93.上級魔族、作戦を潰され同僚の前で恥をかく
鑑定士がリヴァイアサンたちを屠った、ちょうどその頃。
魔王城の大会議室には、魔公爵とエキドナたちが集っていた。
会議室の円卓は、2つの空席がある。
「あーあ。やっぱりゴーマンもやられたじゃん。あんだけ息巻いてて、はずかし~」
ゴーマンの隣に座っていた公爵が、げしっ、とイスを蹴る。
「まったくだぜ~。たかが非魔族のサルごときに負けやがってさぁ」
魔公爵たちは、同僚が殺されたことについて、誰も悼んでいなかった。
「……け、けど……ご、ゴーマンさんって、全然弱くないよね」
魔公爵の一人、幸の薄そうな少女が、弱々しく発言する。
「そ、それに2人も上級魔族をう、打ち破ってるってことは、あ、侮っちゃダメな相手じゃない、かな……?」
「おいおい【コキュートス】ちゃんよ~。なぁにびびってんだよぉ~」
「その通りだコキュートス。貴様、よもや怖じ気づいたのではあるまいな?」
ジッ……と少女に視線が集まる。
「ご、ごめんなさい……」
しゅんっ、とコキュートスが肩をすぼめる。
「あなたが謝る必要は無いわ、コキュートス」
議長であるダークエルフのエキドナが、微笑みながら言う。
「彼女の意見ももっともよ。鑑定士アインが、上級魔族を2体撃破したことは厳然たる事実よ」
しかし、上級魔族たちには、やはり嘲笑が浮かんでいた。
「ほほっ! おやおや、エキドナ様まであのサルを特別視するのでございますか? 単に、イオアナたちと、そこのコキュートスが弱いだけじゃないのですかな?」
「では、次はあなたがアインと戦ってくれるのかしら? 【ヤードック】?」
エキドナが見つめる先には、人間大の【カエル】が座っていた。
青い皮膚を持ち、あごひげを生やす、老カエル男。
「ほほっ! 良いでしょう! 今度はこのヤードックめが、あのアインに一泡吹かせて参りますじゃ」
老カエル・ヤードックは、自信満々に、自分のあごひげをいじる。
「つーかよぉ。ヤードックのじいさん、あんた確か上級魔族のなかでは一番非力じゃなかったか? 勝てるのかよ?」
公爵の一人が、懐疑的なまなざしを向ける。
「誰に向かって口をきいてる、若造。わしは世間知らずのイオアナや、脳みそ空っぽのゴーマンと違うわい」
ふんっ! とヤードックが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「奴らめは阿呆じゃ。何を真正面からぶつかっておるのか。戦とは何も真正面からぶつかる必要は無い。大事なのは作戦よ」
にやり、とヤードックが邪悪に笑う。
「素敵な考え方ね、ヤードック。それで? あなたはどうやって、アインを倒すというのかしら?」
ヤードックは自信満々に、自分の作戦を披露する。
「鑑定士が少し強いとは言え1人しかおらぬ。ならば数で押せばやつは消耗し、いずれは敗北するという作戦よ」
「具体的にどーすんだよ、じーさん」
「ヤツの滞在するネログーマは水の都。そこに繁殖力の高い魚類型モンスターを配備する。今回は【リヴァイアサン】を用意した」
「用意したって……おいおいじーさん、もうかよ」
「当たり前じゃ。ゴーマンなんぞ負けると最初からわかっておった。作戦は文字通り、水面下にて行われていたというわけじゃ」
リヴァイアサンは繁殖力に優れる。
魚人の大群を用いて、アインを街ごとすりつぶす作戦だ。
「アインは強いかも知れぬが、街の人たちは弱い。モンスターの相手をすれば住民は死に、住民を守ればダメージを負うという作戦よ」
「おお~、やるじゃんじいさん」
「ハッ……! 当たり前じゃ。おぬしらとは、年期、そしてここが違うのじゃよ、ここがな」
自分の頭を指さしながら、得意そうにヤードックが笑う。
他の魔族たちは感心したり、ヤツに手柄を取られそうと言うことで、つまらなそうな顔をしていた。
「素晴らしい作戦ね、ヤードック。さすがね」
「はは-! お褒めいただき光栄の至り! ではさっそくリヴァイアサンどもに街を襲わせましょう!」
ヤードックは懐から通信用水晶を取り出す。
「さぁ、我が軍勢たちよ。作戦を開始せよ。そして人間どもに、絶望を味わわせるのじゃ!」
しかし……。
「お、おい! 返事をしろ! 何をしておる! さっさと応答せぬか!」
しかしいくら呼びかけても、現場のリヴァイアサンたちからの返答はなかった。
「あ、あのぉ……」
「どうしたの、コキュートス?」
エキドナが笑みを向ける。
「え、えっと……アインたちは、リヴァイアサンをたった今、撃破した、みたいですよ」
「な、なにぃいいいいいいいいい!?」
ヤードックが驚愕の表情を浮かべ、立ち上がる。
「で、でたらめを言うな! 小娘! ぶち殺すぞ!」
「ひ、ひぃ……! ご、ごめんなさぃ~……」
しゅんっ、とコキュートスが体を縮める。
「ヤードック。落ち着きなさい。コキュートス、現場の映像を見せてあげて」
こくり、とうなずき、コキュートスが懐から杖を取り出す。
杖を振るうと、円卓の上に、ゲートが開いた。
ゲートは現場の上空に開いたようだった。そこには……。
「なっ!? リ、リヴァイアサンが! 全滅しておるぅうううううう!?」
海岸にはモンスターが1匹もいなかったのだ。
「ばっ、バカな!? あの数をどうやって!? い、いったい誰が!?」
ヤードックは身を乗り出し、現場を食い入るように見やる。
そこには、鑑定士の少年がいた。
「ば、バカな!? も、もうあの数を倒したというのかぁ!?」
ヤードックはその場に腰を抜かした。
「ははっ! ざまあねえなじーさん!」
公爵の一人が、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「うっわ、だっさ~い。おじいちゃん、なーにが年期と頭が違うんじゃよ、だよ~。ぷ~はずかし~」
ゲラゲラ、と公爵たちがヤードックをあざ笑う。
「あら、ヤードック。もう作戦は失敗なの? あれだけ自信満々だったのに」
エキドナが微笑んで言う。
「め、面目次第もございません……」
「「「ぎゃっはは! だっせー!」」」
若い公爵たちが、ヤードックの失敗をあざ笑う。
ヤードックは歯がみし、エキドナに向かい、その場で土下座する。
「エキドナ様! 申し訳ない! 次こそは! あの鑑定士を葬り去って見せましょうぞ!」
地に這いつくばり、ヤードックがエキドナに懇願する。
「ぷー、まーだ恥をさらそうとしてるよ、あのおじいちゃん」
「自信満々に発表した策がソッコー潰されたくせにね。まだやるかねー」
ヤードックは屈辱に耐えながら、エキドナの返答を待った。
「いいわ、ヤードック。好きにやってご覧なさい」
エキドナが女神のような笑みを浮かべていう。
「ははー! ありがたき幸せ!」
ヤードックは立ち上がり、会議室を出て行こうとする。
「あの小僧め! わしに恥をかかせよって! 目にもの見せてくれる!」
「そーいって2人死んだんだけど、じーさんも同じ運命たどるなよ~」
「うるさい! わしはあの未熟者どもとちがう! わしは次こそ勝つ! 絶対にな!」