84.鑑定士、獣人たちから歓迎される
隣国ネログーマへと、俺たちはたどり着いた。
『獣人国は河川が非常に多く、【水の国】とも呼ばれておるようじゃ。移動は馬車よりも船を使うみたいじゃな』
石畳の道路。
その隣に、同じくらいの太さの水路がある。
ゆっくり流れる川の上を、小舟が何隻も走っている。
人を乗せたり、物を乗せたり。
水路の上には橋が架かっていた。
あの上をみんな歩いて街を行き来するようだ。
「おしゃれ、な……街、です! 素敵、だなぁ~♡」
ユーリがその翡翠の瞳をキラキラと輝かせる。
「まったくお姉ちゃんは子供だなぁ」
「ゆぅちゃん! あっちに、ジェラートありました!」
「なんです、とっ! いきましょー!」
「ちょっ! 待って! あたしもジェラート食べる~!」
精霊たちが走り去っていく。
さすが王都と言うか、飲食店の数が多い。
出店のテントまで出ていた。
精霊たちがその1つの前に集まっている。
「おいし、そう~♡」
ユーリが食べたそうにしている。
俺は屋台の前でやってきた。
「おっ! あんた確か、親善大使のアイン様じゃないかいっ?」
店主である獣人が、俺を見て目を輝かせる。
「ああ。悪いけどジェラートを8つくれないか?」
精霊4人、守り手3人+俺で8つだ。
「へいまいど!」
店主は手際よくジェラートをカップにのせ、精霊たちに渡す。
「いくらだ?」
すると店主は、笑顔で首を振った。
「いらん! 親善大使様からお金をもらうわけにはいかないからな!」
「いやさすがにそれは……」
「いやいや良いって! その代わり、うちのジェラートを今後もごひいきに!」
その後もいくらお金を渡そうとしても、店主は受け取ってくれなかった。
後に新しい客が来たので、俺は仕方なくどくことにした。
「ゆぅちゃん、ジェラート、おいしーですね!」
「うん♡ あまあま、です♡」
精霊たちがペロペロ食べながら、町中を歩く。
「お兄さんのおかげで、おいしいジェラートがただだったよ。さっすがお兄さん、有名人!」
ピナが俺の腕に抱きつく。
小柄な割に胸がデカく、ゴムまりのように張りがあった。
「しかし不思議なんだが、俺、なにもしてないのに、どうしてこんなによくしてもらえるんだ?」
「そりゃあ、親善大使だから?」
「けど会ったこともない他人に、親善大使ってだけで8人分のジェラートをただにするか?」
「それはー……そうだね。何か別の理由あるのかも」
俺たちが歩いて行くと、人の行列ができていた。
「なんだあれ?」
『ボート乗り場のようじゃな』
河川を流れる小さなボートが、道路に停泊している。
「めぃ、あれのりたーい!」
「アイン、さん!」
「了解。じゃ、並ぶか」
「え~。あたしパス。あんな行列並びたくないよぅ」
唇をとがらすピナをなだめ、俺たちが列に並ぼうとした……そのときだ。
「あら! 親善大使様じゃない?」
列の最後尾の、獣人女性が、俺に気付いて言う。
「もしかしてボート乗ろうとしている?」
「あ、ああ……」
「ちょいとみんな聞いて! アイン様がボートに乗りたいそうよ! みんな、どいてちょうだい!」
「い、いやそんなことしなくていいって。だいいちそれ他の人が許すわけが……」
「「「わかったー!」」」
列に並んでいた獣人たちが、脇に避ける。
「さぁさぁアイン様! どうぞお乗りになってください!」
「い、いやいいって。マジで、悪いし……」
「何言ってるんだい! 気にすることないさ! ねえみんな!」
獣人女性の呼びかけに、その場に居た獣人たちが、笑顔で応じる。
「そうそう!」「あんたは【恩人】だからね!」「ボートくらいどうぞどうぞ!」
恩人?
「ささっ、アイン様。どうぞ!」
「でも……」
「後がつかえてるんだ! ほら、ささっと!」
獣人女性に背中を押される。
行列に並んでいた人たちは、皆笑顔だった。
「この方が【陛下】を」「しかも初対面だったらしい」「いやぁ、お若いのに立派なかただ!」
ギャラリーたちから向ける好感情の理由に、俺は困惑した。
戸惑いながらも、俺は精霊たちと共に、ボート(ゴンドラというらしい)に乗る。
「すっごい。あの行列を待たずに乗れるなんて。さっすが親善大使さま♡」
「いやなんか申し分けなさすぎるんだけど……。なんであんなに優遇してるくれるんだ……?」
すると、オールを持っていた船頭が答える。
「そりゃ親善大使殿が、我らが女王陛下の命をお救いになったからですぜ!」
船頭の獣人が、ニカッと笑う。
「聞きましたぜ! あなた様は見ず知らずの陛下を、危険な古竜から守ってくれたそうじゃないですか! しかも、我らが女王様の愛するこの地と、そこに住まう動物たちまで守ったそうじゃないないですかい!」
「あんたらは、エミリアのことが好きなのか?」
「そりゃあもう! この国でエミリア様を嫌いな獣人はいない。老若男女みーんな、女王陛下のことを心から愛してますぜ!」
なるほど。
エミリアは国民から相当支持されているらしい。
だから彼女を救った俺が、ここまで待遇良くしてもらえてるってわけか。
「女王陛下に向けるのと同等な親愛を、国民全員があなた様に向けるでしょう!」
「だからアイスもただだし、行列も並ばずにすんだのか」
「ええ! 船賃ももちろんただですぜ! 宿も道具屋も全部タダでしょう!」
なんだかとんでもないことになっていた。
「アインさん、すごい、です!」
ふすふす、とユーリが鼻息荒く言う。
「俺は普通のことしただけなんだけどなぁ」
「さすが親善大使様だ! 古竜という巨悪からか弱い乙女を単独で助けるなんて、誰にもできることではないのに、まったく偉ぶらないなんて!」
キラキラとした目を船頭が俺に向けてきた。
なんだかほんと、申し訳ない。
俺の力だけで、エミリアを助けたことになっている。
だが実際は精霊や守り手のチカラがあってこそだ。
『アインよ。だから気にせずとも良い。おぬしのおかげで、皆十分すぎるほど幸せを感じておる』
メイとピナが、川に手を入れてきゃっきゃとはしゃいでいる。
アリスとユーリは、露店や見世物小屋に興味を示していた。
『あの子たちを笑顔にしてくれた。ほんとおぬしには感謝してもしきれぬよ』
「そりゃ……何よりだ」
俺は空を仰ぐ。
橋の上から、獣人たちが俺に手を振ってくる。
「親善大使様ー!」
「この国へようこそー!」
「みんなあなたが来るのを楽しみに待ってたわよー!」
獣人たちが俺にばかり手を振ってくる。
いつか、俺にだけでなく、ちゃんと精霊たちにも、たくさんの人から感謝されるようになれば良いな。
俺はそう思いながら、ゴンドラに乗って、王都を観光したのだった。