第0話「とある少女の記憶」
*
わたしの名前はアンナ・カミュエル、魔人だ。
体内に魔力と呼ばれる不思議な力を宿す人間のことを魔人と言う。
魔人には、頭から二本の角と、お尻から細くて先が矢印のようになっている尻尾が生えており、背中からはコウモリのような翼を自在に出し入れすることが出来るという特徴があった。
また、魔人の女性特有の能力として、尻尾の先を気に入らない相手に突き刺すことで、相手を痺れさせることが出来る。
逆に、好きな相手に尻尾を触れられると、尻尾が性感帯となり気持ちよくなってしまう。
魔人の中でも魔術を扱う者を魔術師と呼ぶ。
魔術とは、魔力を変換させて体外に放つ術のこと。
精霊術師の使う精霊術や、妖獣の使う妖術などと違って、魔術には属性がなく、強いて属性を表すなら“闇”。
ただし、稀に“雷”や“炎”などに特化した魔術を使う者もいて、彼らのことは“雷の魔術師”や“炎の魔術師”などという風に呼ばれている。
ではわたしはどうかというと、突然変異的に、無限に尽きることの無い魔力と、どれだけ身体を切り刻もうとも再生することの出来る不死身の肉体を持って生まれてしまった。
だが、その一方で一部の魔術を除いて、魔術が全く使えなかった。
一部の魔術と言うのは、魔力を注ぎ込むことで使える魔法陣を使った魔術のことで、魔獣を使い魔にするための『魔獣隷属術』や、場所や世界を転移するための『転移魔術』などのことだ。
無限の魔力と不死に近い身体を持ちながら、魔術が使えないわたしは、魔人養成学園では劣等生扱いを受けており、ちょっとしたイジメを受けていたこともあった。
魔術を使えないわたしは、義務教育である魔人養成学園を卒業した後は、そのまま働くつもりでいた。
だが、わたしが16歳、魔人養成学園の12年生だった年、突然、魔術や魔力の研究を行っている魔術研究学府の者がやって来て、わたしを特別に進学させたいと言ってきたのだ。
当然、わたしは断ったのだが、すでに両親の方に国から一生を遊んで暮らせるだけの金が支払われており、わたしに拒否権はなかった。
最後まで反対してくれたのは、わたしの大好きな弟、ラクサ・カミュエルちゃんと、血の繋がりはないけど本当の妹のようにかわいがっていた幼馴染みの少女、モーナ・ギャランズちゃんだけだった。
魔人にとって、血の繋がりというのは然程重要視されていないため、わたし達のように姉弟仲のいい関係の方が異常で、お金のためにわたしを魔術研究学府に売った両親の方が普通だった。
結局、わたしは強引に魔術研究学府に連れていかれ、そこで実験動物として扱われることになった。
不死身の肉体、そのメカニズムを調べて不死身の魔人を大量生産出来ないかという実験と、わたしの中の魔力だけを取り出して利用しようとする実験。
結論から言えば、わたしの不死身の身体は無限の魔力故の特殊体質で、その再現性は皆無であることから、不死身の魔人の大量生産は不可能であることが分かった。
しかし、わたしの無限の魔力を利用する方法は開発された。
それは、わたしを『奴隷契約術』で奴隷とし、奴隷から魔力を吸い上げる特殊な魔術具に封じる方法だ。
元々、数十人規模の魔人の奴隷を封じることで、大量の魔力を必要とする殲滅魔術や、パラレルワールドへ転移するための“異世界転移魔法陣”の起動などに使われていたその魔術具だったが、わたし一人の魔力で、殲滅魔術や『異世界転移魔術』を起動出来るため、わたしは魔人軍の“魔力電池”として、永遠に使い尽くされる運命となるハズだった。
そうして“魔力電池”となって二年の月日が経った頃、わたしの運命は大きく変わった。
「姉ちゃん!助けに来たよ!!」
「…ラクサ、ちゃん?」
わたしを魔術具の中から取り出してくれたのは、最愛の弟であるラクサちゃんだった。
魔術具の中で、ドロドロの液体にまみれた裸のわたしを、力強く抱き締めてくれたラクサちゃんの体はあちこち血だらけで、ボロボロの状態だった。
「ラクサちゃん、わたしのためにそんなに無茶しちゃって…」
「これくらい大したことないさ。
それより、ここから脱出するための時間があまりない!」
「脱出すると言っても、わたしはすでに奴隷となった身だから、この施設から逃げられないのよ?」
「だから姉ちゃん、まずは俺と奴隷契約をしてくれ!」
「ら、ラクサちゃんと!?」
「奴隷契約を上書きするんだ!
