ」
「ええ、理解しています」
「では、公平を期すために、まずは君から剣を選んでくれ」
剣は諸刃のものだったり片刃のものだったり、短剣から長剣までいくつか種類があり、共通点としては鍔と刃の間に握り拳より一回り程小さい水晶玉のような球が取り付けられていた。
球は九色で赤、青、水色、黄色、緑、茶色、黄緑色、金色、白色となっていた。
俺は選ぶ剣をすでに決めていたが、あえてこう言った。
「選んでくれと言われても、俺は剣なんて使ったことないから、カオルさんと同じ剣でいいですよ」
「なるほど、君がそれでいいなら。
では私はこの水色の剣を選ばせてもらうがよいかな?」
カオルさんが選んだのは水色の水晶玉が付いた諸刃の短剣だった。
予想通り、だな。
「じゃあ、同じもので」
俺もまたその水色の水晶玉が付いた諸刃の短剣を選んだ。
そして、お互いにコインを右胸に付け、サークル中央に2メートルほどの間隔を空けて向かい合った。
そこへ、先ほど剣とコインを運んできた女性騎士の内の一人が俺達の間に立ち、合図を出した。
「では、これよりカオル様とヨウイチ様の決闘を行います!
両者、剣を構えて!」
俺は剣を左手に水平に構え、カオルさんが剣を左手に真っすぐ構えた。
女性騎士が右手を真上に上げると、叫んだ。
「……では、始め!!」
女性騎士の右手が真下に振り下ろされるのと同時に、俺は最速で“雷化”するための詠唱を開始した。
「雷の精よ、」
「『アイスエッジ』!!」
だが、俺の詠唱が終わる前に、カオルさんの無詠唱による氷の精霊術『アイスエッジ』が俺の胸のコイン目掛けて飛んできた。
「ちぃっ!?」
俺はその飛んできた氷の塊を避けるために右斜め前に飛び込んだ。
「『アイスホールド』!」
だが、カオルさんは俺の動きを読んでいたかのように、俺が飛び込んだ場所へと正確に『アイスホールド』を放った。
『アイスホールド』は攻撃対象範囲を氷漬けにする術だ。
カオルさんの放った『アイスホールド』により、床に着いた俺の右腕とその周囲の床が凍らされてしまった。
「くそっ!?」
「チェックメイトですね、『アイスエッジ』」
カオルさんが左手に構えた短剣の先から氷の塊が射出され、俺の左肩を貫いた。
「あぐっ!?」
「お兄様!!」
「お兄ちゃん!!」
「ア、アニぃっ!!」
左肩に激しい激痛が走る。
「ちょっとカオル様!?何故コインではなくお兄様の左肩を狙ったの!?」
「狙ったとは心外ですね、恥ずかしながら狙いが逸れてしまっただけですよ。
それに、ヨウイチ君は光の精霊術が使えるのでしょう?
ならば、肩の怪我くらいはすぐ治せるでしょう、その程度の傷で死ぬことはないはずですよ?」
「…やれやれ、本当に性格の悪いヤツだな、アンタって男は」
殺しはしないけど気に食わない相手を痛めつける余裕がある、ってか。
本当に性格が悪い。
ま、誰でも無詠唱で術を使う方法があるのに、その方法を対戦相手に伝えていない時点で性格の悪さは知っていたがな。
「性格が悪いとは、それこそ心外ですよ、私は、」
「だが、俺を痛めつけて悦に入ってくれたおかげで、アンタの勝ちは無くなったがな」
俺は左肩の痛みに耐えながら、左手に持っていた短剣の剣先をカオルさんの右胸に付けているコインへと向けた。
そして、俺は切札である氷の精霊術を、無詠唱で短剣の先から放った。
「『アイスエッジ』!」
「何ッ!?」
俺が無詠唱で放った『アイスエッジ』はカオルさんの右胸のコインを真っ二つに割った。
「しょ、勝負あり!勝者ヨウイチ様!!」
「お兄様ーっ!!」
「お兄ちゃーーん!!」
「アニぃーーーっ!!」
審判係の女性騎士が俺の勝利宣言をしたと同時に、三人の妹達が一目散に俺の方へと駆けてきた。
俺は、『エレキショック』で右腕の氷を溶かしながら、左肩の傷を『ホーリーヒール』で癒すと、立ち上がって三人の妹達を抱きしめた。
「やれやれ、なんとか勝てたな」
「さすがはお兄様ですわ!でも、最後の氷の精霊術は一体どういうことですの!?」
「それにそれに無詠唱だったよね!?」
「アニぃはいつの間に無詠唱が出来るようになってたの!?」
妹達が次々に俺に質問を浴びせてくる。
同じ疑問は俺の目の前で悔しさを隠そうともせずに立ち尽くすカオルさんも知りたがっているようだ。
「ヨウイチ君、と言ったか…
雷と光の精霊術を使える以上、もう一つ、氷の精霊術を使えたとしても驚きはしないが、何故、この短剣の機能に気付いたのです?
