第84話 屍龍決戦、再びの物質
拘束が外れたドラゴンゾンビは両前脚を振り回し、近くの木もろとも直接攻撃してきたリスティルを執拗に追い回し、爪でひっかき、顎で噛みつく。
死した身体とはいえ素体が龍種、しかも大型の成龍である以上一撃が致命傷になると容易に想像できた。
テスタが火、エスプリが光の属性の魔法が使えるとはいえ中級程度、効果が見込めないのが痛かった。
狙われ続け、ひたすら回避・受け流しをし続けるリスティルだったが、威力・範囲ともに大きいためどんどんと疲労が溜まっていく。
既に額から汗が滝のように流れ、息も上がり始めていた。
他のメンバーも間接攻撃を何度も仕掛けるも、意識を逸らすことすらできずむしろ攻撃が苛烈になっていくばかりだった。
そんな危機的状況で1人、攻撃の手をやめて観察に回ったクラウが一部の物体を発見する。
「これは…ナナシ様から報告があった魔道具、でしょうか?
となるとあの棘のような物体を破壊、もしくは除去することができれば…ふむ」
「ちょっとクラウー!?何サボってるの!リスティルちゃん死んじゃうよ!?手伝ってあげてよ!」
「申し訳ございません、少々観察しておりました。シルビィ様、ウルティマとともにドラゴンゾンビの背骨にある物体を除去、もしくは破壊をお願いします。おそらくそれで戦況は好転するかと」
「背骨…って乗れってこと!?うーん…よくわからないけどわかった!リスティルちゃん、もう少しだけ耐えて!ウルティマちゃん、行くよ!」
「畏まりました、タイミングはお任せします。おそらく両翼の間になりますので風圧に気を付けながら乗り込むとしましょう」
「ウルティマ以外のメイド部隊、リスティル様を殺させないように援護を。決して己も死ぬことのないよう十二分に気を付けて耐えてください」
「くっ…簡単に言ってくれますね!もうかなり厳しいですが…シルビィさん、噛みつきを誘導するのでそのタイミングでお願いしますっ、ふっ!」
クラウの指示により樹上で待機するシルビィとウルティマ。そして残されたメイド部隊4人でリスティルの前に立ち、全員で受け流し続ける。
エルはクラウの後ろから振り上げた前脚を狙って弓を放ち続ける。ダメージは期待できないが攻撃の威力を弱めるように関節を狙う。
そうした攻防が数回続いた時、ようやくドラゴンゾンビが顎を前に突き出し噛みつこうとする。
それを回避するのではなく、リスティルと4人のメイドたちは各々の武器を使って正面から受け止める。その瞬間、衝撃とともにドラゴンゾンビの動きが数秒停止する。
『今!』という声とともにシルビィとウルティマが背中に飛び乗る。
「シルビィ様、ウルティマ。背骨のどこかに棘が刺さっているはず、それを排除してください。
リスティル様の体力も既に限界、お急ぎお願いいたします」
「簡単に言ってくれるなぁ…わぁ!?もう動き出したのか!ウルティマちゃん、見つかった?」
「シルビィ様、おそらくですが…翼の根本のこれと、背中中央付近に刺さっているあれかと。
私は背中中央を受け持ちますのでここにある棘の処理をお願いいたします」
「う、うんわかった!…ってこれ?小さいしなんだろう、すぐ壊せそうだけど引っ張ってみるか…わっ!?急がないと落とされちゃう!」
シルビィとウルティマが背中で見つけた二本の魔道具にそれぞれ分かれた時、リスティルは大きく吹き飛ばされ木に衝突、立ち上がれなくなっていた。
光属性が使えるエスプリが急ぎ回復魔法をかけるも、リスティルは疲労と大ダメージにより意識を失っていた。
幸い出血も少なく骨も折れてはいないため命に別条はなさそうだったが、ドラゴンゾンビの目の前での離脱はかなりの危険性があった。
エスプリ以外の3人、特にテスタが中心となって攻撃を捌き続ける。その表情は苦し気であった。
そんな時に遂にクラウが動く。右前脚を振りかぶり、テスタ達を踏みつぶそうと叩きつける瞬間に足元に踏み込み、左手一本でその攻撃を受け止めたのだ。
「お疲れさまでした、ここからは私が受け持つことにしましょう。…ふむ、やはり強引に身体能力を強化されてこの攻撃力を誇っているようですね。