元の主人より魔力が多い場合か、奴隷本人が強く望んだ場合だ。
だから姉ちゃん、俺を信じて、俺と奴隷契約をしてくれ!
でないと、せっかく時間を稼いでくれたモーナの犠牲が、無駄になってしまう!」
「モーナちゃんが…!?」
妹のようにかわいがっていたモーナちゃんが犠牲に…?
その情報がショックだっただけに、わたしはラクサちゃんの奴隷となることを即受け入れた。
「じゃあ、手っ取り早く『奴隷契約術』をかけるから、姉ちゃん、俺とキスをしてくれ」
「う、うん…!」
こんな状況じゃなければ、とても嬉しいハズのラクサちゃんとのファーストキス。
『奴隷契約術』は本来、魔法陣の中に対象人物を置き、術師が魔法陣を起動させることで、対象人物の魔力を縛るための“隸属輪”が首に巻かれて成立する。
だけど、これには魔法陣をいちいち書く手間などがかかるし、術中に逃げられるようなことになれば術は失敗する。
だから、より手っ取り早く、確実な方法として、キスによって対象の体内に直接魔力を送り込み、強引に対象を支配してしまう方法。
だがこれにも問題があり、女の魔人に強引にキスをして奴隷化しようとした場合、尻尾の痺れ毒にやられる可能性があるという点だ。
とにもかくにも、わたしのファーストキスとなったラクサちゃんとの『奴隷契約術』は、わたしに初めての快感をもたらすと共に、ラクサちゃんとの愛の証である新たな“隸属輪”が首に巻かれた。
奴隷の“隸属輪”には、周囲に先の尖ったスタッズが付いている。
「はぁ、はぁ、これで、わたしはラクサちゃんの奴隷になれたのね…」
「ああ、じゃあ早速だけど、姉ちゃんの魔力を借して!」
そう言うと、ラクサちゃんは見たこともない魔法陣が書かれた半径1メートルくらいの大きさの紙を取り出した。
「この魔法陣は?」
「俺が開発した、『時空転移魔術』のための魔法陣だ!
これを使えば、タイムトラベルと異世界転移が同時に行える!」
「た、タイムトラベル!?」
「ああ、普通に異世界転移するだけじゃ、また連中に追いかけられて、逃げ続けるだけの人生になってしまう。
だけど、別の時間に逃げてしまえば、例えば数百年後のパラレルワールド、とか」
「そ、そんなことが…」
「本当は、モーナとも一緒に行くハズだったんだ、だけど…!」
モーナちゃん…、わたし達を助けるために…!
「…急ごう、姉ちゃん!
この魔法陣は、一般の魔人の魔力量で換算して百万人以上は最低でも必要なくらいの魔力量を消費する。
姉ちゃんの無限の魔力量でなければ起動出来ない魔法陣なんだ、だから!」
「わ、分かったわ!」
わたしとラクサちゃんはお互いに手を繋いで魔法陣の中に入り、魔法陣に意識を集中して魔力を送り込む。
魔法陣に魔力をチャージするだけで、かなり時間がかかった。
通常の『転移魔術』であれば、数秒で起動出来るのに!
だけど、運命の神様は意地悪だった。
もう少しでチャージが完了するというところで、魔術研究学府所属の魔術師達がやって来た。
「ようやく追い付いたぞ!」
「あれは、『転移魔術』の魔法陣か!?しかし、微妙に陣が違うような…」
「何でもいい!奴らを逃がすな!!」
魔術師達の放った魔術がわたし達に向かって飛んで来る!
くっ、あと少しなのに!!
「…ごめん、姉ちゃんだけでも、幸せになって……」
「ラクサ、ちゃん…?」
ラクサちゃんが握っていたわたしの手を離し、魔法陣から出て防御のための魔術を放った。
魔法陣の上で別の魔術を行使すれば、術同士が干渉し、魔法陣の魔術が正しく起動されなくなる。
だから、ラクサちゃんが防御魔術を使うにはこうするしかないわけで…
魔術師達の数は多く、彼らからの魔術攻撃は絶えることがない。
「ら、ラクサちゃん!
