第2話「サイボーグ」
*
朝食を食べ終えた俺達は、今後の計画を話し合った。
とりあえずの目標は、俺の右腕を治すこと。
そのために義手の素材となる“バイオヴァリアブルメタル”を手に入れること。
「その“バイオヴァリアブルメタル”というのは何処で手に入りますの?」
「ああ、一般的には関門海峡の海底だったり、阿蘇山の火口付近だったり、だな」
「一般的には、ってのはどういうことかしら?」
「うん、俺やマイ姉ちゃんにしか知らない秘密の採掘場所があるんだ」
「それは何処なの?」
「戸ノ上山だよ」
「「「「「「ええっ!?」」」」」」
*
というわけで、俺とマコトとカズヒの三人は戸ノ上山を登っていた。
ちなみにここにいない他のメンバー(メイさんとセイさんも含めて)は、食料品やマコトとモトカの服を買うために、ダイリ区(俺達の世界で言う所の門司駅周辺の大里地区にあたる)にある商店街へと向かっていた。
この世界の戸ノ上山は、俺達の世界の戸ノ上山とほとんど変わっておらず、ほぼ自然が残された状態だった。
とはいえ、崖崩れの危険が起きそうな箇所はきっちりと舗装されており、耐久年数が限界に近づくと、補修するように申請する信号が自動で発信され役所に通知が行くようになっている(この辺のシステムは俺が前世の頃に作った物だ)。
俺達は戸ノ上山の中腹くらいまで登ったところで、登山道から離れるルートに入った。
「あれ、兄さん、そっちは登山道じゃありませんよ?」
「ああ、分かってるさ」
「大丈夫なの?
そっちの方、崖の補修工事が結構多くされてるみたいだけど、危なくない?」
「補修工事がされてる以上は崖崩れは起こらないからある意味安全だよ。
それに秘密の採掘場所はこの先にあるんだ」
獣道すらない、完全に自然なままの道なき道をしばらく進んでいくと、急に開けた場所に出た。
そこは山側に切り立った崖がそびえ、海側には何もない、半径10メートルほどの広さのある崖の中腹だった。
「え、ここ!?」
「何もないみたいだけど…?」
「何もないことはないぞ、崖の方を見てみろよ」
俺の台詞に、山側の崖を見上げるカズヒとマコト。
崖にはところどころ巨大な真っ黒な岩が突き出している以外は何処にでもある普通の崖に見えるだろうな。
だけど、あらかじめここで“バイオヴァリアブルメタル”が取れると知っていると、
「まさか兄さん、あの真っ黒い岩がそうなんですか?」
「そう。正確には“バイオヴァリアブルメタル”が化学変化を起こした物質、俺とマイ姉ちゃんは“黒い岩”って呼んでたけどな」
「まんまじゃん!!」
「え、でもこんな風に普通の山の崖にあるような物質じゃなかったですよね!?
それこそ海の底とか、火山の火口とかからしか発見されてなかったと思うんですけど…」
「いや、実はあんな風に“黒い岩”に形を変えて、至る所にあったりするんだよ。
だけど、あの“黒い岩”には“バイオヴァリアブルメタル”以上にヤバイ物質が含まれてるから一般には公表しないようにしていたんだ」
「“バイオヴァリアブルメタル”以上にヤバイって…?」
「それってまさか、兄さんがたった一人で“クレイヴァス帝国”を滅ぼした際に使われた兵器に関係が?」
「ああ、まぁ、その辺の話は後ほど、な。
とりあえずは、そうだな…、あれくらいの大きさでいいかな?マコト、頼めるか?」
「了解!任せてください!!」
俺はマコトに崖の中腹辺りに飛び出ている50センチメートル前後の大きさの“黒い岩”を指さした。
右腕一本を作るだけならもっと小さくてもいいのだが、大は小を兼ねると言うし、予備としても多めに持って帰った方がいいだろう。
マコトは両足の裏にあるジェット噴射を起動させ、空に浮かび上がった。
「おおっ!ジェット噴射!!本当にマコト君、サイボーグなんだ!!」
「えっと、カズヒ?一応ボクは女の子なんだけど…、その君呼びは…」
「え~、だってマコト君はマコト君って感じなんだもん!だめぇ?」
「う~ん…、ま、いいけど…」
カズヒが興奮した声をあげる。
まぁ、無理もないか、サイボーグなんて俺達の世界ではフィクションの世界の話だからな(超能力やら精霊術なんてのも十分フィクションの世界の話だが)。
特にマコトやモトカは、見た目的には普通の人間だからな。
その皮膚や内臓の一部、骨や血液、神経に至る身体の部位が機械化されているとは外見からは判断がつかないだろう。
