第2話「始まりの妹」
*
「お兄様ーーーーッ!!」
その子、あたしと瓜二つな顔立ちをした美少女は、そう叫ぶといきなりあたしのお兄ちゃんに向かって抱き着いた!
顔立ちが似ていることからして、薄々そうじゃないかとは思ってたんだけど、どうやらこの子が探し求めているお兄ちゃんの“姉妹”第1号、ということみたいね。
いや、あたしが第1号とするならこの子は2号ということに?
いやいや、でも妹になった順番で言うならこの子が妹第1号であたしは妹11号ということになる?
まるで“剣崎さんと橘さんと相川さんの誰が1号ライダーなのか問題”だね、こりゃ。
…うん、一部の特撮オタクにしか分からないような例えは今はおいておこう。
お兄ちゃんがルナと呼んだその子を改めてじっくりと見直してみる。
顔はメガネを外したあたしそのもので、頭には赤いカチューシャをしていた。
着ている真っ白なワンピースはかなりお高そうな素材で作られており、そのワンピースの下に隠された彼女の肢体はあたしと同じか、それ以上のプロポーションを誇っているのが見て取れた。
ちなみに、あたしのサイズは上から87-55-88だ。
あたしの美少女観測レーダーによると、このルナって子のサイズは推定89-54-88。
うむ、お兄ちゃんの理想をそのまま具現化したような女の子だ。
そしてそれはあたしにも言えるんだけどね!
「ちょっと、お兄ちゃん!今すぐそこを代わって!!
あたしもルナちゃんに抱きしめられたい!!
そのおっぱいに思いっきり顔をうずめたい!!」
「え、あ…、あの…?」
「お前、仮にも初対面の女の子に何てセリフはいてんだ!?
女の子だからセーフってわけじゃねぇぞ!?立派なセクハラですよ、セクハラ!」
おっと、いけない、いけない、思わず欲望の本音が駄々洩れてしまったぜ♪
「あ、あの、お兄様?
こちらの、わたくしとそっくりな見た目の方は…?」
「あ、ああ、えっと、そうだな、あ~、こいつは俺の現世における妹の一陽だ」
「はい!藤原一陽、16歳ですっ!!
好きなものは野球とお兄ちゃんとカワイイ妹と素敵なお姉ちゃん、そして女の子のおっぱいですっ!!
あ、カワイイ妹と素敵なお姉ちゃんは絶賛募集中ですっ!!」
「はぁ、なるほど…、カズヒさん、ですね?
わたくしは前世におけるお兄様の妹、イツキ・ウィンザーと申します、好きなものはアニメとお兄様とカワイイ妹と素敵なお姉様、そして女性のおっぱいですわ♪」
「へ?」
「うふふ、カズヒさん、
どうやらわたくしたちは良い“姉妹”になれそうですわね♪」
そう言ってイツキと名乗ったその少女があたしに抱き着いてきた!!
ぽよん♪
や、柔らかッ!?
こッ、これが我が姉妹の乳房なのかッ!!
「ああ、カズヒさん…!」
「イツキちゃん…!」
ああ、なんという楽園…!
これが、天国というものか…ッ!!
「えーっと、俺は今何を見せられてるんですかね…?」
おっと、あまりにもイツキちゃんの感触が素晴らしすぎて、お兄ちゃんのことすっかり忘れてたぜ…
「あらあら、これは失礼いたしましたわ、お兄様。
カズヒさんの感触が素晴らしすぎて、お兄様のことすっかり忘れておりましたわ」
どうやらイツキちゃんもあたしと同じことを思っていたらしい。
なんだろう、あたしとイツキちゃんって精神的な双子と言ってもいいくらいに感性が近いのかもしれない。
「やれやれ、とんだ運命の再会だな…
2000年振りに会ったっていうのに、新しい妹に全てをもっていかれるとはね」
「にっ、2000年!?」
「うふふ、怒らないでくださいな、お兄様。
むしろ、2000年もの間、カワイイ妹をほったらかしにしていたのですから、このくらいのイジワルはされても文句は言えませんことよ?」
「はは…、それは本当に申し訳なかったよ」
「まぁ、でも許して差し上げます!
