第23話 交渉、奴隷契約
この後14時に本日3話目を公開します。
「な、ナナシ殿の言い分はわかった。だが冒険者は常に命の危険が付き纏い、収入も不安定だ。
儂の直属の兵ならば戦争時以外は護衛や鍛錬程度で安全、給料も保証できる。
それを聞いても考えを『だからその気はない』…そうか、わかった」
「さっきは俺たちの評価は正しいと思っていたが、むしろ過小評価しすぎだったな。
俺はもちろんのこと、他のSランクの2人でさえ今すぐにでも王様の首を撥ねることもできるぞ?
…こうやって、な」
ナナシはただ高速移動しただけだが、他の者たちにはナナシの姿が消えたように見えた。
ガルディア王の首元にはナイフが突きつけられていた。『いつでも殺せるぞ』と言わんばかりに。
その姿を見たエルは卒倒していたのであった。一応ナナシから『念話』にて予告はされていたのだが。
そんなナナシはガルディア王に対して冷酷な表情をし、話を続ける。
「王様にはこれから選択肢を与える。一つはこのまま俺たちを懐柔しようと画策、手先を送り込むが全て無残な死体として送り返され、俺たちを敵に回して国を滅ぼす未来。
次に今この場にいる兵士及び暗殺者を仕向けて、ガルディア王を助けようとして返り討ちに遭い、王の首も即座に転がる未来。
この2つの選択肢はさすがに俺も選んでほしくないと思っている。
だから1つだけ安全策、とまでは言わないがこの国が俺たちによって滅ぼされない、救いの道となる選択肢を出してやろう。
それは簡単なものだ。俺たちはパーティを組んでいる。だが宿を取るとなると相応の金がかかる」
「そ、それは確かにそうだ。何日滞在するかわからぬ以上、宿は無下に出来ん。冒険者ともなればその出費は痛いであろう。その代金を肩代わりせよというのか?」
「いーや、違う。正直なところ、宿代なんて余ってるほどだ。軽く半年は寝泊まりできる」
「では何を…まさか屋敷でも用意しろ、と?」
「その通り。たかが屋敷一軒差し出すだけでこの国、及び王様の命が守られるんだ。安い物だろ」
ナナシは『命を奪われるか、屋敷を寄越すか』という選択を王に対して提案した。
傍から見れば脅迫である。だがこの状況に王の近衛兵達は動けなかった。
ナナシとガルディア王が交渉という名の脅迫をしている最中も、王の首元にはナイフが添えられている。下手に刺激すれば王の命が失われる可能性があるからだ。
「そ、そうだな。ナナシ殿の意見を取ろう。儂も大分歳を取ってはいるが、そう易々と命を捨てられるような浅はかな人間ではない。
だが、1つだけ頼みがある。頼める立場ではないのはわかっているのだが聞いてはもらえぬだろうか」
「聞くだけなら別に構わないぞ。ただ、従えだの国に仕えろだのふざけたことを言い出したら首が無いと思えよ」
「ナナシ殿も既に会っているが、娘のリスティルもナナシ殿と行動を共にさせてやってはくれぬか」
王がナナシに対して言い出した頼み、それは第2王女リスティルを連れていけ、というものだった。
その王の発言を聞いた兵士たちは動揺を隠せないようで、『王よ、考え直してください!』『姫様をそのような輩に預けては何をされるかわかりませぬ!』といった非難が多かった。
そういう反発が起きるのも当然、リスティルは一国の姫なのだ。王の首にナイフを当てている傍から見れば暗殺者同然の、それも男の元に送るというのだから。
王の側近である壮年の男性が代表して王に話しかける。
「王よ。まさかリスティル様を監視役になさるおつもりですか?もしそうであるのならばメイドの1人にでもそのような役目を任されてはいかがでしょうか…」
「アリウスよ、これは儂だけの決定ではない。ナナシ殿も気づいているのだろう?
