第17話 『アイテムボックス』、婚約
エルが泣いたり、グリーグがストーキングしたり、アスモがエルを持ち帰ろうとしたり色々あったが、その後はこれといった問題も起こらず、町の案内が終わる。
エルはこの町では人気者らしく、『エルちゃん、やっと嫁入りできたのか!』『かっこいい旦那さん捕まえたんだね、あのおてんば娘がねぇ…』など弄られまくりである。無論、ナナシが旦那さんだと思われている。
そのいじりをエルは否定したりせず、笑って愛想を振りまいていた。
武器防具、薬、生活用品、魔法道具など主要な店をエルの紹介で訪ねていき、それぞれの店主に顔を覚えてもらう。
そのついでにいくつか買い物も済ませたのだが…『収納』に荷物をしまう姿をエルに見られ、追及されるハメになった。
「ナナシさんは『アイテムボックス』のスキルを持ってらっしゃるんですね、どうりで手ぶらなわけです。
そのスキルは、道具を亜空間にしまっておけるのですが、容量によっては国家がナナシさんを狙うレベルの存在になりますよ」
「国家が俺を狙うとか冗談にもほどがあるだろ、脅かすのはやめてくれ。そもそも俺以外にも持ってる奴はいるんだろ?だったらバレなきゃ大丈夫だろ」
「そのスキルは魔法使いによりバッグに付与され、小さいものでも白金貨1枚はくだらない代物です。
それを所持しているだけでナナシさんはAランク冒険者以上の価値が認められることになります。
冒険者で集団を作る『クラン』というシステムが存在するのですが、クランに一人いるだけで探索や依頼を楽に済ませることができる。その所持者は戦わずして儲けることもできるのですよ」
この世界では、馬車を利用し交易を行うのが当たり前であり、食料や衣類、魔物の素材や各種武器等を魔物が蔓延る街道を通る。
そこには魔物だけでなく、盗賊となり荷物を奪う悪人も多数いる。元冒険者や元傭兵の身分が多く、そこそこの実力があり厄介な存在となっている。
『アイテムボックス』のスキルやそれを付与された『アイテムバッグ』を所持していれば、運ぶ荷物も少なくなり、盗賊に狙われる危険性も少なくなるという。
一部の豪商や貴族たちはこぞって大容量の『アイテムバッグ』を求め、各地で値上がり及び品薄状態が続いているのだ、とエルは言う。
「ふーん…じゃあ試しに作ってみたこのカバン、エルにやるよ。俺自身は使わない代物だし、アスモの分の荷物も俺が運んでいるくらいだし。
代金は今日の案内と俺の危険性を教えてくれた情報料で十分頂いてるからそれでいいよ。
容量はちゃんと調べてないが…多分オーク一頭分くらいは入ると思うぞ」
「って私の話ちゃんと聞いてました!?オーク一頭の容量のバッグなんて白金貨100枚クラスですよ!
下手すれば私の命が危ういじゃないですか!なんて物を渡そうとするんですか!」
「その程度でそんな値段になるのか!?しまった…あと2つも同じものを作ってしまったんだよな…
エレンとシルビィに渡してやろうと思ったんだがこりゃ不味いな」
「白金貨100枚クラスを3つも…はぁ、頭が痛くなってきましたよ。ちなみにナナシさんのスキルはどれくらいの容量を持っているんですか?教えたくないなら無理にとは言いませんが…」
「んー…調べてないからわからん。武器数本、生活用品、さっき買った物資、衣類に野営用のテントなんかも入れてあるが」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それってまさか『特殊スキル』の分類ではありませんか…?」
「お、ご名答。さすがギルド受付嬢なだけあるな。まぁ受付嬢ってことで口の堅さは信用しているが念の為口外しないように頼むぞ。俺は静かにしていたいんだ」
「やっぱりナナシさんは常識外の人物でしたね…その件に関してはこれ以上追及もいたしませんし、口外しないこともお約束します。
それとバッグなんですが…何かの箱を入れてらっしゃいますね、取り出してみても?」
「ああ、その中身はエルに渡そうと思って入れっぱなしにしてある。取り出して確認してくれ。
大丈夫、絶対危険な物ではないし、エルに対して不利益なものではない…はずだ」
「は、はあ…では失礼して…っ、これは!?」
エルに渡したバッグの中から出てきたのは小さな黒い箱だった。
『危険な物ではない』とナナシに言われたが、恐る恐るその箱を開いて中身を確認する。
そこに入っていたものとは…
「数日後に18になるってさっき言ってただろ?まずはそのお祝いとしてバッグなんだ。
そんでその中に入ってる『指輪』だが…18になると行き遅れになるんだろ。だからと言っては何だが…」
「ま、まさか…婚約指輪、ですか?私に?背も低いし今だって目元には隈があるし父はアレだしスタイルも…」
