第18話 エル加入、決心
アスモ対エレンとシルビィの決闘が決まったその夜。
無事退職届が受理され、冒険者ギルド受付嬢という立場から1冒険者と生まれ変わったエルがナナシ達の部屋にやってきた。
婚約したことについては父親であるグリーグには伝えていないらしい。ただ、退職理由に『寿退職』と書いてきたそうなので、気づくのも時間の問題だろう。
何やら大荷物を抱えていたので、ナナシが問い詰める。
「エル、まるで家出とか夜逃げでもしてきたかのような大荷物だが…一体どうした?」
「はい、その通りですナナシさん。もうあの家には戻らないつもりです。父にはまだ話してはいないですが、姉には置手紙もしておいたので大丈夫かと思います」
「姉上がいるのか、是非ともエルの姉上殿に会ってみたいものですわね。だけどエル…宿はどうするの?この部屋はベッドが2つしかないから足りないわよ?」
「いやそういう問題じゃないだろ、俺の予想だとエルは俺とエルが同じベッドで寝るつもりで、尚且つ荷物も俺に持ってもらう気でここに来たんだろう?婚約したからにはずっとともにいるという考えなのだろうしな」
「ナナシさんは本当に何者なんですか…全てその通りです。いつもお見通しなんですね、凄いです…」
「それだけじゃない、今すぐに聞きたいこともあるんだろ。俺の持つスキル、それとアスモについて。
そして…エレンとシルビィによる明日の決闘のこともだろ」
「はい。順番にお聞きしたいです。まずはそうですね…アスモさんのことから聞かせてください。
私は冒険者ギルドの受付をしていたんです、アスモさんがただの人族でないことくらいはわかります。もちろんナナシさんも、ですが」
「そうだな…アスモのことを話すためには俺自身のことを知ってもらわないといけないな。
婚約した以上身内になる、知っておいてもらわないとだめだ。エル、心して聞いてほしい」
自身がエルの言う『転生者』であること、エレン達が受注した草原での謎の光の原因がナナシである可能性が強いこと、自身の能力値が自分でも計り知れないくらい高いこと、おそらく本気を出せば世界を消滅してしまう可能性があることなど。
エルはナナシの話が嘘ではないことをわかっていた。その上でエルは思う、『その力があれば世界征服なんて簡単なのに、それをしないナナシさんはやっぱり本当の英雄だ』と。
「…とまぁ、俺に関してはこんなもんだ。で、それがなぜアスモに関わるのかというと、俺は俺自身の能力値の上限がわからない。簡単に言うとやりすぎてしまう可能性があるということだ。
なので、俺に一番近い強さを持つ存在を『召喚魔法』で呼び出そうとした。その結果がアスモだったんだ。
本当なら知性ある魔物が召喚されるのも知っていたんだが…アスモは魔物じゃなかったんだ」
「『召喚魔法』って軽々しく言いますけど、それを扱えるのもSランクに近いAランク冒険者のごく一部ですからね?まぁその話は置いておきます。ではアスモさんは魔物ではないということですが、まさか勇者と同じ『召喚者』ですか!?」
「いや違うぞ?そうか、ずっと隠しっぱなしでいさせたんだったな。アスモ、見せてやってくれ」
そうナナシがアスモに言うと、今まで隠していたこめかみから後ろに伸びる隠していた一対の角が姿を現す。
ナナシ自身も忘れていたが、アスモはナナシの命を受け、魔力で角を隠していたのである。
そうすれば人族に見え、余計な騒動を起こす可能性を下げるからと考えていた。
「え、えええええええええ!?その一対の角、そしてこの威圧感…まさか…『魔族』、なんですか?」
「いや、ちょっと違うな。確かに魔界にいる種族だが、アスモはただの魔族じゃない。『悪魔』だ。
しかも悪魔たちのトップの7柱の一人らしいぞ?えーと…そうそう、【大罪】の『色欲』アスモデウス、が本当の名前だったな」
「あ、悪魔…魔界の王と呼ばれる7つの罪、そのうちの柱の一つだなんて…嘘ですよね、アスモさん?お願いします、嘘だと言ってください!」
「嘘ではないわ、エル。私は旦那様に召喚され、契約を果たしたからこの場にいるのよ?
