第4話「サクヤ&セイラVSローザンヌ」
*
足元に現れた魔法陣からの光がおさまり、閉じていた目を開くと、私達、サクヤとセイラちゃんの二人は何とも不気味な空間に転移させられていた。
「ここは…?」
「床から天井、壁に至ってまで植物の蔓が巻き付いておるのう…、これは、薔薇か?」
『ただの薔薇ではないぞ?』
その蔓の中から声が聞こえてきたかと思うと、ヌルリと、床の一部の蔓から一本の蔓が伸びてきたかと思うと、その蔓の中から魔人の男が現れた。
『ようこそ、我がビランテの間へ』
「ビランテ、じゃと…?」
「ということは、あなたは六魔皇の【キメラ魔人】ローザンヌね?」
【キメラ魔人】ローザンヌ、科学者の好奇心から自らを合成獣化した存在。
『いかにも、我輩はローザンヌ。
会いたかったぞ、我が娘、“ビランテサク”よ』
「私、あなたの娘になった覚えはないのだけど?」
『とぼけなくてよい。
お前は、我輩の核より産み出したビランテ核に取り込まれ、一体化した存在だ。
つまり、お前は我輩の娘同然というわけだ』
「気色の悪いことを言うでないわ、変態魔人め。
サクヤお姉ちゃまは妾達家族の長女で、妾の精神年齢的妹でもある。
決して貴様なんかの娘ではないわい」
『そういうお前は“吸血鬼”の真祖、いや、かの悪名高き【吸血姫】様か。
これはこれは、また厄介な相手と戦わされる羽目になって、我輩は一番の貧乏くじを引かされたかな?』
「分かっておるのなら、黙ってここを通してくれんかの?」
『そういうわけにはいかない。
“吸血鬼”の真祖の身体を得る機会など、滅多に無いことなのでな。
我輩の娘と合わせて、お前のことも我輩が個人的に回収させて頂くぞ?』
「分からん奴じゃの、サクヤお姉ちゃまは、」
「ねぇ、セイラちゃん、ここは私にやらせてもらえないかしら?」
私は、セイラちゃんを庇うように前に出た。
「アイツは、私が倒すべき相手だと思うの。
だから…、」
「分かったのじゃ、お姉ちゃまに任せよう、じゃが、決して無理はするでないぞ?」
「ええ、分かってるわ」
そう言うとセイラちゃんは数歩下がった。
『二人同時でも構わないんだがな』
「いえ、あなたなんて私一人で十分よ」
私は右手に精霊剣“マリンセイバーロッド”を構え、ローザンヌと向き合った。
『では、戦う前にお前達の勝利条件を伝えておこう。
お前達が我輩を殺すことが出来れば、この部屋の蔓は消え、魔王ヤミのいる部屋へと繋がる扉が現れる。
ただし、お前達が我輩を殺しきれなければ、我輩はお前達を好きにしてよいと魔王ヤミより言われている。
どうだ、実にシンプルな勝利条件だろう?』
「確かに」
『では、始めようか、先攻は娘に譲ってやろう』
「だから…っ!私は、あんたなんかの娘じゃないっ!!」
私は“マリンセイバーロッド”をローザンヌに向けて、水の精霊術を無詠唱でいくつも放った。
「『ウォーターシュート』!『ウォーターシュート』!『ウォーターアロー』!『ウォーターカッター』!!」
しかし、ローザンヌが床から伸びた蔓の中に姿を隠した。
直後、私の放った術が蔓を消し飛ばしたが、ローザンヌの姿はすでにそこに無かった。
「くっ、何処に!?」
『ここだ』
上から声がし、天井へ視線を向けると、天井から真っ直ぐ下へ伸びた一本の蔓の中からローザンヌが姿を現し、そしてこちらへ向けて術を放った。
『『サンダーアロー』!』
「『ウォーターアロー』!!」
ローザンヌの放った雷の矢と、私の水の矢が中空で衝突し、相殺された。
私はさらに追撃しようと“マリンセイバーロッド”を天井に向けるが、すでに天井から伸びた蔓は無くなっていた。
『今度はこっちだ』
今度は私の左側の壁から声が聞こえたので、反射的にそちらへ“マリンセイバーロッド”を向けて術を放つ。
「『ウォーターシュート』!!」
「『アクアショット』!」
再び、お互いの術は中空で衝突して相殺された。
だけど、今のは…!?
「水の魔術、ですって…?