この程度であれば最初から私が対応できる程度でしたが…いい訓練相手になったでしょう。合格です」
「クラウ様、お手を煩わせてしまい申し訳ございません…リスティル様をお守りしきることができず、大怪我を負わせてしまいました。精進いたします」
「ふふ、向上心はよろしいですが無茶は禁物。ナナシ様が悲しまれる。
それに…このドラゴンゾンビは少々、というよりかなり強化された個体、元から厳しい相手。卑屈にならなくて結構」
クラウとテスタが会話している最中、ドラゴンゾンビはピクリとも動かなかった。
クラウが力で強引に動きを止めているのだ。左手一本で右前脚、右手で頭を押さえつけ一歩たりとも動くことを許さなかったのだ。
表情を変えず押さえつけているものの、その額には汗が滲んでいた。
「クラウお待たせ!抜けなかったから周りの肉ごと切り取った!ウルティマちゃんの方も大丈夫だよ!」
「ご苦労様でございます。メイド部隊、ドラゴンの心臓の位置は通常喉。しかしこの個体は改造されている。死しているため鼓動もない。言いたいことはわかりますね?」
「はい、クラウ様。全員で腹を開き心臓を破壊します。…エスプリはリスティル様の護衛を。ウルティマはシルビィ様とともに後脚からお願いします。私たちは正面、左右それぞれから」
テスタが指示を出し、行動を開始する。鱗のない腹といえドラゴンである皮膚は硬く、何本もの剣や槍が折れ、ひしゃげ、刃が欠けていく。その間クラウは汗を吹き出しながら抑え続ける。
やがて予備の武器が残り少なくなってきた時、ベレッタが声を上げる。
「発見しました。白く濁っておりますが、何本もの管と不明な棘が刺さっている臓器です。
鼓動はありませんが魔力の動きがあります。心臓で間違いないでしょう」
「結構。ではその心臓を破壊…いえ、全員で除去してください。背中に刺さっていた魔道具との関連性を調べます、よろしいですかシルビィ様?」
「えっうーん…いいんじゃないかな?ウチは正直わからないけどアスモさんにも見てもらうのはいいかもしれないね。じゃあ見つけたベレッタちゃんのお仕事だね、外しちゃって!」
「は、はい…畏まりました。では僭越ながら…やっ!」
ベレッタの声とともに直径50㎝ほどのいびつな物体を取り出す。
白く濁ったその物体が体内から取り除かれた直後、ドラゴンゾンビが苦しむ雄たけびを上げる。
クラウはその雄たけびを上げた時には既に拘束を解除し、リスティルの傍まで移動していた。他のメイドたちやシルビィも同様にドラゴンゾンビから離脱、そして苦しむ姿を眺めていた。
やがて動きが小さくなり、雄たけびも無くなるとドラゴンゾンビは横に倒れ、鱗や皮膚・肉などが溶けだし地面に流れていく。
アンデット化した魔物は浄化されると溶けてしまい、残るのは骨のみ。まさに今現在、ドラゴンゾンビは浄化されていたのだ。
心臓が体内から消え去り、肉体を維持する魔力が消えたからである。
「討伐成功…ですね。周囲の警戒を怠らないように。まだ数匹ですが魔物が残っているようです。
シルビィ様はエル様とともにリスティル様のお傍に。メイド部隊は私とともに警戒、及び迎撃を」
「ウチはまだ戦えるよ!こんな程度じゃ疲れなんてないよ、冒険者舐めないでよクラウ!」
「いいえ、お休みください。残っているのは目視だけでもAランク以上、リスティル様でも手に余る相手かと。
突入作戦もございます、今は身体を休めることにしてください。我々使用人は突入場所を死守するのが今回の指示なのです。
内部に入るのはナナシ様とエル様、シルビィ様、リスティル様なのです。どうかお休みください」
「クラウさんの言う通りです、シルビィさん。私たちは少なくとも今は休息に充てるべきです。
もうすぐナナシさんも迎えに来るはずです、それまでは身体を休めましょう」
クラウだけでなくエルにも休めと言われ、渋々リスティルの横たわる木に座り背を預ける。
リスティルを挟むようにシルビィとエルが座り、未だ残る魔物たちと戦闘するメイドたちに目を向ける。
全員が汗1つかかず、淡々と急所を突き屠っていく。十数分後には粗方討伐しており、周囲には魔物の死体が散らばることとなっていた。