それと、いつの間にかカズヒのマコトへの呼び方が“ちゃん”から“君”になっていたが、まぁ、マコトはパッと見だと美少年にしか見えないもんな(ただしその胸は女性であるということをこれでもかと主張しているが)、“君”付けで呼びたい気持ちも分かる。
足裏のジェット噴射で目的の“黒い岩”のある所まで飛んだマコトは、今度は右腕の肘関節付近に左手を触れると、右腕が回転を始め、ドリル状に変形した。
「おおっ!!今度はドリル!!男のロマン!!」
「カズヒ、少しは落ち着け」
ドリル上に変化させた右腕で、“黒い岩”の周囲の崖肌を丁寧に削って行くマコト。
やがて、“黒い岩”が完全に崖から切り離されると、マコトはその“黒い岩”を両腕で抱えた。
「よっと…、っとと!?兄さん、これ結構重いですよ!?」
「ああ、問題ない、そのまま地面に落としてくれて構わないぞ!」
「は、はい!」
マコトは抱えていた“黒い岩”から手を離し、俺達の目の前の地面に落とした。
同時にゆっくりと降りてくるマコト。
「ふぅ~、それで兄さん?この“黒い岩”はどうやって持って帰るんですか?
無理をすればボクでも持って帰れなくはないですけど…」
「いや、その必要はないよ、カズヒ」
「オッケー、任された!」
カズヒは“黒い岩”に触れると、目を閉じ、次の瞬間には“黒い岩”はその場から消えていた。
「き、消えた!?
今のは…、あ、そうか、カズヒは超能力で『物質転移』が使えるんだっけ?」
「その通り!
ま、色々制約はあるけど、結構便利なんだよね、この力」
「他には精霊術、だっけ?」
「うん、あたしは風の精霊術が使えるんだ!やってみよっか?」
「うん、見せて見せて!」
マコトは少年のようなきらきらした瞳でカズヒを見ている。
そういやマコトはカッコイイ見た目とは裏腹に、カワイイものが大好きで、妖精とか精霊とか魔法少女的なものに憧れていたな。
そんなカッコいい見た目のマコトに、少しでもカッコいい所を見せようと張り切るカズヒ。
この様子だとカズヒは気づいていないな?
俺はカズヒが精霊術を使う前に、この世界で精霊術を使うのは気を付けた方がいいということを伝えようとしたのだが、一歩遅くカズヒはすでに詠唱をしていた。
「風の精よ、集え!『スピリット』!」
カズヒの周囲に風の精霊が集まり、カズヒは全身に緑色に可視化された風を纏った。
「おお!カズヒの全身に風が集まって来てる!」
「ふふふ、この状態であれば、あたしは術を出し放題だし、それに…っ!」
ヒュンッ!と風を切るような音がしたかと思うと、カズヒの姿が消え、その代わりに砂埃が俺たちを囲うように巻き上がった。
“風化”したことによる能力、高速移動でカズヒは俺たちの周りを一瞬で駆け抜けたのだろう。
俺にはカズヒの姿は捉えられなかったが、どうやらマコトの目には見えていたようだ。
「へ~!高速移動か!なかなかやるね!」
「うぇ?ひょっとしてマコト君には見えてた?」
「うん、まぁね。視覚強化の手術も受けてるから」
「そっか~。う~ん、それじゃ後は~…、」
その時、カズヒの全身を纏っていた緑色の風が消え、カズヒの“風化”が解除された。
「あ、あれ?あたしまだ術解除してないのに!?」
「ああ、やっぱカズヒは気づいていなかったか」
「え?何に?どういうこと、お兄ちゃん!?」
「周囲の精霊たちに意識を集中させれば分かると思うが、この世界の精霊力は少ないんだ。
だから、この世界で精霊術を使う場合には時間制限がある、ってことだな」
「ええっ!?そんなことあるの!?」
「ああ。
イツキたちの世界にはほぼ無限に精霊力が溢れていたから、途中で周囲の精霊力が無くなって術が使えなくなるということはなかったが、この世界ではそういうわけにはいかないみたいだ。
特に、周囲の精霊力を一気に集めて使う『スピリット』は要注意だな」
「ふ~ん、そういう感じなのか~…
じゃあ、しばらくあたしは精霊術が使えないってこと?」
「この周辺ではそうだな。
ただ、時間を置けば精霊力は復活すると思うし、
場所を変えれば問題なく使えるハズだぞ」
「ねぇ兄さん!ボクにも精霊術って使えますか!?」
「え?さぁ、それはどうだろうな…?」
「あ、だったら後であたしが教えてあげるよ!」
「教えてあげるって、お前に出来るのか?」
「大丈夫、大丈夫!
