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植物の世界  作者: 遠野悠
3/3

はじまり2

 入学式は粛々と行われている。


「えー、今我々が置かれている状況は――」


 壇上からこちらを見渡しながら初老の男性が話していた。この男性は知らないがとても偉い人だろう。それは胸に止めている植物を見ればわかる。あれはレメーラという花だ。レメーラはこの世界に伝わっている有名な物語に出てくる花の一つで、物語の中で身分が高い人々が愛した花だそうだ。それが通じているのかいないのか、レメーラはそれはそれは手に取れないような価格で取引されているのだった。とても綺麗な赤色をしたその花をテガウも一度は育ててみたいと思ったものだ。


 初老の男性が壇上を降りた後もひっきりなしに、関係者の挨拶が行われている。新入生はそれを真面目に聞いている。テガウも最初の方は真面目に聞いていたが、同じようなことばかりでだんだんと退屈になってきた。しっかり聞かなければと思うのだが、こういうときに限って時間の進みが遅く感じる。体育館中に響き渡る声はほとんど耳に入ってこない。それにテガウが座っている椅子はかなりいい植物を使っているのかとても座り心地がいい。このまま延々と話が続くようだと眠ってしまいそうだ。


「…………以上を持ちまして関係者の挨拶を終わります」


 永遠かと思われた関係者の挨拶がやっと終わった。いったい何人の関係者が祝辞を述べただろうか。有名人の卒業生も多いプランツスクールならではのことだと思った。


「では、代表挨拶に移りたいと思います。新入生代表A組アキレ」


「は、はい!」


 司会者が名前を告げると、呼ばれた生徒は返事をして立ち上がり壇上に向かう。名前を呼ばれたのは同じクラスの生徒だ。その生徒をよく見ようとテガウは顔を上げた途端驚いた。その生徒は花に向かって挨拶の練習をしていたと告げた先ほどのあの少女だったのだ。名前はアキレというらしい。まさか本当に代表挨拶をするとは思わなかった。どれだけ試験の成績が良かったのだろう。テガウは壇上に上ったアキレをじっと見つめる。


「えっと…………め、名誉あるプランツスクールに入学したからには、き、勤勉な態度で学び、そ、そして――」


 大分緊張しているようで声が震えている。まあ、それはそうであろう。この体育館には大勢の人がいる。しかも、この学校に少なからず影響をもたらしている人もいるのだ。緊張しない方が普通じゃない。テガウは心の中で小さく「がんばれ」とエールを送った。


「が、がんばっていきたいと思っております!」


 そのエールの効果かどうかは知らないが、無事にアキレは挨拶を終えた。壇上を降りてくるときホッとした表情を浮かべたことから、やっぱり緊張していたのだとわかる。最初は不思議な少女だと思ったが、アキレと話してみたいなと思った。



「今日から一年A組を担任することになりましたエネっていいます。不慣れなところはありますが、まあよろしくお願いします」


 クラス全体を見渡してエネと名乗った担任は挨拶した。かなり若い女性の教員で男子生徒はざわついている。綺麗だということもあるが、胸のあたりにムーレという花をつけているのもあるだろう。ムーレという花は黄色い花を咲かせるが、花を咲かせる前のつぼみにある効果があった。それは、独特のフェロモンを出すのだ。そのフェロモンは人を引き付ける効果もある。どうしてもそこに意識が行ってしまうのだ。胸のあたりにつけているのはわざとだろうか。挨拶をしたときにいたずらっぽい笑顔を浮かべたことから、そんないたずらっぽい性格の先生なのかなあとテガウは想像する。そしてにこっと微笑むと、