……いや、まさか君は最初からこの短剣の機能を知っていたのか?」
「短剣の機能、ですの…?」
「ああ、知っていたとも、何せこの短剣、というより用意された全ての剣、“精霊剣”を設計したのは俺なんだからな」
「「「精霊剣?」」」
カズヒだけでなくイツキとハルカも精霊剣という言葉を初めて聞いたような顔をしている。
どうやら、精霊剣という存在は俺達の世代以降では公に継承されておらず、一部のカオルさんのような人間にしかその存在が継承されなかったんだろうな。
「あのお兄様、その精霊剣というのは一体何なのですか?」
「そうだな、その前に一つずつ種明かしをしていこうか」
そう言って俺はあえてイツキたちには隠していた俺のもう一つの前世の話から始めた。
「まず、俺が氷の精霊術を使えるのは、もう一つの前世である、第192代王国騎士団団長のサク・ローザスの弟であり、第193代王国騎士団団長のイチロー・ローザスの能力だな。
そして、精霊剣ってのは俺がイチロー時代に作った、精霊力を封じた球を付けた剣のことで、サク姉ちゃんが使ってたのは、水の精霊力が封じられた青い球の付いた“マリンセイバーロッド”で、
俺が使っていたのは、カオルさんも使っているこの水色の球、氷の精霊力の封じられた短剣“アイスショートソード”だったってわけだ」
「…なるほど、読めてきましたわ。
つまり、その精霊剣を使えば、球に封じられた精霊力を使うことで、無詠唱で術が使える、正確には詠唱そのものを省略出来る、というわけなんですのね?」
「ああ、そういうことだ。
ただし、自身の使える精霊術の属性と同じ属性の精霊剣でしか無詠唱術は使えないけどな。
イツキだと赤い球の精霊剣“フレイムカリバーケイン”が使えるな。
だが、カオルさんはその説明を対戦相手にはしてこなかったようですね?」
精霊術は、詠唱をすることによって周囲にある自然精霊を自身に集め、それら集めた精霊力を術として構築して放つというものだ。
この精霊剣は予め精霊力を球に封じているため、精霊力を集める詠唱を省略できるという仕組みだ。
そして、先日ギャラス戦においてカオルさんが持っていた杖(正式名称は“ブリザードワンド”というらしい)も、この精霊剣の技術を利用して作られた物だったのだろう。
イツキがこの精霊剣の機能のことを知っていれば、カオルさん程度の相手に負けるわけがない。
騎士団の決闘のルールがいつ頃から作られたものなのか分からないが、カオルさんはこのルールを利用し、自分だけが精霊剣の機能を使いこなすことで、最強の精霊術師としての立場を築いてきたのだろう。
そして、その力でイツキと強引に婚約を迫っていたと言うわけだ。
姉ちゃんとの前世の記憶を取り戻したことで、カオルさんが術を無詠唱で使えるカラクリが分かり、そのことをカオルさんが相手に伝えていないことから、カオルさんの性格の悪さを見抜いた。
だからこそ、そこに勝機があると睨んでいたが、案の定カオルさんは勝利を目前に、俺をわざと傷つけて余裕を見せるという油断を見せた。
「確かに、私は精霊剣のことはこれまでお話ししたことはありませんでしたが、この精霊剣の技術は王国騎士団団長にのみ伝わる秘蔵の技術となっていたんですよ」
「秘蔵の技術?俺はこの技術を秘蔵にしたつもりはないが?」
「長い年月の間にそうなったのでしょう。
精霊剣のことはお話しできませんが、しかしその代わりに全属性の精霊剣を用意し、公平を期すために対戦相手から好きなものを選んでもらうようにしている。
