第37話 作戦変更、怪しき集団
「だからこそ少しずつでもいい。俺のことを信じてほしいんだ」
その言葉がエレンの心に響く。エレンの時が止まったように微動だにしない。
その直後、エレンの身体が薄くなっていく。絶望的状態から解放されたのだ。
姿が消えてなくなるまでエレンは全く動かなかったが、その表情は穏やかで笑顔だった。
まさか自分の言葉で消えてしまうと思わなかったナナシは驚き、慌てて結界を消したのだった。
「お、おい、エレンが消えちまったぞ!?大丈夫なのか?」
「ふむ、どうやら感情の制御に成功し、立ち直ることができたようだな。
安心しろ、あの娘はお主が戻り次第目を覚ますだろう。お主ももうすぐで戻す。その前に話を聞いていけ」
「話?俺にも何か言いたい事でも…ってまさかシルビィのことか?」
「ほう、勘がいいな。そう、シルビィのことだ。我はシルビィに長を譲る気は無い、だが『妖狐化』を扱うようになってしまったら我が一族の者が里に戻そうとする可能性があるのだ。
シルビィがお主の婚約者となってる以上、我はそのようなことをしないと言えるが…我ももう長の役目を終える。次の長がそうなるやもしれぬのだ」
「あー、俺はまだ『妖狐化』をどんなものか知らないんだよな。だがそんな危険な能力は使わせないようにするために今力技で修行させている。
それが上手くいけばそんな力に頼ることもないだろう…と思ってるんだが、それだけじゃだめなんだろう?」
「うむ、先ほどの娘と同じように絶望的状況に陥ってしまったりすれば無意識に発動しかねない。
そうならないよう、定期的に娘どもを構ってやるのだ。それも旦那としての務めだと思え」
狐人族の長は『一夫多妻の旦那の役目』についても指摘しだしたのだ。
一夫一妻制の世界だったナナシからすればありがたい助言だった。今までエル一人にばかり構ってしまっていた事実があり、エレン・シルビィともに構えていなかったのだ。
「あー…その通りだな。俺にはもう1人婚約者がいるんだが、確かに最初に婚約したって理由だけでその人だけに集中してしまっていたな。
ありがたい指摘だったよ、ありがとうな長」
「ふっ、礼など良い。我の名は『クロネ』だ、覚えておくとよいぞ…そろそろ戻る時間のようだ。
我の名をシルビィに尋ねるとよい、きっとお主の話題も出てくるだろう…ではな、ナナシ。
この少女…いや、エレン、だったな。エレンとお主のいる未来が良き物であるように祈っておくぞ」
『クロネ』と名乗った狐人族の長がそう言うと、ナナシの視界がぼやけていく。
ふと足元を見ると魔法陣が生成され、ナナシ達のいた世界に戻されるようだ。
そしてナナシは目を閉じ、異世界へと移動した時のように意識を手放すのだった。
そしてナナシが目を開くと、腕の中には安らかに眠るエレンがいた。どうやら現実へと戻ってきたらしい。
1時間ほど経過していたらしく、サラが『急に眠りだしたから何事かと思いましたよ』と話していた。
サラと一言二言会話していると、エレンが目を覚ましたのがわかる。
「お、起きたか。もう大丈夫そうだな…エレン?」
「ナナシ…ありがとう。自分に自信が持てないアタシだし、いつも照れ隠しで逆のこと言ってしまうし…迷惑ばっかりかけるけど、これからもよろしくね?」
「お、おう…もちろんだ。お前も俺の婚約者なんだ、多少のワガママもあるだろうさ。
それくらい好きに言えばいいし、照れ隠しなんて俺だってするさ。気にすることは無い、それを受け止めるのが俺の仕事だろ?」
「あ、あう…バカナナシ!どうしてそうやって恥ずかしいことをさらっと言っちゃうのさ!」
ナナシの胸に顔をうずめてポカポカと叩くエレンだが、力は全く入っておらず照れ隠しによるものだとわかった。