もうすぐチャージが完了するから、早く!!」
「ダメだ、間に合わない。
俺がここから動けば、奴らの魔術をまともに食らって転移する前に殺られちまう…
だから、姉ちゃんだけでも逃げてくれ」
「そんなっ!ラクサちゃんっ!!
わたしだけ逃げたって仕方がなっ、」
一度魔力のチャージを始めたら、途中で中断することは出来ない。
中断してしまえば、また最初からやり直しになる。
思えば、わたしはこの時チャージを中断して、ラクサちゃんとこの場で一緒に死ぬべきだったのかもしれない。
だけど、わたしを逃がすために犠牲になったモーナちゃんや、今目の前でわたしのためにボロボロになっているラクサちゃんを見たら、わたしがここに残るのは正しいことなのか…?
結局わたしは、この世界に大切な弟と妹を残して、別の世界、ここより遥か先の時間へと時空間転移することに決めた。
「姉ちゃん、いつかきっと未来でまた会えるから…!」
ラクサちゃんの、その最後の言葉を信じて。
*
雨が降りしきる中、わたしは地面に頭をつけた思いっきり泣き叫んでいた。
時空間転移した最初の一晩を、わたしはそうしてずっと泣いて過ごしていた。
夜が明け、雨も上がり、わたしの涙も枯れ果てた頃、誰かがわたしの体に布を落とした。
「年頃の女が裸で雨ん中ずっといてたら風邪ひくじゃろ」
その年老いた男性は、わたしの身元など一切確認せず(明らかに魔人だと分かる身体的特徴を有してるにも関わらず)、わたしが体に布を巻いたのを確認すると、「黙って付いてきなさい」と一言だけ言うと、さっさと歩きだしてしまった。
その時のわたしは、弟も妹も失った悲しみから、何処か自暴自棄なところもあったし、どうせ行くところもないしで、彼に付いていった。
最悪、娼婦にでもさせられる可能性はあったが、もうラクサちゃんがいなくなった今となっては…
わたしは、そっと首に巻かれたラクサちゃんとの繋がりの証、“隸属輪”に触れた。
そこからは何の繋がりも感じられなかった。
冷たい、鉄の輪が首に巻かれているだけ。
無理もない、わたしとラクサちゃんは距離だけでなく時間さえも遥かに超えて離れ離れになってしまったのだから…
わたしが連れてこられたのは、山の麓付近に建つ古びた洋館だった。
老人が錆び付いた門を強引に引いて開けると、そのまま洋館の中へと入っていった。
洋館の中は、外観からは想像出来ない程に清掃が行き届いており、つい先程まで人が住んでいたと言われても信じてしまいそうだった。
老人が振り返ると、わたしにこう言った。
「とある方から、お前さんのことを頼まれてな。
この屋敷は、今日からお前さんの物だ、好きに使うがよい。
この屋敷に用意してある生活に必要なもの、金、パソコン、ネット回線なども自由に使ってもらって構わん」
「え、えっと、ぱそこ…ん?ねっと…、海鮮?」
聞き慣れない単語が老人の口からすらすら出てきた。
老人が色々と説明してくれた。
わたし達の時代にはまだ無かったパソコンやネット回線という技術…、奥が深い。
その他にも老人から、この世界、この時代のことなど様々なことを教わった。
それによって分かったことは、今わたしがいる世界は、人間と妖獣が共に暮らす“ワールドアイラン”と魔人達が呼ぶ世界で、今はわたしがいた時代より約1700年後の世界のようだ。
老人から一通りのことを教わったわたしは、改めて何故わたしにこのように親切にしてくれるのかを尋ねると、
「先程も言った通り、この時代のこの世界に転移してくるだろう魔人の少女を助けてやってくれと、
あの方から頼まれたからじゃよ」
そう言って屋敷を出ていこうとした老人の頭から角が生えた。
「ま、まさか、あなたも魔人…!?」
老人は最後に振り向いて、にこりと笑うと、再び角を隠して立ち去っていった。
普通、魔人は翼以外の出し入れは無理なハズだけど、そう言えば数千年生きた魔人にはそういった能力を身に付けるものもいる、とかいないとか…
結局、老人の正体に関しては分からないままだったけど、わたしは転移した世界で生きる術を得た。
でも、生き延びてどうすると言うのか。
一人ぼっちの、この世界で…
―――姉ちゃん、いつかきっと未来でまた会えるから…!
ラクサちゃんの最後の言葉だけが、わたしの生きる理由だった。