何せ、こんなに素敵な妹を連れてきてくれたのですから♪」
そう言って、あたしの右腕に再び抱き着いてくるイツキちゃん。
あぁ~、イツキちゃんのおっぱいがあたしの右腕を挟み込んで…!!
「というか、ルナ…、ああいや、今はイツキって言うんだっけか、イツキってそんなキャラだったか…?」
「それは2000年も時間が経つのですから、多少性格も変わりますわ。
この2000年で、どれほど生まれ変わりを繰り返したと思いますの?」
「そりゃ、そうかもしれないが…
って、イツキ、お前その言い方だと、2000年分の記憶があるみたいな感じだけど…?」
「ええ、ありますわよ、
わたくしには2000年分、九回転生して十人分の記憶がしっかりと残っておりますのよ?」
「「な、なんだってー!?」」
衝撃の告白に、あたしとお兄ちゃんは思わずハモっていた。
*
とりあえず、いつまでも丘の上にいるのも何だからと、イツキちゃんの家に案内されることになったあたしたち。
その道中でお兄ちゃんも改めて自己紹介(と言っても現世の名前を伝えたくらいだけど)をした。
イツキちゃんの家は、あたし達が目覚めた丘をくだってわずか五分ほどの場所にあった。
着ていたワンピースやお嬢様口調の話し言葉から、なかなかいい所に住んでいるのではと予想していたが、はたしてその予想を遥かに上回るほどに巨大な豪邸だった。
いや、驚くべき部分はそれだけじゃない、このイツキちゃんの豪邸が建っている場所、ここは…、
「ひょっとしてこの場所って、俺達の家のあった場所の目の前、じゃね?」
「あ、お兄ちゃんもそう思った?」
そう、イツキちゃんの豪邸は、あたし達の世界においてあたし達の家があった場所、その目の前の川を挟んだ向かい側の場所に建っていたのだ!
ただ、あたし達の世界と違う点は、当然あたし達の世界においては家の前にこんな豪邸はなかったし、逆にこちらの世界ではあたし達の家のあった場所には何もない、緑の自然が広がってる。
そして家の前を流れる川も、あたし達の世界では護岸工事でコンクリート固めされていたのに対し、こちらの世界では人の手が一切加えられていない、自然の小川そのものであった。
「さ、お兄様、それにカズヒさん、どうぞわたくしの家へ!」
イツキちゃんに案内されて、豪邸の中へ入ると、二人のメイドさんと思われる女性が頭を下げて出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。
お早いお帰りですね…、っと、そちらのお客様は…?」
「おやおや~?ひょっとして、その方が運命のお兄様って奴ですかな?」
顔を上げた二人の女性は驚くほどそっくりだった。
違うのは着ている服と髪の長さくらいで、丁寧な口調の女性の方が白と黒の色合いで作られたいわゆる一般的なメイド服に、腰まで長く伸びた黒髪で、ちょっとくだけた口調の女性の方が黒いインナーの上から赤い割烹着を着ていて、髪は短く首の所で綺麗に揃えられている。
歳はあたし達よりも少し上か同じくらい、といったところかな?
スタイルは、メイド服と割烹着に隠れて分かりにくいけど、あたしやイツキちゃん以上にとんでもない…!
あたしの美少女観測レーダーによると…、なん…だと…!?
確実にバスト90は超えている…、だと!?