それが可愛いと思ってしまったナナシはエレンの頭に掌を置き、あやすように撫でるのだった。
その姿は傍にいるサラ以外にも見られており、その視線に気づいたナナシは苦笑いを浮かべるも、顔をナナシの胸にうずめているエレンは全く気付かないままその体勢で数分間いるのだった。
「さ、もういいだろ?エレン。そろそろ修行再開するぞ。
さっきまでと違って班分けをせずにやろうと思う、これはデメリットの方が大きすぎるからだ。
だがそれぞれで課題を見つけることはできたと思うからそれを克服するようにはしていく、異論はあるか?」
「ほう、ということは常に旦那様の傍にいられるということですわね!それは嬉し『お前も戦闘させるぞ』…今なんて?」
「だからアスモ、サラにも戦闘させるって言ってるんだ。ただし制限はつける。
理由はサラならわかっているだろうがアスモは後で教える。他は?」
「ナナシクンは何をするの?さすがに6人同時に見張るなんて荒業なんてしないでしょ?」
「ああ、それについては問題ない。3つの組に分けて交代で戦闘してもらうつもりだからな。
サラとアスモ、エルとエレン、シルビィとリスティル。1つの組が戦闘してる最中は他の組が警戒及び休憩になる。
俺の負担も少ないし、全員が危険な状態になることもない。他には?…無さそうだな。
じゃあこの階層は急がず進み、次の18階層からその組み分けで修行開始するぞ。
…ユキは戦闘禁止で俺と一緒に警戒役だからな?」
そう宣言されたユキは絶望の表情をしていた。戦闘したかったようだ。
だが合流してからほぼずっと戦闘し続けていたのだ。もう十分すぎるほど戦闘経験は積んでいる、だからダメだとさらに念を押されがっくりと肩を落とすのだった。
17階層はユキが戦闘し続けたこともあって、魔物がほとんど現れなかった。
所々の床にクレーターらしきものがあったり、壁が大きくくぼんでいたりしていた。
『やりすぎだ』と怒られるユキは悪いと思っておらず、まるで悪ガキだったのだ。
18階層に降りると急に戦闘の音が響きだす。どうやら他の冒険者がここまで潜って来ていたようだ。
だがナナシは少し怪訝な表情をした。ここまで来れる冒険者が最近来ていないと冒険者ギルドから報告があったのだ。
よほどの手練れが後からダンジョンに進入したか、はたまた元々ダンジョンで盗賊行為をしている悪人かのどちらかだったのだ。
だが手練れはまずあり得ない、もし来ていたのならサラかナナシが気づくはずだからだ。
よって現在ここにいるのは後者、盗賊団の可能性が極めて高かった。
「おい、全員走って抜けるぞ。18階層はスルーだ、19階層に真っ直ぐ行く。いいな?」
「ナナシさん、ここにいるのはまさか…」
「ああ、そのまさかだ。俺らは対人戦をしにきたわけじゃないからな。急いで抜けるぞ」
そうナナシが声をかけるとサラが道案内として先頭を走る。最後方でユキとナナシが警戒する。
戦闘音はそこかしこから鳴っており、大人数であることがわかるのだ。
一行は階段まで迷わず突っ切る。戦闘が複数個所で行われていることにより、魔物と出会うことがなかったのだ。
戦闘音が消えた18階層には、魔物の死体以外に人の死体も転がることとなっていた。
十数人がこの階層で亡くなったらしい。
だが盗賊団と思わしき集団は死体を弔うこともせず、荷物だけ持ち去り拠点へと向かうのだった。
その拠点のある場所は…19階層だったのだ。
毎朝10時に投稿しております。体調が戻り次第14時にも投稿しますので、いつも読んでくださる方々にはご迷惑をおかけしますが、最低1日1話投稿しますので、これからも読んでいただけると幸いです。