最初は雷の魔術を使ってたのに!?」
『それは、我輩の研究の成果だよ』
今度は私のすぐ足元の床の蔓の中から、ローザンヌの顔が現れ、その口から炎の魔術が放たれた。
『『フレイムショット』!』
「くっ…!?」
私はバックステップで回避しながら、床に現れた顔へ“マリンセイバーロッド”を向けた。
「『ウォーターアロー』!!」
だが、私の放った水の矢は床の蔓を傷付けただけで、そこにローザンヌの顔はすでになかった。
『我輩は同士ハゼスと共に、合成獣研究を行っていた。
実に様々な方法を試してきたよ、呪術による実験、錬成術による実験、そして魔術による実験などなど…
呪術と錬成術による実験は無事成功し、完成に至ったのだが、魔術による実験がなかなか上手くいかなくてね』
天井からローザンヌの声が聞こえてくる。
『そんな中で目をつけたのが、ビランテという魔獣の存在だった。
あらゆる生物を吸収し、その生物の特徴をコピーして自らのモノとする、その特殊性。
それを利用して、合成獣が作れるのではないか、そう考えた我々は、自らを被検体として実験を行い、そして我輩は見事、ビランテと一体化、“ビランテローザンヌ”として完成したのだ!』
次の瞬間には床から。
『その後、さらに合成獣研究を極めたがったハゼスとは袂を分かち、我輩は、新たに、この得た力の有効活用方法についてさらなる研究を続けた。
そして、魔王ヤミが封印されてからおよそ千年程の月日が経ち、我輩は自身のビランテ核を体内で分裂させて増やすのではなく、全く新たなビランテ核を作り出し、そこから単体のビランテを産み出すことに成功した!
その新たに生まれた複数のビランテの内の一体が、“ワールドフラワレス”に根をはり、お前を吸収して一体化した、というわけだ!』
今度は真横の壁からローザンヌの声が聞こえてくる。
どうやら、ローザンヌはこの蔓の中を自在に、一瞬で行き来することが出来るようだ。
これは、中々に厄介な能力ね…
「それで?まだあなたがいくつもの属性の魔術を使える理由を語っていないようだけど?」
『まあ、そう急くな我が娘。
その新たに生み出したビランテにはな、さらなる能力を付与していたのだ。
それは、吸収した生物の能力を我輩自身にフィードバック出来るというものだ。
ここまで説明すれば、我が娘ならもう分かるだろう?』
「…つまり、あなたが複数の属性の魔術が使えるのは、これまでにビランテ達が吸収したモノの力、ってことね?」
再び蔓の中に潜られたら面倒ね。
だったら…!
私は次にローザンヌが出てくるタイミングを見計らって、左手に精霊力を集中させた。
『そういうことだ。
とはいえ、フィードバックされる能力には限界もあり、純粋な魔人である我輩にはお前の精霊術を使うことは出来ないがな。
だがまぁその辺は、些末なことだ』
私の真後ろにローザンヌが現れるのと同時に、私は術の詠唱を始めた。
「千の水精よ、集え!『シャインアクアトルネード』」
私は振り向きざまに、水の精霊術、最強の術『シャインアクアトルネード』をローザンヌ向けて放った。
巨大な水の竜巻を起こし、その中央に敵を閉じ込めて相手の動きを封じると同時に、水の中は精霊力で満ちているため、その中では魔獣や魔人は魔力を使えず無防備な状態となる。
ローザンヌの本体を閉じ込めて動きを封じてしまえば後はこっちのもの、そう思っていたのだけど、
「お姉ちゃま、後ろじゃっ!!」
セイラちゃんの叫ぶ声が聞こえたので、私は咄嗟に後ろへ振り返りながら、“マリンセイバーロッド”で水の盾を出した。
「『ウォーターシールド』ッ!!」
間一髪、私の水の盾は突然現れた狛犬のような見た目の魔獣“シーザー”の炎の爪による攻撃を防いでいた。
「何故シーザーがここに!?」
『シーザーだけではないぞ』
水の中に閉じ込めたハズのローザンヌの声が何処からともなく聞こえてきたかと思うと、床に張り巡らされた蔓の至るところから、様々な種類の魔獣や、魔人が姿を現した。
「なっ、これは…!?」
『ふふふ、驚いたか?
彼らは皆、我輩の産み出したビランテ達が吸収し、一体化した存在、
つまりは我輩の子供達であり、お前の家族だ』
「なっ、何ですって…!?」
まさか、こいつらが全員ビランテと一体化した合成獣だって言うの…!?
