89.鑑定士、フェンリルを連れ帰り注目を浴びる
上級魔族ゴーマンを撃破した、数時間後。
俺たちは聖域から王都へ戻る、小舟に乗っていた。
「なんでフェルが一緒についてきてるんだ?」
ボートの後に、デカい狼がちょこん、と座っている。
『僕がいちゃいけないのかよ!? 迷惑なのかよ!?』
「いや迷惑じゃないけど……」
『じゃあいいだろ! フンッ!』
俺の左目が輝き、次女クルシュが出てくる。
「やー、ごめんね~。うちの守り手が、君のこといっそう好きになったみたいでさ~」
『はっ、はぁ!? ちっ、ちがうし! 変なこと言うなし!』
がー! とフェルが犬歯をむく。
「なんだ、フェルはクルシュの守り手なのか? その割に弱かったが」
『かみ殺すよ! ……まあ、弱いのは認めるよ。僕は、2代目だから』
「2代目?」
クルシュはうなずく。
「前の守り手は死んじゃったんだ。その代わりとして、彼女の使い魔だったフェルが、私の聖域と世界樹を守っていたわけさ~」
「守り手って死ぬって、何かあったのか?」
「ん~……まっ、色々あったんだよ~。色々とね~」
はっはっは、とクルシュが陽気に笑う。
話をはぐらかされた感がある。
「ま、彼女が弱いのは事実だけど、お姉ちゃんがほら、最強だから帳尻があってたってわけさ~」
『クルシュ様! 酷いよ!』
「怒るなよ~。美人が台無しだよぅ~」
なんか、今聞き捨てならないことを言ったような。
「え? フェルって女なのか?」
すると、フェルのこめかみに、ビキッ! と青筋が浮かんだ。
『ぼ、僕が男だと思ってた……だって?』
「犬のオスメスってわからないだろ」
『犬じゃない! 誇り高きフェンリルだ! 畜生と一緒にするな、このばかーー!』
……とまあ、そんなこんなありながら、俺たちは聖域から戻ってきた。
船を下り、馬車に乗って王都の街の入り口まで戻ってきた。
『アインよ。これからどうするのじゃ?』
「とりあえず、無事用事が終わったことをエミリアに報告だな。お礼も言わないといけないし」
『仕方ないから僕も付いていってあげるよ。イヤイヤだけどね!』
「いやなら帰れよ」
『うるさい黙れかみ殺すよ!』
「まあついてくるのはいいんだが、そのデカい体どうにかできないのか?」
フェルの体高は2mほどある。
さすがに目立つ。
現に衛兵がジーッとフェルを見ていた。
「あの、し、親善大使殿。あなた様がお連れになられているその御方は……」
「すまんな、こいつは俺の手下みたいなものだ。知性があって悪さはしないと思うが……って、え?」
衛兵は、その場に跪いていた。
「な、何してるんだあんた?」
「聖獣フェンリル様。王都へようこそお出になられました」
『うん、久しぶり。君はジョシュアの息子だったね。お父さんは元気かい?』
「はっ! 父は息災です。父のことを覚えてくださっていたとは!」
なんだか知らないが、衛兵はフェルに敬意を払っているようだ。
『僕、中に入ってもいい?』
「もちろん! 許可など必要ございません! この国の誕生からずっと我が国を見守ってくださっている聖獣様を、拒む国民がどこにおりましょうか!」
『だってさアイン。ほら僕連れて行っても大丈夫だよ』
ふふん、とフェルが得意そう。
というかこいつ、そんな扱いなんだな。
「いやぁ、しかし親善大使様は、たいした御方だ」
衛兵が俺にキラキラした目を向けてくる。
「よもや聖獣様を従えてお帰りになられるとは。さすがでございます」
「いや別に、従えたってわけじゃ……」
「ご謙遜を。王家以外で聖獣に認められたものはおらず、ましてや従えた者など一人も居ない。それほどまでにアイン様にはお力があるということの何よりも証左!」
衛兵が勝手に盛り上がっていた。
「アレ……これ、こいつ連れて入ったらマズいんじゃ……」
結構な確率で、目立つ気がする。
こいつ自身も有名らしいからな。
「フェル。おまえ外で待機してろ」
『いやだねっ! 僕は君についてくって決めたんだ』
フェルは頑として言うことを聞かないようだった。
「……このままレーシック領に帰ろうかな」
と、そのときだ。
「おおーい! みんなー! 親善大使様が、お帰りになられたぞー!」
衛兵が声を張り上げ、中の人たちに手を振る。
「しかも聖獣様もご一緒だぞぉおお!」
「「「なっ、なんだってぇー!?」」」
衛兵の声を聞いた住民たちが、津波のように押し寄せてくる。
「わ-! ほんとだっ! フェル様だ!」
「聖獣様! こんにちはー!」
『うん、みんな。元気にしてたかい?』
「「「はーい!」」」
住民たちが聖獣に向ける顔は、皆笑顔だった。
「なんでこんな人気があるんだ?」
衛兵に尋ねると、彼は興奮気味に答える。
「そりゃあ、この国の生きた証人であり、聖域とこの国を守る守護獣様だからですよ!」
「それに、子供が生まれると必ず、フェル様の元へ連れて行くのが習わしなのよ。精霊の加護を授けてくださるの!」
近くで俺たちの会話を聞いていた、主婦らしき獣人が言う。
『ふふんっ! どうだい、僕はすごいんだよっ? 少しは僕のこと見直してくれたっ?』
「ああ。ただの愛くるしいマスコットキャラじゃないんだな」
『あ、愛くるしいとか言うなよぉ♡ ばか~♡』
「しかしおまえの人気のせいで……前に全然進めないぞ」
『まったくしかたないね!』
フェルは俺の襟を口で掴んで、ひょいっと背中に乗せる。
『みんなごめんね! ちょっと通してくれないかな?』
国民たちの間を、フェルがゆっくり歩いて行く。
「フェル様だ!」「こんにちは!」「ひさしぶりー!」
王都を歩いて行くと、全員がフェルに挨拶をする。
そして……。
「親善大使様!?」「どうしてフェル様の上に乗っているんですかっ?」
ほぼ確実に、彼らの注目が、俺に集まる。
『僕の背中に乗ることを、唯一認めた男が彼なんだ』
「「「おおー! すっ、すごい!!」」」
国民たちの目が、いっせいに俺に向く。
「聖獣様に認められるなんて!」
「上に乗るってことは、従えたってことだろ?」
「うわー! すごい! さすが親善大使様!」
「古竜を倒しただけでもすごいのに、聖獣様を従えるなんて!」
ワァアアアアアアアアアアアアア!
「ふぇ、フェルさっさと行けよ……」
『えー? 良いじゃん。みんな君を尊敬してる。僕は鼻が高いしね!』
「何でおまえ嬉しそうなんだよ?」
『べっつに~』
その後フェルは、非常にゆっくりした歩みで、王城まで向かった。
衛兵を経由してエミリアに話を通してもらい、彼女に会いに行く。
応接室で待っていると、エミリア女王がやってきた。
「まぁ。フェル。あなたどうしたの?」
『やぁエミリア。僕ちょっとこいつに力貸すことにしたんだ』
「さすがアインさんね。聖獣を屈服させるなんて。誰にもできなかったことを、容易くやってのけるんですもの」
その後、女王からフェルが付いてくる許可をもらったのだった。




