第42話 契約上書き、『掌握』の正体
≪待たせたなマリアさん。痛みが取れる程度の治癒魔法はかけたがさすがにまだ喋れないだろう。
それに診たところ鼓膜も破れかかっていた。そっちは治療してあるが聞かれたくないことがあるんだろ≫
血の汚れはまだ残っているが、死体が無くなったことによって広場はかなりの広さになった。
ナナシの言う通り、実は音を聞くことができるようにはなっていたのだが、アインズの下へ向かう際に『もう一度お話がありますので』と言われていた。声は出せないので『念話』でだが。
ナナシはこっそりとサラだけは会話に紛れ込ませていた。『念話』は指定した者同士が会話可能になるのだ。ナナシから話しかけたため、サラが会話に参加していることはマリアは気づけない。
サラだけを参加させたのは、アスモやエルでは何かしら反応してしまう可能性があったからだ。
信用していないわけではないが、普段からおしゃべりな性格のため参加させることができなかった。
もしここで反応して警戒されてしまえば、奴隷紋上書きの際に抵抗が発生し失敗する可能性もあった。
≪はい、奴隷紋を解除し終えた後のことなのですが…貴方は私を仲間に加えようとしている。
ですが私は元ではあるものの『聖女』と呼ばれた身、あなた方に不幸が降りかかる可能性が…≫
≪なんだその程度のことか?だったら何も問題は無いぞ。俺とあと3人は1つの国程度なら1人で潰せるし、そもそも国を潰されたくなかったら俺たちにかまうなとガルディア王に言ってある。
不幸だの危険だの今更だし、例え何かあっても何もさせる気は無い≫
≪貴方は…いえ、詮索するのはやめておきましょう。まだ私は解放されていない以上、貴方は私を信用できるわけがない。
実は逃げた盗賊と繋がっていて話を流している可能性だってある。
そうでしょう?だから私を拘束している。それにおそらく強力な結界まで張ってある。
奴隷紋による強制を解除しない限り私に自由は無いことをわかっているから≫
マリアは自分がナナシ達と共に行動することで予期せぬ不幸が訪れると明言した。
『元聖女』である、それは聖女だった頃の国や機関から追われるだけの出来事があったことを示していた。
そこから送られてくる刺客に追われる日々を過ごしていたのだが、ある日盗賊団に捕まってしまう。
その際、様々な危害を加えられたあげく闇ルートで手に入れたという奴隷契約の道具により強制的に奴隷とされてしまったのだった。
奴隷生活は無慈悲な暴行や性的虐待が日常茶飯事だったのだが、その反面追手からは逃れることができた。
足取りをぱたりと途切れさせていたため死亡したと思われているが、万が一関係者に見つかるとまた追手から逃げ惑う生活が始まる。
その生活にナナシ達を巻き込むわけにはいかない、と考えたようだ。
だがナナシ達には通用しない。理由は単純明快、ナナシがいるからだ。
多対一、一対一、不意打ち、果ては毒を盛られようとも全て見抜いてしまう。
追われようものなら返り討ちに遭わせ、隠れる場所なら亜空間に逃げ込めばいい。
世界中どこを巡って探しても、ナナシのいる場所より安全な場所などないのだ。
だが逆にナナシの逆鱗に触れたならば、ナナシが行ける場所全てが危険地帯となるだろう。
≪ああ、マリアさんの言いたいことはわかってる。そんなの些細なことに変わりはない。
とにかく、だ。今のこの状態から解放するためにもあんたの意思が必要だ。
『解放されたい』という単純だが純粋な思いだ≫
≪は、はあ…些細なことですか。そういうことであれば甘んじて受けましょう…新しい契約を≫
改めてマリアから奴隷紋の上書きによる主の強制変更の許可を取り、右肩を露出させる。
そしてそこに書かれている奴隷紋の上からナナシの血液と魔力を混ぜ合わせた液体でなぞる。