シーザー改め“ビランテシーザー”を初めとした合成獣達は、皆虚ろな目をしていて、自らの意思が無く、ローザンヌに操られているようだった。
ま、待って…!?
彼らがローザンヌに操られているというのなら、同じようにビランテと一体化してる私は…!?
『ふふ、気付いたようだな、我が娘よ。
お前の魔力がヨウ王子との“使い魔”契約のせいで一部封じられていたせいで、時間がかかったが、
今、その全てを掌握したぞ?』
そう言いながら、私の背後に現れたローザンヌ。
そんなまさか!?だって、私の放った『シャインアクアトルネード』はまだ消えてなくて、その中には間違いなくローザンヌが閉じ込められているのに…!?
『ああ、あの中にいるのは我輩の形に似せた息子の一人だ。
こういう時のために、影武者は便利だぞ?』
「くっ…!」
私は“マリンセイバーロッド”で背後のローザンヌに『ウォーターアロー』を放とうとしたが、身体がピクリとも動かなかった。
『言ったハズだ、お前の全てを掌握した、と』
ドクンッ!!
「あ…っ!?きゃああああああああっ!?」
頭が、割れるように痛いっ!?
私の中に…、ビランテが…、ローザンヌが入ってくる…っ!?
『はははは!!これで、お前も我輩の正式な娘となった!!
もう我輩には逆らえんぞ?ははははは!!』
くっ…、しまった…!
油断していたわけじゃなかったけど…、そもそも、私じゃコイツに勝てなかった…、というわけね…
私の意識は、ゆっくりとローザンヌの意識に上書きされて……、
「そうはさせぬぞ?」
次の瞬間、パキィン!と、ガラスが割れるような音がしたかと思うと、同時に部屋の周囲を覆っていた蔓が全て消え、真っ黒な何も無い空間に、私とセイラちゃんと、ローザンヌだけが残された。
真っ黒で光の無い空間なのに、何故か私達の姿だけはハッキリと認識出来る。
『なっ…!?何が起こった…!?』
「サクヤお姉ちゃま、すまない。
お姉ちゃまの強さは信じておったのじゃが、ローザンヌ相手では相性が悪いと思ったので、妾の判断で、とっておきの術を準備しておったのじゃ」
「こ、これはセイラちゃんの術、なの…?」
「そうじゃ、“吸血鬼”の中でも“真祖”、その中でも二千年に一度生まれるとされる伝説の中の伝説、“光の真祖”…、まぁ、妾のことなんじゃが、
その妾のみが使える究極の呪術、光の呪術。
その内の一つ『世界ヲ変エル力』じゃ。
その効果は、」
「世界を切り取り、その切り取った世界を妾の思う通りの世界へと変えることじゃ」
*
ふむ、念のため光の呪術『世界ヲ変エル力』を準備しておいて正解じゃったのじゃ、お姉ちゃまが操られるギリギリに間に合ったわい…
『世界ヲ変エル力』、文字通り、切り取った空間内の世界を妾の思う通りに変えられるという、ある意味チートな術なわけじゃが、まずこの術を使うための呪力を集めるのにかなりの時間がかかる上に、長ったらしい詠唱まで必要(まぁ、今の妾はお兄ちゃま達とのキスでパワーアップしたおかげである程度詠唱を省略出来るようになったのじゃが)なせいで、通常戦闘時に使用するにはかなり無理のある(しかも妾の場合、火力もあるからわざわざ使用するまでもない)術なのじゃが、こういう場面では有効的じゃ。
『光の呪術、だと…!?そんなの聞いたことがないぞ!?
それに世界を思う通りに変えるなど、』
「なんじゃ、疑うなら何でも試してみればよい、“全て貴様の企みは無駄に終わる”がの」
『ちっ…!ならば我が娘、ビランテサクよ!そこの【吸血姫】を殺ってしまえ!!』
ローザンヌがお姉ちゃまに命令を下す。
本来であるなら、ローザンヌの支配下に置かれたサクヤお姉ちゃまは、ローザンヌの命令通り、妾を殺そうとするところじゃろうが…、
「…誰があんたなんかの命令に、従うもんですか!!」
逆にサクヤお姉ちゃまの平手打ちがローザンヌの左頬をとらえた。
『なっ…!?何をする我が娘よ!?』
「だ、か、ら!私はあんたの娘なんかじゃない!!」
今度はお姉ちゃまの“マリンセイバーロッド”から『ウォーターアロー』が飛び出し、ローザンヌを攻撃する。
避けようとするが、その場から一歩も動けないローザンヌは、『ウォーターアロー』の集中攻撃に合う。
『ぐぁあああああっ!?
