第4話「戦乙女の花園」
*
俺達がツキヒ姉ちゃんと再会した翌日、つまり5月22日の水曜日、初登校の日を迎えた俺達は朝早く寮へと『転移魔術』で戻ると、支度をして校舎へと向かった。
ツキヒ姉ちゃんとは下駄箱で別れて、俺達三人はまず職員室へ向かった。
そこで2年A組の担当であるというミチコ・カワサキ先生(基礎教養科目の担当は数学らしい)を紹介され、そのミチコ先生に連れられて俺達はA組の教室の前へとやって来た。
今の2年生はA組とB組の2クラスで、例年より人数がわずかに少ないらしく、通常一クラス14~5人程度のところ、B組には12人、A組には10人(どうやら一人が今年になって辞めたらしい)の生徒が在籍しているらしく、数合わせという意味もあって、俺達は三人ともA組に配属ということになったようだ。
ミチコ先生が俺達に廊下で待っておくように言うと、先にA組に入り、パンパンと手を叩いて生徒達の注目を集めると「まずHRに入る前に編入生を紹介します」と言い、廊下で待っていた俺達を手招いた。
イツキ、カズヒ、俺の順で教室に入ると、先生が黒板に俺達の名前を書いていった。
その間にクラスの中を見回す。
席は横に四つ、縦に三つ並べられており、俺から見て一番右側、つまりベランダ側の列だけ席が四つ用意されており、一番後ろが空席で、その前の席にツキヒ姉ちゃんが座っていた。
ちなみにツキヒ姉ちゃんの隣とその隣の席も空席となっていて、どうやら俺達はそれらの席に座ることになるようだ。
それにしてもさっきからクラスの女子の俺への視線が気になる…
一度こちらに目を向けてはそらすという行為を繰り返す子や、呆然としたような表情でこちらをじっと見てくる子もいる。
よもや俺の正体(男であるということ)がバレたのでは?と思ったが、しかし『女体化』の術は完璧で、今の俺には男である要素は何も無いハズなのだが…
と、そんなことを考えていると、先生が「では三人とも自己紹介をして下さい」と言うので、出席番号順(イツキ→カズヒ→俺)の順に自己紹介をすることになった。
「皆様初めまして、イツキ・ウィンザーと申します。
趣味はアニメやゲーム、好きな人はハルヒお姉様ですわ」
その一言にクラスがざわつき、全員の視線が俺に向いた。
イツキめ、いきなりぶっこんできやがって…!
余計に皆の俺への視線が強くなった気がするんだが!?
そして続くカズヒも、
「初めまして!あたしの名前はカズヒ・フジワラです!
ハルヒお姉ちゃんとは実の姉妹だけど、あたしもお姉ちゃんのこと大好きでーす!」
より一層ざわつき出す女子生徒!
「おい二人とも一体どういうつもりだよ!?」
「だってこう言っておかないと、他の女性にお姉様が取られかねませんもの」
「そうそう、どうせ鈍感なお姉ちゃんのことだからクラスメイトの視線の理由に気付いてないんでしょう?」
「いや、視線には気付いてたよ。
やっぱり女子から見ると女のフリしてる俺のことなんてバレバレなのかな、って」
「「ほら、やっぱり気付いてない」いませんわね」
「…?どういうことだ?」
イツキとカズヒは俺が何に気付いていないと言うんだろう?
そんなこそこそ話をしていると、ミチコ先生に「で、では最後にハルヒさん自己紹介を!」と促されたので、女生徒の視線の理由が気になったが、とりあえず自己紹介をすることにした。
「えー、俺…、じゃない、こほん……、私の名前はハルヒ・フジワラ、です。
隣の二人の言ったことは気にしなくていいので、皆さん仲良くして下さいね♪」
とりあえず、中身が男だとバレないよう、なるべくかわいく、当たり障りのない自己紹介が出来た、と思う。
…が、何故か余計に騒がしくなるクラスメイト達。
中には鼻血を吹き出して机に突っ伏す女生徒まで!?
