第10話 濡れ衣、再出発
夜間の魔物や盗賊などのならず者たちの襲撃もなく、ドルフと見張りを代わったナナシが目覚めるころには太陽が顔を出していた。
「んーっ…ふああ…朝か。なんか重、い…って何してんだシルビィ」
「わ、びっくりした!起きたんだね、ナナシクンおはよ!」
ナナシが上半身を起こすと、数センチ先にシルビィの顔があった。
ナナシに馬乗りの体制で乗っかり、寝顔を眺めていたら急にナナシが起き上がったのである。
金色の毛並みを持つ両耳をピコピコさせながら満面の笑みで見つめていた。
「おい。なぜ目を瞑る。というか少しずつ寄ってくんな!キスでもするつもりか!」
「いーじゃん減るもんじゃないし…ん?なんか後ろから殺気が…」
「わ、私が少し目を離した隙に…旦那様に、キキ、キス…しようとするなんて!羨ま…汚らわしい!
小娘、今すぐ私と代わ…その場を離れなさい!旦那様の唇は私の特権よ!」
「いや待てアスモ、殺気と一緒にお前の邪念というか欲望が物凄い混じってるぞ!?
というか俺の唇は俺のもんだ!勝手に所有権を奪い合うな!そしてシルビィは離れろ!」
「まだ死にたくないしなー…しょーがない、おりてあげよーじゃないか!
あ、それと朝ご飯はもうできてるからね、ナナシクンが食べ終わったらすぐ町に向かうよー」
ナナシがテントから出ると、他の3人が使っていたテントは既に片付けられており、各々の装備のメンテナンスを行っていた。
焚火で焼いたのであろう魚の干物と、シチューの様なスープの入った皿をシルビィから渡される。
この世界に来て初めての食事だったが、意外と味は良く、ナナシは気に入った様子でペロリと平らげる。
「さて、腹ごしらえも済んだし後片付けも終わったし…あとは町に向かうだけなんだがエレンはどこ行った?」
「あー、エレンは今川の方に行ってるよー。そうだ、ナナシクンが呼びに行ってよー、ウチがテント畳んでおくからさっ、よろしくねー!」
「おい、押すなって…ったく、川は…あそこか。とっとと出発してえし腹ごなしとして走るか。
用意…スタート!」
ドン!という音ともに、地面には半径5mほどのクレーターができた。
ナナシが『軽く』蹴りだした跡地である。川までは1㎞程だが、数秒でたどり着く。
これでも本気でないというあたりから、あり得ない能力値の持ち主であるとわかる。
「っと、着いたな…おーいエレンいるかー?そろそろ出…発…」
「んー、やっとナナシが起きたのね。水浴び気持ちよかった。ありがとシルビィ、呼びに来て…くれ、て…?」
ナナシが目にしたもの。それは、生まれたままの姿で川で水浴びをしているエレンだった。
いつもフードを深く被っていてわからなかったが、肩にかかる長さの茶髪。そこから滴る水がエレンの傷のない白い肌に垂れる。
おそらくAカップほどだろう胸も隠さず、ピンク色の突起がよく見える。
髪をまとめようとする両手がナナシを見てエレンの表情とともに固まる。
「ナ、ナナナナシ!?なんでこんなところにいるのよ!?覗きなんてありえない!変態!スケベ!残念イケメン!」
「おいちょっと待て!俺は覗いてなんて…って変態発言は取り消しやがれ!あと残念イケメンってなんだよ!」
「うるさいうるさいうるさーーい!早く帰れ!そして死ね!ド変態ナナシ!女の敵!」
「とにかく服を着ろ!あと変態はやめろ!俺はもう戻るからな!出発の準備はできてるんだ、あとはお前だけだこの勘違い女!」
ギャーギャー喧嘩する二人をよそに、片付けを済ませたシルビィは一人ほくそ笑んでいた。
明らかにわざと仕組んだ事故である。それを知るドルフはナナシを憐れんでいた。
「ニヒヒ…これでエレンはナナシクンに近づかなくなる、全ては読み通り!策士シルビィ誕生なり!」
「小娘よ…お主はエレンの友人ではなかったのか?友を売るなぞ悪魔より悪魔な考えをしておるぞ…」
「本物の悪魔に言われるなんて、照れるなぁー。あ、そうそう!ウチのことはシルビィって呼んでほしいな!どう?アスモさん」
「それは構わぬが…旦那様は私の旦那様、譲りはせぬ!」
こちらはこちらで女同士の争いが起こりつつあった。ナナシはそれを知る由もない。
程なくして、ナナシがびしょ濡れで帰ってくる。その数分後、顔を真っ赤にしたエレンも戻る。
「ナナシクンお帰り、楽しかった?いいもの見れたでしょ」
「やっぱりお前仕組んだな…確かにいいものは見れたが。おかげでびしょ濡れだ」
「シルビィ…?ちょーっといいかしら?お話があるのだけれど」
「やーん、エレンこわーい。ナナシクン助けてー?」
青筋を額に浮かべながらシルビィに近寄るエレンと、ナナシに隠れようとするシルビィ、そして苦笑いしつつ両者から後ずさるナナシであった。もちろんまだびしょ濡れである。
多少いざこざがあった朝であったが、ようやく町へ出発することになった。
シルビィを先頭に、エレン、ドルフ、ナナシ、アスモの順で続く。
道中ゴブリンの群れや、『ワードッグ』と呼ばれるライオンほどの大きさの狼の群れと幾度か戦闘を重ねる。
素材は全てエレン達一向に譲ると宣言していたナナシは、解体の仕方をドルフに教えてもらいつつ、素材になる部分、討伐の証となる部位、金になる討伐方法を学んでいった。
「それにしても魔物の数多くねぇか?10分おきくらいに遭遇してる気がするんだが」
「ああ、ナナシの言う通りだ。今までこんなに頻繁に草原側に抜け出してくることはなかった。
キマイラの件といい、やっぱ森に異変があるのは間違いなさそうだ」
「うーん、でもしばらくは大丈夫そうだよ。『気配察知』にも引っかからないし、血の匂いもしないから。
素材も大量になってきちゃったし、解体作業も最低限にしてとっとと進む方がいいね」
「さすがにアタシも魔力を使いすぎたかも…あと数回風魔法を撃ったら戦力外ね」
「そうだな、町もすぐそこの崖を降りた先だ。急いでギルドに報告しに行かねぇとまずそうだ。ナナシもそれでいいか?」
「ああ、それでいい…が、試したいことがあるんで崖の上に着いたら一旦止まってくれ。失敗することはないが実験したいことがあってな。うまく行きゃー、町まで速攻だ」
オークの群れを討伐し、解体作業を行っているときの会話である。
3人が所持する素材用の麻袋は既にパンパンで、討伐の証となる耳のみを切り取っていた。
その作業もすぐ終わり、崖まで走り出す一向。移動中、ナナシは何やら考え事をしているようだった。
≪旦那様、試したい事というのはなんでしょう?魔法の実験でしょうか?≫
≪ん?まぁ、な。多分というか、ほぼ確実にうまくいく。お前も驚くかもしれないぜ?≫
≪ほう、それはとても興味深いですね。何が起こるか楽しみにしておきましょう≫
そして1時間ほど走り、ドルフの言っていた崖へたどり着く。
崖の下には確かに街道があり、石壁に囲まれた町があった。
「ナナシ、あれが『ファスター』の町だ。んでここについたが…何をするってんだ?」
10時、14時の2回に分けて1日2話ずつ投稿を目標にしています。
読みづらい、こうした方がいいなどのアドバイスがあればコメントいただけると幸いです。