な、何故だ!?何故動けん!?』
「聞いておらんかったのか?
妾は、“全て貴様の企みは無駄に終わる”、と言ったハズじゃ。
当然、お主がサクヤお姉ちゃまを操ろうという企みも、攻撃から身を守ろうとする企みも、全て無駄に終わるのじゃ」
『なっ…!?そ、そんな馬鹿な…!?』
「まだ信じられんのか?
ならば、もっと直接的に信じさせてやろうかの。
“お主の右腕が無くなる”」
妾がそう言うと、ローザンヌの右腕が消えて無くなった。
『……は?』
一瞬呆けたような表情を見せたローザンヌじゃったが、自身の右腕が無くなっていることを確認すると、そこで痛みが来たのか、
『ぎゃああああああああああっ!?!?』
右側の付け根を抑えながら、地面に膝から崩れ落ちた。
「どうじゃ?信じてもらえたかの?」
『こ…っ、こんな…っ!?こんな馬鹿なっ!?』
「ふむ、まだ納得しておらぬのか?
では、もう片方の腕を、」
『わっ、分かった…!!我輩の敗けだ!
だから、許してくれっ!!』
「は?何を言うておるのじゃ?」
『何を、って…、』
「お主は最初にこう言ったじゃろう?
『お前達が我輩を殺すことが出来れば、この部屋の蔓は消え、魔王ヤミのいる部屋へと繋がる扉が現れる。
ただし、お前達が我輩を殺しきれなければ、我輩はお前達を好きにしてよいと魔王ヤミより言われている』、と
であるならば、ここで妾達がお主を殺しきらなければ、妾達はお主の好きにされる、ということじゃろう?」
『あ…、ぐっ…!』
「小癪なお主のことじゃ、ここで泣き寝入りすれば、妾達が見逃し、そのスキに最初の勝利条件を理由に、妾達をハメるつもりだったんじゃろうが、そうはいかんのじゃ。
お主はここできっちりと殺し尽くしてやる」
『ちっ…!糞餓鬼がぁあああああっ!!
大人しくしておけば、我輩の娘として可愛がってやったものをぉおおおおおおっ!!』
キレたローザンヌが、残った左腕を蔓状にして妾を貫こうと伸ばしてきたが、こやつ、もう妾の言ったことを忘れたのか?
ローザンヌの伸ばした左腕は、妾の目の前で止まると、蔓が枯れていき、バラバラになって消えていった。
『あ…、な…っ!?』
「言ったハズじゃが?
“全て貴様の企みは無駄に終わる”、と」
『な…、こ、こんな、無茶苦茶な…!?こんなふざけた術が…っ、こんな…っ!?』
「あとな、わざわざ言うまでもないことじゃとは思っとったのじゃが、どうにもお主はまだ理解出来ておらんようなので、あえて説明してやるが、
そもそもお主が今生きておる時点で不思議に思わんのか?」
『ど、どういうこと、だ…?』
「妾が、お主に死ねと言うだけで、お主は簡単に死んでしまうということじゃよ」
『…ッ!?!?』
妾の一言で、ローザンヌはようやく、自身がもう詰んでいることに気付いたようじゃ。
「それをわざわざ生かしてやっておるのは、
お主を殺す役目は妾ではなく、サクヤお姉ちゃまの役目、ということじゃ」
妾がそう言って一歩下がると、代わりにサクヤお姉ちゃまが前に出てきた。
「セイラちゃん、ありがとね、コイツに止めを刺す役目を任せてくれて」
「何、こやつと因縁のあるのはお姉ちゃまだからの、妾がやっても良かったのじゃが、それだとお姉ちゃまは納得せんじゃろう」
「うん。
お姉ちゃんだから、妹に手を汚させたくない、ってのは勿論あるんだけど、それ以上に、コイツの産み出したビランテのせいで、私やイッ君、それにミラちゃん達を不幸にした。
その報いは、きっちりと受けてもらう」
そう言うとお姉ちゃまは、右手をローザンヌに向け、呪力を集め始めた。
「イッ君の加護、使わせてもらうわね。
炎の呪いよ、我が力となりて、敵を滅せよ!『フレイムエンドバースト』ッ!!」
『ひっ…!?』
“吸血鬼”の使う炎の呪術、その最大術である『フレイムエンドバースト』は、対象を漆黒の炎の中に閉じ込め、その命を燃やし尽くす術じゃ。
