第82話 スタンピード、現れる邪悪
王都とは思えないほどの静けさに包まれた夕暮れの市街を悠然と歩みを進める集団がある。
5名のメイドと1名の執事に周囲を囲ませ、その内側に各々の得意とする武器を装備した女性たち。
そしてその集団の中央に位置する白髪の男性。
ナナシ率いる『虹の輝き』一行である。ナナシと使用人たちだけは非武装で、だが。
「さすが『賢王』と言われるだけあって行動が早かったな。ウルティマもよく届けてくれた。
面倒っちゃ面倒だが俺たちに喧嘩を売ってきたのはさすがに見逃すわけにはいかないな」
「ナナシクンさえいれば十分だとは思うんだけどなー。ウチやリスティルが足を引っ張ると思うのに」
「シルビィさんの言う通りだと思います、ナナシさん。なぜこんな大人数で攻めることにしたのですか?」
「シルビィやリスティルの言いたいことはわからなくもない。だがな…俺には圧倒的に不足しているものがあるんだ。
それを埋めるため、と言えばいいのかはわからないが必要不可欠なことでもあるんだ。もちろん理由はそれだけじゃないがな」
そう言ったナナシの表情はどこか暗いものが垣間見えた。それがどういう意味を持つかは2人にはわからなかった。使用人たちはなんとなく察しているようではあったが…
屋敷で待機しているのはアスモ、サラ、ユキ、エレンの4人である。そのうちのエレン以外の3人は気づいていた。
『何者かがナナシ達を監視している』こと。そしてそれをあえて見逃していること。
無論ナナシも気づいているし、クラウとメイドのウルティマも気づいている。
他のメイドも『感知』系スキルを所持しているが、ウルティマは特に暗殺者としての能力に大きく長けていた。
そのため王城に侵入、そして王に直接謁見できたのだ。無論ナナシがそれを補助したというのもあるが。
何者かの監視を無視しつつ目的地である森の中の奇妙な空間へと辿り着く。
だがそこに待っていたのは人形ではなくおびただしいほどの魔物の群れ。木陰、木の枝、地中に空まで。
ゴブリン、オークといった比較的弱い魔物からキマイラ、そしてまだナナシが見たこともないBランク以上の魔物や亜種といった上位の魔物まで。
スタンピード、と呼ばれる魔物の群れが一斉に街や都市に襲撃するといった事件がたまにおきる。
大多数がダンジョンで生まれた魔物が飽和し溢れかえる、といったものであるが、近年冒険者が増え、それに伴いダンジョン探索者も増加しているため予兆はおろかダンジョンから魔物が出てくるような案件が一切起きなかった。
今起こっている状況は冒険者ギルドから言い伝えられているスタンピードとは明らかに規模が違う。
魔物の数もそうだが質が遥かに良すぎる。この世界に存在する一部を除くほとんどの人族は自分の命の終わりを感じることもなく命を散らすだろう。
だがここに存在するのはその一部の人族。恐怖がないわけではないが、負けるとは一切思えないのだ。
「目的地はこの先だ、魔物の数はおよそ1000ってとこだな。そんじゃ…好きなだけ暴れてこい、そして死ぬな。命令だ。
この程度の戦力で足止め、抹殺できると思った黒幕に一泡吹かせてみろ『虹の輝き』よ」
「ナナシ様にそこまで言われては腕が鳴りますな。不肖ながらこのクラウも少しばかりやらせていただきましょうぞ」
「ナナシクンにそこまで期待されちゃ張り切るしかないね!」
「そうですわね、『迷宮』で頂いた武器もありますし、特訓の成果を見せるときでもあります」
「え、えっと…私もナナシさんに相応しい女になるため頑張ります!」
それぞれが決意を胸に刻み、魔物の群れへと向かって行く。
メイド部隊はあらかじめ都市で用意しておいた鉄製の剣や短刀、槍などを使い魔物を蹴散らしていく。それぞれ得意な武器や交戦距離に適した立ち回りをする為に適当に買いあさった消耗品である。
クラウだけは唯一素手で蹴散らしていっているが…
他の正規のメンバーはダンジョンにて獲得した大剣、双剣。エルだけは昔愛用していた小さめの弓で戦っていた。
ナナシはそれを後ろから眺め、時折風魔法『ウィンドカッター』で首を正確に撥ねるという技術を磨く訓練をしている。全力で戦闘をするならば1人で蹴散らすことが可能なのだが、あえて手加減しているのだ。
ただし狙って一撃で狩っている魔物は基本的に動きが違うBランク以上の魔物限定だが。
1/3ほど魔物が減ってきたころ、魔物の群れの向こう側である目的地の空間付近で魔力の高まりを感じる。
意識して『万能感知』を使いこなせば最初から気づくことができたのだが、如何せん戦闘回数が少なすぎるという経験不足が足を引っ張ったのだ。
それは同じく『万能感知』を所持している使用人たちも同じ。戦闘行為自体がアリウスの率いた人間たち、しかもほぼ不意打ちの1撃で沈めて行ったからだ。経験、と呼ぶには明らかに不足過ぎた。
「全員警戒しろ!魔力がどんどん高まっていく気配がある!広範囲系の魔法か高火力の魔法かはわからないが防御を怠るな!
魔物の数を減らす勢いも落としていい、とにかく何が起きても生き延びることだけを考えろ!」
ナナシが叫んだ直後、残存する魔物たちの頭上に巨大な赤い魔法陣が現れる。
ナナシは直感した。これは『悪魔召喚』の時と同じ気配だと。
つまりこの魔法陣を操っているのも悪魔か、もしくは例の門を破壊した一派の者であると。
上空に出現した魔法陣から邪悪なプレッシャーを感じると同時に、残存していた魔物たちが突然倒れだす。
そしてみるみるうちに干からびていく。生命力を全て吸い取られているようだった。
「ナナシ様、これはあの時と同じく悪魔を召喚しているのでしょうか?あの時は大したことないと我々使用人も感じましたが、これは些か個人では対応しきれないほどの強さを感じます」
「そうだな…まるで上級悪魔、しかも下手すりゃアスモやベルゼブブクラスの強さかもしれないな。
だがこれは俺は手を出さない。『個人では』対応できなくとも『全員なら』いけるんだろ?クラウ」
「ほっほ、さすがにお気づきになられましたか。メイド部隊と私クラウ、それにリスティル様もいれば敗北は無いかと。そこにシルビィ様、エル様も加わっていただければ勝利は盤石でございます」
「ちょ、ナナシクン!?ウチらもあんな恐ろしい存在と戦わせるつもりなの!?
いくら何でも無理だって!そもそも所詮Dランクの実力なんだよ、ウチは!」
「大丈夫だ、俺を信じろ。何せ迷宮でのあの地獄の特訓を乗り切ったじゃねぇか。
それにここで死んだらエレンも悲しむだろうが、俺に要求した『貰ってくれ』ってのも達成されねぇぞ?
っと、そろそろ出てくるぞ。勝って生き延びて俺のとこまで戻ってこい。それはシルビィだけじゃなく、エル、リスティル、そしてクラウやアスモたちもだ。いいな、死ぬんじゃねぇぞ」
「もう、そんなこと言われたらやるしかないじゃないか!ズルいなぁナナシクンは…」
そんな会話をしているうちに、魔法陣から遂に姿を現した怪物。
それは肉体が腐りかけ、所々から骨が出ていて生命を感じさせない姿となった龍。アンデット化したドラゴン。
『ドラゴンゾンビ』と言われるSランク指定の魔物だった。