「んーっと、私の担当は植物加工。まあざっと説明すると植物を日常的に使えるよう手を加える授業です。先生の授業は厳しいよ?」

 そんなこと言う。


 わざとらしく含ませた言い方に生徒からは笑いがこぼれる。テガウの第一印象は悪くない。

 植物加工は生きていくうえで必要な技術の一つだ。技術は日進月歩で、エネがどんな授業を展開するのか、今から楽しみだ。


「まあ、私の説明はこんなところかな。ほかはおいおいってところで。というわけで――自己紹介いってみよっか!」


「えー!」

 エネの言葉にブーイングが漏れる。


「はいはい。えーって言わない。皆には名前と目標を言ってもらうよ!」


 エネはそんなブーイングを意に介さずどんどん話を進めていっている。クラスメイトは嫌そうな顔をしたが順番に名前とそれぞれの目標を言っている。目標を聞いていると、本当にいろいろな思いを持ってこの学校に入学してきたのだとわかる。


「アキレといいます。わ、私は、し、植物と人をつなぐ仕事がしたい……です」


 この声はアキレである。テガウは植物と人をつなぐ仕事を考えてみる。いろいろあるが、果たしてどのようなことをしたいのだろうか。気になった。


 そんなことを思っている間に、テガウの番になる。言うことは初めから決まっている。


「テガウっていいます。植物プロフェッショナルの称号をとるためにここに来ました!」


 自信満々に自分の目標を述べる。テガウが言い終わるか終らないうちに、クラスは笑いに包まれる。


「この歳になってまだそんなこと夢見てるのかよ!」

「馬鹿だなーいい加減気づけよ、無理だってことに」

「そりゃあたしも子どものころは夢見てたこともあるけど、さすがにこの歳になってねぇ……」


 そんなような言葉が飛んでくる。テガウは少し恥ずかしかったが、自分の気持ちは曲げようとは思わない。昔からずっと決めていたことなのだ。


「いいね、先生そういうの嫌いじゃないよ」


 エネがにやりと笑みを浮かべてそう言った。テガウはその言葉を聞いて少しだけ恥ずかしさが紛れた。とはいっても笑いが終わったわけではない。


「はいはい静かに。人の夢を馬鹿にしないの」


 エネがそういってもなかなかクラスは静かにならなかった。

 テガウは夢見る馬鹿という烙印を押されてしまったようだ。



「ふぅ」

 テガウは帰り道をのんびり歩いている。今日は入学式ということで、午前中で終わりだが、明日からは早速授業がある。今日は帰って予習でもしようかと考えていた。


「おーいテガウくんー!」


 テガウは後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて思考を中断した。


「……アキレさん」


 テガウを呼び止めたのは、植物と話していたアキレである。どうやらテガウを追って走ってきたようで息を切らしている。テガウはアキレが息を整えるのを待って、どうして自分を呼び止めたのかを尋ねた。


「えっと、テガウくんと話がしたくて」

「話?」

「うん」


 おそらくさきほど言った夢のことだとテガウは直観的に思った。


「私ね、今日自己紹介でテガウくんの夢を聞いて――」

「俺は、本気なんだよ」


 テガウはアキレの言葉をさえぎって言う。おそらくアキレも先ほど笑ったクラスメイトと同じようなことを言うと思ったからだ。誰もテガウが植物プロフェッショナルの称号をとることはできないと思っている。今は、それでもいい。しかし、絶対に成し遂げる。誰に何と言われようとも、その信念は曲げない。そのために、今後も努力を続けようと考えている。諦めなければきっと叶うと信じているから。


「うん、知ってる」


 アキレは小さく微笑んだかと思うとそう呟いた。テガウはそう言われて心の中で驚く。何も言えずにいるテガウの目を見ながら、アキレは続ける。


「私ね、自分の気持ちを素直にいえるテガウくんがすごくかっこよく思えた。皆に笑われても、自分の言葉を曲げない」

「えっと」

「自分を受け入れているテガウくんは、私にとってあこがれだよ」


 テガウはわけがわからず混乱していた。どういう言葉を返していいのかわからない。ただ、アキレが浮かべている微笑みから目をそらすことが出来ない。


「それじゃあ私の言いたいことはこれだけだから。明日から授業が始まるけど、一緒に頑張ろうね」

「あ、うん」

「じゃあね、また明日」


 茫然としているテガウに小さく手を振ると、アキレは背を向けゆっくりと歩いて行ってしまった。

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