あたしがイツキちゃんにしてもらったやり方をマコト君にしてあげる!」
「それって、『スピリット』で精霊化して、」
「善は急げだよ!
ここじゃ今はもう精霊術使えないから、一度屋敷へ戻ろう!
さぁ、お兄ちゃん、マコト君!早く帰るよ!!」
「オッケー!さ、兄さんも行くよ!!」
「あ!おい、ちょっと待てって!
俺の右腕を治すってこと忘れてないだろな!?
さすがに左手一本じゃ、義手を作るための機械を動かせないんだから、二人にも手伝って貰わなきゃいけないんだぞ!?」
俺は山を駆け下りていく二人を慌てて追いかけていった。
*
屋敷へ戻ってきたあたしとお兄ちゃんとマコト君は、早速マコト君が精霊術を使えるかどうかの確認を行うことになった!
「いや…、あの~、俺の義手…」
「お兄ちゃん、義手は逃げないから大丈夫よ」
「いや、マコトも精霊術も逃げないと思うんですけどね…」
「ごめんなさい、兄さん、あの、すぐ終わらせますから」
「まぁ、別に構わないけど…」
なんだかんだで妹に甘いお兄ちゃんで良かった!
屋敷の庭にやって来て、あたしはまず精霊力が十分にあるかどうかを、目を閉じ、周囲に意識を集中させて確認した。
…うん、大丈夫みたい、これだけあれば『スピリット』一回使う分には十分だね。
「えっと、それでその精霊力ってのは、どうすれば感じられるの?」
マコト君があたしに質問をしてくる。
それに対し、あたしはまずイツキちゃんから教わったことをそのまま伝えた。
「あたしが正面から抱き着いてマコト君に感じさせてあげる!!
(目を瞑り、意識を自然と一体化させると、マコト君の魂と共鳴した自然精霊がマコト君の周囲に集まってきて、無意識領域に精霊術を紡ぐための詠唱式が流れ込んでくるはずだよ!!)」
「本音と建前が逆になってるぞ、カズヒ」
「カ、カズヒがボクに抱き着いて感じさせ…っ、ってそれどういう意味!?」
マコト君が顔を真っ赤にして恥ずかしがってる!
やっぱりマコト君、そういうのが苦手なんだ、カワイイな~♪
「まぁ、ものは試しってことで!大丈夫、痛くないから!」
「ほ…、本当に…?」
あたしは『スピリット』を唱え“風化”すると、以前イツキちゃんがあたしにしてくれたように、マコト君を正面から優しく抱きしめた。
「ふっ、ふわぁああっ!?」
「大丈夫、マコト君、あたしを全身で感じて♪
今のあたしは精霊と一体化した状態、つまりは精霊そのものって存在。
だから、あたしを感じることが出来たら、きっとマコト君の魂と共鳴した自然精霊が集まってくるはずだよ」
「う…うん……!」
するとマコト君があたしの背中に腕を回し、あたしをギュッと抱きしめた。
「ふひょぉっ!?」
いかん、思わず変な声が漏れた!
いや、っていうかなんだこれ!?