「ええ、セイさんその通りですわ。
ご紹介しますわね、こちらがわたくしの前世のお兄様で、永遠の愛を誓ったヨウイチお兄様ですわ」
「あ、ど、どうも、初めまして、藤原陽一と言います」
「そして、こちらの女性がお兄様の現世における妹さんの、」
「どうもー、初めまして!藤原一陽でーす!」
「なるほど、お嬢様の…
どうやらお嬢様が常日頃話されていた妄言は、ただの作り話ではなかった、というわけなのですね?」
「メイさんは時々そうやってしれっと毒を吐きますわね…
まぁ、そういうメイさんも嫌いではありませんけど。
ああ、えっとお兄様方にも紹介いたしますわね。
こちら、メイド服の女性がメイさん、割烹着の女性がセイさんですわ。
お二人は姉妹で、五年前、わたくしの両親が亡くなって以降、ずっとわたくしのお世話をしてくださっていますの」
「始めまして、ヨウイチ様、カズヒ様、
わたくしが姉のメイです。主にお屋敷の掃除、洗濯を担当させていただいております」
「どもどもー、妹のセイでーっす!
お姉ちゃんとは2歳違いの17歳だよん♪
私の担当は主に炊事です!よろしくね、ヨウイチ君、カズヒちゃん♪」
そう言って、メイさんは深くお辞儀を、セイさんはあたし達の手を握って笑顔で握手をしてきた。
「さて、それでは一度談話室で落ち着きましょう。
セイさん、飲み物とお菓子を用意してくださるかしら?」
「はーい!」
「メイさんはお兄様とカズヒさんの寝室のご用意を」
「かしこまりました」
「あ、すいません、勝手に話を進めてしまいましたけれど、お兄様達は、今宵はうちに泊まって行かれますわよね?」
「えーっと、今夜と言わず、出来ればずっと泊めていただけると助かるな~、なんて…」
「え?それは一体どういうことですの?」
「あー、まぁ、その辺も含めて、今俺達の置かれてる状況をこれから全部説明するよ」
「分かりましたわ、ではお二人とも、どうぞこちらへ」
そう言って案内された部屋は十畳くらいはあるだろうか、とても広い洋間で、部屋の隅には暖炉があり、中央には直径3メートルくらいの丸テーブルが置かれており、暖炉の反対側の壁には長辺が5メートルくらい、短辺が3メートルくらいの超巨大なテレビ、そしてガラス張りの引き窓から見える庭は日本庭園を思わせるような池と自然が広がっているのが見えた。
「うっひゃ~…、まさにお金持ちって感じの家だね~…」
「そんな、大したことではありませんわ。
さ、お二人ともあちらのソファへどうぞ」
イツキちゃんに誘導されて、あたしとお兄ちゃんは超巨大テレビの前に置かれた長さ2メートルくらいの超ふかふかなソファに座らされた。
ソファとテレビの間には、これまた高そうなテーブルが置かれていた。
マホガニー、ってやつかな、これ…?