「なっ…、一体何が!?敵襲か!?」
「んなわけないっちゃろが!!」
とうとう傍観を決め込んでいたらしいツキヒ姉ちゃんまでもがクラスの後ろの方から突っ込んできた。
隣を見るとイツキとカズヒが頭を抱えていた。
「やれやれですわ…」
「本当、お姉ちゃんは天然でやらかすんだから…」
一体、俺が何をやらかしたって言うんだ!?
*
「まずHRに入る前に編入生を紹介します」
あたし達の担任であるミチコ先生の合図で、イツキちゃん、あたし、お姉ちゃんの順でA組の教室へと入った。
あたしとイツキちゃんが教室に入ると、少なからずクラスメイト達からの注目を浴びた。
まぁ、自慢ではないけどあたしもイツキちゃんも美少女だからね。
しかし、その注目もお姉ちゃんの入室と同時に全てお姉ちゃんに持っていかれた。
頬を赤らめて呆然とする子や、視線を合わせられずに思わず下を向く子など、反応は様々だったが、皆がお姉ちゃんの魅力に骨抜きにされているのは明らかだった。
すると、教室の後ろの方からあたしへ鋭い視線を向けてくる美少女の存在に気付いた。
(あ、ツキヒちゃん!そっか、同じクラスなんだね!)
(そんなことより!
イツキ、カズヒ!このままやと、クラスメイト全員がヨウ君の魅力にとりつかれかねん!
なんとか注目をそらして!!)
(分かりましたわ、ツキヒさん。
わたくしが何とかしましょう)
というやり取りを視線だけで交わしたあたし達三人。
「では三人とも自己紹介をして下さい」
ミチコ先生に促され、あたし達は順に自己紹介をした。
「皆様初めまして、イツキ・ウィンザーと申します。
趣味はアニメやゲーム、好きな人はハルヒお姉様ですわ」
おおう、注目をそらすってそういうやり方かい!!
逆に、さらにお姉ちゃんに注目が集まりそうだけど、でもお姉ちゃんにはすでに恋人がいると思わせられれば、諦めるクラスメイトもいるかも。
ナイスアイデアだよ、イツキちゃん!
ではあたしもイツキちゃんに倣って、
「初めまして!あたしの名前はカズヒ・フジワラです!
ハルヒお姉ちゃんとは実の姉妹だけど、あたしもお姉ちゃんのこと大好きでーす!」
これでどうだ!?
さすがに、実の姉妹同士でそういう関係にあると思われれば、ドン引いて諦める女子も増えるだろう!
「おい二人とも一体どういうつもりだよ!?」
と、全く現状を飲み込めていない様子のお姉ちゃんがあたし達だけに聞こえるくらいの小さな声で話しかけてきた。
「だってこう言っておかないと、他の女性にお姉様が取られかねませんもの」
「そうそう、どうせ鈍感なお姉ちゃんのことだからクラスメイトの視線の理由に気付いてないんでしょう?」
「いや、視線には気付いてたよ。
やっぱり女子から見ると女のフリしてる俺のことなんてバレバレなのかな、って」
「「ほら、やっぱり気付いてない」いませんわね」
「…?どういうことだ?」
お姉ちゃんは今自分がどれだけ美少女なのかを理解していなさ過ぎる!!
というか、『女体化』していようといまいと、お姉ちゃんは他の女子からの好意に鈍感過ぎる!!
「で、では最後にハルヒさん自己紹介を!」
さて、残すお姉ちゃんの自己紹介だけど、なんだか嫌な予感がするのはあたしだけ?
「えー、俺…、じゃない、こほん……、私の名前はハルヒ・フジワラ、です。
隣の二人の言ったことは気にしなくていいので、皆さん仲良くして下さいね♪」
南ことりちゃんのごとき脳トロボイスでクラスの女子達のハートを一気に鷲掴んだお姉ちゃん。
とうとうその美少女っぷりに鼻血を吹き出して倒れる女生徒まで現れた。
「なっ…、一体何が!?敵襲か!?」
「んなわけないっちゃろが!!」
ついには傍観を決め込んでいたツキヒちゃんまでもがクラスの後ろの方から突っ込んできた。
「やれやれですわ…」
「本当、お姉ちゃんは天然でやらかすんだから…」
短い間とはいえ、あたし達は無事に学園生活を終えることが出来るのだろうか…?