めちゃくちゃ力強いのに優しい、それに胸に押し付けられてくる双乳が柔らかくて、首筋からは爽やかな匂いが漂ってきて……、こんなの初めての経験だよっ!!
ああ、ダメだこれ、あたしの方がもちそうにない…!
ボーイッシュ妹(生まれた時間であたしは七時間程マコト君たちのお姉ちゃんになる)、正直甘く見てた…!!
「……う~ん、ダメだ、何も浮かんでこないや」
マコト君が離れたのと、あたしの『スピリット』が解除されたのはほぼ同時だった。
ふ~、危なかった…、もう少しマコト君に抱き着かれてたらあたし旅立ってたかも……
さ、さすがにまだお兄ちゃんの前でそういうところを見せちゃうのは恥ずかしいし……
「んー、どうやらマコトには精霊術を使えないみたいだな」
「う~、残念です…!」
「ま、こればかりはな。
精霊術は誰にでも使えるってわけじゃないし、
精霊術とは無縁の世界のマコトが使えないのは何もおかしなことじゃない。
そもそも精霊術と無縁の世界に生きてたハズのカズヒが使える方が異常なんだ」
「か、カワイイ妹を異常者みたいに言わないでよ…」
「ん?カズヒ、お前どうした?顔が赤いけど、」
「なっ、何でもないよ!?
そ、それよりお兄ちゃんの義手を作るんでしょ!?
ささ、早く研究所へレッツゴー!」
「ちょっ、カズヒ、元々はお前がっ、っておーい!」
「…や、やっぱり、カズヒも気持ちよかった、のかな……?」
その時、左手で自身の股間辺りを抑えながらモジモジしているマコト君があたしの視界に入ったような気がしたけど、それより今はあたしの恥ずかしい姿をお兄ちゃんに見られたくないという一心で、一目散に屋敷の中庭を抜けてクルセイド研究所の方へと向かうのだった。
*
マコトは精霊術を使えないということが分かった俺たちは、ようやく俺の義手を作るべく、クルセイド研究所へと戻ってきた。
俺とカズヒとマコトはクルセイド研究所に入ると、まずは先ほどマコトが掘り出し、カズヒがテレポートさせた“黒い岩”を、かつて俺が作った“黒い岩”から“バイオヴァリアブルメタル”を分離させる機械の中に入れた。
その機械は、そのまんまランドリー洗濯機を改造したような見た目の機械で、中央の洗濯物を入れる部分にあたる所に“黒い岩”を入れ、上方に伸びている二本のチューブの内の一本からとある液体を入れ、中の“黒い岩”と反応させることで、“黒い岩”を“バイオヴァリアブルメタル”と気体に分離する。
その気体は、空気より重いため、機械の下から伸びているチューブを通って出てくる。
そのチューブには途中に冷却装置が付いており、出てきた気体が冷やされて液体となってチューブを通過する。
チューブを通過した液体は、特殊な素材で出来た容器の中に回収し、冷温庫で保管しておく、という流れだ。
「兄さん、この上のチューブから入れる液体って何ですか?」
「ああ、“王水”だ」
「オウスイ?」
「カズヒ、王水ってのは濃硝酸と濃塩酸を1:3の割合で混ぜた液体のことで、
金や白金なども溶かすことが出来る液体なんだ」
「ちなみに、一生三円(1硝3塩)と覚えるといいぞ、って俺受験前に教えなかったっけ?」
「記憶にございませんっ!!」
「どっかの映画のタイトルみたいに逆ギレするんじゃないよ、まったく…」
まぁ、カズヒの成績のことを言っても今更だしな。
気を取り直して、俺はマコトに王水の保管してある場所を教えて(幸い保管してある場所は変わっておらず、中の薬品なんかも常に新しいものに交換されていたようだ、そこまで徹底して研究室を管理してくれていたアスカさんや先代の方々に感謝)王水を取ってきてもらった。
まずマコトに、上方に伸びた二本あるチューブの内の右側のチューブの先端から王水を入れてもらう。
次にカズヒにもう一本の左側のチューブを水道の蛇口に接続してもらい、蛇口の栓を開いてもらった。
こうして準備が整ったのを確認した俺は、機械のスイッチを入れた。
機械が動き出すと、右側のチューブを通って機械の中に入って来た王水は、“黒い岩”と反応し、化学変化を起こす。
黒かった表面が剥がれ落ちるように溶けていき、銀色に輝く“バイオヴァリアブルメタル”が姿を現す。
「おお、本当に“バイオヴァリアブルメタル”が出てきた…!」
「これがお兄ちゃんが発見したって言う夢の物質…!」
黒い表面が完全に剥がれ落ち、“黒い岩”は完全なる“バイオヴァリアブルメタル”となったのを確認すると、俺は機械を操作し、左側のチューブから水道水を機械内部に注入し、“バイオヴァリアブルメタル”に残った王水を洗い流した。
剥がれ落ちた黒い表面部分は王水によって完全に溶かされ、気化して機械下部のチューブを通って、途中の冷却装置によって液化し、特殊な容器の中に入って行く。
液体がこれ以上容器の中に入って来なくなったところで俺は機械を止め、その液体の入った容器を、チューブから取り外し、そのまま冷温庫に保管した。
「兄さん、その容器の中に入ってる液体って何なんですか?