それなりに術に長けたものが、精霊剣に意識を集中すれば、球に精霊力が封じられていることに気付けるはずですよ」
確かにその通りではあるのだろう。
それに、水晶の球も精霊の属性によって色が決まっているから、自身にあった精霊剣を正しく選び、その剣に意識を集中させることで、球の中に精霊力が封じられていることに気付くことは可能だろう。
しかし、剣を選んでそれほど時間を置かずに決闘を開始、であれば剣に意識を集中させる暇も無く、ましてやその剣に封じられた精霊力を使うことで詠唱を省略することが出来ることに気付くものは果たしてどれだけいるだろうか?
「いやいや、そんなの屁理屈でしょ!?
第一、アンタはお兄ちゃんに無駄に怪我までさせておいて、」
カズヒがカオルさんに文句を言おうとしたが、それをイツキが制した。
「なるほど、そうまで言われてしまっては、球の精霊力に気付かなかったわたくし達が未熟だったと認めざるを得ませんわね」
「い、イツキちゃん!?」
「そんなことよりも、お兄様が勝ったということの方が今は重要ですわ」
「おおっ、それもそうだ!」
「カオル様、約束はきちんと守っていただけるのですわよね?」
顔は笑顔だが心は笑っていないイツキのすごみに、カオルさんも苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべながらも、しぶしぶと認めた。
「ああ、分かっていますよ。
不本意ですが、イツキ君とハルカ君との婚約は破棄させてもらいますよ」
「やったね、イツキちゃん、ハルカちゃん!」
「ええ、元々わたくしは婚約したつもりなど無かったのですがね」
「ま、まぁ、アタシは…、別に……
でもまぁ、アニぃがアタシ達のために頑張ってくれたのは嬉しい、かな」
「では、早速今夜はハルカさんも含めて、わたくし達の家でお兄様の祝勝パーティーを行いましょう!」
「え、アタシも?
でも、騎士団寮の門限とかあるし…」
「当然ですわ。
それと、ハルカさんもお兄様の婚約者となった以上、わたくし達の家で一緒に暮らしてもらいますわよ?」
「ええっ!?そんな急に言われても…!」
そこでハルカはチラッとカオルさんの方へ視線を向けた。
「…まぁ、仕方がないでしょう。
今日中に荷物をまとめてイツキ君の家に行くといいですよ」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、寮を出る前に一度私の部屋に来てくれるかな?
例の事件に関することで少し話しておきたいことがあるんだ」
「はい、分かりました。
えっと、そういうわけだから、アニぃ、イツキ、カズヒ、また後で」
「ああ」
「ええ、待っていますわ」
「また後でね~♪」
こうして俺はカオルさんとの決闘に勝利し、イツキとカズヒと共に家へと戻り、ハルカが合流するのを待つのだった。
*
アニぃとカオル様との決闘が終わった後、アタシは王国騎士団団員寮の自分の部屋に戻り、私物をまとめると(電化製品などは寮備え付けのものだったから、私物は洋服とか香水などの小物くらいだ)、業者を呼んでイツキの家に運んでもらうよう頼むと、カオル様の部屋へと向かった。
カオル様の部屋は寮から出て少し歩いた場所にある王国騎士団本部にある。
部屋の扉をノックし、中へと入るとカオル様が出迎えてくれた。
「やぁ、よく来てくれたね」
「はっ!