*
ヨウ君達の自己紹介が終わり、阿鼻叫喚と化していたHRも無事に終えて、一時間目の授業が始まった。
ちなみに、ヨウ君がウチことツキヒの席の後ろに、カズヒちゃんがウチの隣の席、そしてイツキちゃんがその隣の席となった。
というわけで、ここからしばらくはウチの視点で物語を進めさせてもらうわ。
…え?北九州弁はどうしたって?
地の文はさすがに普通に書くでしょ?
読書感想文とかを大阪弁で書く人がいると思う?
……大阪弁ならいそうね、将来お笑い芸人目指してますみたいな人だったらあるいは…?
…コホン、話を戻すわ。
一時間目は数学で、そのままミチコ先生が教壇に立った。
しかし、先程のヨウ君の脳トロボイスにやられたクラスの女子のほとんどが授業に集中出来ていないのが丸分かりで、チラチラとウチの後ろの席、つまりはヨウ君の方へと振り返って熱い視線を送っている。
それだけならまだいいのだが、視線に気付いたヨウ君が何を勘違いしているのか、女神のごとき微笑みを返すせいで、女生徒達が大変なことになっている。
どうやら本人的には、男だと怪しまれないために精一杯女の子らしく振る舞っているだけのつもりのようだ。
にしても、クラスの女子の大半の心を奪ったヨウ君に対して、さすがと言うべきか、担任のミチコ先生は先程から全く動揺した素振りを見せない。
「えーっと、ではこの数式を…、カズヒさん、解けますか?」
「先生、その数式間違ってますよー!」
「え!?…あ、ほ、本当ですね!
す、すいません……!」
今までそんな単純なミスなどしたことのなかったミチコ先生がミスを犯した!?
…よくよく思えば、今日は授業が始まってからミチコ先生とウチの視線が合わない。
どうやらミチコ先生は、ヨウ君のことを視界に入れようとしていないみたいで、必死に視線をそらそうとしていた。
ミチコ先生が動揺していないというのは勘違いだったようだ…
その後の授業でも、担当教官がヨウ君の姿を見るなり頬を染めては視線をそらすという場面が何度もあった。
女性教官でそれなのだから、男性教官ともなると、その反応はさらに過剰となり、化学のキトウ先生なんか、急遽自習にして教室を出ていってしまった。
そんなこんなであっという間に昼休みとなった。
とりあえずウチ達は、姉妹四人で集まって中庭か何処かでお弁当(意外と言っては失礼だけど、四人分をカズヒちゃんが作ってくれていた)を食べようと席を立ったのだが、教室を出る前に三人組の女生徒に声をかけられてしまった。
「おっと、子猫ちゃん達、お昼を食べるならボクらとご一緒してくれないかな?」
まるで宝塚の男役かのような、そんな芝居がかった口調が実に様になっている少女、アミナ・タチバナさんとそのバディメイトの二人だ。
「えっと、あなた達は…?」
「おっと失礼、名乗り忘れてたね。
ボクはアミナ・タチバナ、扱う属性は燃える情熱の炎さ。
そして、こちらの二人はボクのバディメイト、」
「キリコ・ナカジマです、扱う属性は風です」
「ソフィア・リーと申します。
扱う属性は水になります」
バディメイトとは、“戦乙女養成学院”において、学生同士は二~四人が一組(メジャーなのは三人一組だ)となって活動する決まりとなっており、そのメンバーのことをバディメイトと呼ぶ。
基本は寮でルームメイトとなった三人でバディメイトを組むことが多いのだが、例外もある。
ちなみに、ウチは去年まで寮に住んでた子と二人組のバディメイトを組んでいたのだが、その子が辞めてしまったため、今はフリーだ(とはいえ、恐らくヨウ君達と組むことになるのだろうが)。
それと、扱う属性と言うのは、生徒達が“予科乙女石”を付けた際に、ランダムに付与される属性のことであり、ウチらは基本その属性の術を扱うことになる。
ちなみに、ウチの属性は水、イツキちゃんは炎、カズヒちゃんは風、ヨウ君は雷のようだ。
「えっと、アミナちゃん、ウチらは今日は弁当持参なんよ、やけん、食堂には、」
ウチはそれとなくアミナちゃんの誘いを断ろうとしたのだが、
「それは奇遇だね、ボク達も今日はお弁当なんだ。
それも、ソフィア君が朝早く起きて作ってくれた愛情手作り弁当なのさ」
言われたソフィアちゃんは顔を真っ赤にして照れている。
そう言えば、この三人はバディメイトである以上に恋人同士でもあったわね。
リーダーのアミナちゃんの二人への愛は勿論だけど、二人からのアミナちゃんへの愛もかなり深かったハズ。
であれば、何故ウチらに話しかけてきたのかしら?