とてもその液体が、帝国一つを滅ぼせるような物質とは思えないんですが…」
「あれじゃない?トリオトトロトンネルみたいな、超強力な爆薬の原料とか!」
「トリニトロトルエンな」
「いや、カズヒ、それは無いよ。
クレイヴァス帝国の軍や皇帝一族が滅んだのは、そういった大量破壊兵器みたいなのじゃなく、純粋に物理的に一人一人殺されていたって」
本当はあまりその当時の話はしたくないんだが、俺の不注意(まさかマコトたちが130年前に現在の俺たちの会話を未来視していたなんて予想だにしていなかったから不幸な事故と言えば事故なのだが…)のせいで、もうマコト達は自分達が帝国にどんな目に遭わされたか知ってしまっている。
ならば、今更変に隠しても仕方がないかと、俺も覚悟を決めた。
「ああ、連中を殺すのに一網打尽じゃ俺の怒りが収まりそうになかったからな。
一人一人、この手と足で全員殴り殺したり蹴り殺したりしたんだ。
ああ、その頃は俺も全身サイボーグ化してたからな、パンチ一発でも人は殺せたよ」
「お兄ちゃん、サラッと怖いこと言わないで…」
「でも、そんなことが本当に可能なんですか?
たった一人で、しかも素手で帝国軍数千人と皇帝一族をたったの一日で滅ぼすことが?」
「出来たから、俺はこの悪魔の物質の存在を隠すことを決めたんだ」
「ねぇ、いい加減教えてよ、その悪魔の物質の正体!」
カズヒが痺れを切らし始めたので、俺は“黒い岩”から剥がれ落ちた黒い表面の物質の正体を言った。
「これは時間流を高速で移動できるようになる、この地球上には存在しない宇宙物質“タキオン粒子”だよ」
「“タキオン粒子”…?」
「あ、それ知ってる!『仮面ライダーカブト』のクロックアップに使われてた物質!」
さすがは特撮好きの妹、そういうSF的な科学用語には詳しい。
「ああ、その通り。
ただ、科学的に言われているタキオン粒子とは厳密には違う物質だな。
科学で言うところのタキオン粒子は、そもそも質量が虚数で、超光速で動く物質とされていて、その存在は現実には確認されておらず、場の理論においては否定的…って、こんな話をしてもカズヒには分からないよな」
「うん、さっぱり!!」
「ま、ともかく、俺が発見したこの“タキオン粒子”ってのは、他に良い名前が思いつかなかったから仮にそう名付けただけの物質で、こいつを血液中に注入した後、活性化させてやれば、全身に“タキオン粒子”が巡り、時間流を高速で移動することが出来るようになる。
それも単なる高速移動ではなく、当然脳にも“タキオン粒子”が巡っているわけだから思考加速も加わる。
要するに、常人が一つの動作をする間に数百もの動作を行えるため、たった一人でも国一つを滅ぼすくらいは楽勝と言うわけだ」
常人とは違う時間流の中で常人よりも遥かに速く行動できるというのは、それだけで脅威だ。
分かりやすく例えるなら、時が止まった世界で自分一人だけが動ける世界。
「それって、お兄ちゃんの“雷化”と同じ、ってこと?」
「ああ、そうだな、原理的には同じだ。
カズヒの“風化”による高速移動は、思考加速が伴わない、単に速く移動しているだけの能力だが、“雷化”による加速は、思考加速を伴った加速行動。
言うなら“タキオン粒子”は科学的な加速行動で、“雷化”は精霊的な加速行動、ってところか」
「でも、そんな加速行動が普通の人間には…、あ、だから兄さんは全身サイボーグに改造を…」
「そういうことだ。
さすがに生身の身体じゃあ加速行動には耐えられないからな」
「でも、なんでそんな物質が戸ノ上山なんかにあったの?」