それで、例の事件に関することでお話がある、ということでしたが」
「ああ、例のキメラ実験の件でね、進展があったんだ」
「と、言うと?」
「付いてきてくれるかな?」
そう言ってカオル様は部屋の奥にある扉を開き、中へと入って行ったので、アタシもその後を追った。
奥の部屋は薄暗く、たくさんの本が並べられている本棚で囲まれていた。
カオル様はその内の本棚の一つの前に立つと、何やら本を前後左右に動かしたりしていた。
しばらくして、カチッという音がしたかと思うと、本棚が手前に迫り出されると、次に横へとずれていく。
本棚の後ろからは隠し扉が顔を出していた。
「こ、これは…?」
「極秘情報になるからね、厳重に保管してあるんだ。
さ、付いてきてくれたまえ」
カオル様に言われるまま、その隠し扉の奥へと入って行く。
入った先は地下への階段が広がっていて、しばらく降りていくと、再び扉が現れた。
「さ、中へ」
カオル様が扉を開き、アタシを先に部屋へと入れる。
部屋に入ったアタシの目に入って来たのは、奇妙な実験施設のような場所だった。
「なっ…、こ、ここは…!?」
「ようこそ、我が“合成獣実験場”へ」
「なん…ッ!?」
アタシが振り向こうとした時にはすでに遅く、カオル様の放った『アイスホールド』がアタシの全身を凍らせていき、そこでアタシの意識が途切れてしまう。
それから再び目覚めた時、アタシは何かの液体の中にいた。
顔には呼吸器のようなものが繋がれており、服は脱がされており、両手と両足は何かの拘束具で上下に固定されているようだった。
目を開けると、大きな試験管の中にいるのが分かった。
視線を巡らせると、他にも同じような試験管がいくつかあり、その中には奇怪な形をしたキメラや、魔獣の死体などが緑色の液体の中にアタシと同じように拘束具で捕まえられて入れられているのが見えた。
「やぁ、目覚めたかな、ハルカ君?」
アタシの目の前に、邪悪な笑みを浮かべたカオル様がいた。
いや、事ここに至ってもう様を付けるのはやめよう。
この状況で、理解できない程アタシは馬鹿じゃない。
キメラ実験を指導していたのは、カオルだったのだ。
「ンンッ!!」
アタシは「離せっ!!」と言ったつもりだったが、顔に繋がれた呼吸器のせいで声が出せなかった。
そうでなくても液体の中だから声にはならなかっただろう。
「全く、残念だよ。
君はとても素敵な身体をしているからね、出来ればそのままの姿で手に入れたかったが、
最早それも敵わないとなれば、君はもう私の実験動物にするしかない」
「ンンンンッ!?」
「しかし、ただの実験動物にするわけじゃない。
彼女と共に、あのヨウイチとかいう奴への復讐の道具になってもらうよ」
カオルが歩いていった先には、アタシと同じように裸にされて両手両足を上下に拘束された一人の少女が入った巨大な試験管があった。
いや、確かに少女だったがその両手は植物の蔓のようになっており、お腹には巨大な薔薇の花が、そして背中からはいくつかの触手が生えているキメラ人間だった。
「ハルカ君、紹介しよう。
彼女は我々の大先輩にあたる、第192代王国騎士団団長のサク・ローザスだよ」
「ンンッ!?」
サク・ローザスですって!?
それって、前世のアニぃのお姉さんだって言う…!?
でも、なんで…!?
確か、サクさんは、
「サクはフラウ歴1678年に突如現れた植物型魔獣ビランテに吸収され、その後、当時副団長だった弟のイチロー・ローザスが放った氷の最強術『ブリズドスクエア』の中に封じられ、永久に氷漬けされることになった」
そこまでは知っている。
その後氷漬けにされたビランテは北極の氷の中に埋められたと歴史には記されていたけど…
「その後、ビランテは北極の氷の中に埋められ、ビランテの氷の封印は確実なものになったと思われていた。
だが、ビランテは自身のコアを種子にして再生することが可能な魔獣だ。
ビランテは『ブリズドスクエア』を受ける直前に、自らのコアを種子にして、密かに生き延びていたのだ」
カオルの言っていることは信じられないことだった。
ビランテが生き延びていた…?