「あらあら、アミナさんってば早速編入生をナンパですの?」
「節操がありませんことね?」
そう言ってきたのは、ウチらより一つ歳上の同級生、カナミ・タケシタとノリエ・ビューイングだ。
彼女達二人は理由あって一年留年している。
その理由とは、
「おやおや、ナンパとは人聞きの悪い。
ボクはただツキヒ君達を食事に誘っているだけだよ?」
「そんなこと言って、あなたもどうせハルヒさん狙いなんでしょう?」
「えっ!?わ、私!?」
その本気で気付いてなかったアピールがまたあざとい!!
「ふふ、まぁ、一目見た時はそのつもりだったけどね、
彼女ら四人の様子を見ていると、とてもボクらの入っていける余地など無いことは一目瞭然さ、
個人的には非常に残念なことだけど、ハルヒ君のことは諦めることにしたよ」
「本当かしらね?」
「そ、そういうカナミさんはどうなんですか!?」
「そうです!カナミさんの方こそハルヒさんのことを、」
キリコちゃんとソフィアちゃんが売り言葉に買い言葉とばかりに反論するが、そこへカナミさんとノリエさんのバディメイトである少女が割って入ってきた。
「カナミお姉様がその方々に惚れるなんてありませんことよ!
何せ、カナミお姉様には学院卒業後、“主人”となる貴族の殿方、トーマス・カリヤザキ様がいらっしゃるのですから!!」
その少女の名はナギサ・ツキミヤ。
彼女はウチらと同い年で、カナミさん達からすると一つ年下になる。
だが、入学と同時にナギサちゃんは、留年してクラスが一緒になったカナミさんに一目惚れしたらしく、バディメイトになって欲しいと頼み込んだとのこと。
「トーマス・カリヤザキ様、ですか…」
「しかし、元々あの方が“戦乙女”として指名されていたのはミスズ…、」
「二人とも、それ以上は言わぬが花、だよ」
アミナちゃんが両手の人差し指を二人の口元に当てて、二人にそれ以上何も言うなとウィンクした。
「「アミナさん」様…」
そんな三人の様子を見ていて興が覚めたのか、カナミさん達は教室をさっさと出ていった。
「…やれやれ、何だか変な空気になってしまったね。
ボクは純粋に君達の話を聞きたかっただけなんだけど、今日のところは、」
「あ、あの、よくは分かりませんけど、一緒にお弁当食べましょう!
私、早くクラスの皆さんと仲良くなりたいので!!」
ヨウ君が両手を胸の前で合わせながら上目使いでアミナさんにそう言った。
…ヨウ君、帰ったら説教ね。
そんな女の子心をくすぐるカワいいポーズなんてしてみせちゃったら、
「…ふぅ、ハルヒ君、ボクの心をこれ以上惑わせないでくれたまえ……
せっかく諦めかけていたというのに、ボクはまた君のことを…!」
「あ、アミナさん鼻血!鼻血出てます!」
「そう言うキリコちゃんも鼻血出てますよ!!」
「ふふ、ソフィア君の鼻からも、情熱の真っ赤な涙が流れているよ」
初日からこんな調子で、本当に大丈夫だろうか…?
