星の墓標
クリスマスイブの夜、ある街のゴミ捨て場に、ブリキのロボットが座っていました。今夜はサンタさんが子供たちにプレゼントのおもちゃを配って回るのだそうです。だから、古いおもちゃは、もう必要ないのです。
凍えるような、澄んだ空気が辺りに満ちています。空には雲一つなく、お月さまの姿がはっきりと見えていました。半分よりも少し満ちたお月さまは、誰に心を寄せることもなく世界を照らしています。
「こんばんは」
ブリキのロボット――ロボは、自分に呼びかける声に気付いて顔を上げました。誰もが温かな家で大切な人と過ごす時間に、ゴミ捨て場を訪れるなんて、なんておかしな人もいたものです。ロボはプラスチックでできた目で、声を掛けてきた相手をじっと見つめました。
「今夜は冷えるね」
ロボに声を掛けてきた相手――それは、肌も、髪も、服も雪のように白く、紅玉のような赤い瞳をした少年でした。やさしくほほ笑みかける少年に、ロボは小さく首を振ります。
「ボクはあたたかいも、さむいも、わからないんだ」
そう、とあまり気にしていない様子でつぶやき、少年はあらためてロボに聞きました。
「知ってる? 今日は親切な老人がみんなに望むものを配る日なんだって。君はもう、欲しい物をお願いしたかな? まだなら急いだほうがいいよ」
ロボは少し困ってしまいました。だって、ロボには欲しい物なんて何も思いつかなかったのです。ロボは再び首を横に振りました。
「ボクのからだはカラッポだから、ほしいものなんておもいつかないよ」
ふぅん、そう言って少年はロボのプラスチックの目をのぞきこみました。そしておもむろにロボに向かって手を差し出すと、にっこりと笑って言いました。
「だったら、探しに行くかい? 君のカラッポを埋める何かを」
ロボは不思議そうに、差し出された少年の手を見つめました。ブリキの身体はもともとカラッポ。それを埋めるものなんて、本当にあるのでしょうか?
ロボはゆっくりと手を持ち上げ、少年の手に重ねました。少年の手がロボの手を握ります。少年がうなずきました。するとどうでしょう。少年の身体も、ロボの身体も、ふわりと宙に浮いたではありませんか。
「行こう」
少年は行き先を示すように視線を空へと向けました。夜空には無数に輝く満天の星。二人は重さを失ってしまったようにはるか上空へと舞い上がり、あっという間に星々の瞬く世界に吸い込まれていったのでした。
二人が最初に訪れたのは、工場のような場所でした。屋根も壁もなく、中の様子が外から丸見えです。長くて太い配管が縦横に走り、複雑に入り組んで、どこが始まりでどこが終わりなのか、ロボにはまるでわかりませんでした。ロボは少年に聞きました。
「ここはなにをするところ?」
「星が生まれる場所さ」
少年はロボの手を引き、工場の裏手に回りました。工場の裏には大きなトラックがいて、荷台にはキラキラと光る砂のようなものがいっぱいに積まれています。トラックは荷台の光る砂を工場に運び込み、どこへともなく去って行きました。
「あれはなに?」
「星の材料だよ」
少年はロボと共に、山と積まれた光る砂の集積場に近付きます。集積場ではたくさんの黒い影たちが、手作業で光る砂を仕分けしていました。どうやら光る砂は、ひとつひとつ色が違うようです。黒い影たちは砂を色ごとに別々の箱に分け、箱がいっぱいになったらそれを抱えて、工場の奥へと運んでいるようでした。
「材料は色ごとに仕分けられ、星の製造機に入れられる。さ、こっちへ」
少年はロボを工場の奥へと誘います。ロボの耳にとても澄んだ美しい音色が届きました。黒い影たちは運んだ砂を、色ごとに決まった配管に流し込んでいます。そして、その配管は工場のさらに奥にある、大きな大きなパイプオルガンに繋がっていました。
「星創りの職人がパイプオルガンを奏でると、その音色に従って光る砂が混ぜ合わされ、星が生まれる」
パイプオルガンの前には複数のゆらめく影が座り、美しい曲を奏でています。オルガンが大きすぎてひとりでは曲を弾くことができないのです。鍵盤を押すごとに配管の中を、様々な色の光が流れていきます。パイプオルガンからさらに工場の奥へとつながる配管は、最終的にはひとつの場所に集まっているようでした。
「もうすぐ、新しい星が生まれるよ。見てみようか」
少年はロボの手を握り、滑るように飛んで、工場の一番奥へと向かいました。配管はすべて、鉄で出来た頑丈な一つの小さな箱につながっていました。星創りの職人たちの奏でる曲が終わり、配管を流れるすべての光が小さな箱に注ぎ込まれます。やがてキィン、という硬質な音が響き、小さな箱が一度だけ大きく震えました。箱の側面がパカッと開き、中からどこか頼りなげな様子の、小さくて美しい光が現れました。世界に今、新しい星が誕生したのです。ロボは言葉もなく、ただただ感心したように大きく息を吐きました。
「どうだい? 星が生まれる瞬間は」
少年はロボに聞きました。ロボはそっと自分の胸に手を当てました。
「よく、わからないけど、なんだが、あたたかい、きがする」
「カラッポは、埋まったかい?」
ロボはうつむき、じっと考えていましたが、やがて小さく首を横に振りました。
「よく、わからないけど、たぶん、これじゃない」
そっか、とつぶやき、少年はあっけらかんと言いました。
「それじゃ、次に行こうか」