安心して、私は人族の世界を滅ぼそうなんて考えてないから。悪魔の中でも人族と共生を望む一派もいるのよ。そのトップが私ことアスモデウス。今はもう旦那様に身も心も捧げるただの女性よ」
「ということだ。他の悪魔を呼んだりはしてないし、俺自身世界征服とかこれっぽっちも興味ないしな。
折角新しい人生が始まったんだ、目立つようなことをして平穏を壊したくはないんだ。
ただエルのことは正直に妻に欲しいと思った。そこには嘘偽りなんてないし、一緒に暮らしていきたいと思ってる。だからこそエルに婚約した、それで知名度が上がっても後悔はないよ」
アスモの『悪魔』に驚き、ナナシの心根の優しさに触れ、そして伝えられた気持ちに耳まで真っ赤に染めるエルは、年相応の可愛らしい女の子にしか見えなかった。
エルの友人たちや、エルの3つ離れた歳の姉は15歳くらいの時には既に婚約または結婚していて、冒険者稼業をしていたエルと周りとで差ができてしまっていた。
エル本人も恋愛による結婚を諦めかけていた。そこに突如現れ、一目惚れした相手に求婚され、色々な話を聞いたエルは改めてナナシに正面から向き合いこう言った。
「ナナシさん。私は正直、あなたの持つ力は恐ろしいと思っています。ですが、それをちゃんと制御し、使いこなそうとしているナナシさんは本当に偉く、凄いことをしていると思います。
私があなたの外見に一目惚れしたのは間違いないです。ですがそれ以上に、今はその力と向き合い戦っているあなたの姿を支えたいと思いました。
指輪を渡されたとき、思わず舞い上がってしまいましたが、ナナシさんがどうしようもないクズで、私を売り飛ばしたり玩具のように扱いかねない人物であったならば婚約解消も辞さない覚悟をしてきました。
ですがもう解消するつもりもありませんし、むしろ離れろと言われても付き纏ってやると思ってます」
そう力強く言うエルの瞳はまっすぐナナシを見つめ、覚悟を決めたという表情をしていた。
先ほどまであった少女のような顔ではなく、まるで主君に剣を捧げる騎士のような、主の為に命を賭けるような凛々しい顔になっていた。
だが、ここでエルが急に顔を真っ赤にする。なぜならば、あまりにも力強く宣言したため、気づかぬうちにナナシとの距離を縮め、僅か数センチまで顔を近づけていたからだ。
そんなエルを見たナナシはいたずらっ子のような邪悪な笑みを浮かべて
「んっ!?…んん…ぷはっ、な、なななナナシさん!?い、いきなりキスしてくるなんて不意打ちにもほどがありますよ!」
「いや、エルから近づいてきたからつい可愛くてな。まぁプロポーズも受けてくれたしいいじゃないか、なぁアス…モ?」
アスモに同意を求めようとしたナナシが振り返ると、顔を真っ青にして呆然と立ち尽くすアスモの姿があった。
『旦那様とキス…私もまだなのに…』と繰り返しているようで、目の前でキスしてしまったことがよほどのショックだったようだ。
その姿を見たナナシは思わず苦笑し、心の中でスマン!と謝ることにした。
その心の声になぜか『賢人』が対応し、『アスモにもキスをすれば解決でしょう』と的確なアドバイスをしてくる。ナナシはそれを聞かなかったことにした。
大荷物を抱えたエルを押し返すのもどうかと思ったナナシは、宿の職員に一人増えたことを伝えた。
既にエルとの婚約の話が来ていたらしく、『ベッドはそのままお使いください。左右の部屋は空けてあるので、騒音も気にしませんよ』と意味深なセリフとともに快く許可が下りた。
さすがにその気分にはならないナナシは苦笑いをしつつ感謝を伝えた。
10時、14時の2回に分けて1日2話ずつ投稿を目標にしています。
読みづらい、こうした方がいいなどのアドバイスがあればコメントいただけると幸いです。