*
編入初日の昼休み、わたくし達はアミナさんとキリコさんとソフィアさんの三人組バディメイトの方々に食事に誘われましたが、カナミさんとノリエさんとナギサさんの三人組バディメイト(どうやらカナミさんとノリエさんはわたくし達より一つ年上で、理由あって留年してしまったそうですが)に絡まれてしまったこともあって、結局アミナさん達と一緒に食事をすることは叶わず(その直接の原因はお姉様がとどめをさしたことですが)、わたくし達は姉妹四人で中庭に出てささっとカズヒさんお手製の愛妹弁当を食べることになりました。
本当はもっとよく味わって食べたかったのですが、編入初日から騒ぎの中心になっているわたくし達ですから、午後の授業に遅れてこれ以上話題になるような事態を避けるためにやむを得ずバタバタしたお昼になってしまいました。
さて、そんなこんなで迎えた午後の授業は、午前中までの基礎教養科目と違い、“戦乙女”にまつわる歴史や、その力の扱い方などを学ぶ座学と、実際に身体を動かす実践トレーニングからなるようです。
予めお姉様やツキヒさんから、“戦乙女”のことを聞いて事前知識があったとはいえ、座学の方は専門用語が多く、かなり難解な内容でした。
この様子では勉強嫌いなカズヒさんはさぞ頭を抱えているのではと心配になり(実際、午前中の基礎教養では目が死んだ魚のようになっていましたし)、チラリと隣を見てみれば、水を得た魚のごとく、授業に集中しておりました。
「“戦乙女”の授業って厨二っぽくてメッチャ楽しい!!」
なるほど、そういうものなのですね…
それから実践トレーニングですが、今日は体力作りがメインとのことでしたので、“予科乙女石”を起動することなく、学院の外周をひたすらランニングしていました。
普段からこういうトレーニングをされているツキヒさんを始めとしたクラスメイトの方々は勿論ですが、わたくし達もこの程度の運動では大して疲れることもなく、編入初日の午後は問題なく終わりました。
それから終わりのHRがあり、そのまま解散となりました。
HR後は、普通の学校のように部活動が行われており、アミナさん達はテニス部へ、カナミさん達は合唱部へとそれぞれ向かわれました。
そう言えばツキヒさんはどこの部に所属してらっしゃるのでしょう?
気になって聞いてみようとしたところへ、別のクラスメイトの方から声をかけられました。
「皆さんはもう入る部活は決められているのですか?」
この方はランカ・カンザキさん、お嬢様のような雰囲気のおっとりされた方です。
その彼女のバディメイトであるお二人、シノブ・サイファーさんとリオ・ウィスキーさんはそんなお嬢様にお仕えする侍女のような感じで、ランカさんの背後に一歩引いた形で控えておられました(後で知ったところでは実際にお二人はカンザキ家お抱えのランカさん直属のメイドさんとのことでした)。
「いえ、わたくし達はまだ…」
「そうですか、それでしたら私達の手芸部なんていかがですか?」
「手芸部?」
「ええ、その名の通り、放課後に皆で集まって、ただ好きに手芸をするだけの部ですわ」
そう言ってランカさんが見せてくれたのは、掌サイズくらいの手縫いで作られた、妙にリアルなクマのぬいぐるみでした。
「うわ、すごっ!?めっちゃリアルじゃん!?」
「まるで本物みたい…」
「お嬢様の手芸の技術は素晴らしいのですが…、」
「いかんせんリアル思考な方でして…」
シノブさんとリオさんがそう言いながら見せてくれたのは、他にランカさんが作ったと思われる手縫いのぬいぐるみでしたが、どれも本物に忠実な見た目の犬や猫などでした。
普通、こういった創作物ではデフォルメされたデザインで作られるものだと思うのですが…
「そうですわね、確かに興味深くはあるのですが…」
「そう言えばツキヒちゃんはどっか部活入ってるの?」
「ウチ?ウチはミステリ同好会やけど…」
「ミステリ同好会?そのような部がありましたの?」
ツキヒさんの答えにランカさんも初耳だという感じで驚いてました。
「私も聞いたことがなかったですね…」
「私もです」
シノブさんとリオさんも聞いたことがない部、というより同好会なんですのね。
「…まぁ、部員、というか会員はウチ一人やけんね……」
「あら、ツキヒさん一人だけなんですの?」
「それは…、」
「聞いたことがなくても仕方ありませんね…」
ツキヒさんって、ひょっとして学院ではボッチなのでは…?