「ああ、それに関してはあくまで仮説でしかないんだが、今から1200年…、いや130年前に約1200年前だったから、今からだとだいたい1400年くらい前になるのか、まあ、それくらい昔に地球に大量の小隕石が降り注いだことがあったらしくてな。
んで、その小隕石の中に“タキオン粒子”が含まれていたわけなんだが、ほとんどの小隕石は大気圏で燃え尽きたりして“タキオン粒子”ごと蒸発してしまったが、一部の小隕石が“バイオヴァリアブルメタル”と結合し、化学反応を起こして“黒い岩”になった、と俺は考えている。
だから、戸ノ上山に“黒い岩”があったというより、実は至るところに“黒い岩”は存在しているんだ。
だけど、見た目的には普通の黒い岩だし、この世界では化学は発達してても、地質学はほとんど研究されていないから、誰も気付いていないだけ、というわけだ」
「しかし、兄さんはよく“黒い岩”が“バイオヴァリアブルメタル”と“タキオン粒子”の結合したものだって分かりましたね」
「当時の俺は超天才児だったからな」
「いや、それ理由になってるようで理由になってないよ!?」
「ま、得てして天才なんてのはそんなもんだよ。
それより、今はまず俺の義手を作らないと」
その時、マコトが何かを言いかけたような気がしたが、それ以上何も言わなかったので、俺は特に気にも留めず、本来の目的である俺の義手作りに取り掛かることにした。
*
俺達は二階に移動し、一面が巨大な機械となっている部屋に入って来た。
入り口側の壁は様々なボタンや計器類、モニター画面などが一面に広がっていて、さながらロボットアニメでよく見るコクピットのような感じになっている。
その背面には、人一人が入っても余裕がある程度のガラス張りの水槽が広がっており、中は蒼白い液体で満たされている。
水槽の上部は金属製の蓋になっている。
俺はまずマコトに頼んで、水槽の上部の金属製の蓋を開けて、水槽の中に“バイオヴァリアブルメタル”の塊をそのまま入れてもらった。
水槽に入れられた“バイオヴァリアブルメタル”は完全に沈むことなく、水槽の中央辺りでぷかぷかと浮かぶようにしてとどまっていた。
「あれ、完全には沈まないんだ?」
「ああ、実は液体の中には目に見えない程のナノマシンが縦横無尽に走っていてな、
そのナノマシンが“バイオヴァリアブルメタル”を固定しているんだよ」
「へ~…」
「んで、次は俺の血液を水槽内に入れて、っと…」
俺はマコトと場所を代わり、歯で傷をつけた左手の指を水槽の中に突っ込んだ。
これでこの水槽内には、義手作成に必要な俺の遺伝子情報と“バイオヴァリアブルメタル”が揃ったことになる。
あとは、後ろの機械で設定をすれば、機械がオートで義手を作ってくれると言うわけだ。
「それじゃマコト、カズヒ、ちょっとこっちの機械を動かすの手伝ってくれ」
俺はそう言うと、二人をコクピットのイスに座らせ(元々二人以上で操作するように出来ているため、イスは二人分用意されている)、俺が二人に指示を出して機械を操作させた。
マコトが操作している方では、水槽内に入れた俺の血液から俺の遺伝子情報を読み取り、その遺伝子情報から“バイオヴァリアブルメタル”を、俺の身体に最適な体細胞へと書き変えていくための作業を行う。
カズヒが操作している方では、具体的に身体のどの部分を作るのか、作成する腕の長さはどの程度か、機能はどうするのか、など細かい数値などを入力していく。
俺はどうせ右腕をサイボーグ化するなら、少しでも姉妹を守れるようにと考えて、いくつかの武装を仕込むことにした。