「旦那様、エルを引き取る気になったのですか。私もエルは気に入っております、旦那様の決定には賛成ですわ。でもどういった風の吹き回しですの?」
「まぁ簡単に言うと俺もエルをかなり気に入っている…というかエルを可愛いと思ってしまってな。
自分で言うのもアレだが、人並み以上に人の機微には鋭いつもりなんだ。
ギルドでまっすぐエルの所に向かったのも、純粋に可愛いと思ったからというのもある。
それで…エルはどうだ?俺からのプロポーズは受けてくれるのか?」
ナナシがエルに送ったのは、装飾が無く真っ白な指輪だった。
『18で行き遅れになる』という発言を聞いてしまい、エル自身の気持ちにも気づいていたナナシはいっその事自分が貰ってしまえばいいのでは?という考えに至る。
アスモとも和気あいあいとしているし、異種族に対して偏見を持たない彼女なら仲良くやっていけるだろう…と読んでいた。
そんな指輪を受け取ったエルは未だに困惑しており、『自分が結婚…こんなかっこいい人と?』などとブツブツ独り言をつぶやき続けていた。
「おーい、エルー?そろそろ戻って来てくれ?さすがに俺も恥ずかしくなってくるんだが…」
「…はっ!あれ、私は何を…ああそうだ、ナナシさんから誕生のお祝いを頂いて、それで…こ、婚約指輪を受け取って…そうだ、返事を、しなくちゃ、ですね。
あ、その、私は背も低いし、アスモさんのようにスタイルも良くないし、父は…あのような人物だし…それでも良ければ貰ってほしい、です…」
「身長とかスタイルとか俺は全く気にしてない、というかエルは傍から見れば可愛い顔をしてるぞ?
真面目に仕事に取り組むし、自分の考えもしっかり持っている。俺はそんなエルがいいんだ」
「かわっ、可愛いだなんて…ありがとう、ございます。え、えっと…私もナナシさんに出会って、背も高くかっこいいナナシさんに一目惚れしたような女ですが…末永くよろしくお願いします…」
「うむ、旦那様を共に支えていこうぞ、エルよ。式などは挙げなくてよいのか?」
婚約した当人同士よりもいい笑顔でノリノリになっているアスモは気が早く、結婚式の話を勝手に進めていた。
ナナシはプロポーズが成功した安堵よりも、エレンとシルビィにどう話そうかと悩んでいたのであった。『あいつらもなんか言ってくるんだろうな…』と、空を見上げながら思っていた。
「ということで、エルと婚約した。エルは今ギルドに戻って、退職の手続きをしているらしい。
結構前から手続きを進めていたようで、すぐ退職できそうだと言っていたから合流も早いだろう」
「へ、へえ…よかったじゃない、ナナシ…。そっか、エルちゃんをね…」
「ナナシクン、お、おめでとう…色々大変だと思うけど、頑張ってね?」
ナナシから婚約の報告を受けたエレンとシルビィの顔色は悪くなり、『ウチも一緒に…』『なんであの子なのよ…』という呟きをしていた。ナナシとアスモの『超聴覚』は聞き逃すことはなかった。
「旦那様よ、エレンとシルビィとやらも旦那様を好いているのではないですか?
どうせならまとめて貰ってしまえばよいかと。私もこの者らならば歓迎ですわよ?」
「やっぱそうなるよな…だが2人には何か考えがあるようだぞ。その考えを聞いてから決めても大丈夫そうだと思う」
「それもそうですわね…もとより旦那様を慕う私は従うまで。例えこの我が身が尽きようとも、旦那様に魂だけでも付き従うまでですわ」
「それはそれで怖いが…まぁお前の忠誠心は本物だと信じてるさ」
「うん、決めた。ナナシクン、ウチとエレンでナナシクンに決闘を挑む!
それに勝ったらウチらのお願いを聞いてほしい!それでどう!?」
「へぇ、いいだろう…んでお前らが負けたらどうするつもりなんだ?もちろん俺にも決定権があるわけだろ?」
「そ、それは…アタシたちを奴隷なりなんなり好きにすればいいわ!アタシたちがかけるものは言うなら『人権』、ナナシがかけるものは『アタシたちによる決定権』これでいいわね?」
「なるほどな、確かにそれなら同じくらいの価値がある。それでいいなら受けてやって『その決闘、私が受け立ちますわ』…アスモ?なんでお前が?」
「旦那様。実力差が顕著すぎます。私であればある程度いい勝負ができますわ。建前は、ですが。
本音を申しますと、私も召喚されてから一度も戦闘しておりませんの。身体を動かすのに丁度よくってよ」
エルの婚約をパーティメンバーのエレンとシルビィに伝えると、なぜか決まってしまった決闘。
身体を動かしたいという願いを聞き、アスモ対エレン・シルビィペアとなる。
場所は町の外の崖上、翌日午後から行われることとなった。
10時、14時の2回に分けて1日2話ずつ投稿を目標にしています。
読みづらい、こうした方がいいなどのアドバイスがあればコメントいただけると幸いです。