第14話 決闘、記憶の一部
冒険者ギルドの地下には、一辺200mほどで形成された正方形の訓練場がある。
訓練場の端には、訓練用の刃を落とした武器や木刀、剣術指南用の丸太人形もある。
普段はこれらを利用した冒険者見習いが使用料銀貨3枚を支払い、特訓を積み重ねている。
その中心部に、直径50mほどの石でできた円形の舞台がある。今回のような決闘は珍しくなく、使用者もそこそこ多いため数年前に設置された決闘場である。今回もここを利用し、ナナシとグリーグの決闘が行われる。
「へぇ、なかなかの広さだな。んであの舞台がこれから使う舞台ってことか、そこそこ広めだが俺にとっては些か物足りない広さだなー」
「ナナシ様、こちらへどうぞ。今回は片刃の剣、両刃の剣の2種類をご用意しました。他には手槍、斧槍も『この片刃でいい、鞘っぽいのもくれ』…鞘ですか?では持ってまいります」
「ナナシクン、鞘なんてどうするの?剣を抜いた状態で戦うんでしょ?邪魔なだけじゃない?」
「ああ、今まで武器を使わず素手でしか戦ってなかったもんな。俺は剣術の中でも抜刀術って言う技の使いでな、鞘がないとそれが上手くできんのよ」
「バットウジュツ?聞いたことないなぁ…エレン知ってる?って聞いても魔法しか興味ないもんね。
じゃあエルちゃんは知ってるー?」
「抜刀術ですね。確か東方の島国で存在する、特殊な構えと一刀にて切り捨てる威力があるとか…
あ、ナナシ様こちらが鞘でございます」
「お、エルは物知りなんだな。多分だが、俺の抜刀術は真似はおろか反応すらできないと思うぞ。
その島国の抜刀術なら修行次第で誰でも使えるようになるだろうが、俺の場合はまずわからんと思う」
「それは楽しみだね!…エレン、さっきから俯いてるけど大丈夫?顔色もよくないよ?」
「あ、当たり前じゃない!他の冒険者ならともかく、ここの所長なのよ!?
いくらナナシが強いからってあの人に勝てるなんて思わないわよ…ワイバーンを剣一本で倒す英雄なんだから…」
「へーそりゃ凄いのか?ワイバーンなんて出会ったことないしな、いまいちわからん。
まぁ一瞬たりとも目を離すなよ。殺しは無しとはいえ、決着なんざすぐあっという間だからよ」
借りた武器を軽く振りながら会話をするナナシだが、その表情はどことなく楽しそうにしていた。
生前の記憶が一部失われているとはいえ、その体に染みついた技術を魂は覚えていた。
脱力し、目を閉じ、抜刀の構えを取る。武術に詳しい人物が見れば、美しいと答えるであろう自然体での構え。
ナナシ自身の記憶にはない、だが確実に『知っている』構え。ナナシにとって、一番やりやすい構えである。
「時間だ。そろそろ始めるとしようか、ナナシ殿。舞台に参られよ」
「やっとか、待ちくたびれたぜ。勝てば報奨金として金貨200枚、負ければ出頭だったな。
まず俺が負けるという可能性は万に一つもないが、間違いないな?」
「ああ、その通りだ。冒険者ギルド所長、グリーグ・ベルモンドの名において約束は果たされよう」
グリーグとしては、ナナシが『負ける可能性がない』という発言に苛立ちを覚えたが、ギルド所長の面目もあるため、その怒りを飲み込んだ。
ナナシは挑発をした訳ではなく、ただ『変えようのない事実』を突き付けただけであり、睨まれたことに対し多少なり不快感を感じた。
「ではこれより、ナナシ対グリーグ・ベルモンドの決闘を行います。審判は私、冒険者ギルドファスター支部代表としてエル・ベルモンドが取り仕切らせてもらいます。
ナナシ殿の勝利報酬には金貨200枚及びBランク冒険者登録。敗北時には不敬罪として出頭していただく。双方合意のもと、ギルド所長グリーグ・ベルモンドにより受理されております。
両名、舞台の中央へ」
「え、エルちゃんって所長の娘さんだったの!?苗字あるなんて思わなかったし、何より所長に似てない…ふふっ」
「こ、こらシルビィ、笑うなんて失礼よ…ぷっ」
「お前ら…ちゃんと見てろってナナシに言われたじゃねぇか。確かに俺も驚いたが、所長の娘ってんなら今回の審判は納得できる」
エルが所長グリーグの娘であることに驚いてる3人に反応もせず、粛々と信販業務に徹するエル。
そして舞台中央に立ち、剣を構えるグリーグと鞘に納刀したままのナナシ。
一見するとやる気を感じられない出で立ちをしているが、2人の間には静かな闘気がぶつかり合っていた。
そして目を閉じ、抜刀の構えを取るナナシ。それを見たグリーグは一瞬顔を顰めるが、すぐに集中していた。
「では…始め!」
右手を上から下に振り下ろし、決闘の開始の合図を取る。その直後、僅かにナナシがぶれた。
キン、というナナシの納刀の音が響く。そして構えの状態のまま動かなかったグリーグの身体が前に倒れる。
「ほい、グリーグさん気絶してるぞ。合図はまだか?エル」
「えっ!?か、確認します…き、気絶しています。勝者、ナナシ!」
「「「はぁ!?」」」
開始の合図とともにナナシは一歩踏み込み、その首に峰打ちを行い、グリーグの意識を刈り取ったのだ。
アスモを除く3人はおろか、目の前で審判をしていたエルでさえも、ナナシが何もしていないで勝手にグリーグが倒れたように見えたのだった。
唯一ナナシの動きを確認できたのはアスモだけであったが、肉眼では全く見えておらず、『魔力感知』による魔力の残像でのみ把握したのだった。
「わ、私は魔力の動きだけ確認が取れましたが…さすが我が愛しの旦那様、素晴らしいです!」
「え?え?ナナシクン何かしたの?ウチには全くわからなかったよ」
「俺も何も見えなかったが…ナナシが納刀した音だけは聞き取れたぞ」
「魔法を使った形跡も一切なかったし、所長さんが油断していたようにも見えなかったけど…」
「解説してやるよ。エルの合図で俺はまず一歩前に踏み込み、グリーグさんの首に向けて峰打ちして、踏み込んだ足を戻して納刀した。どうだ、簡単だろ?多分誰も見えなかったと思うが」
「そんな簡単に言われても見えてねぇよ!そもそもおかしい速度だろ!お前やっぱ人外だ!」
「んでエル。報酬とか色々あるんだろ、グリーグさん起こさなくていいのか?」
「そ、そうですね。急ぎ叩き起こします、少し時間がかかりますので応接室にてお待ちください」
気絶したグリーグを置いて、応接室に戻るナナシ達一行だが、『人じゃねぇ』と何度も言われ、正直うんざりしていたナナシであった。確かに半分は人ではないが…
応接室に移動中、右腕にはシルビィが抱き着き、左腕にはアスモが抱き着いている。
振り払うのもナナシにとっては簡単だが、腕に感じる柔らかい感触がそれをさせなかった。
ちなみに、ナナシの後ろから歩いているエレンは自分の胸に手を当てながら、恨めしそうに3人を睨んでいた。ナナシは気づいていたが、固い感触よりは柔らかい方が好きだったので気づいていないフリをするのだった。
10時、14時の2回に分けて1日2話ずつ投稿を目標にしています。
読みづらい、こうした方がいいなどのアドバイスがあればコメントいただけると幸いです。