「ぼ、ボッチちゃうし!?い、一応去年まではバディメイトの子と一緒に活動しとったし!!」
「ああ、学院を辞められた彼女のことですわね?」
ツキヒさんの元ルームメイトであり、バディメイトでもあったという少女に関してはわたくしも少しだけ話を聞いてます。
成績もそれなりに良かったそうなのですが、家庭の事情などもあり、学院を辞めざるを得なかった、との話です。
「そっかー、ツキヒちゃんボッチなのかー」
「ボッチ言うなし!!」
「それなら仕方がないなー、あたしはツキヒちゃんの同好会に入ってあげるよ」
「ほ、本当!?やった!!これで部室追い出されなくてすむ!!」
どうやらカズヒさんはツキヒさんのミステリ同好会に入るようですわね。
でしたら、わたくしも…
などと考えていると、わたくしの考えを読んだのかランカさんがこのように言ってくださいました。
「それでしたら、残念ですが皆さんを手芸部に誘うのは諦めた方がよろしいでしょうね」
「はい、せっかくのお誘いですが、わたくしもツキヒさんと同じミステリ同好会にしようと思います」
「カズヒ…、ちゃんもイツキちゃんもミステリ同好会なら、私もミステリ同好会に入ろうかな?」
「ええ、それが一番だと思いますわ。
ハルヒさん達と同じ部になれないのは残念ですが、バディメイト、いえ恋人同士の仲を裂くというのも野暮ですからね」
そう言ってランカさん達はわたくし達に一礼して教室を出ていかれました。
「…というか、堂々と好き宣言したイツキちゃん達はまだしも、
ウチまでヨウ君の恋人として公認されとるのは何でなん?」
「それはツキヒさんとお姉様はルームメイトですし、わたくし達の雰囲気などから皆さん察しているのではないでしょうか?」
「雰囲気って…、ウチそんな分かりやすくヨウ君のことが好きみたいなオーラ出しとらんつもりやけど…」
「見る人が見れば丸分かり、ってことじゃないかな?」
「…そーいうもんなん?よー分からんっちゃけど……」
ツキヒさんも、お姉様程では無いですが、その辺りの機微に疎いようですわね。
わたくし達からすれば、ツキヒさんがどれだけお姉様を愛しているか傍目からも明らかですのに。
と、そんなこんなでわたくし達四人は放課後の部活に励むべく、ツキヒさんの所属するミステリ同好会へと向かうのでした。
*
さて、編入初日から色々とあった俺達だったが、放課後の部活の時間となった。
当然、俺達はまだ部活には未所属だが、ツキヒ姉ちゃんが入っているというミステリ同好会なる同好会にとりあえず顔を出すことにした。
ミステリ同好会は現在ツキヒ姉ちゃん一人しかいないようなので、俺としても余計な気を使わなくて都合がいい、というのもあった。
ミステリ同好会の部室があるのは文化部棟で、校舎を一旦出てから坂を下り、校舎を背にして右側に並ぶいくつかの建物の内の一番下の三階建ての建物になる。
ミステリ同好会はその文化部棟の三階、一番奥側の部屋になる。
三階に上がる前に、一階の管理部屋と呼ばれる部屋に入り、そこに常駐している文化部棟管理人から部室の鍵を受けとった。
それから三階に上がり、ミステリ同好会の部室の前まで来ると、ツキヒ姉ちゃんが先程受けとった鍵を使って扉を開け、中へと入った。
室内は5メートル四方くらいで、部屋の真ん中に机と椅子が四人分向い合わせで並んでいた。
部屋の一番奥には窓があり、その窓の前に長テーブルと折り畳み椅子が二人分在った。