それよりもコアって何?
分からないことばかりだ、だけど、それとどうしてサクさんのキメラがここにいるのかの説明がつかない…
「ビランテは、より強い生物を吸収すると、その形状に進化するという特殊な性質があった。
だから封印されたときのビランテはサクそのものの姿に進化していたという。
そのため、コアの入った種子は長い年月をかけて、深い森の中で発芽し、サクの遺伝子を取り込んだビランテ、つまり彼女の姿として再生したのさ!!」
サクさんの遺伝子を取り込んだビランテ…!?
「彼女を偶然森の中で発見した私は興奮したよ…!
以前から魔獣や魔人に対抗するために、魔獣の力を取り込んだ合成獣兵器の製造を計画していた。
しかし、一般の生物同士の細胞を掛け合わせた合成獣は問題なく生み出せたが、
魔獣の細胞を掛け合わせるとなると、その細胞に耐えきれる生物はおらず、魔獣の細胞を持った合成獣は一向に作れなかった。
だが!今、目の前に!まさに人間と魔獣の合成獣とも言える存在がある!!
私は、彼女を捕えると、この魔獣の力を奪う特殊な液体に入れ、彼女の細胞データを取り続けた。
そして、合成獣に彼女の細胞を組み込むことで、合成獣の細胞が安定し、完全なる合成獣を生み出すことに成功したのだ!!」
そう語るカオルの目は狂気に血走っていた。
「そう、彼女は合成獣作成のために必要な素材だったのだが、今、彼女には新たな役目が誕生した!
なんという運命か、彼女はあのヨウイチの前世の姉だった!!
そして今!前世の妹もここにいる!!」
ま、まさか…!?
「ハルカ君、君を合成獣としてサクと共にヨウイチと殺し合ってもらうよ」
「ンンンッ!!ンンーーーッ!!」
アタシは何とかここから逃れようと身体を動かすが、拘束具で捕まった両手両足はびくともしない。
「無駄だよ、君の身体にはすでにサクの細胞、つまりビランテの細胞が組み込まれているから、魔獣の力を奪うその液体の中では何もできない。
あとは、仕上げに最強の魔獣の細胞を組み込めば、君は私の最高で最強の合成獣兵器として生まれ変わるのだよ!」
「ン…ッ、ンンーーーーッ!?!?」
そう言うカオルの背後の床から、新たに巨大な試験管がゆっくりと上がってきた。
その巨大な試験管の中には、一つの巨大な竜を思わす首が液体漬けされていた。
その首は、忘れるはずもない、アタシたちがかつて命懸けで倒した、最凶最悪の魔獣ギラドの首だった。
「魔獣ギラドの細胞にまともに耐えきれた生物は、これまでいなかった。
予め肉体の方をギラドに寄せて作った改造獣でかろうじてまともに動けた。
そう、君たちが先日倒した個体だよ。
だが、性能実験中の事故で暴走し、合成獣実験が公のものとなってしまった。
今はまだ私の権限で真実は隠し通せているけれどね。
しかし、もうそれもどうでもいい、アイツに恥をかかされた以上、君とイツキ君という最高の花嫁を失った以上、もうどうでもいい」
ギラドの首が封じられた試験管に、チューブが接続され、そのチューブの反対側がアタシの入っている試験管に接続された。
チューブの両方の先端から針のようなものが伸びてきて、それがギラドの首とアタシの首筋に刺さった。
「ン゛ン゛ッ!?」
「さて、君の身体はギラドの細胞に耐えきれるかな?
かつてギラドを封じたこともある君の身体ならば、耐えてくれると信じているよ…」
「ン゛ン゛ーーーーーーーーッ!!!!!」
助けてっ、アニぃッ!!