ソファにはお兄ちゃんを中心に右手側にあたし、左手側にイツキちゃんが座っている。
あたしたちがソファに座ってしばらくして、セイさんが三人分のコーヒーとおはぎを持ってやって来てそれらをテーブルの上に置くと、「それじゃ私は夕飯の準備がありますので失礼しまーす!」と言って早々に部屋を出て行った。
「さて、それじゃまずは俺達のことから話しておこうか」
そう言ってお兄ちゃんは、あたし達が別の世界から来たこと、そして世界を救うために【次元航行者】として、パラレルワールドを旅してイツキちゃんを含めて10人の前世の“姉妹”達を集めなければならないことを簡単に説明した。
だけど、こんな説明をしたところで、普通の人は到底信じられるような内容じゃ、
「なるほど、だいたい分かりましたわ」
「イツキちゃん理解力高過ぎでしょ…」
「お兄様がわたくしに嘘を言うハズがありませんから」
「そもそも、その前世の兄ってのが嘘かもしれないんだよ?」
「それはありえませんわ。
お兄様はわたくしがこの2000年で唯一愛した男性です。
例え何度生まれ変わろうとも、永遠の愛を誓った間柄なのです。
そんなお兄様を、わたくしが見間違うハズがありませんわ」
「いや、本当に信じてくれて助かるよ、イツキ。
最初に出会えた妹がイツキで本当に良かった」
「お兄様…!」
そして見つめ合うイツキちゃんとお兄ちゃん。
ああ、本当にこの二人は兄妹なんだな~。
“姉妹”しか愛せないお兄ちゃんが、これほどに熱い視線を送る女の子は、間違いなく“姉妹”以外ではあり得ない。
つまり、このイツキちゃんは間違いなく前世のお兄ちゃんの妹で、お兄ちゃんにとっての最初の妹というわけだ。
「…ん?待って。
そう言えばさっき、イツキちゃん2000年分の記憶がある、って言ってたよね?」
「ええ、2000年分、九回転生して十人分の記憶がわたくしにはありますわ」
「それに、お兄ちゃんのことを2000年の間で唯一愛した男性、だとも」
「ええ、それが何か?」
「え?ってことは、イツキちゃん、2000年間、ずっと処女だった、ってこと?」
「もちろんですわ。お兄様以外の男性とそのような行為をするなんて考えたこともありませんわ」
イツキちゃん半端ないって!!
一人の男性(それも実の兄)を思って、2000年処女を貫くって、そんなんできんっちゃろ、普通!?
どんだけブラコンなんよ!?
「あ~…、じゃ、じゃあ、それだけお兄ちゃんのことを愛してきたんだったら、やっぱり、突然現れた新しい妹は、嫌…、だよね~?」
それだけお兄ちゃんのことを一途に愛してきたんだったら、やっぱりお兄ちゃんのこと独り占めしたかったりする、よね?
あたしは元からお兄ちゃんのことは好きだけど、血の繋がった実の兄妹だから最終的には結ばれないことは分かってるから、むしろカワイイ女の子がお兄ちゃんの恋人になってくれることは大歓迎なんだけど…
「あら?どうしてですの?
先ほども言いましたが、わたくし、カワイイ女の子も大好きなのですわ。しかも、それが妹、となればなおさらですわ」
「い、イツキちゃん…!」
「それに、お兄様にはもっともっと女性の恋人、出来ればわたくし達のような“姉妹”が理想的なのですけれど、を作っていただいてハーレムを築いていただかなければ!」
「「はい??」」
まさかのイツキちゃんの発言に、あたしもお兄ちゃんも思わず聞き返していた。
「え?ハーレムってどういうことだ?俺は別にそんなもの作る気はないんだが…」
「あ、そう言えばお兄様は別の世界から転生、いえ、転移と言った方が正しいのでしょうか、されてきたのでしたね。
だとしたら知りませんわね…
実は、わたくし達の世界では今、男性の数が圧倒的に足りていないのですわ」
「「え?」」