左右の壁には本棚があり、その中にはズラリと古今東西のミステリ小説が並んでいた。
「おー!これまた凄いな…」
「見事にミステリ小説ばかりだね~!」
「わたくし達の世界にもあった作品もいくつかありますね」
軽く見ただけでも、コナン・ドイルにアガサ・クリスティ、エラリー・クイーンなどの有名海外作家や、江戸川乱歩に横溝正史、島田荘司や綾辻行人といった日本人本格ミステリ作家による作品などが揃っていた。
「ここにある本は基本ウチが持ち込んだ本やから、自由に読んでもらっていいよ」
「えっ、これ全部ツキヒちゃんのなの!?」
「うん、そもそもミステリ同好会自体、ウチが申請して作った同好会やしね」
「そ、そうだったんだ…」
「ちなみに、どういう活動を目的に作られたんですの?」
「ウチが去年までのルームメイトの子と一緒に作った時は、お互いにお気に入りの作品を紹介しあったり、時間まで小説を読んだりとかしてたかな。
まぁ、寮の部屋でやってることとほとんど変わらなかったんだけどね」
とりあえず俺達は椅子に座って、適当に本棚から本を選んで読むことにした。
俺が選んだのはコナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』だ。
ホームズ作品の中でも一番好きな作品だ。
イツキが選んだのは綾辻行人の『時計館の殺人』。
これも読んだことがあるが、いわゆる“館シリーズ”の中では最高傑作だと思っている。
ツキヒ姉ちゃんが選んだのはアンソニー・ホロヴィッツの『絹の家』。
これはややマニアックかもしれないが、コナン・ドイル財団公認の“シャーロック・ホームズ新作長編”という、ホームズもののパスティーシュ作品の中でも珍しい部類に入る作品だ。
そしてカズヒが選んだのは『金田一少年の事件簿』、
「って、漫画じゃねぇか!!」
「え、いや、だってあたし活字苦手だし…」
「せめて小説版読むとか」
「そこに漫画があるのが悪い」
カズヒは相変わらずだな…
そんなこんなで、しばらく俺達は静かに本を読んでいたのだが、ふとカズヒがこんなことを言った。
「うん、やっぱりこれあたしも読んだことのある、あたしの世界の『金田一少年』と全く同じやつだ」
「いきなりどうしたんだ、カズヒ?」
「え、いや、だってさ、この世界って“戦乙女”とか侵略宇宙生物が存在する世界じゃん?
なのに漫画や小説には、そうした描写が一切無い、あたし達の世界に近い世界観で描かれてるじゃん?
それって、この世界的には凄く違和感のある設定なんじゃないかな、って」
「…言われてみればその通りですわね」
ふむ、確かにカズヒの言う通りだな。
異能力の存在が当たり前の世界で、異能力が出てこない、むしろその存在が否定されている世界観の作品は、その世界の人からすれば奇異なものに見られるのではないか?
その疑問に対して、ツキヒ姉ちゃんが答えた。
「ああ、それはね、暗黙の了解としてミステリ作品に出てくる世界は架空の世界である、ってのがあるんよ」
「架空の世界?」
「つまり、俺達の世界風に言えば異世界モノ、って感じだな」
「そーいうこと。
だって考えてもみてん?密室トリックやアリバイトリックに“戦乙女”の能力が使われてましたーとか言われると興醒めするやん?
ただでさえ一般には知られてない未知の能力があったりする“戦乙女”なんやから、フィクションでさらに盛った能力を付け足したりとか何でもありやん?