見た目は塗り絵のようだが、超高度な『魔力操作』と針の穴に糸を通す以上の集中力を必要とする。
蜘蛛の糸の様に薄く細く魔力の糸を作り、その糸を束ねて作られた魔力の筆に液体を浸して奴隷紋をなぞっていく。
筆の分の魔力と液体の分の魔力、2種類の全く質の違う魔力を完璧に操作し続けなければならないのだ。
一人二役、しかも確実に複数人で行えない人知を超えた作業。
さすがのナナシでも緊張しているのだろう、額には汗がじわりと滲み出てきていた。
曲線、直線、時に筆を止め折り返す。一つ一つの作業を完璧に、寸分の狂いもなく進めていく。
「…できた。奴隷紋自体の上書きは完了した。あとは…そうだ、本当は使いたくなかったんだが仕方ない。使うぞ、ミコト」
ナナシはあるスキルを使うことを決めていた。だがどのような副作用があるかわからないのだ。
それはミコトから授けられた特殊スキル『掌握』である。
本来の効果は『対象者をスキル所持者に強制的に従わせる』だが、ナナシはこれを奴隷契約と同じものだと考えていた。
ただ、一度使おうと試みたことがあった。その時は何故か発動しなかったのだが、代わりに貧血のような立ち眩みと倦怠感に見舞われたのだ。
その経験から『掌握』スキルは自身の血液を利用する、という可能性があったのだ。
既に奴隷紋にはナナシの血液を流し込んであるため、下準備は完成されている。あとはスキルの効果が思った通りに発動することを願うだけである。
「そんじゃ頼むぜ…奴隷契約をその上から乗っ取ってくれよ、『掌握』発動…うぐぅ!?」
ナナシが『掌握』を発動した直後、ナナシの身体からボロボロの黒いマントを羽織った人型のモノが出てきたのだ。
ただ、それは人ではなかった。骨だけだったのだ。
身体は腰から下の骨が存在せず、空中に浮いている。マントから出ている腕も骨しか見当たらない。
その両手には巨大な鎌を持っていた。そう、こいつは『死神』と呼ばれる神の1つなのだ。
死神はナナシの血液の臭いをたどり、マリアの下へと向かう。
だがマリアは反応しない。この死神はナナシにしか見えていないのだ。
急に苦しみだしたナナシを不思議そうに見守るも、ナナシの視点では死神を見つめているように見えるのだ。
死神はおもむろに鎌を振り上げ、奴隷紋の書かれているマリアの右肩へと振り下ろす。
バキン!という甲高い音が響く。右肩の奴隷紋が赤く光る。
魔力の糸のようなものが奴隷紋から伸び、ゆっくりと何かを探すように宙をさまよい始める。
そして探し物が見つかったかのように糸の伸びる速度が上がる。糸が目指す先にあるもの、それは
『ナナシの心臓』だったのだ。
自分の身体から死神が抜け出た衝撃と激しい眩暈でまともに立つこともできないナナシは魔力の糸から逃げようにも身体が上手く動かず、胸に突き刺さってしまう。
刺さった瞬間は刃物で刺されたような衝撃が走ったのだが、不思議と痛みは無く、害があると感じなかった。
だがそれは一瞬にして間違いだと気づく。心臓から直接ナナシの血液を吸い出しているのだ。
赤子が母の乳を吸うかのごとく、とてつもない速度で血液が失われていく。
だがナナシは抵抗する力が沸きあがらなかった。声も出せず、『念話』でサラ達に伝えることもできないほど集中力を散らされているのだ。
やがてナナシの意識が遠のいていく。既にマリアも気を失っているようだ。
消えゆく意識の中で最後に見たものは死神が満足げに揺れながらナナシに向かってくる姿と、赤く光っていた奴隷紋の光の色が金色に変わっていたことだった。
『なぜ色が変わったのか?』という疑問を抱いたまま、ナナシは意識を失うのだった。
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