「では、カズヒさんのためにも、まずはわたくし達の世界の説明をいたしましょうか。
お兄様も、まだ前世の記憶がハッキリしていないようですし、わたくし達の活躍を思い出すためにも」
「あ、ああ、頼む」
「ええ、畏まりましたわ」
そう言って、イツキちゃんは前世でのお兄ちゃんとの記憶を語り始めた。
*
時はフラウ前歴4年、旧フラウ王国(あたし達の世界で言う所の九州にあたる)の人々は、この世界とは別の世界からやってきた魔人と、彼らが操る“使い魔”である魔獣と呼ばれる敵と戦っていた。
フラウ王国の王子と王女として生まれたお兄ちゃん(当時の名前はヨウ・フラウ)とイツキちゃん(当時の名前はルナ・フラウ)は、魔人たちと戦う王国騎士団のリーダー的存在だった。
中でも、ルナ王女は【精霊姫】と呼ばれるほどの精霊術に長けた精霊術師だったらしい。
「待って、その精霊術ってのは何?」
「あら、カズヒさんたちの世界には精霊術は存在していませんの?」
「精霊術どころか魔人とか魔獣も全てはフィクションの中だけの存在だよ…」
「なんとっ…!カズヒさん達の世界は、とても平和でよい世界なのですね」
「いや~、それほどでもないんだけどね…」
「カズヒ、精霊術ってのは、自然界に存在する精霊の力を借りて様々な現象を起こす術のことだ。
ちなみに、魔人達が自身の魔力を使って様々な現象を起こす術は魔術と呼ぶ」
「お兄様、少し思い出してきたのですね?」
「ああ、なんとなく、だけどな」
「では、もっと具体的に説明しましょう。
この世界には、炎、水、氷、雷、風、土、草、木、光の自然精霊が存在しています。
わたくし達精霊術師は、これら精霊の力を借りて精霊術を扱い、その力で魔人達と戦ってきたのです」
「へ~…
ちなみに、その精霊の力ってのは、全部の種類の力が使えるの?」
「いえ、基本的に一人の術師が扱えるのは、一種類の自然精霊だけですわ。
ちなみに、わたくしは“炎の精霊術師”で、」
「俺が“光の精霊術師”、だったな」
「ええ、その通りですわ、お兄様」
「なるほどね~
それで、【精霊姫】って呼ばれてたのは、やっぱりお姫様だったから?」
「それもありましたが、
それ以上にわたくしは精霊術師の中でも一部の術師にしか扱えない、特殊な術を使えたからそう呼ばれていたのです」
「特殊な術?」
「ええ、実際にそれをお見せいたしましょう」
そう言ってイツキちゃんはソファから立ち上がると、そのままガラス張りの引き窓の方へと歩いていき、引き窓を開けて庭の方へと出て行った。
あたし達もイツキちゃんの後を追って庭へと降りた。
庭の真ん中あたりで池を背にして立ったイツキちゃんは、精神を統一するかのように一度目を閉じて深呼吸をすると、
「炎の精よ、集いて我が身と一体となれ!『スピリット』!!」
そう叫ぶと、突然イツキちゃんの全身が真っ赤に燃え上がったのだ!!
「わ!?イツキちゃん燃えてる、燃えてる!!」
「大丈夫ですわ、カズヒさん。
これが特殊な術『スピリット』、つまり精霊化ですわ」
「精霊化?」
「ああ、イツキは炎の精霊と一体化することで、自身の体を炎そのものに変えることが出来るんだ」
「ええっ!?」
「こうすれば、毎回攻撃するために詠唱式を唱える必要がなくなりますし、何より肉体が炎化しているため、物理的なダメージは一切受けなくなりますの」
「うへ~…、それなかなかにチートじゃん…」
「さらに言えば、お兄様は“光の精霊術師”。
光の精霊術には、攻撃術式こそ少ないですが、傷を癒したり、体力を回復したり、バリアーを張ったりといった支援術式に特化しているため、わたくしとは最強最高のパートナーだったのです」
「なるほど、攻撃特化のイツキちゃんに、防御特化のお兄ちゃんで、スキがなかった、というわけだね」