二人が次に訪れたのは、たくさんの星たちが集まるバスターミナルでした。星たちはゆらゆらと明滅しながら、自分の乗るべきバスを探しているようです。迷いなくバスに乗る者、バスとバスの間をふらふらと行き来する者、そもそもバスに乗ることをためらう者。星にもそれぞれ性格があるようです。ロボは少年に聞きました。
「ここはなにをするところ?」
「星の行き先を決める場所さ」
少年はロボの手を引き、バスターミナルに近付きました。ターミナルには無数のバスが停車していて、満席になると出発し、また空席のバスが現れます。バスにはそれぞれに行き先が表示されていて、中には「流れ星行き」なんてものまでありました。
「星は自分で行き先を決めているんだね」
「そうだよ」
少年は星たちを見つめたままうなずきました。
「星は自分で行き先を決める。でもそれは自分で決めなければいけないということでもある。誰も決めてはくれないんだ。迷っても、決められなくても、最後は自分で決断しなければいけない」
ロボの目の前を、ひとつの小さな星が横切りました。気弱そうに明滅しながら、星々の流れに逆らってバスターミナルの入り口に向かっています。
「あれは?」
ロボは入り口に向かう星を指さし、少年に尋ねました。ああ、と言って少年は星を目で追います。
「どうやら自分で決められないようだね。決断するということは、他の在りうる可能性を捨てるということでもある。迷うことも、ためらうことも、珍しいことじゃない」
星は入り口付近でふわりふわりと身体を揺らしています。
「きめなくてもいいの?」
少年はうなずきで答えます。
「星は誰からも強制されない。その代わり、誰からも助けてもらえない。ひとりで考え、ひとりで決めなければならない。役割を持たない星は、やがて消えてしまうだろう。それでも、踏み出すか、終わるかの選択は星自身がしなければならない」
プァン、とクラクションを鳴らし、一台のバスが出発しました。バスに乗った星は決断した星たちです。決断したなら、もう後戻りはできません。他のバスとの間を行ったり来たりしていた星が、去って行くバスを見送りながらため息を吐くように明滅しました。
「どうだい? 星々が決断を下す瞬間は」
少年はロボに聞きました。ロボはそっと自分の胸に手を当てました。
「よく、わからないけど、なんだが、どきどき、する」
「カラッポは、埋まったかい?」
ロボはうつむき、じっと考えていましたが、やがて小さく首を横に振りました。
「よく、わからないけど、たぶん、これじゃない」
そっか、とつぶやき、少年はあっけらかんと言いました。
「それじゃ、次に行こうか」
次に二人が訪れたのは、とても広い、ただどこまでも広い場所でした。等間隔に、水晶のように透明な石柱が並び、厳かな静寂に包まれています。ロボは少年に聞きました。
「ここはなにをするところ?」
「星の終わる場所さ」
少年はロボの手を引き、石柱の一本に近付きました。石柱のなかには、よく見るとキラキラと光る粒のようなものが浮かんでいます。
「きれい、だね」
ロボはそっと石柱に触れました。少年はロボに言います。
「寿命が尽きた星はみな、この場所に辿り着き、砕けて、眠る。この石柱は星の欠片を守る棺さ。透明な棺に守られて、星はゆっくりと忘れていく」
少年はロボの手を取り、奥へと歩みを進めました。そして一つの石柱の前で止まります。その石柱には細かく白いヒビが入っていました。
「長い時間をかけて、すべてを忘れた星の欠片は、やがて完全に砕けて光る砂に戻る」
少年の言葉が合図であったかのように、しゃらん、と澄んだ音を立てて、石柱が砕けました。砕けた石柱は、中に浮かんでいた光る欠片と共に風にさらわれ、完全になくなってしまいました。
「光る砂は再び集められ、新しい星の材料になる。そうして、星々は巡っていく」
ロボは砕けて消えた石柱があった場所に、そっと手を伸ばしました。
「だから、ここはこんなにきれいなのに、さみしいんだね」
少年はロボの横顔をじっと見つめています。ロボのプラスチックの目から、透明なものが流れました。
「あれ?」
ロボは小さく首を傾げました。ロボは少年を振り返り、尋ねます。
「これは、なに?」
少年は優しく微笑み、ロボに答えました。
「それは、涙だよ」
「ああ」
ロボが納得したようにうなずきます。
「ボクは、さみしかったんだ」
ロボはカラッポな自分の身体に、確かに満ちるものを感じました。それは、さみしい気持ち。もう一緒にいることができなくなったということ。一緒に過ごした記憶が、薄れ、消えてしまうということ。ロボは表情さえ変えられない顔で、ただ、涙を流し続けました。
どれほどの時間が経ったことでしょう。ロボは自分の手で涙を拭いました。少年はずっとロボの傍らにいて、ロボが泣き止むのを静かに待ってくれていました。さみしい気持ちが消えたわけではありません。けれど、さみしい気持ちを受け入れなければならないことを、ロボは理解していました。
「そろそろ行こうか」
少年がロボに手を差し出します。ロボは少年に尋ねました。
「どこへ?」
「すべてが還る場所へ」
すべてが還る場所。それはあらゆる命がやがて還っていくところであり、そして、新たな訪れを待つための場所でした。ロボは小さくうなずき、少年の手を取りました。少年に触れたロボの手から光があふれます。光はやがて二人を包み、まばゆいほどに輝きました。光は徐々に小さくなり、完全に光が失われたとき、二人の姿はもうどこにもありませんでした。
聖夜が終わり、世界は新しい朝を迎えました。