そろそろ入って来てはどうだ、リスティル」
その声が謁見の間に響いた直後、入り口の扉が開かれる。そこには鎧を着ていた先ほどまでの姿のリスティルではなく、薄いピンクのロングスカートのドレスを着たまさしく姫そのものの姿のリスティルがいた。
その顔はどこか覚悟を決めたような、少し怯えの見える表情をしていた。
「ガルディア王…いえ、お父様。私の我が儘を聞きありがとうございます。
アリウス、これは私が望んだこと。私は覚悟を持って今この場に来ているのです。
お父様の、そしてこの国の命運がかかっているのです。私1人の命でそれが守られるのであれば安い物です。
その覚悟を貴方は踏みにじり、くだらない考えで国を滅ぼしても構わないと言うのであれば私は貴女を切り捨てることも厭わない」
そう言い放った彼女はとても冷たい視線をアリウスと呼ばれた側近に向ける。
ナナシも思わず『かっこいいなこの姫様』などと思ってしまい、それが念話にて繋がっている3人に届き、後程怒られることになるのだが、それはまた別の話。
「ということだ、ナナシ殿。娘を任せても良いか?アリウスもこれ以上言うことはないだろう」
「確かに聞いてやるとは言ったが、それを叶えるとは言ってないぞ?しかも監視役だろ、俺が許可を出すわけないだろう」
「ナナシ様の言う通り…かもしれませんが、私は監視などするつもりもありません。
むしろ、それを頼んだところで断られるのもお父様はわかっています。
どうしても信じられないというのであれば、私を『契約』していただくのも吝かではありません」
「お、おい、お姫様。あんたの言う『契約』ってまさか『奴隷契約』とか言いださないだろうな?」
「むしろそうしていただく方が信用するに値するかと思われますが…それが何か?」
この世界には『奴隷』及びそれを取り扱う『奴隷商人』が存在する。
大方が国王の命を狙ったり、商人の馬車を襲ったりしていた暗殺者や盗賊が『犯罪奴隷』として奴隷商人に引き渡されるのだが、中には戦争で滅ぼされた国の姫や、親を亡くし身寄りのない子供を仕方なく奴隷の身にやつしている者もいる。
『奴隷契約』とは、右肩に『奴隷紋』と呼ばれる魔法陣を描き、主人の命令に背こうとすれば身体に激痛が走り、その身を苦しめるというものだ。
契約解除は『主人が死亡する』『契約が満了する』『主人により解除される』と方法がある。
奴隷の手により主人を殺害することは不可能だが、事故や魔物によって主人を失えばその瞬間から解放され、右肩の奴隷紋も消失する。
「おいおいそこまでするかよ…どうする、エル?このお姫様はそうまでしてついて来ようとしているが」
「リスティル姫を奴隷なんて私はさせたくありませんし、さらに言うなら私たちについて来るのも反対したいところですが…ここで断っても無駄な気がします」
「やっぱりそうだよなぁ…ということで王様、奴隷として連れて行くが問題ないか?」
「そ、そうか。では奴隷契約のできる者が王城にいる。すぐ呼び出す故、少々待たれよ…そしてそろそろナイフをしまってほしいものだが」
ナナシはそう言われてもナイフをしまわず、首元に当てたままである。
それを離すと潜んでいる暗殺者がすぐにでも飛び掛かって来ると思っているからだ。
事実、暗殺者たちはいつでも仕掛けれるように投げナイフを構えている。ナナシは結界で自身とエルを守っているため、その攻撃が届くことは無いのだが…
そうこうしているうちに奴隷契約ができる男が入室してくる。
王の首にナイフが突きつけられていることに驚き、奴隷契約の対象がリスティルという話を聞きさらに驚いていた。
気を失いそうになりつつもなんとか持ちこたえたその男は、ナナシから血を貰い、その血を所持していた塗料に垂らし、リスティルの右肩に奴隷紋を描く。
つつがなく奴隷契約は完了し、この瞬間からリスティルはナナシの奴隷となったのだ。
10時、14時の2回に分けて1日2話ずつ投稿を目標にしています。
読みづらい、こうした方がいいなどのアドバイスがあればコメントいただけると幸いです。