ローザンヌは、ビランテ化して数千年経っておるから、その間に核も無数に増殖しておるじゃろう(魔獣は核さえ破壊すれば殺せるが、成長するごとに核が増えるため、長年生きた魔獣には複数の核が存在して、なかなか殺しにくいという特徴がある)が、その全てを燃やし尽くすまで、術の効果は解けぬ。
この術ならあるいは魔王ヤミも倒せるのでは?と考えたこともあったが、一つ目の命が消えた時点でこの炎による死への耐性を持ってしまうから、やはり殺しきれんじゃろうな。
ローザンヌの断末魔の悲鳴ごと燃やし尽くした業火の炎が消え、ローザンヌが跡形も無く消え去ったことを確認した妾は、『世界ヲ変エル力』を解いた。
すると、先程までは蔓で覆われていた空間が何も無い空間に変わり、やがて奥の壁に赤い扉が出現した。
「やれやれ、まさかあんな雑魚相手に、妾とお姉ちゃまの切札を二つも消耗してしまうとはの…」
「ごめんね、セイラちゃん…
私が一人でやるなんて言ったばかりに…」
「いや、サクヤお姉ちゃまのせいではないのじゃ、
アヤツに関しては、サクヤお姉ちゃまが殺らねばならぬ相手じゃったし、それには相性が悪すぎたという話じゃ、何も後悔はしておらんよ」
「でも…、」
「それに、『世界ヲ変エル力』は使い勝手の悪い術じゃし、魔王ヤミ相手にはそもそも効かん可能性もあったしの」
「え、そうなの?」
「魔王ヤミも似たような魔術を使えるじゃろ?
しかも大多数の認識を同時に改変、改竄させるというとんでもない術じゃ。
それを使われれば、妾の認識を変えられ、世界を変えられなくされる可能性がある。
ま、こればかりは試してみねば分からぬが、ぶっつけ本番で試せるだけの余裕はさすがに無いのじゃ」
魔王ヤミの扱う魔術はとにかく特殊過ぎる。
特にその世界の人間の認識や戸籍情報などのデータを改竄して、本来その世界に存在しないハズの人間を強引に学院に編入させたり出来るというのは、規模がでかすぎて妾の『世界ヲ変エル力』でも不可能じゃ。
「ま、それにお兄ちゃまの加護という切札はまだ妾の分があるし、妾にはまだ“竜の涙”もあるしの」
「あ、それ全部集めたら願いが叶うって言う?」
「ああ、まぁ、それに関しては色々あるんじゃが…、その辺の話は置いておいて、
そもそも“竜の涙”には、単体でも使える特殊能力があるんじゃ」
「単体でも使える特殊能力?」
「そう、まぁ、特殊能力を使用するにはそれなりの条件が必要じゃがな。
元々、竜神と呼ばれる神界の生物の鱗じゃった“竜の涙”には、一つ一つそれぞれに元の竜神の能力が宿っておるのじゃ。
例えば、妾の持つ“竜の涙”に宿っておる能力は『竜神の咆哮』、その名の通り竜神の息吹きなのじゃが、無詠唱かつノータイムで先程お姉ちゃまが放った『フレイムエンドバースト』クラスの炎が吐ける」
「え、あの威力の炎を無詠唱かつノータイムで?
詠唱のいらない魔術や妖術でも、あのクラスの威力の術を使うなら、魔力や妖力を収束するための時間が必要だと思うんだけど…」
「竜神は神に近い存在じゃからの、それくらいはわけないということじゃろう。
他に妾の知ってるところじゃと、『竜神化』といって、一時的に竜神の力をその身に宿す能力じゃったり、
『竜神の牙』という、対象に一生消えない傷を付けて、じわじわと死に至らしめるというえげつない能力じゃったり…、と、様々な固有能力が“竜の涙”には宿っておるわけじゃが、
見た目だけではそれぞれにどんな能力が宿っておるか分からぬ上に、それらの固有能力を扱うには条件があるからの。
じゃから、そもそも“竜の涙”単体にそういった特殊能力があることを知らぬ者がほとんどじゃ。
また、それとは別に“竜の涙”共通の特殊能力があっての…、……、」
という説明をしながら、妾とサクヤお姉ちゃまは、壁に現れた扉へと向かって歩き始めたのじゃった。




