85.鑑定士、門番の精霊フェンリルを一蹴する
獣人国についてから、数日後。
俺は女王エミリアとともに、【聖域】へと向かった。
広い湖があり、その中央に小島がぽつんと浮いてる。
俺はエミリアとともに船に乗り、船着き場へとやってきた。
「ここが聖域か……」
そこまで大きな島ではなかった。
特徴的なのは、生えている木々の大きさ、そして緑の深さだろう。
地面や木々の幹のもびっしり苔が生えている。
「入り口はこの先よ。ついてきて」
エミリアの案内で、俺は島の中へと入っていく。
昼間だというのに薄暗い。
ぎゃあぎゃあ、と鳥だが動物だかの声がした。
「モンスターとかっているのか?」
「いいえ、ここは聖域。不浄なる気が溜まりにくく、モンスターは生息できないの」
ただ……とエミリアが続ける。
「この島には数多くの精霊が住んでいるわ」
「精霊……ユーリみたいな?」
「そうね。ただ、世界樹の精霊ほど強力かつ人の姿を取っている精霊は、いないけれどね」
「人型の精霊って珍しいのか?」
「ええ。大抵の精霊は、動物や妖精の形をしてるわ」
そんな風に話しながら、森の中を進んでいく。
ややあって、俺たちは、【門】の前までやってきた。
石造りの門だ。
複雑な模様が刻まれている。
「ここから先は王家しか入れないの」
「他のヤツが入ってくるとかないのか?」
「大丈夫。強い門番がいるのよ」
と、そのときだった。
『エミリア、久しぶりだね!』
門の上に、光が集束していく。
それは1匹の、巨大な【銀の狼】になった。
「ウルスラ、あいつは?」
『フェンリルという氷の精霊らしい。精霊は魔族とほぼ同等の力を持っているから注意せよ』
ということは、こいつも闘気を使えるのか。
まあ世界樹の精霊であるユーリたちも、闘気を持っていたしな。
フェンリルは門の上から、俺たちの前に着地する。
「フェル、久しぶりね。元気だった?」
エミリアが微笑みながら、フェンリルの頭を撫でる。
『うん! もちろんさ! 僕はいつでも元気だよ! けどエミリアに会えていつも以上に元気になれたよ!』
ぶんぶん! と狼がちぎれんばかりの勢いで、しっぽを振った。
『ねえエミリア! 遊ぼうよ! 久しぶりに君を乗せて聖域を走り回りたいんだ!』
「それはとても素敵な提案ね。ただ今日は仕事できたの。ごめんなさい」
『そ、そんなぁ~……』
しゅーん、とフェンリルが頭を垂れ下げる。
「ところでフェル。この人を聖域の中に入れて欲しいの。アインさんっていうの」
フェンリルがギロっ、と俺をにらみ付ける。
『……は? なにきみ?』
すごい不機嫌そうに、狼が言う。
『気安く僕のエミリアの隣に立つなよ。消えな、汚らしい人間のサルめ』
なんか魔族と反応が似てるな。
「フェル。そんな言い方はやめて。彼は私たちの大事なお客様なの」
『エミリア。それは無理だよ。僕ら精霊は人間たちを嫌っている。特に、僕はこのサルが大嫌いだ』
ぺっ、とフェンリルがつばを吐く。
「そうつんけんしないで。私の頼みだと思って、アインさんを【洋館】まで案内してあげてちょうだい」
この森の奥にある洋館が、隠しダンジョンとなっているそうだ。
『いくらエミリアの頼みでもそれは無理だね。僕は、いや僕ら精霊は、人間を絶対に、認めない』
フェンリルが俺の前に、1歩足を踏み出す。
足元がパキパキ……と凍った。
『ここは聖域。獣人族の女王を慕う精霊たちが集う島。そこに異物を入れないのが僕の仕事。僕は、職務をまっとうする』
「どうやら、大人しく通してくれないみたいだな」
俺は精霊の剣を出現させる。
「アインさん。フェルは……」
「わかってる。大事な友達なんだろ。殺しやしない。ただ……言うこと聞かない犬っころを、調教するだけだ」
『へぇ……言うじゃん。非力な人間のくせに。精霊に楯突くとどうなるか……その体にたたき込んであげるよ!』
『どうやらアインめがけて、氷のブレスを放つようじゃぞ』
フェンリルはのどを鳴らし、氷雪の息吹を放ってきた。
ビゴォオオオオオオオオオオオオオ!
それが当たると、俺の周囲が一瞬でデカく凍り付けになった。
『はっ! なぁんだ威勢が良いだけのただの非力なガキだったね! 一撃で凍り付くなんてさ!』
「いや、平気だぞ」
『えぇえええええええ!? な、なんで平然としてるのさぁああああああ!?』
俺の周りの氷は、溶けている。
「俺には【耐性・全状態異常】がある。俺を氷付けにすることは不可能だ」
『なんだその能力!? 聞いてないぞ!』
「それよりもう終わりか? 相手を凍らせることしか能がないのか?」
『う、う、うるさい!』
フェンリルは口を開くと、氷の槍を飛ばしてくる。
無数の氷の槍が、俺の体を串刺しにしようとする。
『どうだい! 僕の自慢の氷攻撃は!』
スカッ! スカッ!
『えぇえええ!? ば、ばかな! この無数の槍をどうして普通に避けられるんだよ!?』
「俺の目は特別製だからな」
確かに速い。
けれど目で追えないほどではない。
俺は動体視力を上げた状態で、その場から一歩も動かず。
降り注ぐ氷の槍を避け、剣でたたっ切る。
『ぜぇ……はぁ……ぜぇ……』
「これでおしまいか?」
『こ、こうなったら……!』
『アインよ、敵は突進をくらわしてくるぞ』
「【超鑑定】」
その瞬間、全ての動きが止まる。
俺は闘気で脚力を強化。
フェンリルの背後へと回り込む。
やつ首の後を、剣の柄で、軽く叩く。
ドサッ……!
『きゅ~………………』
フェンリルは地面に倒れ伏し、目を回していた。
『回復、し、ます!』
ユーリが顕現し、倒れる狼に、世界樹の雫をかけて治癒する。
むくり……とフェンリルが起き上がる。
『な、何をされたのかさっぱりわからなった……この僕が、精霊の僕が……』
愕然とフェンリルがつぶやく。
「これで認めてくれるか?」
「フェル。アインさんを認めてあげて。もうあなたが傷つくのは見たくないわ」
『くっ……! し、仕方ない……。エミリアが、そういうなら……聖域へ入ることを許してあげるよ』
実にいやそうに、フェンリルが言う。
『けどねアイン。気をつけなよ。精霊は人間がこの森を立ち入ることを嫌う。このさき強い精霊がごまんと居る! 彼らに果たして君が勝てるかなっ?』
そのときだ。
『アイン。木の上から敵がおぬしを狙っておるぞ』
俺は【背面攻撃】を使って背後に回り、剣の柄で敵の後頭部を叩く。
ドサッ……!
『って、ええええええ!? しょ【猩猩】!?』
俺が倒したサルを見て、フェンリルが目を見開く。
『う、嘘!? 気配を消して敵を倒す、聖域随一の暗殺者が一撃で!?』
神眼の索敵能力と、千里眼による攻撃予知にかかれば、不意打ちなんて効かない。
『オカシイよおまえ! 人間のくせに、強すぎるだろぉおおおおお!』