そこまで説明した所で、炎化を解除したイツキちゃん。
「そういや、あれだけ燃えてたのにイツキちゃんの服燃えてないんだね?」
「ええ、炎はわたくしの意思で調整できますので、基本は自身を害するもの以外を傷つけることはありませんわ。
それに、元よりこちらの世界の服には特殊な繊維が使われておりまして、ちょっとやそっとのことでは傷つかない設計になっているのですわ」
「魔獣達の攻撃から身を守るため、ってことか」
「ええ、これらの技術はお兄様が亡くなった後、数百年後くらいに完成したものなんですの。
では、一度話を戻しましょうか。
この精霊術を使い、わたくしとお兄様が率いる王国騎士団は、徐々に魔人の軍勢を追いやり、そしてついに最終決戦、魔王ヤミとの戦いが始まったのですわ」
「魔王ヤミ…」
「ああ、そいつは何度殺しても生き返るという化物だった」
「はぁ!?何それ!?そんなのどうやって倒すの!?」
「魔王ヤミ本人が言うには、完全に不死身というわけではないらしい」
「彼女、魔王ヤミには無限に近い命があるらしく、その命全てを失えばさすがに死ぬ、とのことらしいのですが、」
「一度殺した方法に対しては耐性がつくらしく、無限に近い殺し方で殺しきらなければいけないという、どこぞの英雄が可愛く見えるくらいの超チート能力持ちだったんだ」
「ええっ!?そんなヤツどうやって倒すっていうのよ!?」
「無限に殺し続けるだけですわ」
「死ぬまで殺すだけだ、ってやつだな」
「いや、そんな簡単に言うけど…
事実上そんなの不可能なんじゃ?」
「ええ、カズヒさんの言う通りですわね。
実際、わたくしたちの力だけでは十回殺すだけで精いっぱいでしたわ」
「十回殺せただけでも十分スゴイんじゃ…?」
「だから、殺しきれないのなら、半永久的に封印するしかない、ってわけで、俺の命と引き換えに編み出した封印の精霊術で、魔王ヤミを封印したんだ」
「そう、お兄様はわたくしを置いて、先に逝ってしまわれたのですわ…」
そう言うイツキちゃんの瞳には涙がにじんでいた。
「戦いが終われば、わたくしを抱いてくださると約束してくださったのに…」
「あれ!?そんな約束だったか!?」
「お兄ちゃん、実の妹に手を出そうとしてたなんて…」
「実の兄に手を出そうとしてるお前に言われたくないわ!!」
「ふふ、冗談ですわ♪さて、問題はその後なのですわ」
「問題って…、ああ、さっき言ってた男の人の数が足りてないって話?」
「ええ。
魔王ヤミは封印されましたが、それで魔人や魔獣そのものがいなくなったわけではありません。
現に、今もわたくし達精霊術師は、魔人や野良の魔獣達と戦い続けているのですわ」
「ああ、なんとなく分かった!
戦争で男の人達が戦死していくから、男の人の数が減ってるってこと?」
「いえ、そうではありません。順に話しましょう」
そこで一度部屋へと戻り、三人で再びソファに座ったところに、ちょうどセイさんが新しいコーヒーを持ってきてくれた。
新しく淹れてくれたコーヒーを飲みながら、再びイツキちゃんが話し始めた。
「魔王ヤミを封印した後、混乱していた周辺諸国をまとめあげ、わたくしは新生フラウ王国の女王となり、その年をフラウ歴元年と定めたのですわ」
「フラウ歴…」
そう言われて、ふと壁に飾ってあったカレンダーに目をやると、今はフラウ歴2030年の4月らしい。
あたし達の世界の暦では西暦2030年の4月だったから、フラウ歴と西暦は偶然にも一致しているみたい。
と、そこまで考えたところであることに気付いた。
「そういや今更だけど、この世界で使われてる言葉や文字はあたし達の世界のものと同じなんだね」
「言われてみると、確かにわたくし達普通に会話出来ていますわね?