そうしてマコトは比較的スムースに、カズヒは四苦八苦しながら、数値の入力を終えると、最後にモニターに義手の完成予想図が表示され、その横に『これでよろしければOKを』という表記が出てきたので、俺は左手でモニターに表示されている『OK』のボタンをタッチした。
すると、水槽内が赤くなり、水槽内を満たすナノマシン群が動きだし、“バイオヴァリアブルメタル”を義手の形に変えていく。
「これで兄さんの義手が出来るんですね」
「出来上がるまではどれくらいかかるの?」
「それは、モニターに表示されてる通りだ」
モニターには『残り時間:49時間29分47秒』と表示されていた。
「え~、二日以上もかかるんだ!?」
「武装オプション付けたからな。
普通の義手だったら一日くらいで出来たと思うけど」
「ふ~ん、そんなものなんだ…」
「さて、これ以上はもうこの研究所ですることは無いから、とりあえず屋敷へ戻るか。
もうそろそろ昼飯の時間だしな、イツキ達もそろそろ買い物から戻って来てる時間だろうし」
俺がそう言って部屋を出ようとしたところで、マコトが意を決したかのように口を開いた。
「あ、あの、兄さん!お願いがあるんですけど!」
「ん?どうしたんだマコト?
俺に出来ることなら何でもしてやるけど…?」
「兄さん、ボクに“タキオン粒子”を注射してくれませんか!?」
「マコトに“タキオン粒子”を?」
「はい!ボクの身体も全身サイボーグですから、加速行動には問題ないハズです。
だから、」
「いや、でも、あれは…、」
「分かってます!使い方を間違えば、とても危険なものだってことは。
でも、ボクは今より強くなりたいから…!
自分を守れるだけじゃなく、モトカや兄さん、それにカズヒや他の姉妹の皆も、もう家族を、理不尽に失いたくないから…!」
「マコト…」
本当は、大切な妹たちを戦わせたくなんかない。
だけど、俺たちにはいずれ魔王ヤミと戦わなければならないという使命がある、らしい。
そうなった時、俺一人の力で、姉妹たち全員を守れるとは思えない。
勿論、全力で守り抜くという覚悟はある。
だけど、どれだけの覚悟があっても、この世界と言うのはそう言った覚悟を軽くあざ笑ってくれるくらいには理不尽だ。
失って後悔するくらいならば…、俺は……
覚悟を決めた俺はマコトに言った。
「分かった、マコトに、それとモトカにも“タキオン粒子”を注射するよ。
家族を守るための力は、多ければ多いほどいいからな」
「…ありがとう、兄さん!」
「だけど、今すぐには無理だ。
“タキオン粒子”の活性化を制御するための機械、
加速行動をオンオフするためのスイッチとなる“加速装置”を作らなきゃいけないから、そうだな…、今日の午後から作り始めたとして、だいたい明日の昼くらいには完成出来るかな?」
「分かったよ、兄さん!
じゃあ、その“加速装置”を作る手伝いもボクたちにさせてくれるよね?」
「ああ、頼む」
「了解!」
「…えーっと、お話は済みましたでしょうかね?」
そこへ、カズヒがお腹を押さえながら険しい顔で尋ねてきた。
「…カズヒ、お前まさか」
その時、「ぐぅううううう~~~」という最早聞き馴染みのある音が聞こえてきた。
「違うんだよっ!!
難しい機械の操作とかさせられていつもより頭使ったし、それにお兄ちゃんがそろそろ昼飯の時間なんて言うから…!」
「あ~、分かった、分かった。
もうそんなに無理に腹が鳴るのを我慢しなくていいから、戻るぞ、屋敷へ!」
そんなこんなで俺達は屋敷へ戻ることになった。
まさかこの時、買い物に向かっていたイツキ達が、とんでもない事件に巻き込まれているだなんて思いもしなかった………




