88.上級魔族、鑑定士の新たな力の前に完全敗北
鑑定士アインが、第5精霊の力を手に入れた、一方その頃。
魔族たちの住まう国【魔界】。
魔王城の、とある一室にて。
そこには宮廷魔導師たちがいて、儀式の最中だった。
魔導師たちの表情は、暗い。
皆疲れ切っている。
「おい貴様ら! いつまでこの【ゴーマン】を待たせるのだ!」
部屋の中に、ひときわ大きな態度の魔族がいた。
その姿を一言で言うなら、鰐人間。
3mの巨体。しかも肥満体型。
鰐が二足歩してるような姿。
彼の名前は【ゴーマン】。
魔界貴族、序列1位の【公爵】。
先日、イオアナを魔族の恥め! と馬鹿にした男だった。
「早く儀式を続けろ! 早くあの鑑定士のガキを見つけるのだ!」
ゴーマンはイスにどっしり座り、宮廷魔導師たちを不機嫌そうに見下ろす。
「し、しかしゴーマン様。ゲートを開くのにはかなりの魔力と時間を消費します。ゲートを開いて鑑定士を探すのではなく、ゲートを通って直接探し出してはいただけないでしょうか?」
弱々しく、魔導師がゴーマンに言う。
ゴーマンは立ち上がると、その巨体から凄まじい勢いのパンチを、魔導師に喰らわす。
グシャァ……!
拳を受けた魔族は、その場で破裂して即死。
「なぜ我が輩が、非魔族のサルごときを見つけるのに労力を使わねばならぬ!」
「もっ、申し訳ございません! ただちに!」
「フンッ……! さっさとせぬか。まったく、こんな簡単なことにいつまでも時間をかけさせよって。上級魔族の1秒と、貴様ら凡人どもの1秒は価値が違うんだぞ? わかってるか!?」
宮廷魔導師たちが、必死になって鑑定士を捜索しだした……そのときだ。
「ごきげんよう、ゴーマン」
儀式の部屋に、美しいダークエルフが入ってきたのだ。
「エキドナ殿! おい貴様ら何をぼさっとしている! イスとテーブル、それにお茶の用意を! 気が利かぬ阿呆どもめ!」
ゴーマンは宮廷魔導師たちの背中を蹴り飛ばす。
いそいそと、テーブルなどをセッティングする。
「鑑定士探し、難航しているようね」
「申し訳ない。すべては無能な部下たちのせいだ。まったく、使えぬやつらだ」
「人間の国をいくら探しても見つからないとなると、別の場所に居るのかもしれないわね」
「! おい貴様ら! 何をぼさっとしてる! 周辺諸国を探せ!」
ゴーマンは1歩も動かず、部下たちに命令するばかりだ。
エキドナは微笑んだまま、何も言わない。
部下たちが酷い扱いを受けているのに、である。
ややあって。
「ゴーマン様! アインを見つけました!」
魔導師が敵の座標を、紙に書いてもってくる。
「遅い遅い遅い! まったく遅すぎるぞこのウジ虫どもめ!」
せっかく敵の居場所を見つけたというのに、部下をねぎらうことはしない。
それどころか、ゴーマンは部下を叱りつけ、あまつさえ蹴り殺した。
「では行って参ります!」
「期待してるわ。ゴーマン。あなたはイオアナとは違うってところ、私に見せて」
「無論でございます! 我が能力は【絶対不敗】! 魔族随一の自動再生能力を持つ! この能力を前に、アインがどれだけ強かろうと無意味!」
ゴーマンは高らかに笑う。
「やつは斬撃で敵を消し飛ばすと聞きます。しかしご安心を! 消し飛ばしたそばから再生していくので、ヤツの攻撃は我が輩に無効!」
「たのもしいわゴーマン。じゃあ、頑張って」
「ええ! 必ずやあのアインめの首をもぎとり、あなたの前に献上いたします!」
ゴーマンは意気揚々と、転移の魔法陣の上に立つ。
魔導師たちが儀式を発動。
一瞬で、魔界から人間界。
そして、アインの元へと、送り込まれる。
そこは獣人国の聖域内。
ちょうど、アインはすぐ前の前にいた。
「ふんっ! ここは森の中か。こんなへんぴな場所に呼び出しおって!」
ゴーマンはギロり……と眼下の少年を見やる。
「こんな弱そうなガキに、イオアナは負けたとは! まったく恥さらしめ!」
ゴーマンを前に、アインは動けないでいた。
無理もない。
3mを越える巨体。
そして絶対不敗の能力。やつは相手の能力を盗み見られるらしい。
「どうした? 勝てる見込みのないことを知り絶望しているのか?」
「さっさと始めようぜ」
「ハッ! 我が輩の能力を知りなお挑む、その蛮勇だけはほめてやろう!」
ゴーマンが一歩踏み出した……そのときだ。
グシャアッ……!
彼は、頭から、地面に突っ伏したのだ。
「なぁ!? わ、我が輩の足が! 消えてるだと!?」
ゴーマンの両足、膝から下が消失していたのだ。
足はキレイに切断されていた。
「おまえ! いつの間に剣を抜いた!?」
「剣なんて、使ってねえよ」
「なんだと!?」
「てめえごときに剣は使わない。てめえを斬ったら精霊の剣が汚れちまうからな」
「いい気になるなよ、ガキがぁあ! 我が輩には超再生能力が!【絶対不敗】の能力がある! こんな傷など!」
しかし……。
グシャッ……!
また、ゴーマンは、無様に顔からこけたのだ。
「なっ!? ば、バカなぁ! 足が! 再生しないだと!?」
ゴーマンは額に大汗をかき、自分の足が再生しないことに動揺する。
「どうした? 再生能力が売りなんだろ? それがなくなったらただのデブのワニじゃねえか」
「だ、だまれぇええええええええ!」
這いつくばった状態から、腕だけでゴーマンは飛び上がる。
落下の勢いを乗せた拳を、アイン目がけて振る。
そのときだ。
アインの目が、鮮やかに紅く輝く。
ボッ……!
突如として、ゴーマンの右半身が、消し飛んだのだ。
「うぎゃぁあああああああああああ!」
ゴーマンはグシャリと地面に落下。
失った部位から、血が大量に噴き出す。
「いったい何をされた!? どうして再生しないんだぁあああああああ!?」
アインがその場から一歩も動くことなく、ゴーマンを見下ろす。
また、目が赤く輝く。
ボッ……!
ゴーマンの頭部以外、全て消失したのだ。
「ひぎぃいいいいいいいいいいい!」
恐ろしかった。
何をされているのか、まったくわからない。
ただ一つ確かなことは、自分の命が、風前の灯火という事実のみだ。
「なぜだ! おい能力早く発動しろよ! なにやってるんだよぉおおおおお!」
するとアインが、ため息をつく。
「能力は発動しない。俺が、おまえの【能力】を最初から無かったことにしたからだ」
「な、何を言ってるんだ……?」
「虚無の邪眼はすげえな。物体だけじゃない。持っている能力すらも消せるなんて」
『いや虚無の力はあくまで見た物を消す能力。相手の能力を見ることができる鑑定士だからこそできる芸当だよ~。いや~すごいね~』
彼らの会話が、まるで耳に入ってこなかった。
「いっ、いやだ! 我が輩は絶対不敗なんだ! 負けたくない! いやだ! 負けたーー」
ボッ……!
これが、絶対不敗のゴーマン、唯一の敗北の瞬間だった。




