92.鑑定士、圧倒的な力で魔物の群れを蹂躙する
聖域から帰還し、1週間ほどが経過した、ある日のこと。
【千里眼】が、モンスターの群れを探知。
俺はその討伐に向かった。
ネログーマ東部の【海辺】にて。
『魚人じゃ。Bランク程度の力しかないが統率力に優れる。群れで行動するな』
俺は【飛翔】能力で、上空から敵を見下ろしている。
100匹ほどの魚人が、海から陸地へと乗り込もうとしていた。
「クルシュ。力を使うぞ」
『はいよ~。周囲に人がいないから、気にせず使っておっけーだよーん』
俺はさらに上空へと上がる。
視界に、魚人たち全員が入るくらいの高度で止まる。
俺はクルシュの能力【虚無の邪眼】を解放する。
ボシュッ……!
突如、海の一部が、まるごと消失した。
虚無の邪眼。
視界に捕らえたものを【無かったこと】にする。
『今ので大半は死んだ。が、海のなかに潜んでいた10匹ほどを取り逃がしたぞ』
俺はうなずいて、砂浜に着陸する。
「アリス。千里眼で敵の位置を特定してくれ」
『……了解』
千里眼は、その名の通り千里を見通す目。
敵の位置を把握して、遠くから【見る】ことができる。
ボシュッ……!
『千里眼で遠隔で敵を見て~。お姉さんの虚無で吹き飛ばしたってことだね~。いやぁ、すごいアイディアだわ~』
と、そのときだ。
『……アイン君。海底から敵が来るわ』
『おっと強そうな敵~。一発で消すのは難しいかもね~』
虚無の力は、消す対象のランクが高いほど魔力を消費する。
Aランク程度なら一撃で全部を消せるが、Sランク以上は部分的な消失となる。
ずぉっ……! と海面が盛り上がり、巨大な竜が顔を出す。
『リヴァイアサンじゃな。古竜の一種じゃ。SSランク』
リヴァイアサンは俺をじろり、とにらむ。
『貴様か! わが子らを消し飛ばした不届きものは!?』
海上から、砂浜にいる俺を見下ろして言う。
『こんなひ弱なガキに! ゆるせぬ! ゆるせぬぞぉおお!』
ぐぐっ、とリヴァイアサンが喉元をそらす。
ドバッ……!
口から、大量の球体を吐き出した。
『魚人の卵じゃな。リヴァイアサンは攻撃力はさほどだが、繁殖力に優れる。吐き出した卵は1000』
吐き出した卵は、海にドボドボと沈んでいく。
やがて数秒もしないうちに、次々と孵化していった。
『ゆけ! 我が子らよ! アイツを殺せ!』
湧き上がってきた魚人どもが、いっせいに俺を目指してくる。
『はっはー! どうだ非力な人間め! 我が子らの大群に蹂躙されるが良い!!』
「バカだな、おまえ」
俺は【虚無の邪眼】を発動させた。
ボシュッ……!
魚人の大群は、一瞬にして全滅した。
『なにぃいいいいいいいいい!?』
「おまえがご丁寧に俺を殺せと命令してくれたから、魚人たちは全員、まとまって向かってきた。あとは虚無で吹き飛ばした」
むしろ散らばっていた方が、攻撃から逃れられたものを。
『くっ、くそっ!! だが、わが繁殖力を舐めるなぁ!!!』
リヴァイアサンは、今度は口を大きく開き、天に向かって卵を吹いた。
卵は空中で孵化し、魚人の群れが、雨あられとなって俺の元へと降り注ぐ。
『今度は周囲を取り囲むようにしてすりつぶす! これなら!』
「だとしても、問題ない」
俺は右手を前に出す。
「【颶風真空刃】」
風属性の極大魔法を発動。
嵐が巻き起こり、降り注いでた魚人どもが巻き込まれる。
ビョォオオオオオオオオオオオオオ!
魚人どもは魔法の嵐にすりつぶされ死亡。
打ち漏らしは千里眼+虚無の力で葬り去った。
『なんという強さ……こやつ……バケモノか……』
リヴァイアサンが目をむき、声を震わせる。
『くそっ! これで勝ったと思うなよ! 姉者ぁあああああ!』
ザバァアアアアアアアアアアアン!
海面上に、10体ものリヴァイアサンさんが出現した。
『どうだみたか! SSランクのリヴァイアサンが10匹! 1匹の力は弱くとも、その繁殖が10倍! 先ほどの10倍の数の魚人、受けてみよ!』
リヴァイアサンどもが、口から魚人の卵を吐き出す。
波濤のごとく、恐ろしい数の魚人が、豪雨のように降り注いだ。
『はーっはっはー! どうだ!? 今度こそおまえはお仕舞いだぁああああああ!』
「そうだな。今までの俺だったらな」
ボシュゥウウ…………!
周囲を取り囲んでいた魚人どもを、まずは虚無で吹き飛ばす。
飛翔能力で飛び上がり、視界に治めた魚人どもを、片っ端から能力で消し飛ばす。
ボシュッ……! バシュッ……! ボシュッ……!
やがて、あれだけ大量にいた魚人どもは、すべて消滅した。
『ばかな……ありえぬ……あの数が……こんなに簡単に……』
「10倍の数がいようと、見ただけで消せるこの邪眼に、物量作戦はきかない」
リヴァイアサンどもが、青い顔をして、きびすを返す。
『あ、姉者たち!? どこへ!?』
『ばか! 逃げるのよ!』
『あんな異常な強さのバケモノがいるなんて聞いてないわ!』
リヴァイアサン9匹が、一目散に沖へ向かって逃げていく。
「逃がさねえよ」
俺はリヴァイアサンのうちの1匹の前に、移動する。
『ばかな!? 転移だと!?』
「違う。おまえと俺の間にあった【距離】を【消した】んだ」
虚無で消せるものは、なにも物体だけではない。
能力はもちろん、そして、彼我にある距離(空間)さえも消し飛ばす。
すると二人の間にあった距離は消え、こうして擬似的なテレポートが可能となるのだ。
『なんだそのめちゃくちゃな能力は!?』
『まあ、精霊のなかでも、クルシュは次女。つまり2番目に強いからの』
ウルスラの言うことが本当なら、長女のエキドナはどれほどの能力を持っているのか……。
まあそれはどうでもいい。
俺はテレポートした後、精霊の剣を取り出し、闘気の乗った一撃を放つ。
ズバン……!
「残り9」
『ひぃいいいいいいいい!』
『たっ、たすけてぇえええええええ!』
逃げ惑うリヴァイアサンの体を、【虚無】で吹き飛ばし穴だらけにする。
逃げられなくなったところを、精霊の剣で首を撥ねる。
「残り7」
『バケモノだっ! 我々が挑んではいけない敵だったんだあぁああああああ!』
俺は【斬撃拡張】を使用。
闘気を剣に纏わせ、強烈な一撃を、リヴァイアサンどもにお見舞いする。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
7匹いた全員が、飛翔する斬撃に巻き込まれて死亡。
俺は飛翔能力で砂浜に着地する。
『さすがじゃ、アイン。あの数を殲滅するとは』
「そりゃどうも。……しかし、妙だな」
俺は静かになった海を見てつぶやく。
「古竜が10匹も現れるなんて」
『来るときも、Sランクのモンスターが、隠しダンジョンでもないところに現れておったな』
……まだ、帰国するわけには、いかないだろうな。