文字も一緒なんですの?」
「うん、カレンダーに使われてる文字は日本語の平仮名と片仮名と漢字だし、数字もアラビア数字だし」
「あら、そちらの世界ではそのように呼ぶのですね。
わたくし達の世界では、今話している言葉はフラウ語、書かれている文字はフラウ小文字、フラウ中文字、フラウ文字、それからフラウ数え文字と呼んでいます」
「へ~、そうなんだ…
あ、話の腰を折っちゃってごめんね?」
「いえ、では話を戻しますね。
あれはフラウ歴12年、幹部クラスの魔人リュートが魔王ヤミを復活させようとして大規模な魔術を行使しようとしました。
わたくし達はその魔術をかろうじて防ぐことに成功しましたが、完全には術の発動を阻止することが出来ず、その副作用で、この世界には呪いが残ってしまったのです」
「まさか、その呪いって言うのが?」
「ええ、男性の持つX染色体が誕生の瞬間に突然変異を起こし、YYのホモ接合型となり、それが致死遺伝子となってしまう呪いです」
「YYのホモ…?それに、チシイデンシ??」
「カズヒ、生物で習っただろ?キイロハツカネズミの」
「???」
「…いちいち説明するのが面倒だ。
要するに、この世界では魔人が仕掛けた魔術の副作用によって、本来生まれるはずのないYY染色体という致死遺伝子を持った男子が生まれるようになったせいで、男の数が減っているということ、…で合ってるか、イツキ?」
「ええ、お兄様の言う通りですわ。
YY染色体の発現条件などが全くの不明で、防ぎようのない現象ですから、わたくし達はそれを呪いと呼ぶしかないのです」
「しかし、俺が死んだ後でそんなことがあったんだな…」
「ええ。
男性の出生率の極端な低下から、わたくし達は種の生存が危ぶまれる事態となったのです。
それ故に、YY染色体異常が起きなかった男子はとても貴重な存在、というわけです」
「ああ、それゆえのハーレム制度ってわけね!」
随分遠回りした気がするが、ここでようやくイツキちゃんがお兄ちゃんにハーレムを築いて欲しいと言った理由が分かった。
「はい。
人口の減少を防ぐ為の手段として、まず一人の男性が複数の女性を妻にとるハーレム制度が採用されました。
しかしそれだといずれ血縁の問題が出てくる」
「まぁ、そうだよな。
結局男が少ないって点は解消されないわけで。
いずれ周りには腹違いの兄弟姉妹だらけになっちまうよな」
「ええ、ですので、わたくし達は長い年月をかけて研究を続け、兄妹姉弟同士でも問題なく子供を産めるように、遺伝子を調整する技術を開発したのです」
「その話詳しく!!」
兄妹同士でも子供を産める、だと…!?
そんな夢のような技術があるんなら、あたしもお兄ちゃんの子供を産むことが出来るってこと…!?
「うふふ、まさにお兄様と血の繋がったカズヒさんには朗報かもしれませんね?
詳しい原理などを説明するのはややこしくなるだけですので省きますが、要するに、簡単な手術を行い、生殖に関わる遺伝子の一部を書き換えることで、血の繋がった兄妹姉弟同士でも問題なく子供が産めるようになるんです」
「ま、マジかよ…」
「そそそそ、それって、あたしも今から手術すれば、おおおお、お兄ちゃんと…、」
「ええ、問題なく赤ちゃんを産めますわよ、カズヒさんとお兄様の」
「いぃっよっしゃああああああああああああああっ!!!!!」
あたしはこの日、今までの人生で一番大きな歓声をあげたのだ。
しかし、この後イツキちゃんはさらなる衝撃をあたしにもたらした。
「あ、ちなみにiPS細胞というものを用いて、女性同士でも子供が作れる技術も確立しているんですのよ?」
「え?」
「つまり、わたくしとカズヒさんの赤ちゃんも作れる、ということですわ」
「あたしとイツキちゃんの赤ちゃん!?」
「うふふ、わたくし、お兄様の赤ちゃんはもちろんですが、カズヒさんの赤ちゃんも、ぜひ産んでみたいですわ♪」
「………ッッッ!!!!」
頬を赤らめるイツキちゃんを見て、あたしは鼻から何か熱いものが逆流してくるのを感じながら声にならない悲鳴をあげた。
「おまっ、カズヒ、鼻血出てるぞ!?
っていうか、そのまま気絶してる!?」
「まぁ、大変ですわ!?
メイさーん!!治癒の精霊術をお願いしますわー!!」