やけん、基本的にはミステリに“戦乙女”は出てこん、“戦乙女”の存在しない異世界での話、ってのが暗黙の了解とされとるんよ。
勿論、例外はあるけどね」
そう言ってツキヒ姉ちゃんが本棚に向かい、一冊の本を取り出した。
それはアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの一冊だった。
「例えば、この作品に出てくる名探偵ミス・マープルは、“主人”と“主人石”を必要としない、第二世代の“戦乙女”、“第一次汎用型戦乙女”という設定なんよ」
「んん?待って待って、たった一言の説明の中だけで、とんでもない情報量が詰め込まれてた気がするんだけど!?」
「ミス・マープルが“戦乙女”という設定にも驚きましたが、その第二世代とか“第一次汎用型戦乙女”とか言うのは?」
「ああ、「第一次なのに第二世代ってどういうこっちゃ?」って思うよね」
「え、ええ、まぁ…」
「【原初の戦乙女】のことは知っとーちゃろ?」
「うん、確か一番最初の、“乙女石”のみで変身した“戦乙女”のことだよね?」
「そう。その【原初の戦乙女】は天然物の“乙女石”によって変身した最初の人ってことで“戦乙女第零号”とも呼ばれとるんよ。
そこから第一世代、つまり天然物の“乙女石”によって変身した“戦乙女”達のことを“零型戦乙女”と呼ぶようになったんよ。
そんで第二世代、これ以降は人間の手が加えられた“乙女石”が使われるようになったことで、その最初の世代が“第一次汎用型戦乙女”。
さらに第三世代、ここから“主人石”による制御が加えられたことから、“第二次汎用型戦乙女”、つまりは現在一般的に“戦乙女”と呼ばれとるもののことやね。
そして第四世代、所謂特定の個人にしか扱えない特化型の“乙女石”によって変身する“特化型戦乙女”。
ちなみに、“水皇石”や“炎帝石”、“雷王石”なんかが第四世代ってことになるね」
「へー!なんかもうその設定だけで物語が一本書けそうだよ!」
どうやらカズヒの厨二心を大いにくすぐったようだ。
「と、話が大分逸れたけど、つまりは“戦乙女”であるミス・マープルがその能力を駆使して事件を解決するシリーズなんよ。
他には異世界やないけど、“戦乙女”の能力が使えん限定条件下での事件、所謂クローズドサークル的なシチュエーションとかも考えられるかな~
あ、ちなみにそう言ったシチュエーションでの傑作と言えば…、………」
急に饒舌になり、熱く語り始めたツキヒ姉ちゃんの顔はとてもキラキラしていて、思わず見とれてしまった。
前世ではここまで自分の趣味について熱く語る姿を見たことのなかった俺は、ツキヒ姉ちゃんの新たな魅力に気付くのだった。
「ふふ、お姉様ってば、さっきからずっとツキヒさんの顔を見ていますわね♪」
「ふぇっ!?そ、そうか…?」
不意にイツキに話しかけられ、思わず変な声を出してしまった。
「え?ウチの顔になんか付いとる?」
「い、いや、ミステリのことを熱く語るツキヒ姉ちゃんがカワイイな~って…」
「んなっ…!?い、いきなりそんなこと言うの反則やん!?」
「あはは!ツキヒちゃんの顔真っ赤っかだよ!」
「あぁもう、しゃあしい!」
真っ赤になった顔を両手で隠そうとするツキヒ姉ちゃん。
そんな仕草も新鮮で、俺はツキヒ姉ちゃんに惚れ直すと共に、改めて誓った。
前世では基本的に戦いの多かった俺達家族には、こんな風に心の底から笑うことなんてほとんど無かったように思う。
だからこそ、俺は、俺自信も含めた家族皆の笑顔を守らなきゃいけないなと。
命を懸けてでも、とよく言うが、そんな覚悟は俺から言わせてもらえば甘えだ。
自分の命を捨てて守れるものなんて何も無い。
結果、残された者がどれだけの悲しみや後悔を背負うことになるのか。
それを知った今の俺は、命を懸けるなんて甘えた覚悟はしない。
『家族全員揃って必ず生き残って幸せになる』
それが今の、俺達の覚悟だ。
死んでもいい覚悟より、絶対に死なないという覚悟の方が遥かに強い。
そんなことを考えながら、イツキとカズヒにからかわれているツキヒ姉ちゃんを見ていると、気付けば下校時間となっており、結局ミステリ同好会らしい活動は出来ず終いで、学院編入初日は終わるのだった。




